白日記 第12話 答えが、見つかりそうです

 ナディアのお腹の子が育つのと並行して、王都に巣食う反王政派と白軍との衝突の回数も増えていた。エスファーナの治安は悪くなっていた。

 でも、組織というものは育てば育つほど強力な指導者が必要になる。その時育っていた反王政派には、それなりの手腕のある指導者を招き入れることができなかったようだ。ただいたずらに人が増えた結果、反王政派は統一を欠くようになっていた。その点白軍はきちんと統制されているから――僕ではなくて副長の力だと思うけど――負けはしなかった。

 捕らえた反王政派の人間の言うことがいつの間にか揃わなくなっていた。以前の、アルヤ王国に民主政治を、という言葉を言わない者が出てきた。今の王が気に入らない、太陽が何だ、俺たちの腹は膨れない――だんだん下層階級を巻き込むようになっていたんだ。アルヤ全体に何となく漂っている社会不安がここに凝縮しつつあるように感じた。

 でも、僕も徐々に自分自身の考え方が変わっていくのを感じていた。

 僕は将来僕の子が歩く街を今の治安の悪いままにしておきたくないと思い始めていた。子供のために街を綺麗にしたいと思った。

 僕が、この手で、エスファーナを守るんだ。

 そんな気持ちがナディアと結婚して以来仕事から離れていた僕の心を仕事に引き戻した。


 ある日、白軍は決定的な反王政派の変化の証をつかんだ。

 反王政派の中のある小集団の隠れ家から、サータム帝国製の武器が見つかった。

 反王政派とサータム帝国が裏でつながったことを示唆していた。

 このままではアルヤ王国がサータム帝国の傀儡になる。

「今までは対話に応じようかとも思っていたが、今後はその必要もないと心得た。皆の者、王に背く者は一網打尽にせよ!」

 そう号令してくださったのはハヴァース王子だ。我々はハヴァース王子からそのお言葉を賜ったことをきっかけに反王政派を一気にたたみかけ始めた。

 僕とナディアの子供のために、僕がサータムからアルヤを守るんだ。


 反王政派も白軍の士気の変化に気づいたのだろう。焦って事を運んだらしい。それから間もなく、僕らは連中の蒼宮殿襲撃計画の情報をつかんだ。

 協議した結果僕らはあえて蒼宮殿で連中を待ち受けることにした。陛下と王妃様がた、シャムシャ姫に北の離宮にこっそり移っていただいた。本当は王子がたにも行っていただきたかったが、このお二方が僕の申し出をお聞きくださるわけがない。念のために気の置けない将軍にお二方の警護を依頼し、戦争に出かけない白軍の珍しい最前線での戦いに備えた。

 運命の日はつかんだ情報どおりにやって来た。

 蒼宮殿の門という門で一斉に白軍兵士と反王政派志士が衝突した。

 連中はあくまで即席の部隊だ。我々はアルヤ王家を守るために鍛え抜かれた、王に命をお預けしている精鋭で構成されている。当然、王家の象徴たる蒼宮殿に賊の侵入を許したくない。我々だってやる時はやるよ。君はぼーっとしているとか坊ちゃんばかりだとかと言うけど、白軍はエスファーナでは最強なんだからね。

 寄せ集めの民間人を斬るのは簡単だ。この十年間で一番人を斬ったアルヤの部隊はこの時の白軍だと言われている。

 ただし一箇所だけ、ある門が突破されたという情報が入った。

 南の塔で指示を出していた僕ら白軍幹部の間に緊張が走った。

 サータムの回し者の仕業だろう。

 僕らは血に濡れた軍服で伝えに来てくれた若い兵士に少し休むよう言うと、どうやってその侵入者たちを捕捉するか検討した。

 その時のまだ未熟な僕に分かっていたのは、とにかく北の塔にいる王子がたに近づかせてはいけない、ということだけだった。サータム帝国では「アルヤ人は太陽さえ沈めば飼い馴らせる」と言われているらしいからね、必ずハヴァース殿下の首を狙うはずだ。

 僕は僕の王を守らなければならなかった。

「僕は北の塔に行く。みんなは僕より知識も経験もあるし大人で冷静だ、ここからの情報収集と指令に務めてほしい」

 副長はしばらく僕を眺めた。それから、静かに問うてきた。

「大丈夫かな。将軍はそれで間違いはないとお思いですか」

 僕は白い神剣の柄を握り締めて頷いた。副長は「左様ですか」と言って微笑んでくれた。

「承知致しました。殿下がたのもとへ参られよ」

「ありがとう」

 中隊長の一人が副長に「将軍不在で問題はございますまいか」と訊ねた。副長は「仕方がない」と答えていた。

「将軍は本来軍人とは異なる存在なのですよ。軍の指揮はもともと副長がすればいいようにできておりましてな、将軍はアルヤの軍神として軍という組織から独立することができる」

