(2)
馬車で来たのは、ケッペリアに一つだけある
「ゾディアスさま。どうしても魔術で解決していただきたい危急の問題があり、こうしてお伺いいたしました」
「どうされましたかな?」
「スカラには寄宿舎もございますが、近在の子は歩いて通ってまいります」
「うむ」
「その子らを狙う者が……」
「む! 人さらいか」
「それが、正体がどうしても分かりませぬ。スカラの職員を付き添わせたり、親に同行してもらったりしておるのですが、少し目を離した間に次々と……」
「何人かどわかされました?」
「もう十人を超えてしまいました」
「いつ頃からですかな?」
「数日前からでございます」
校長の目は血走っていた。未来を担う子供たちを預かる身として、絶対にあってはいけないこと。それなのに何も出来ぬ無力感に、ひどく苛まされていたんじゃろう。
「請けましょうぞ」
私は即答した。
「報酬は、この件が解決してからご相談の上。事態が極めて切迫しておりますゆえ、委細は後ほど」
「はっ!」
「マルタ!」
私の声が消えぬうちに、さっとマルタが来た。
「なに?」
「行くぞ。お主の好きな戦闘が出来る。手加減は要らぬゆえな」
「へえー、そんな相手がいるの?」
「ひどく特殊なケースになるじゃろうな。すぐ出る」
アラウスカには、まだ見当が付いておらぬようじゃ。
「あたしも出るかい?」
「その方がいいじゃろう。お主も一切手加減せんでいい」
「ほう? あんたにはしては珍しいね」
「まあな。行くぞ!」
スカラの学長には屋敷でそのまま待っていてもらい、ソノーとメイに相手をさせることにした。依頼者とはいえ、私がすでに依頼を請けているからただの客じゃ。世間話でもしてくれればそれでいい。
三人で馬を飛ばしてスカラの近くに着いた時には、すでにマルタが五感を全開にして敵を探り、その正体を知ってひどく怯えた。
「おっさん、悪い。あたし、降りる」
「じゃろうな。結界を張るゆえ、その中でじっとしておれ」
「うん……ごめんな」
「いや、お主には無理じゃ」
アラウスカが、マルタの様子を見て納得したようであった。
「そういうことかい」
◇ ◇ ◇
敵の気配が校長や教師に察知出来ぬこと。それはどう見ても待ち伏せじゃ。それも地上ではなく、地中でのな。連中の狩りは一瞬で終わるのじゃろう。それでは、学長らに分かるはずがない。
「どれ、
雑木の枝を何本か折り取った私は、それを宙に放りながら呪文を唱えた。
「クローネ! 立ちて、隊を整えよ!」
枝の一本一本が子供たちの姿をなし、整然と列を組んで歩き出す。子供たちの隊列が数十歩進んだところで、路側の草陰から何か影のようなものが高速で飛び出し、子供たちの一人を草むらの中に引きずり込んだ。
「よし! 釣れた」
すぐに
「まだまだおる。片っ端から釣るゆえ、全部仕留めてくれ」
「承知!」
半刻もせぬうちに、道端に巨大な蜂の死骸がごろごろと転がった。その数二十数匹に及んだ。
「なあ、ゾディ。こいつらからは魔の臭いがしないね」
杖で蜂の死骸をつつき回していたアラウスカが、しかめ面で振り返った。
「うむ。ただの巨大な狩り蜂よ。問題は、なぜ巨大になったかじゃ」
「……。そうか。なるほどね」
顔を上げたアラウスカが、メルカド山を見やる。
「ここが山に近すぎるってことだね」
「そういうことじゃ。屋敷の裏の川にネレイスが出るのと同じことよ。さあ、子供たちを助け出そう」
「ああ!」
蜂の潜んでいた穴からは、蜂が子供と見誤って引き込もうとした枝が飛び出ている。それを目印にして、土の中の巣に引きずり込まれていた子供たちを全て抱え出した。
「ふう……図体がでかいだけあって、卵の孵化には時間がかかるようじゃな。幸い誰もこやつらの餌食になった子はおらぬ」
まるで胎児のような格好で眠っている子の腹の辺りに、腸詰めのような形の半透明の卵が産みつけてあった。握り拳ほどもある大きな卵を集めて、火術で焼き捨てる。
「眠りが深いようだけど、大丈夫かい?」
「麻酔されておる。毒を抜くゆえ、少し離れてくれ」
道に横たえた子供たち一人一人の首に、セルフヒールの茎で
「セレ!
