第8話 その3 悪魔に宣戦布告
「ここか。案外普通だな」
裂け目から貴族の屋敷前へ、そこから見えていた窓の中へと再度侵入し、屋敷内を散歩する春人とオメガ。
真昼から夕方にかけての僅かな時間、散歩するには普通すぎる場所だ。
「悪魔と契約したとかいうから、もっと死体が転がってたり、全部金でできていたりすると思ったんだけどねえ。なーんか肩透かしだよ春人くん」
「ああ、芸術性の欠片もない絵が廊下に飾ってあるのも気に入らん。マリーナの屋敷は豪華だが、調度品や芸術品のセンスがあった。絨毯も高いだけで歩きにくいし掃除も手間がかかる」
マリーナの屋敷にあるものは、代々受け継がれたものと、セバスが目利きをし、主人に勧めたものである。つまり芸術センスのある一族とセバスのおかげだ。
「で、どうするんだい? そもそも悪魔倒して貴族を締め上げれば終わりじゃないか。婚約の必要がない」
「必要など無い。茶番にすると言った筈だ。せっかく異世界に来ているんだ、遊び尽くさねばな。ゲームで言うならやりこみだ。タイムアタックがしたいわけじゃない。一見無意味に思えても、面白おかしくなるかもしれんぞ」
「なーるほど。春人くんの好きにすればいいさ。私はどこまでもお供するだけだ」
近くの曲がり角から話し声と人の気配がすることに気づくオメガ。
だが春人は気にせず、警戒する様子もなく歩き続ける。
「春人くん。誰か来るよ」
「問題ない。俺から離れず一定の距離を保っていろ。それだけで気付かれることはない」
前から歩いてきたのはこの屋敷の使用人だ。マリーナの屋敷よりスカートが短く胸を持ち上げて強調するタイプのもの。観賞用だろうか、機能と気品は二の次だ。
「つまらんデザインだ」
「春人くんの趣味じゃないねえ。っていうか私達はなぜ気付かれていないのかな? 目の前で会話してるよね?」
「無職童貞流、隔絶奥義――――浮世離れだ」
クラスで浮いており、友達もおらず、ただ一人で過ごす。そんな日々を続けた結果。世界との軸をずらし、何者にも認識できない存在へと進化した。そこへきて童貞ニートである。完全に社会から外れた時、進化は究極の昇華を遂げる。今の春人は、春人自身の許可がなければ見ることも触ることも出来ない存在である。
「なんでもありだねほんと……」
「当然だ。俺にくだらん世界のルールなど適用されるはずがない。あの女を尾行する」
「そりゃまたなんで?」
「あの女の押しているカート。蓋がしてあるが、あれは食事だ。しかも匂いからして上質の食材で、数は多いが一人前だ。貴族の部屋へ案内してくれる」
春人の予想は当たっていた。貴族は自室で誰にも会わず食事をとる。
不審に思うものもいるが、そこは悪魔の魔力の出番。
ゆっくりと違和感を奪われ、そして疑問に思う人間が減っていくのだ。
「あいつか……普通だな」
「普通だね……もっと悪そうな顔してたり、太ってるとかガリガリとかあるだろうに。どこまでもつまらないねえ」
貴族の部屋に入った二人が見たものは、ごく普通の部屋でこれまた普通に昼食をとる二十代くらいの男だった。悪魔召喚の魔法陣もない。禍々しさが足りていないといえよう。
「婚約か……どうすればいい? どうしたら……」
誰もいない天井に語りかけるように、縋るように呟く男。
すると天井が歪み、全身を黒で統一した女が降りてくる。
「安心して、ジョン。私が貴方を守ってあげます」
「いやジョンて」
「おお、メアリー。僕の天使メアリー」
「いいえジョン。私は悪魔です」
メアリーに縋り付き、子供のように甘えた声を出すジョン。
気持ち悪さバツグンである。
「僕は今、とても困っているんだ」
「いいえジョン、これはチャンスです」
「英語の教科書みたいな会話してるね」
「アホだな。何だあのビッチ臭い女は」
露出の激しいドレスにギラついた真っ赤な目。
漂う瘴気も含めて妖艶、つまりビッチ臭い女である。
「飽きた」
「私も飽きちゃった」
春人達はもう飽きた。ただ中身の無いアホとビッチの慰め合う会話を聞いているのは退屈に過ぎるのだ。
「マリーナを……どうしてもマリーナじゃないとダメなのかい? 好きでもない人と結婚なんて……させられないよ」
「ダメよジョン。あの子は私と同化するのに最適な波長。説明したはずよ」
「わかっているさ。必要なんだろう? マリーナの体と魔力、どちらも。だから婚約なんてさせたんだろう……それでも、何の罪もない人間をこれ以上巻き込んで……うああぁぁ!!」
