第2話 狙われたお姫様 前編

 魔王城へとやって来た軍勢を倒し、まずは人間界で色々見てまわることにした春人とアルファ。

 二人は昼ごろに立ち寄った大きな街で宿をとった。

 敵軍に関しては、秒殺してしまったため特筆することはない。


「中々に良い宿だ。気に入った」


「わーい。ふかふか。アルファのテンションが上がるよ」


 ベッドでごろごろしているアルファ。

 天蓋付きのベッドは一流の部屋の証ではないだろうか。

 スタイルもよく、地球で高校生として生活していれば、間違いなく注目の的となるであろう美少女であるアルファの、子供のような行動に自然と笑みがこぼれてしまう春人。


「こらこら、はしたないぞ。女の子がそんなだらしない姿を見せるんじゃない」


 兄のようにアルファをたしなめる春人。この男、面倒見がいいのか話し相手ができて嬉しいのか、注意をしてもその声の中には、同じくはしゃいでいるような色が見える。


「春人様以外には見せないよ。春人様以外の男の人にも見せたこと無い」


「それは光栄だな。魔王にはそういうことはされなかったのか?」


「ないよ。魔王は自分の力だけが好きだったから。魔王以外はアルファよりおばかさんだからイヤ。弱いし。春人様がはじめてになる予定」


「まだ俺達は出会ったばかりだ。ここに来る途中でアルファは言ったな。魔界から出してくれた力に惹かれると。これから共に覇道を歩み。その道程で力だけではなく俺自身を好きになってくれた時、もう一度その言葉を聞かせてくれ」


