超スーパー俺様TUEEE無職ハルト

白銀天城

第1話 その男 勇希春人

 いつか異世界に呼ばれることを夢見て三十年間働かず、親の金で己を磨き続けた男がいた。

 彼が編み出した無職童貞流はあらゆる分野において、ただ頂点に立つための究極の流派である。

 異世界に呼ばれ、十五歳まで若返った彼は魔王城を制圧し、野望ため動き始めるのだった。


「喜べ魔王。お前には、この俺の英雄譚に刻まれる雑魚一号の称号をくれてやる」


 異世界の魔王城。そこは二百年もの間、最強とうたわれた何十何百という勇者パーティーすら侵入を許さなかった、難攻不落の城である。

 だがその歴史も今朝までのこと。今この城に無傷のものはたった二人。

 高級そうな真紅に染まる絨毯の上を、ぺたぺたと裸足で歩く、しましまパジャマの男。

 黒髪黒目、しなやかな筋肉を持つその男たった一人により、魔王軍は壊滅の危機にあった。


「雑魚だと……ふざけるなよ人間が!!」


「ふざけてなどいない。俺に倒されるという栄誉が与えられるのだ。もっと喜んだらどうだ」


「なめるな……我が……魔王であるこの我が……人間ごときに倒されるなど認めん!!」


 四十メートルはあろうかという巨大な黒い龍が吠える。

 四枚の翼、どんな剣より鋭利な牙、灰すら残さぬ炎のブレス。

 この姿を見て生きていられた人間などいない。

 にも関わらず、目の前の男は無傷だった。


「貴様……いったいその力は何だ!! 女神にいったいどんな力を願ったああぁぁぁ!!」


 認めるわけにはいかなかった。

 魔王として、いずれこの世界を統べるものとして。

 魔王が心の平穏を保つために出した答えは、忌々しき女神の加護、というものだった。


「俺を若返らせてやっただけだ。十五年ほどな。それだけだ」


「若返らせて……やった?」


「若返ることなど造作もない。だが、全人類の至宝である俺に、無償で頼み事など、女神の気が引けよう。そこで俺を若返らせてやったんだ」


「あり得ん!! 絶対にあり得ん!!」


「事実だ。お前がどう思おうが、な」


 男が女神に呼ばれ、異世界へと飛ばされる時に願ったことはひとつ。

 自分を十五歳まで若返らせること。

 彼にとってそれ以外の能力など必要なかった。

 彼は最早どんな能力が存在しようとその上を往く存在だからだ。


「それでも強いて言うなら自己催眠だな」


 男は人間の脳のうち、使われていない70%を120%使う術を見つけたのである。

 このために彼は催眠術の本を買い漁り、催眠CDまでも親の金で買い漁った。

 そして一ヶ月ぶっ続けの自己催眠により自己暗示をかけることに成功した。

 完全に催眠術をマスターしたのである。


「魔王よ。トカゲの分際で無駄に時間を取らせるな」


「我をトカゲだとっ!? どこまでコケにすれば気が済むのだ貴様あああぁぁぁ!!」


「貴様など、俺の無職童貞流の前ではトカゲの一種にすぎん」


「ガアアアアアアアアアァァァァァ!!」


 魔王が本日何度目かもわからない火炎のブレスを吐き出す。

 その圧倒的な威力を誇る炎の渦は、男の右手の親指と中指を鳴らすことで生じる衝撃波により、左の翼二枚と共に跡形もなく抉り取られた。


「まったく、トカゲの息は暑苦しくて敵わんな」


「ナゼ……ダ……ナゼ……キサ……マハ……タオレナイ……ナニヲシタ……」


 翼を切り落とされた痛みから、まともに喋ることすらできない魔王。


「なぜなぜと、質問ばかりか。少しは自分で考えろと言いたいが……まあいい」


 男はどこまでも不遜な態度で語り始める。


「俺が働きもせず、親の金で二年間の山籠りと、三年間の全世界格闘技修行の末に編み出した奥義の一つ」


 男の右手が翻る、ただそれだけで魔王の残った二枚の翼が切断される。


「無職童貞流、格闘奥義――――絶刀次元断ぜっとうじげんだんだ」


 絶刀次元断。

 恐るべき切れ味の手刀により、空間や次元すらも切り裂く奥義が炸裂した。

 俗世と隔絶されたニートでなければ見えない世界の境界。社会とも、現世とも離れ、孤高に生きる童貞のみが発見できる境界を自在に操る童貞技の一つである。


「あと五年、異世界から呼ばれなかった時のために、自力で異世界に行けるようにと作った技だ」


「ミトメナイ……ミトメルワケニハ……イカナイ!!」


「哀れだな……もういい魔王。眠れ」


 男の右拳に光が宿る。その光はあらゆる平行世界における因果までも消滅させる一撃である。


