第3話 狙われたお姫様 中編

 昨夜の騒動から一夜明けて今は昼。

 宿で朝食を食べ終わった春人とアルファ。

 約束通り鎧の男たちが待つ部屋を訪れた。

 そして今、質問攻めにあっている。

 そこには姫様と呼ばれた少女も同席していた。


「ハルト・ユウキだ」


「アルファだよ」


「ユウキとアルファだな。まず何故あの場に現れた?」


「アルファが寝ているのに騒ぐから、注意しに行っただけだ」


 明確な悪意と殺意を感じ取った春人は、自分達の眠りを妨げるほどの騒ぎの現況を断つため動いた。

 睡眠とは直視したくない現実から目を逸らし、夢の世界へと逃げ出せる至福の時間である。

 そのため春人は寝ているところを起こされるのを嫌う。


「春人様。アルファは退屈です」


「俺もだよ、もう少し我慢してくれ」


 この街に来た目的だの、あの力は何だだのと無意味な質問を繰り返された二人はこの状況に飽きていた。


「何度も説明しただろう。本題に入ったらどうだ? 本来お前達に協力する義理はない。手短に頼む」


「貴様、自分の立場というものが……」


「そこまでです、ドルグ。この方は私の命の恩人です。これ以上の非礼は見過ごせません」


 凛とした声でドルグと呼ばれた男を止めた彼女こそ、隣国から結婚式のためやってきたエメラルド姫その人である。

 艶やかな金髪と汚れのない美しい肌、エメラルドの宝石と比べても遜色のない綺麗な瞳は、一国の姫を名乗るに十分な美貌である。


「はっ、出すぎたまねを致しました」


「改めてユウキ様。此度は私達をお救い下さり、真にありがとうございます。エメラルドと申します」


「気にするな。たまたま利害が一致しただけだ」


 丁寧な物腰のエメラルド姫と、どこまでも偉そうな春人。これではどちらの身分が上かわかったものではない。

 春人という全人類にとって希望とも絶望ともなる存在は、全世界においてたった一人だ。しかし、ごく一般的な王族など国があればその数だけ存在する。どちらが貴重な存在かといえば春人だ。少なくとも春人自身はそう考えている。