「それで、春人様はいいの?」


 自分が捨てられるのではないか、という怖さ。春人の期待に応えるという宣言に背いているのではないか。心中穏やかではないアルファ。

 そんな彼女にどこまでも優しく語りかける春人。


「童貞は食わねど高楊枝、さ。大事なことだ。覚えておくんだぞ?」


 話は終わったとばかりに、劇場の幕のような赤く豪華なカーテンを開き、陽の光を浴びながらガラス戸を開け、ベランダへ出ると三階からの街の景色を堪能する。

 コンクリートも車もビル群も存在しない。無いことを前提に作られている町並みだ。


「この景色、異世界に来た実感が湧く。活気があって良い街だ」


「みんな活き活きしてる。こういう人間を見るのが、好き」


「人間界に来たことがあるのか?」


「あるよ。人間を見守って、お花畑を作って。魔界に行くまで過ごしてた」


 子供のような表情から一転、大切な存在を慈しむ母親のような顔をするアルファ。


「花か。優しそうなアルファにはよく似合う。さて、食事にするか。俺が作ってもいいが……どうせならこちらの世界の食事を味わいたい」


「春人様お料理できるの?」


「当然だ。無職童貞流はあらゆる分野で頂点に経つ。料理とて例外ではないさ」


 長期間、親の金で全世界食べ歩き料理修行に出た経験がある春人は、和・洋・中・印・泰・土・英・伊・希・独・仏等、多種多様な料理をマスターしている。


「機会があればそばをご馳走しよう。俺のそばは人の起こす至上の奇跡だ」


「春人様のおソバ、楽しみにしてる」


 一階が食堂になっているため、二人は階段を降りていく。


「…………面倒が起きなければいいが」


「どうしたの春人様?」


 春人達の宿泊している3階は部屋が三つしか無い。階段を上がり向かって左側が二人の部屋。右の部屋は人の気配を感じ取れないため、空き部屋と判断した。

 そして春人は一番奥の突き当たりにある部屋から妙な気配を感じ取っていた。

 手練の者が発する気配だ。


「なんでもないさ、行こう」


 だが恐れることはない。何があろうが自分が負けるはずがない。絶対の自信とともにアルファを守ることを決意し、再び階段を降りていく。

 青と白の縦縞パジャマとスニーカーのままで。


「春人様はどうしてその服なの?」


「パジャマはニートの必須アイテムだ。動きやすく、着替えずにこのまま部屋で眠ることができる」


 春人に私服など不要である。パジャマがあればそれでいい。

 汚れても洗濯するか時間を巻き戻せば新品に早変わりだ。

 私服などという窮屈で、他人の目を気にする必要のある服を着る気がないのである。


「似合ってる。アルファも欲しい」


「そうか、ならアルファのパジャマを選びにいこう。寝る時だけ着ていいぞ」


「お買い物だ。アルファのテンションはだだ上がりだよ」


 寝る時だけ、と言ったのは春人なりにアルファに気を使っている。

 自分がなんと言われようと問題はない。しかしアルファがパジャマでうろついて、はしたない娘と思われることは避けようとした。



 そしてパジャマを買い、宿の晩ご飯を堪能した春人達は寝る準備をしていた。

 春人と似たデザインの、桃色と白の縞々パジャマを着て寝る準備に入るアルファ。


「春斗様、似合う?」


「ああ、中々可愛いじゃないか…………すまない、戸締まりして待っていてくれ。誰が来ても扉は開けるな。俺は扉からは入ってこない。いいな?」


「わかった、春人様おでかけ?」


 春人の嫌な予感は当たった。突き当りの部屋から強烈な悪意を感じる。


「隣がうるさくてな。注意してくるよ」


 言いながら右手を縦に振る。空間に亀裂が現れ、そこに入っていく春人。

 絶刀次元断は次元も空間も切り裂く奥義だ。

 これのちょっとした応用により、空間を自在に移動することができる。

 旅の資金も、空間に小さな穴を開け魔王城の宝物庫から抜き出している。


「いってらっしゃいませ。春人様」


 閉じてゆく次元の裂け目にそう言うと、アルファはベッドに入り目を閉じた。

 そして突き当りの部屋は、悪意あるものにとって地獄と化す。



「なんとしてでも姫様をお守りするのだ!」


 室内では二メートルはある黒い全身を覆う甲冑と、白い鎧を着た兵士達による死闘が始まっていた。

 兵士達の背後には、怯えながらうずくまる女性が一人。


「こいつら、どれだけいるんだ!?」


 何度斬りつけようとも殺意に満たされた鎧達は止まらない。中身が無い、ただからっぽの鎧が、一人の少女の命を刈り取るために動いている。倒してもキリがない。


「くっそ……姫様、お逃げください!!」


「そんな、貴方達はどうなるのです!?」


「我等は姫さまをお守りするために、ただそれだけのために存在するのです」


 会話中にも黒い悪意の歩みは止まらない。

 破壊された入り口の扉からは、更に迫る黒い影。どれだけいるのかもわからない。

 それに比べて白の軍はわずか五名。最早敵の足を止めることすら不可能だ。


「窓だ! 窓から姫様を! 手の空いているものは姫様を!!」


 ここは三階。しかし、もうベランダから飛び降りるしか助かる道はなかった。


「私が姫様を抱えて飛び降ります。私に構わず、大通りまでお逃げ下さい」


「私は! 私には貴方達を見捨てることなどできません!!」


 剣戟の音にも負けない少女の悲痛な叫びが室内を満たす。


「隊長! 窓に!!」


 隊長と呼ばれた男がはっとして窓を見ると。ベランダには姫を狙う、夜の闇に溶けこむような鎧の姿。


「そんな……させん! させてなるものか!! 最後の一人になろうとも! 姫様を守ってみせる!」


 護衛騎士隊長ドルグが吠える。髭を蓄え、四十を超えて剣を振るいひとつ、またひとつと鎧の軍団を切り崩し、姫を守る。その戦いぶりは修羅の如し。


「せめて……せめて姫様だけでも……」


 しかし次々と湧き出す敵に勝てども、自身の老いには勝てず。とうとう息が切れ始める。


「何故だ……何故……姫様がこんな目に合わねばならん! ワシの命で良ければくれてやる。だが姫様だけは……騎士として、姫様の幸せを願う者として……絶対に守り通す!!」


 ドルグは血と鉄の臭いのする部屋で、大切な姫を死なせることだけはしたくなかった。

 たった一人の少女を逃がすため、捨て身の特攻をかけ活路を開こうとしたその時だった。


「……お前の覚悟、確かに聞き届けた」


 突如として姫と黒き鎧の前に現れるパジャマ姿の男、勇希春人。


「なんだ貴様! 何者だ!!」


「隣室の童貞だ」


「どう……な、は? えっ!?」


 たいちょうは こんらんしている。


「どうした、そんなに慌てて? まあいい、ここには……」


 鎧と同じ漆黒の剣が春人を敵とみなし襲いかかる。


「まったく、落ち着いて話もできんな。無職童貞流奥義――――心壁無傷しんへきむしょう


 振り下ろされた剣が透明な壁によって弾かれる。

 心壁無傷。春人は、青春時代を異性と関わることなく過ごし、好かれることもなく生きた。

 仲良くできないんじゃない、しないんだ。そう思い込み、傷つかぬよう自分の心に他者との壁を作り出した。

 やがてその壁は心だけではなく、何人たりとも侵入を許さぬ不可視の壁として、現実に春人を守護することになる。


「貴方は…………なぜこのような場に?」


 突然の訪問者に少女は驚きを隠せない。

 春人は少女を怯えさせないよう、優しく語りかける。


「届けに来たのさ。騒音のクレームと、そこの男の覚悟に見合うだけの希望をな」


 鎧達が見えない壁と壁に挟まれ鈍い音を立てながら潰れていく。

 心壁無傷は一枚しか出せないなどというルールはない。

 一枚の鉄板と見紛うほどに潰された鎧達は黒い霧を吹き出し、消え去った。


「なにをした?」


「押し潰しただけだ。じゃあな」


 それだけ告げて裂け目に入る春人。


「待て待て、助けてくれたことには礼を言う。だがお前は何なんだ? 何故我々を助けた?」


「寝ている子がいるんだ。これからは少し静かにしてくれ。また騒ぐようなら来るぞ」


「お待ち下さい! どうか、どうか私達を助けては頂けませんか?」


 姫様と呼ばれる少女からの願いに対し、春人は。


「もう夜も遅い。明日の朝また会おう」


 それだけ告げて姫と兵士達の制止する声も聞かず、春人は裂け目へと消えた。

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