(2)

「ゾディさま」


 数日して、ソノーが心配そうに執務室に入って来た。


「なんじゃ?」

「あの娘さんの依頼、本当に請けてしまったんですか?」

「請けたぞ。今頃、実親と再会しておるはずじゃ」

「あの……大丈夫……なんですか?」

「実親が鬼畜なのに、歓喜の再会で済むわけはなかろう。子売りは言葉巧みに己の過去の所業をごまかし、あの娘にとり入るはずじゃ。それを信用して実家に戻れば、今度は売春宿に売られるか、奴隷として国外に連れ出される」

「そ、そんなっ!」

「はっはっは。じゃが、そうなって見ぬと親というものの意味が分からぬゆえな」


 ソノーが、がっくり床にくずおれる。


「そんなあ……」

「夢の中で体験したことは、現実を直視するきっかけになるじゃろう?」


 ぴょーん! 飛び上がったソノーが大きな声で叫んだ。


「あああっ! そっかあっ!」

「私は、依頼はきちんと果たすぞ。実親が誰かを教えてくれという娘の願いは叶える。ただし、夢の中でな。そして夢であっても、その中で起こることは全て事実じゃ。何も捻じ曲げぬ」

「ええ」

「一日という日が必要なのは、運命に枝分かれがあるからじゃ。そのどれを辿っても、鬼畜の実親が起点である限り帰結はどれも同じになる。それを心底覚ってもらわねばならぬからな」

「そういうことでしたか」


 ふうっと安堵の吐息を漏らしたソノーが、こっそり目を擦った。


「これも縁じゃな。もしあの娘が自らの力で親を探しておれば、娘の運命はどこまでも悲劇的じゃったろう」

「はい」

「じゃが、娘も薄々分かっておるのよ」

「実の親がひどいってことを、ですか?」

「違う。養親の愛情を上回れる者はどこにもおらぬということを、じゃ」

「……そうか」

「此度のことも、自分の気持ちをしっかり確かめたかったからじゃろう。私は、娘に降りかかりそうな危難を遠ざけただけじゃ」

「はい!」


 ゆっくり腰を上げ、ソノーを手招きする。


「それよりの。これから一つ重大な決断をせねばならぬ」

「なんでしょう?」

「いかなる出自であれ、我々はそれぞれがいつじゃ。他の者では代えられぬ。お主のなりがニンフであれ幼女であれ、お主がソノーであることは変わらぬじゃろ?」

「そうですよね」

「グレタもそうじゃ」

「はあ?」


 いきなり話がグレタのことになって、ソノーがぎょっとしておる。


「あの、どういうことでしょう?」

「続きは、グレタを呼んですることにしよう」


◇ ◇ ◇


 広間に全員を集めて、決定を切り出した。


「グレタを解雇する」


 私の非情な宣告に、場が一瞬で凍りついた。


「あまりにやる気が見えぬ。使い魔は、その名の通り私の使いを忠実に果たしてもらわねばならぬが、お主はどうしてもその任に堪えぬ」


 言葉を失ったグレタが、じっと俯く。


「一つ言っておく。それはお主がぼんくらだからではない」

「え?」


 グレタだけでなく、誰もが首を傾げ、目を見合わせた。


「母性があまりに強いゆえに、シアが盲目になっておっただけじゃ。お主の実体はムカデではない」

「えええーーっ?」


 広間に、女たちの絶叫が響き渡った。


「うそーっ?」

「どういうことだい?」


 アラウスカすらすっかり母親の意識になっておって、それゆえ見抜けなかったということじゃな。私は、ぼーっとしていたグレタの頭に手を置いた。


「お主はムカデではなく、ヤスデじゃ。足の数が多いのはムカデと似通っているが、しょうは全く違う。ヤスデには牙がない。肉を食らえぬ。枯葉を食しながらひっそりと隠れ暮らす。敵に襲われた時には固く丸まって悪臭を発し、それで難を逃れようとする」


 アラウスカが、大口を開けて絶句している。


「な、なんと」

「そしてな。ヤスデは育児をせぬ。卵を産めば、それで生を終えるゆえな」

「あああーっ!」

「母性がないのなぞ当たり前じゃ。母性の出しようがない」


 ふう。因果なことじゃな。


「シアが、実子と区別せず養子にしたようなものじゃな。じゃが、それはお主にとっては不幸なこと。お主は一意にヤスデじゃ、未来永劫ムカデにはなり得ぬゆえな」


 ずっと黙っていたグレタが、少しだけ笑った。


「ふふ。うん」

「ヤスデに戻り、のんびりと暮らすが良い。それがお主にとっての幸せであろうからの」


 私が呪を唱えて化身を解くと、グレタの体はくるりと丸まったヤスデに戻り、ころころと転がって。


 ……何処いずくにか出て行った。


◇ ◇ ◇


 執務室に来たソノーが、まだ呆然としている。


「こんなことがあるんですねえ」

「まあのう。まるっきり母性がないのも困るが、シアのように多過ぎても厄介じゃ」

「ふうん。でも、これからどうされるんですか?」

「後任を探し当てた。返事待ちじゃ」

「シア姉さんの続きの方ですか?」

「いや、情が移り過ぎて別れが辛くなったゆえ、ムカデは使わぬ。もう少し乾いたやつにする。まあ」


 机の上で拳を握り、それをとんと下ろす。


「いずれにせよ、やってみねば分からぬわ。結局のところ、そやつもまたいつであるゆえな」



【第十三話 一意 了】

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