 一般姫などに興味はない。ゲームやマンガで見飽きている。そういう男である。


「それでも助けて頂いたことは事実です。ならば礼を尽くしたいのです」


「なら気持ちだけ受け取っておこう。それで十分だ」


「ありがとうございます。厚かましいことですが、ハルト様のお力を見込んでお願いがございます」


「おねがい? 春人様に?」


「結婚式が始まるまで、私の護衛をお願いしたいのです」


 エメラルド姫と、この国の王子の婚約発表に国民はおおいに沸いた。

 しかし、両国に婚約を破棄しなければ、不幸が襲うとの脅迫状が連日連夜届けられることとなる。

 正体不明の脅迫状で国の決定は揺るがない。警備を厳重にし、大軍で行進した。そして一日に三回のペースで襲撃された。

 そこで部隊を分け、複数の宿を取り影武者を宿泊させて、カモフラージュする作戦に出たのである。


「そしてお忍びでこの宿をとったがバレて襲撃された、と」


「その通りです」


「敵の狙いが姫様であることがはっきりしている以上、対抗できる者に頼むしか無い。不甲斐ないことだが……どうか……どうか……依頼料はいくらでも払おう」


「別に金に困っているわけじゃない」


 まだまだ宝物庫には、使い切ることなど不可能とばかりに光り輝く金銀財宝が存在する。さながらそびえ立つ山のようにいくつもの部屋を満たしていた。


「私にできることでしたら、なんでも致します」


「いけません姫様!? そのような約束、結婚式を控えているというのに……この男に何をされるか」


「元はと言えば私と王子の婚約が原因です。それでドルグ達を傷つけて……このまま何もせずにいることなどできません」


「いいだろう、依頼を受ける。ただし条件がある」


 春斗が出した条件は二つ。

 結婚式まで護衛は自分達の自由にさせて、兵士は式場のある王都の見回りをすること。

 もう一つは、仲介役として春人が指名した兵士を自分達に同行させること。


「護衛は……そうだな、そこのお前だ」


「私ですか?」


 春人が指名したのは兵士達の中で唯一の女性だ。

 金髪ショートカットと気の強そうなツリ目が特徴だ。


「そうだ、女ということは姫の世話係を兼ねているのだろう。同性の方が一緒にいて違和感はないはずだ」


 口には出さなかったが、春人が指名したもう一つの理由は、彼女の鎧に傷がないことだ。昨晩の戦いで傷つかないほどの腕前なら足手まといにもならないだろう。逃げ隠れしていた可能性も捨てきれないが、役立たずでも敵は自分で倒せばいい。

 姫の世話ができる女性が必要だった。


「俺からは以上だ。王都の兵士と連携し、警備に当たれ。解散!」


 春人の命令を聞き、ビシっと敬礼した兵士達が素早く部屋から出て行く。


「おおい待て! 隊長はワシだ!」


 あっけにとられていたドルグが慌てて兵達の後を追う。


「さて女、名は?」


「レジーナです」


「ではレジーナ、最初の任務を与える。女物の服を買ってこい。お前と姫の分だ」


「…………は?」


 そして数時間後。


「あの、着替え終わりました」


 部屋の外で待っていた春人にエメラルドが声を掛ける。


「ほう、中々似合っているな」


「ありがとうございます」


「なぜ私まで着替えなければならん」


 室内には一般的な町娘の服装に身を包んだエメラルドとレジーナ。

 エメラルドはロングスカート。レジーナは動きやすいようにズボンだ。


「騎士団の鎧など着ていれば、護衛ですと宣伝しているようなものだ。一般市民の格好ならば、街に出てしまえばそうバレはしない。帽子もかぶらせる」


「こんな装備で襲われたらどうする!」


「この格好を見て襲ってくるようなら、それは予告状の犯人と繋がりがあるという証拠だ。捕まえてしまえば解決に近付く。どんな人間だろうと俺に引き出せない情報はない。姿を見せた瞬間が奴らの終わりだ」