 「神の御剣が太陽をお守りせよと仰せのようだ」と副長が言った。

「行きなされ、白き御剣に選ばれし光の御子。それが己がさだめだと思うのならば、きっとそうなのでしょうから」

 僕はその部屋を出た。そう言ってくれるのなら白軍は大丈夫だと思ったからだ。

 大丈夫なのは白軍だけだったわけだけど。

 さっき休むように言ってあげた新米兵が慌てた様子で僕を追いかけてきた。それもまだ赤い血のついた軍服のままでだ。

「将軍!」

「どうした? 休んでいていいんだよ」

「いえ、違うんです、将軍にはまだもう一つお伝えしなければならないことが」

「それならさっきの臨時司令室に戻って――」

「それが、エスファーナ全体の見回りに行った者からの伝言で、白将軍閣下ではなくラシード・メフラザーディー様個人にお伝えし申し上げるようにとのことでしたから、あの場では申し上げられませんでした」

 立ち止まって彼を振り返った。彼は真面目な顔で教えてくれた。

「奥方様が産気付かれたそうです」

 思わず目を丸くした。そろそろだとは思っていたがどうしてよりによって今日にと思った。

 でも僕は頭を振ってそんな気持ちを追い出した。

「ありがとう。もしかしたら僕が家に帰る頃には生まれているかもしれないね」

 彼はずっと強張らせていた顔を笑みに崩して「そうですね」と言ってくれた。

「早く片づけてお帰りください。早く御子をお抱きになれますよう自分も微弱ながら力添えさせていただきますゆえ」

「頼もしいよ」


 南の塔を出て中央の庭に出た。そこには黒いクーフィーヤ――サータム人が頭にかぶるあの布をかぶった男たちがいた。

 男たちは僕を見て剣を抜いた。

 僕も剣を抜いた。神より賜りし白き御剣を。

「白い剣――貴様が白将軍か」

「いかにも! 我が名はラシード・メフラザーディー、太陽を守る白将軍なり!」

 男たちが斬りかかってきた。そこにはその時ざっと二十人はいたけれど僕は負ける気がしなかった。

 早く帰ろう。早く片づけて帰ろう。早く何もかもを片づけて家に帰り僕の子供を抱こう。ナディアを労い、眠るまで手を握って愛しているよと囁き続けよう。ナディアはきっと重労働で疲れている。僕を放って眠っているかもしれない。今日僕がどれだけ頑張ったかはまた明日か明後日にでも聞いてもらえればいい。ナディアもすごく頑張っているだろうけど僕も今すごく頑張っている。

 僕がすべてを守るんだ。ナディアも、子供も、王も、エスファーナも。僕が、すべてを守るために戦うんだ。

 白い軍服が朱に染まっていく。

 殿下。僕の答えが、見つかりそうです。

 僕は、守るために、戦います。

 ナディアは、人を斬るのは恐ろしいと言ったけれども。僕は、君との未来を守るために人を斬るよ。

 中央の噴水が、小川が、赤く染まっていく。白い剣の柄も赤く染まっていく。

 サータム人は斬っても斬っても湧いてきた。だんだん王子がたのもとへと参上したい気持ちが焦ってくる。

 足元にあった死体を踏んで平衡感覚を崩した。いつの間にか僕の周りが死体だらけになっていた。気づいていなかった。

 それでもまだ囲まれている。

 誰かの剣を受けているうちに誰かの剣が僕の肩を浅く斬っていった。

 早く王のもとへ馳せ参じたいのに。

 でも僕は、一人じゃない。

「よォ、俺のシマを荒らしてくれるたァいい度胸してんじゃねェか」

 振り向いたら、すぐそこに赤い鞘に収まった神剣を担いでいる赤将軍がいた。いつ忍び込んだのやら、彼は街の警備を担当していたはずだ。

「来てやったぜェ兄弟、街があんまり平和だったもんでな。まさかここまで宮殿に集結しちまってるたァ来てみて正解だったぜ」

 サータム人たちがたじろいだ。

「行け、ラシード。お前は将軍のうちでただ一人王のために生き王のために死ぬことを義務付けられた存在だ。次に昇る太陽のお傍につけ」

 僕は彼に感謝して、サータム人たちの間を抜け、北の塔へと走った。その後には死体の山が築かれたらしい、具体的にどうなったかは把握していません。

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