(2)
さんざ水遊びをして、疲れたのであろう。服を着て木陰に横たわった二人が午睡に入り、小さな寝息を立てている。私も男の
私が何もせぬこと。それは世界が平穏であることの
「因果なことじゃな」
見上げていた日差しが、ふっと
「やはりな。来よったか」
招かれざる客の来訪じゃ。やれやれ。私が木陰から出た途端に、上空から数本の
ぴしいん!
白衣を着た髭面の男が、太陽を背にして偉そうに私を見下ろしておる。客としての礼儀も何もあったものではないな。黙っておれば聖職者に見えるが、中身はどうしようもなく俗物よ。相変わらず性根が腐れきっておる。
にこりともせず、男がずけずけと言い放った。
「腕は
私を姓の方で呼ぶやつは、一人残らずろくでなしじゃ。むかむかするわ。
「ふん。なまくらばかりのお主らと一緒にするな」
「なんだと?」
男が気色ばむ。
「儂らがなまくらだと言うのか!」
「違うか? 徒党を組まねば白黒決められぬような、腐った腑抜けどもと同列に並べられるのは極めて不愉快じゃ。とっとと立ち去れい」
「卿が招集をかけておる。儂とて、不遜なお主のところになど足を運びたくはない。あくまでも伝令じゃ」
「つまらんのう、クレウス」
「なにぃ?」
「お主らの中の誰か一人でも、ガタレの竜と単騎で渡り合える者がおるか?」
「ぬう」
「ギルドの総員を挙げても竜は御せぬ。お主らは所詮それほどの力しか持たぬ。自惚れの過ぎる半端者どもと交わると、私まで腐る」
「く……う」
「得た力をまともに使えぬ者は、いくら白だと主張しても黒じゃ。己の無能をわきまえるがよい」
私は懐から巨大な竜鱗を出し、それをクレウスに向けてかざした。
「そ、それは」
「竜が代替わりする際に、前代の竜と仕合った。前代の竜は最後まで見事な生き様であったぞ。私もかくありたいものじゃ」
クレウスは、先ほどまで剥き出しにしていた敵意を慌てて引っ込めた。そこが、お主らの限界よ。魔術師ではなく、もどきに過ぎぬがゆえにな。
「クレウス。同じことを何度も言わせるな。私は依頼しか請けぬ。その依頼者が、王であっても卿であっても一介の農夫であってもじゃ。その依頼がまっこと妥当で、かつ報酬を伴うならば、ガタレの竜退治であろうが国家転覆であろうが何でも請ける。そこに白も黒もない。じゃが、私が妥当だと認める依頼はほとんどない。それだけじゃ」
とっとと
「お主らのは依頼ではなく、
クレウスは、無言のまま
◇ ◇ ◇
先ほど光矢を跳ね返した時の音で目が覚めたのであろう。青ざめたソノーがぶるぶる震えていた。
「ゾディさま、あのお方は?」
「出来損ないの魔術師もどきよ」
「もどき、ですか」
「魔術であってもなくても、力を持てばそれを使いたくなる。じゃが、その力が強いほど使い方は難しくなる」
「そっか……」
「それを理解出来ぬ阿呆が、世の中にはいっぱいおってな。お主のように、出来ることを小さく見積もる方が幸せに暮らせる」
「はい」
「じゃが、そうかと言って力を使わねば、すぐに
私は、川底に転がっていた
「
「どういうことでしょう?」
「亀は、手足を引いて甲羅の中に潜めば身を守れる。じゃが、そこから動けなくなる」
「あ、そうかー。
「はっはっは。そうじゃ。どちらも自分を守ることに力を使っておるが、蟹の方が融通が利く」
「融通、かあ」
「亀甲の中に隠れると、外敵が去るまで事態が変わらんじゃろう?」
「なるほどー」
「蟹は同じように甲で外敵の攻撃を凌ぎながらも、耐える、逃げる、攻める……いろいろな行動を起こせる。基本、護身の姿勢で構わぬが、次にどうするかを考えて行動に移す。それだけで随分動ける範囲が変わるゆえな」
「うーん、すごいなー」
「まあ、お主も
「はい!」
「お主は、臆病とは言え素直で前向きじゃ。私は何も心配しておらぬ」
「えへへ」
ソノーが照れて頭を掻いた。
「問題はメイと……テオじゃな」
「えっ!?」
メイはともかくテオの名が出たのが意外だったのか、ソノーが大きく目を見開いて私の顔を凝視した。
「テオは、力と心の間が甲で切り離されておる。心が亀甲の中に入ったまま出て来ぬ。極めてバランスが悪い」
「そ……んな」
夏空と呼ぶにはまだ若い
「ふうっ。じゃが、厳しい自律を旨とする騎士であればそれでもやって行ける。そこが騎士としてのテオの長所であり、限界ということよ」
「ああっ!」
私が前に言ったことの真意を理解出来たのだろう。ソノーが言葉を失って立ち尽くした。
「まあ、メイにもテオにも時間が要る。時にしか解決出来ぬことがあるのは確かじゃからな」
「はい」
私とソノーの話し声で目が覚めたらしい。木陰を出て歩み寄ってきたメイが、ソノーの隣に立った。
「おお、ちょうどよい。そこで二人並んでおれ。お主らの心中の依頼を少しだけ叶えよう。些少なれば、報酬は求めぬ」
二人の目の前に等身大の姿見を出して、それを覗かせる。
「わっ!」
ソノーがのけぞって驚いておる。ソノーとメイの目には、正装した美女が見えているはずじゃ。
「はっはっは。それは、お主らが先々娘になった時の姿じゃ。
「うわあい!」
それは嘘偽りの姿ではない。ほんの一瞬、時を先取りしたに過ぎぬ。抱き合って喜んでいる二人を
「ど阿呆が。魔術というのはこのように使うのじゃ!」
【第六話 蟹甲 了】
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