(2)

 一度話の流れを切って、みんなを見回す。


「ここルグレスもボルムと同じよ。攻め取ったとて、大した富を産まぬ土地じゃ。国土は狭あいで生産力が低いからの」

「びんぼうなんだね」


 レクトはがっかりした顔。そんな貧乏国の王様なんか、絶対に嫌だと思ったじゃろうなあ。はははっ。


「ところがの。隣のクレスカ王国が、攻め込んで来そうな気配なんじゃ」


 それまでののんびりムードが、一瞬で消し飛んだ。


「戦に巻き込まれたくなければ、戦を回避する方法を考えねばならぬ。お主らの知恵を借りたい」

「あの……なんで?」


 メイが、おっかなびっくり聞き返す。


「クレスカの王子との婚儀を、ルグレスが二回破棄しているからじゃ」

「えっ? そんなこと……できるんですか?」


 姿勢が受け入れ型のメイには、理解出来んじゃろうな。ぱっくり口を開けたまま絶句しておる。


「ルグレスには王女が二人おってな。長女のメレディスは、親の決めた婚儀を嫌って駆け落ちを企て、それが露見して実父に処刑された」


 メイとソノーは、真っ青じゃ。二人とも、過去に同じ目に遭うておるからのう。


「次女のセレスは、婚儀をいとって自害しようとしたのじゃ。私が術を使って婚儀直前に王宮から脱出させたがの」

「うわ」

「されど、クレスカの王子はルグレスの事情なぞ知らぬ。なぜ国同士の約束を破ると凄んでおっての。娘が来れぬなら、王妃直々に輿入れせよと迫ってきた」


 どたあん! 全員、派手にずっこけよった。


「えええっ? うっそお!」

「信じられない……です」


 確かに、常識外れもいいところじゃからの。


「王妃が中年になっておれば別。じゃが、王妃はまだ四十に届いておらぬ。王が逝去しておるゆえ、再婚に支障はない」

「でもぉ、あまりにあまりな……」

「当たり前じゃ。幼王の母でもある王妃が、馬鹿げた縁談を飲むはずがない。それは隣国からの過剰干渉。体のいい国の乗っ取りじゃからの」

「ええ」


 ソノーとメイが、揃って胸をなで下ろしている。マルタは国同士の事情なぞにはまるで関心がなかったらしく、ひたすら地図を凝視しておった。それから……。


「なあ、おっさん。ルグレスとクレスカって、ほとんど山が国境代わりなんじゃないの?」

「そう。マルタが言ったようなことをよく見てもらいたい。それを受けて、隣国の侵略を回避するのにどういう手があるかを考える」


 マルタと子供達がわらわらと地図に群がった。よしよし。国策を考える場としてはあまりに賑やかであったが、地理を学ぶことは広い世界を学ぶことじゃ。きっと先々子供らの役に立つじゃろう。私とアラウスカは、マルタや子供らの質問に答えつつ、徐々に策を練っていった。


「ふむ。案が出揃ったな」

「でもー、そんなこと出来るんですかー?」


 ソノーが、まだ首を傾げている。


「道を付け替えるなんてー」

容易たやすいこと。スカラを移した時よりもっと楽じゃ」

「うっそーっ! スカラって最初からあそこに……」

「違う。最初はメルカド山の至近にあっての。子供らに危険が及ぶゆえ、今の場所に移したのじゃ」

「ゾディさまが、ですか?」

「そうじゃ」

「うわ……」


 さて、と。


「では、お主らの策をアラウスカを介して王妃に奏上することにしよう。面倒なことは早く済ませるに限る」

「そうだね。段取りをつけてくる」

「頼むな」


 頷いたアラウスカが、床の上に杖で円陣を描く。陣を満たす光に溶けるようにして、アラウスカが姿を消した。


「どれ。私も備えるか」


◇ ◇ ◇


 アラウスカの助言を受け、王妃はゲウムに正式な求婚拒絶の返書を送った。


『息子の補助をしなければならないので、申し訳ありませんが求婚はお受け出来ません』


 喧嘩を売るでも、媚を売るでもない。事実をきっぱり述べて返しただけじゃ。ゲウムはその返答を見て激怒したはず。じゃが、怒りに任せてルグレスに兵を向ける動きはすぐに止んだ。いかなゲウムが馬鹿であっても、あまりに出兵条件が悪いことくらいは分かるじゃろうからの。

 国境に長々と横たわっている山岳は極めて急峻で、騎馬で越すのは容易なことではない。しかも、侵略に備えて北辺の諸侯が国境警備を厳重にしておる。山越しは攻めるも退くも消耗が激しくなるゆえ、そんな下策は採らんじゃろう。兵を進められる道は、メルカド山の山裾を回り込むようにして王都に至る街道しかない。それは私だけでなく、あの時地図を見ておった全員で出した結論じゃ。


 私はその街道を捻じ曲げて、メルカド山の中腹を通るように付け替えた。昨年ガレリアの騎士団が帰国する際、ガタレの竜の代替わりとそれに伴う危険について諸国に警告を発してくれたはずじゃ。気の立った竜に襲われる危険を冒してまで騎兵隊を出そうとは、さすがに思うまいて。

 道の付け替えに加えて、周囲と深い渓谷で切り離されたメルカド山への出入地点を吊り橋でつないだ。もしゲウムが抱卵期を避けて兵を出したにしても、襲来を察知した時点で吊り橋を切り落としてしまえばいい。クレスカとの交易が絶えても、その分は他国との交易で十分補えるゆえルグレスは何も困らぬ。地形に恵まれぬ貧しい国とはいえ、その地形ゆえに守りを固めるのは容易たやすい。あとはクレスカ以外の周辺国との外交を徐々に修正すれば安定するはずじゃ。


 態度のでかかったゲウムは、主要道が付け替えられた上に関門が要塞化されたことを知って肝を潰し、慌てて密使を私のところに送り込んできた。魔術を使って王妃と結婚させよ、と。ははは。馬鹿の戯言に付き合うている暇なぞないわ。そやつにすぐ返事を持ち帰らせた。


『百年後に貴殿が生きておれば、報酬次第では依頼を叶えてやってもよい』


 おととい来やがれ。


「ソノーたちの勉強にはなったが、地理を学ぶにはあまりに下世話なネタじゃのう」


 そう嘆いたら、腹を抱えてげらげら笑っていたアラウスカがお定まりの突っ込みを入れた。


「のう、ゾディ。もし百年後にあやつが生きていたら、どんな報酬を求めるんだい?」

「決まっておる。さっさとくたばって、一からやり直せじゃ!」



【第二十八話 地理 了】


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