「囮さんだね。お姫様がんばって。アルファは応援するよ」


 ベッドに座って、足をパタパタさせているアルファはいつもの格好だ。


「ありがとうアルファさん。頑張るわね」


「姫様! お前も姫様になんという無礼な!!」


「お前じゃないアルファ。お姫様もアルファ呼び希望」


「ありがとうアルファ。ダメよレジーナ。アルファが可哀想よ」


 すっかり馴染んだアルファ。彼女の無邪気さは人の心に入っていくためには、最大の効果を発揮するようだ。


「ここから式場のある王都までどれくらいだ?」


「馬車で五時間ほどだ。順当に行けば明日の朝には式が執り行われるだろう」


「よし、一番速い馬車を頼む」


 しばらくして、春人一行は舗装された道を馬車で駆け抜けていた。

 馬二頭が引く白い布で覆われた荷台の中は、外からは誰が乗っているのか調べる術はない。

 草木の匂いが強くなり、やがて広い草原に出る。排気ガスにまみれていない新鮮で澄んだ空気を堪能しながら、うとうと船を漕ぐアルファ。


「春人様。アルファは眠いです」


「俺もだ。いっそみんな寝るか」


「バカな。そんなことで護衛が務まるものか」


「そもそもハルト様は御者ですよね?」


 エメラルドとレジーナからツッコミが入った。

 馬車を走らせているのは春人である。

 戦闘に巻き込んで、いらぬ死人を出さないために馬車を買い取った。

 今この世界の季節は春。晴れの日の陽気は嫌でも夢の世界へ誘う。


「俺が何のために変装させて馬車を貸し切ったと思っている。この状況で敵に襲われるケースなど早々有りはしない。睡眠はとっておけ」


「そうですね。気を張り詰めていると疲れてしまいます」


「お姫様は話がわかる。アルファとお昼寝だね」


 御者である春人の腕がいいのか道の舗装が完璧なのか、馬車は一眠りするには十分なほど揺れが少ない。


「やれやれ、どうやら悠長に寝ても居られないようだ。アルファ、姫を守れ」


 馬車を止め、何事かと三人が顔を出す。進路上には二メートルを超える体躯の馬と、それに跨る首なしの騎士。昨夜の敵を同じデザインの黒い鎧から同一種と予想できる。


「なるほど、考えたな。口がなければ情報も漏れんか」


「春人様。あれはデュラハン。槍が武器」


「ハルト様、どうかご武運を」


「私は姫様をお守りする。頼むぞ」


 デュラハンの右手に円錐状の槍が現れた。

 鎧とは真逆の白い槍が陽の光を反射させて煌めいている。

 馬車を降りた春人は瞬時に漆黒の騎兵へと肉迫、興味深そうに観察を始めた。


「どれほどできるか試してやろう。打って来い」


 パジャマのポケットに両手を突っ込み、騎士の手前で無防備に立つ。

 騎兵の突撃を防ぐためだ。攻撃を躱せても背後のアルファ達に近づけてはならない。

 そのためにあえて接近し、近距離で攻撃を引き受けようという作戦である。


「春人様がんばれー」


 常人には到底見切れぬ速度の突きの連打を、わずかに体を反らせることで回避し続ける春人。

 この動体視力と反射神経はFPSゲームと格闘ゲームで鍛えられたものである。

 一フレームでの攻防を制するため、反射神経と状況認識能力が要求される。

 この程度の動きは、プロゲーマーであればそう難しいことではない。


「つまらん。この程度か」


 格ゲーの大会でシノギを削ったゲーマーにとって、デュラハンの突きは遅すぎた。


「次に俺の前に立つ時は、せめてしゃがみ小足程度の速さは身につけておくんだな」


 デュラハンが槍を突き出し、引くタイミングに合わせて槍を掴む。

 どれほど力を込めてもピクリとも動かない槍。力の差は明白である。


「無職童貞流 節電奥義――――電磁潮流」


 槍を伝い、騎兵と馬へ数千万ボルトの電流が流れる。

 灰すらも残さず消し飛ばされ、残るは春人のみである。


「終わったぞ。先を急ごう」


 電磁潮流。もしもゲーム途中で停電になったら? というゲーマーにとって死活問題がある。

 特にネットゲームでは被害が大きくなるこの問題。これに対処すべく体内電気と周囲の静電気を吸収し、自在に操るまでに修練を積んだ。そして最終的には神の雷と同等の電力を手に入れた。

 まさにご家庭の電気代に優しい節電奥義である。


「貴様……化け物か……」


 春人の実力に恐れおののくレジーナ。パジャマというふざけた姿で魔物を圧倒する男。その異様さに化物扱いもやむなしである。


「春人様は化物じゃなくて春人様だよ」


「ハルト様は本当にお強いのですね」


 対照的に尊敬の眼差しで見つめるアルファとエメラルド。


「どうしたレジーナ。味方が強いんだ。もっと喜んでもいいんじゃないか?」


「しかし……あまりにも強過ぎる。にも関わらずお前の名を聞いたことがない」


「そういえばそうですね。ハルト様ほどの強さでしたら、ご高名が聞こえても不思議ではないのですが」


「知らないならそれでいい。名を広めるという楽しみがある。お喋りは終わりだ。さっさと王都へ行くぞ」


 再び馬車を走らせる。春人は必要がなければ別世界から来たことを話す気はない。言ってどうなるものでもない。ましてや別世界という概念があるかどうかもわからないところでの説明など面倒だ。

 ただ馬車の旅を満喫することに戻るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る