「無職童貞流、究極奥義――――因果爆砕拳!!」


 全ての因果が消え失せ、消滅以外の未来への分岐をも消し去る究極奥義である。

 声も出せず魔王は光に飲まれて消えた。


「さて……そこのお前、出てこい。殺しはしない」


「気付いていたの」


 とんがり帽子に真っ黒なローブを着た少女が現れる。

 ローブの下は黒いフリルの付いた服だ。

 桃色のロングヘアーが印象的で、人間であれば十代後半だろう。

 彼女こそ、この魔王城で無傷である存在の二人目だ。


「お前は?」


「魔王軍、副司令官アルファ。あなたは?」


「俺は勇希春人ゆうきはるとだ。これからはお前の上司になる」


「ユウキ・ハルト……上司?」


「そうだ、この世界を拠点とし、世界に覇を唱えたり唱えなかったりするため。そのためだけにこの城とお前は存在する」


「お給料……でるの?」


「ああ、ここに来る途中こんなものを見つけた。とりあえずこれで三ヶ月働いて貰おうか」


 春人が懐から出したのは金のティアラである。

 十二種類もの宝石が散りばめられたお宝だ。

 それと拳大のダイヤモンドを十数個手渡す。


「わかった。よろしく新魔王さま」


「違う、魔王ではない。春人様だ。童貞は魔王よりも気高い孤高の存在だ」


「わかった。覚える」


「いい子だ。さて、冒険者や魔法使いなど、特殊な者を育てる施設はあるか? もしくは冒険者ギルドもいいな」


「ある、けどお城が壊れたまま。直したい」


「立つ鳥跡を濁さず、か。今すぐに直そう」


 春人が軽く手を振ると、まるで新築のように光り輝く魔王城へと変わる。


「無職童貞流、清掃奥義――――清掃粒子波せいそうりゅうしは


 童貞ゆえのピュアハートが心も、荒んだ時間も洗い流し、綺麗だった状態へと戻してゆく。

 いつまでも汚い自分の部屋が、いつの間にか綺麗になっていたら良い。

 そう願い続けることで願望を現実へと変えた時、春人は時を操ることができるようになっていた。

 自由な時間が無限に存在するニートであることが、最大限活かされた技術である。


「これでいい。行くぞアルファ。この俺の伝説が今より始まる。お前には俺の隣で歓声と尊敬の眼差しを受ける心地よさを味わってもらおう。全力でな」


「嬉しい、春人様」


 春人の腕に抱きつくアルファ。腕に大きめの胸があたっているが、一切動じることはない。異世界に言った時のために、何度も想像していた状況だからだ。


「ずっと待っていた。魔王を倒せるくらい強い人を。もう魔界も冥界も飽きたから。ここから出してくれる人に仕えたい。だから今日から私のご主人様は春人様」


「ふっ、やれやれ。異世界というやつは…………貞操を守るのも楽じゃあないな」


 軽くため息を吐き。アルファの歩幅に合わせて歩き始める。


「春人様、あれ。あれは敵」


 アルファが窓の外を指差す。そこには遥か先まで続く、蠢く黒の軍勢。


「魔王様が死んだから。ライバルの軍が攻めてきた。春人様の出発が汚れる。アルファのテンションが下がってきた」


「なに、すぐに済ませるさ。そうしたら一緒に学園に入学しよう。冒険者をするのも良い」


「どこにでも付いて行く。アルファも戦う」


 紫煙に包まれたアルファの右手より、魔界には似合わぬ暖かな輝きを放つ杖が現れる。

 所々に花をあしらった美しい杖。それを持つアルファと合わさると一枚の絵画のようだ。


「あの程度、お前の力を借りるまでもない」


「お前じゃない。アルファ。ちゃんと呼ぶ」


 むくれているアルファ。それをどこまでも穏やかな眼差しで見つめる春人。

 出会って一時間も経っていない2人の間には、すでに信頼という名の絆が紡がれ始めていた。


「悪かった。ならアルファ、任務を与える」


「任務? 戦っていい?」


「違う、もっと大事な任務さ。俺と一緒に歩きながら、晩ご飯のメニューを決めてくれ。責任重大だぞ」


 アルファの頭を優しく撫で、乱れた髪を整える春人。


「わかった。春人様の期待に応える。アルファはできる子」


「よく言った。それじゃあ行こうか」


 咆哮を上げ迫り来る魔族の軍勢に真正面から歩き出す。


「食事の前にゴミ掃除だな。軽く運動した方が、きっと晩ご飯はおいしくなる」


 今この時より、勇希春人は自由気ままに英雄譚を紡ぎ始めた。

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