紋章の中央から、蜂に打ち込まれた毒が一筋流れ出る。同時に、子供たちが次々に麻酔から覚め、きょろきょろと辺りを見回しながら起き上がった。
「やれやれ、なんとか間に合うたか」
「それより、急いでこの子らをスカラに送り届けないと。親が心配してるだろ」
「おお、そうじゃな」
◇ ◇ ◇
子供がかどわかされたとスカラで嘆き悲しんでいた親たちは、無事に戻ってきた子供たちを抱きしめて狂喜した。ただ、此度は間に合うたが、このような事態が再々起こらぬとも限らぬ。かなり遠回りにはなるが、メルカド山から一番離れている通学路を通って帰るよう親子に指示した。
結界の中で小さくうずくまり、恐怖に押し固められたまま動けなくなっていたマルタを、抱えるようにして屋敷に帰る。学長たちは不安げに執務室で会話を交わしていたが、我々の顔を見るなり飛びつくようにして立ち上がった。
「長々お待たせして相済みませぬ。無事に子らを取り返し、親元に送り届けましたゆえ、ご安心くだされ」
「おおっ! ありがとうございますっ!」
学長が随行の者と抱き合い、涙を流しながら喜んだ。ふむ。ソノーとメイは部屋を離れたか。込み入った話があるからな。好都合じゃ。
「ゾディアスさま。何者がかような?」
「人ではなく、蜂でございました」
「は、蜂ですとっ?」
「さようでございます。メルカド山の
「ひっ」
二人が縮み上がった。小さくとも蜂は毒を持ち、我らにとって危険な存在。ましてや、それが大きければしゃれにならぬ。
「そやつらは蜘蛛を狩る蜂で、普段は人に危害を加えることはありませぬ。じゃが、巨大化したあやつらの餌に見合う巨大な蜘蛛なぞどこにもおりませぬ」
「それで、代わりに子供らを……ですか」
「さよう。野の獣は人間より格段に五感が優れておりますゆえ、危険な気配が漂うところには近寄りませぬ」
「なるほど」
「そして、巨大化したと言えど、大人はきゃつらには大き過ぎまする。手頃な子供らを餌に狙ったのでしょう」
「ううむ」
「此度は貴殿の請願が迅速だったゆえ、辛うじて間に合いました。されど蜂がまだ残っておれば、再び子供らを襲うやもしれませぬ」
「そんな……。私たちは、今後蜂にどう備えればよいのでしょう?」
「メルカド山の影響圏から、
学長の顔がみるみる険しくなる。遠ざかるといっても、スカラは山裾にあるからの。通学路だけではなく、校舎にまで蜂が来ることを心配せねばならん。それを避けるには……。
「此度貴殿から請けた依頼には、今後のことも含まれまする。もし貴殿が承知してくださるのならば、スカラを
「えええっ?」
学長と随行の者が、揃って目を剥いた。
「そのようなことが可能なのですかっ?」
「はっはっは! 動かぬものを動かすくらいは造作ありませぬ。そうじゃな。ラズルは耕作には適さぬゆえ荒れ地になっておりますが、村からはうんと近い。そこに移しましょうか」
書庫からケッペリアの地図を出して卓の上に広げ、今のスカラの在所とラズルの位置に赤と青の
「以上でございまする。お帰りの際に道を誤らぬよう、ご注意召されい」
アラウスカも含め、全員が絶句しておったな。はははっ。
「それで、此度の件の報酬ですが」
「はい」
「ソノーとメイをスカラに通わせますゆえ、受け入れを」
【第十七話 五感 了】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます