(2)
テオは、当日のうちにあっさりと竜鱗を持ち帰った。それに
「ゾディどの。
「すぐに出る。ビクセンどのに謁見し、受諾証を直接渡してすぐにボルムじゃ」
「心得ました」
陸路で行けば一ヶ月はかかるところも、空を行けばほんの一日じゃ。私とテオを運んでくれた
「ゾディアスさま、ど、どちらから」
「正規に謁見の届けを出すと、届けがどこで握り潰されるか分かりませぬ。貴殿の忠臣を疑いたくはありませぬが、ボルムの内通者が必ずや中に紛れておるはず。じゃからこそ、あのような回りくどい請願書を書かれたのでありましょう?」
「御賢察の通りでございます。で、承けていただけましょうか?」
「請けまする。すぐに発ちますれば」
「おお! ありがとうございます!」
倒れ臥すようにして、ビクセンどのが私の足元に体を伏せた。
「どうか、どうか息子たちを……」
「心安く獅子の帰還を待たれますよう。すぐに連れ帰りますゆえ」
「おおう、うおおおおうっ」
顔を上げたビクセンどのは、安堵したのか誰はばかることなく大声で泣いた。
「ビクセンどの。その涙は、獅子が戻るまで取っておかれた方がよろしいでしょう」
「うぐ、つ、つい……な」
◇ ◇ ◇
空路、陸路を行くと早々に斥候に勘付かれるゆえ、
側近に腐れ魔術師がついておって、そいつがなにくれとグルクに入れ知恵をしておるのじゃろう。魔術封じの符の一枚や二枚、どこぞに貼られておるかもしれぬな。大したことではないが。阿呆はしょせん阿呆に過ぎぬ。私の行き来が扉や壁に妨げられぬことくらい分からぬか。はははははっ!
私は部屋の地下から真上に向かって小さな結界を張り、子息と兵とを切り離した。
「どれ、阿呆の顔を拝むとするか」
人質に触れられなくなった兵が右往左往する中、縛られた子息を挟むようにして、私とテオが部屋の中央に立った。扉を注視しておったグルクも兵も、突然現れた我々が何処から来たのか分からず、ひどく慌てふためいておる。さて、さっさと引導を渡そう。
「グルクよ。サクソニアの獅子が二頭こちらに迷い込んだと聞いた。そなたらに迷惑をかけるわけには行かぬゆえ、引き取りに参った」
殺気立った兵が剣を振りかざして押し寄せるも、結界の中には決して入れぬ。その様子に苛立ったグルクが大声で怒鳴った。
「おのれ、無礼な!」
「無礼な者ほどそう吠える。のう、狐の王よ」
「ぬ!」
「礼を尽くして謁見に臨んだ隣国の国賓を、まるで罪人のように扱う無礼な国など聞いたことがないわ」
「きゃつらの退路を塞げっ!」
部屋の四方の扉に兵が散り、残りの兵が我々に向かって殺到する。
ははは。王が阿呆なら兵も阿呆じゃの。結界を壊せぬ限り、お主らは何も出来ぬ。
「ほう。此の期に及んでまだ無礼を働くのか」
「抜かせ、腐れ魔術師め!」
「はっはっは。私が腐れておるなら、お主は
怒り狂って真っ赤になった王が、抜き身の剣を振り回しながら突っ込んできた。私はその愚かしさに呆れておっただけじゃったが、テオは無礼極まりないグルクの振る舞いをどうしても看過できなかったようじゃ。
「何が大公だ! 信義を
そう吐き捨てて憤然と結界を出ると、素手でグルクを思い切り殴りつけた。
どがっ!
体格はグルクの方がはるかに勝っているのに、気の格がまるで違う。熊と鼠くらいにな。テオの一撃で、グルクは部屋の隅まで無様に転がっていった。
「ぐあ……」
「卑怯者は卑怯者らしく隅に控えておれっ!」
普段は控えめなテオじゃが、信義にもとることは大嫌いじゃからのう。芯から騎士よの。テオの放つ猛烈な闘気に怯えたグルクが、慌てて兵をけしかけた。
「か、かかれーっ!」
グルクの号令で、部屋を埋め尽くさんばかりの兵が、数を頼みに一斉に押し寄せてきた。テオはそやつらとは立ち回らず、すぐ結界の中に戻った。
「はっはっは。無駄じゃ。ここは結界で切り離されておる。お主らは我らに指一本触れることは出来ん」
それにしても。体力はともかく、グルクの智力は推して知るべし。黒幕がついておってもこの程度、か。大公の名が泣くわ。黒幕を除けばすぐ片が付きそうじゃな。そう思うて部屋のぐるりを見回すと、王を助け起こそうとしている黒衣の僧がいた。
「あやつか。坊主が
私はテオと入れ替わって結界を抜け、その僧の前に出て
「ろくに使えもせぬ魔術を人に向けるなっ!」
「なにをっ!」
激昂した僧が
「痛くも痒くもないのう。お主は本物の業火というものを知らぬのであろう。ガタレの竜に身を以って教わってこい!」
僧の放った火矢を繋いで縄に変え、それで僧の身体をぎりぎりと縛り上げる。
「う……ぐぅ」
「とっとと
壁に竜鱗で竜の巣に通ずる扉を描き、そこを開いて僧をぽんと蹴り込んだ。
「ま。あんな
扉を閉めれば何の跡も残らぬ。これで術師は除いた、と。あとは馬鹿への仕置きだけじゃな。呆然としていたグルクに言い渡す。
「獅子は返してもらう。本当に獅子が欲しいのであれば、この部屋を出てお主自ら探すことじゃな」
「なんだと?」
「ふんっ!」
手にした竜鱗を投じて四方の扉に突き通す。刺さった竜鱗は姿を消し、扉が真っ黒に変色した。
「魔術を悪用したやつは決して許せぬが、お主らには再考の機会を与える。ただし、ゴミにそれが生かせるとは思えぬがな」
宙を飛んで結界の中に戻り、笑いながらグルクに向かって手を振った。
「はっはっは! これにて失礼する。失礼な王よ、さらばじゃ」
来た時と同じように床下に移動し、王子の
◇ ◇ ◇
二人の王子を無傷で連れ戻し、奪還は無事達成された。息子二人をかき抱いたビクセンどのが、私の訪問時以上に号泣したことは言うまでもない。親子の情愛が深いのをこうして目の当たりにすると、本当にほっとするわい。
報酬の獅子一頭。それは、次男のジョシュアのことじゃった。サクソニア公国は長子グレアムが継ぐゆえ、ジョシュアは将来その補佐が出来るように、国を離れて人としての修行を積め。そういうことらしい。ビクセンどのがしっかり教育しておるから、ジョシュアも年に似合わず聡明で肝が座っておる。年恰好がメイと同じくらいじゃから、ジョシュアにはしばらくメイの教育を受け持ってもらおう。
「ビクセンどの。それでは、しばらくご子息をお預かりいたしまする」
「どうかよろしくお願いいたします。ジョシュアもゾディアスさまの言いつけをよく守り、しっかり修行してくるように」
「はいっ!」
親元から離れるというのに、ジョシュアの表情には全く悲壮感が見られなかった。根っから明るいということじゃな。ふふふ。
◇ ◇ ◇
サクソニアの王宮を辞し、
「ゾディどの。あの部屋に何をされたのでしょう?」
「ああ、大したことではない。部屋の出入り口を全て竜鱗で繋げただけじゃ」
「は? 繋げた、ですか」
「そうじゃ。部屋から出ようとして扉を開けても、それは反対側の扉に繋がっておる」
「出られぬということでしょうか」
「扉からは、な」
ジョシュアに尋ねる。
「お主なら、その部屋からどうやって出る?」
ちょっとの間考えていたジョシュアが、ぽんと手を叩いた。
「上から出ます!」
「はっはっは。そうじゃな。お主と兄者とで知恵と力を合わせれば、部屋を抜ける方法を探れるであろう?」
「はい!」
「結界で封じたわけではないからの。脱出はたいして難しいことではない。されど、頭に血が上った馬鹿者どもが建設的な合議なぞするものか」
「む」
「追い込まれてしまえば王も兵卒もない。ただ己のみが生き残るために、最後の一人になるまで殺し合いをするであろう。そして一人になれば、部屋からは永劫に出られぬ」
「ううむ、そういうことでございましたか」
「狐は逃げるために多くの道を使う。じゃが、獅子は己の信じる一つの道しか進まぬ。困難に不退転で臨むのが獅子じゃ。匹夫の勇は困りものじゃが、それでも
「御意!」
【第七話 獅子 了】
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