よく見ると女悪魔の手からジョンに向けて糸が何本も伸びている。ドス黒い魔力を脳に流し、対象の心を悪に縛り付けているのだ。春人はそれを直感で理解した。
「眠りなさい。貴方が眠っているうちに、また私が貴方の体を借りてやってあげる。男なのに入り込めるほど波長が合う人間なんて貴方くらいなのよ」
「ふむ、あの悪魔に操られていたのか。その証拠も集めねばならんな」
「どうする? ここで倒してしまうかい?」
タイムアタックをするなら、この場で女悪魔を倒し、貴族ジョンを適当に痛めつければ婚約も解消できるし未来は救われる。
だが春人にとって茶番ですらないつまらない結末だ。
この世界を遊びつくすという本来の目的から外れた行為である。
「大丈夫よジョン。私が下僕を送ってあげる。マリーナを奪うか、ユーキという男を暗殺すればいいのよ」
「……そう……だね……なんなら……魔物に殺され…………たことにしてしまおう」
「そうよ、ユーキがどんな男か調べましょう。まずはそれからよ」
「短絡的、いや……面白半分で動いている俺もまた同類か……しかしつまらんな」
裂け目から屋敷の中で重要そうな部屋を覗き、資料を奪っては読み漁っていた春人。証拠を手に入れるという目的は半分達した。迅速かつ正確な仕事っぷりである。
「いちいち雑魚と戯れるのもつまらん。ここで交渉といくか」
能力を解除し、ジョンとメアリーの前に歩き出す春人。
オメガは飽きたのかソファーで横になっている。
「お探しのハルト・ユウキだ。初めまして」
「なっ!? お、おおお前どこから!?」
「私の結界に触れていたはず……なぜ反応しないの!?」
混乱したメアリーが春人へ歩み寄るが、見えない壁によって阻まれる。
「なによこれ……こんなものさっさと消しなさい人間ごときが!」
「図に乗るな。貴様のようなビッチに用はない。下がれ。性病を撒き散らす汚物が」
「なんですって! 持ってないわよ病気なんて!!」
相手は悪魔だ。しかも限りなく処女性の低い存在に対し、何処までも冷たいのが勇希春人という男である。一切の慈悲はない。
「さて、ジョン。お前に決闘を申し込む。三日後に最高の闘技場へ招待しよう」
わざわざ手書きの招待状を投げ渡す春人。無駄なところでマメである。
「乗るとでも思っているのか?」
「乗らなければ貴様の悪行……その全てをバラす。これが目に入らぬか? なんてな」
春人が手に持つは悪行とそれに繋がるもののリスト。
悪魔との契約もバッチリ記されている。
「どうやって……私が魔力の鍵をかけておいたはず」
「鍵がかかっているなら開けずに中に入って取ればいい。言っても理解出来んだろうがな」
「決闘といったな。君の狙いは何だ?」
「このままお前たちを倒すことは容易い。だがどうだろう……それでは俺という偉大な男の輝きが十二分に世界に広がらない。これは全世界における損失だ。奇跡の体現者である俺に憧れ、まっすぐに育つはずの人類が非行に走るかもしれん」
「なにを……言って……狂っているのか?」
大真面目である。だからこそジョンも悪魔であるメアリーも、本気で困惑している。こんな男は初めてで、どうしていいのかわからない。
得体の知れない狂った男、というのがジョンの率直な感想だった。
「俺に勝てばマリーナとの婚約の権利をやろう。集めた証拠も返す」
「君が勝ったら?」
「しかるべき罰を受けろ。悪魔も消す」
「ここで不審者として倒されるという可能性は考えなかったのかしら?」
無駄極まりないことに、メアリーが体から魔力を放出する。
脅しになると思っているのだ。
「図に乗るなと言ったぞ。貴様らが何億いようが塵芥よ。従うしか道はない。どうだ? その悪魔とのタッグも許可する」
「彼女は……光に弱いんだ。特に太陽の光は毒だ」
「そうか、なら夜にしてやる。三日後の夜だ。迎えに来るぞ」
「従うしか無いのね……いいわ。やりましょう」
「メアリー!?」
「いいのよジョン。これしか道はない。なら二人で乗り越えましょう」
またつまらないカップルのようなやり取りを始めるジョンとメアリー。
そんな二人になんの感想も抱かず背を向け、オメガに声をかける。春人。
「終わったぞ、帰る」
「ん、ふあぁ……お疲れ様春人くん」
「早くしろ。クッキーがなくなるぞ」
「そいつは困るね! 急ごう春人くん!」
最後まで自分勝手に現れて消えていく春人とオメガであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます