(2)
竜に拝礼し、辞すことにする。
「済まぬな。挨拶に来て、愚痴だけ置き去ることになってしもうた」
「かまわぬ。じじいというのはそういうものじゃ」
くぅ。シアやマルタに言われるより堪えるの。
「のう、ゾディアスよ」
「なんじゃ」
「お主は……変わっておるな」
「ははは。それが、私にとって唯一の褒め言葉であるゆえな」
「わあっはっはっはっはあ!」
竜が目を細め、首を振って心地よさそうに大笑する。
「これで、抱卵の間を穏やかに過ごせそうじゃ。礼を言う」
「身共こそ。では、これにて」
背を向けた私に、竜が
「先ほどの四分の話」
「おう」
「四人目は、生きておる」
「!!」
それ以上何も言わず。竜は巣に
「そうか! そういうことであったか!」
戻ってすぐにシーカーを飛ばして竜の
「ゾディアスさま。報酬はいかほどでしょうか?」
「そなたらが私の問いに答えること。それだけでありまする」
「は?」
娘は私の言葉の意を汲めず、首を傾げながら帰っていった。
◇ ◇ ◇
娘の依頼を果たす日。私は、あえて娘の一家を全員集めた。夫婦が娘たちにあえて四分を見せたということ。それは……いつかこのような日が来ることを覚悟していたからじゃろう。重苦しい雰囲気が支配する執務室。全員の着席を待って、話を切り出す。
「まず。依頼を果たす前に、全員に一言言い渡しておきまする。誰であっても、重たい選択をせねばならぬことが生涯に一度は必ずあるのじゃ。それは、どうしても回避出来ませぬ」
私は、三人の娘を一人ずつ指差した。
「そなたらが、同時に二人の男から求婚を受けたとしましょう。そのどちらにも同じくらいの魅力と愛情があり、甲乙つけがたいとすれば。そなたらは、どちらの男を夫に選んだにせよ後悔を残すでありましょう?」
娘たちが揃って俯く。
「選択というのは残酷なものじゃ。それが運命を変えるものであっても、後戻り出来ませぬゆえ」
私は、父親の告白を促した。
「そなたが突き付けられた運命も……悲しいものでありましたな」
「……」
「私が話すよりも、ご自身で明かされた方がよいと思いまする」
父親は、真実を明かす覚悟を固めたのだろう。繁く目を擦り、言葉に詰まりながら事情を明かし始めた。
「妻と結婚し、最初の娘が生まれたばかりの頃に、店に強盗が押し入ったことがありました」
「うむ」
「ですが、その時は商いを始めたばかりで金品が何もありませんでした。本当に貧しかったのです。強盗は、私たちに刃物を突き付け、妻か娘を寄越せと……」
がたあん! 椅子を倒して、三人の娘が一斉に立ち上がった。いずれも真っ青な顔をして。
「う……そ」
「そんな……」
俯いてしまった父親が、涙を床にぽたぽた落としながら話を続けた。
「どちらも渡したくありません。ですが、一家皆殺しにされると全てが
「長女を奪われたということですな」
「はい。私や妻の中では、賊に奪われたとて愛する娘。娘は三人ではなく、いつまでも四人です」
「うむ」
「そして、娘を守れなかった己の弱さを、今でもどうしても許せないのです。後悔は……この年になっても消え果てることはありません。持参金を四分したのは、せめてもの罪滅ぼし。もし娘が生きておれば……」
その後は、もう言葉にならず全て嗚咽に飲み込まれた。母もまた言葉なく、激しく泣き崩れていた。父親だけでなく、夫に選ばれた妻にとっても、その選択は無情なものであったろうな。母としては娘の身代わりになりたい。じゃが、夫の愛情を踏みにじることも出来ない。夫婦には何の咎もない、悲しく無情な選択。
財産と違って、心は分けられぬのだ。四分どころか、たった二つにもな。
「これで、私が請けた依頼は果たしもうした。依頼者であるそなたらには、今報酬を支払っていただきたく。私の問いに答えてくだされ」
真実の前に打ちひしがれていた三人の娘に、同じことを問うた。
「父。母。そのいずれの立場でもかまいませぬ。そなたらが同じ状況にあった時、選べますかの? そなたらが選ばれた時に、その選択に耐えられますかの?」
三人の娘は、黙ってじっと俯いたままじゃ。
「答えられぬうちは私への負債が残るゆえ、それを負うようお願いいたしまする」
部屋の隅に控えていたアラウスカが、わずかに頷いた。のう、アラウスカよ。親子の絆を壊さぬようにするには、これしかなかろう?
「この件は終いじゃ。されど、結婚という喜ばしい晴れの日を控えて、これではあまりに後味が悪うございまする」
私は執務室の中央に円卓を出し、それを囲むように四つの椅子を配置した。
「お座りくだされ」
三人の娘は、四つの椅子のうち三つにそれぞれ腰を下ろした。各々の着席を確かめた私は、空いていた一つの椅子を指差した。
「そなたらの姉君は、ご健在でありまする」
四つ目の椅子がぼおっと光り、その上に幼子を抱いて愛おしそうにあやしている娘の姿が鮮明に浮かび上がった。
「おおおっ!」
涙ながらに駆け寄ろうとした父親を制し、私は笑顔で祝辞を置いた。
「悲劇なんぞを分け与える意味はありませぬ。しかし、喜ばしいことはいくつに分けてもよいでありましょう? 四つなどとけちくさいことは言わずに」
【第十六話 四分 了】
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