(2)
初めて
のう。それが『変わる』ということなんじゃよ。慣れてこなせる試練もあれば、慣れて失う
使者が私を伴って現れたのを見て、サウロスはひどく恐縮しておった。
「ゾディアスさま。むさ苦しいところにわざわざお運びいただき、誠にかたじけない」
「いやいや、お気になさらず。して、ご依頼の内容を使者の方より伺いましたが、正直とても難しい依頼ですな」
「さようでございますか……」
「その若者は、こちらには?」
「繁く訪ねてまいります」
「サウロスどのの印象はいかがか?」
「今時珍しい、邪気のない真っ直ぐな青年にございます」
「ふむ」
「ですが、私には白すぎるように感じるのです」
「はっはっは。そうでしょうなあ。濁りが見えなければ、それは隠されているように感じる。もっともなことでしょう」
「はい。ひどく情けないことではありますが、我ら前王の臣下の者は誰しも王を諌めること能わず、それがゆえにひどく国を乱してしまいました。我々は同じ
「よく分かりまする」
いつもはソノーが抱えているノオト。それをサウロスの前で開いて、情報を整理する。
「まず。サウロスどのが知り得ていることと、私の手元の情報とを照合させていただきたい」
「はい!」
「若者の名は、リゲル・アルドリウス。すでに私兵団を率いており、兵たちの統率は取れておる。騎士ではないが礼節をわきまえていて、横柄な態度は決して取らぬ。旧臣最高位のサウロスどのの屋敷に日参し、国政を執らせて欲しい旨の請願を繰り返しておる……でよろしいかな?」
「はい。私が若く野心に満ちていれば、前王の代わりに国を牛耳っておったでしょう。ですが、年を経、病を得た身ではそれは叶わぬこと。ならば、長く国政を担える新王の即位に一刻も早く道をつけておきとうございます」
「はっはっは。サウロスどのも正直じゃな」
今のサウロスの
「さて。それでは、若者の過去をシーカーに探らせることにいたしましょうぞ」
「おおっ! 請けてくださりますか!」
「はっはっは。サウロスどのから直接の請願であれば、何の支障もありますまい。その若者もすぐこちらに参るでしょうからの。日参でありましょう?」
「はい。さようでございます。で、報酬はいかがいたしましょう」
「それはサウロスどのにお支払いいただくのではなく、その若者に払わせることにいたしましょう」
「!」
◇ ◇ ◇
若者の過去はすぐに知れた。あまりに整っておるゆえ、逆に少々味気ない感じがしたがな。
クレスカの北方、山間都市アルベスの出自。アルベス郡司の長子で騎士を目指していたが、鍛錬中の事故で重傷を負い、騎士になることを断念した。その後父親の跡を継ぐべく王都に出て勉学に励んでおったが、前王と皇太子の堕落した姿にひどく憤慨し、北辺の諸侯を密かに束ねて反乱を起こすつもりであったらしい。
じゃが、兵を挙げようとした矢先に王族が揃って
確かに白い。じゃが真っ白ではない。綺麗事だけではない以上、リゲルの魂胆はそれほど疑わなくともよかろう。それよりも……。
「突然現れ、突然消えるのが彗星じゃ。それでは困る」
サウロスの屋敷を再訪した青年は私のことを聞き知っておったようで、
「ゾディアスさま。お目にかかれて光栄にございます。それがし、アルベスに住まうリゲルと申しまする」
「ゾディアス・リブレウスじゃ。今、サウロスどのからそなたの話を聞いておっての」
「あの」
顔を上げたリゲルが戸惑ったように尋ねた。
「それがしと同じ年まわりのようにお見かけいたしますが、なぜそのような」
「ああ、言葉遣いかの」
「はい……」
私は、同じような疑念を抱いていたらしいサウロスと使者の男に目を移した。
「サウロスどのも、不思議に思われましたかな?」
「はい」
「はっはっは。私は魔術師。己の見てくれをいかようにでも変えられまする」
若い娘、幼児、老女、獅子……次々に見てくれを変える。三人は、そんな私を見て腰を抜かしておった。はっはっは。
「じゃが、中身は紛れもなくじじいでしての。それゆえ、こういう話し方になりまする」
「うわ!」
「はっはっはっはっは!」
高笑いしたのち、今朝エルスが庭で見つけた銘板を懐から出して三人に示した。
「私は、今やとんでもなく年を経たじじいになり申した。それでも、若い頃にはリゲルどのと同じように高い志を抱いて修行に励んでいた頃もありましてな」
「ほう」
ぐいっと身を乗り出したサウロスの目が、銘板に刻まれた文字を追った。
「世界一の魔術師になる……ですかな」
「ははは。いかにも
サウロスが、なんと答えていいものか分からぬと言うように微苦笑した。
「何かを決意するというのは一瞬のこと。その一瞬のことで、一生が左右されまする。私がもしどこにでもおる農夫でよいと考えておったなら、今頃はここにおりますまい。死ぬまで畑を耕し、凡庸な人生を送ったでありましょう。それに良いも悪いもありませぬ」
「なるほど……」
「じゃが、私は子供心に魔術を極めたいと誓った。それが一瞬のことであっても、ゆえあってこの道に足を踏み入れた以上、後戻りは出来ぬのです」
「なぜでございましょう?」
リゲルが首を傾げた。
「魔術は
サウロスは、それで得心がいったのであろう。大きく頷いた。
「さようでございましたか」
「ははは。まあ、じじいというのは
「リゲルどのも、幼少の頃の私と同じじゃな。青雲の志を抱いて力を
「はっ!」
「それは、今まさに現れた彗星の輝き。じゃが星の輝きを失えば、リゲルどの自身にとってすら意味がなくなりまする。光らぬ石の塊と化してしもうた愚王の
「はっ! 心得ました」
私は、手にしていた銘板をリゲルに渡した。
「これは私にとってすでに意味なきもの。リゲルどのが常に己の火を確かめられるよう、お持ちくだされ」
錆びた銘板に刻まれた幼児の字。されど、それがここまで私の道を整えてきた。私の抱えている星は、少なくとも今まで自他に見えるくらいには光っておる。乏しい、
銘板をじっと見つめていたリゲルは、それを慎重に懐に収めると、
『王に出来ぬことをなし得る王でありたい』
それから、鱗板をサウロスに差し出した。
「これを、サウロスどのに献上いたしまする」
「うむ」
サウロスは鱗板を高く掲げ、にっこりと笑った。
「即位式のない王の誕生じゃ。早速、誓いの実行じゃな」
「はっ! 配下の者を揃えて、再度伺いますれば」
「うむ。私も旧臣を集めておくゆえ、そこで今後のことを討議することにいたしましょう」
「ははっ!」
清々しい表情で直立不動の姿勢を取ったリゲルは、最敬礼したのち屋敷を辞した。サウロスが、鱗板をしげしげと見つめてうなった。
「ううむ。ゾディアスさま、見事でございます」
「ははは。報酬はリゲルから捧げられた鱗板。それで充分でございましょう」
私は、はるか昔に過ぎ去った日々をかすかに思い浮かべた。
「至高の魔術師は魔術を使わぬ。ここまで年を経て、それが私の得た教訓。そして、私には永劫に手の届かぬ星の光でありまする」
【第三十五話 彗星 了】
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