人と冥府:6

洞窟内は冷たい空気で満たされており長袖でも寒く感じられた、地面は水滴で滑りやすくなっていて慎重に歩みを進める。進む道はハデスの明かりのお陰で昼間のように見渡せ、足元にさえ気をつけていれば問題なく歩けた。

あちこちに鋭い鍾乳石ができているがそんなに大きくない、もし転んでその中に倒れ込んだら大怪我をする程度だ。人が行来できる道ができていると言う事はここは使われている可能性が高い、もちろん今もと付け加えた方がいいだろう。

洞窟はかなり広く深いようだ、反響音が奥の方へと吸い込まれていく。

「イオス様、ハリー様とは何処でお知り合いになったのですか?」

現在の隊列はイオスとグレイスが前を歩き、その後ろを付かず離れずでハデスが歩いている。後ろのハデスに聞こえないようにグレイスが小声で話しかけてきた、いくら人間のふりをしているとは言え使っている魔術が特異なものだったからだろう、かなり怪しまれているようだ。

訝しげに眉を寄せている顔は興味があると言うよりは不審者を見る表情だった。

「……ちょっとした手違いで知り合った。それから一緒に旅してる。」

「手違いって、まさか騙されてるんじゃありませんよね!?」

騙されてる、今までの言動や仕草からしてそんな事があるのだろうか。

自称神格で使い魔を呼び、姿を消せる兜を被り、様々な術を駆使して助けてくれ、そして釣りを堪能して人との交流を楽しんでいる。犬好きで博識だが純粋にこの場所を楽しんでいる風にしか見えない、アレが全部演技であれば舞台演劇で人気が出るのでは無いだろうか。

何か言いたそうではあるが、それは秘め事と言うよりは悩み事のように感じられた。

なんにせよ、自分に対して敵意や欺く意思は向けられていない。

「いや、それはない。」

「そんな断言するほど!? 信頼を寄せるほど旅は長いのですか?」

「七日ぐらいだ。」

「短い!!?」

グレイスの話し方も普通の人間と同じだ、狂った者とは程遠い。未だに姿を見せない元凶である聖女はこの洞窟の奥に居るのだろうか。

ハデスも柔和な顔を浮かべてこちらを見ているが動きに隙がない、ただ距離を置いている訳でもなさそうだ。

「あの方の術は普通ではありません、警戒した方が良いと思います。」

こちらを見るグレイスの顔はは真剣そのものだ、この表情はよく知っているし良く見ていた。こちらの事を心配してくれているのだろう、これはそういう表情だ。

「肝に銘じておく。」



そんな会話後どのくらい歩いただろうか、空気が一瞬で変わったのを感じた。

洞窟の奥から何かがコチラへ向かってくる、まるでさざ波のように聞こえるその音は一つではない。

立ち止まり素早く腰の刀に手を掛けると奥の暗闇に小さなん赤い光が見えた、高い位置に低い位置と高さがまばらで不規則に動いており数が多い。

ハデスとグレイスも同じように構え、迎え撃つ用意をしていた。グレイスは光の霊術をハデスは様子を見るようだ。

徐々に音が近くなってきてその正体を現す、鹿、ゴブリン、二角蜥蜴、昼間に見た骨達よりは比較的小型だが数が多い。あるものは蹄を鳴らし、あるものは牙のある口を鳴らし、洞窟内を埋め尽くすように進軍してくる。

その姿が見えたのを合図にグレイスが光の霊術を射出する、砦を襲った骨達のように当たった部分が光となって霧散していった。足に当たれば歩けなくなり、手に当たればその爪を振るう事ができなくなる。動きが止まった骨に向けて更に霊術を追撃し、的確に黒い玉を光へと変えていく。

霊術が撃ち漏らした骨達を狙いイオスが前へ出た、死霊の攻撃がイオスの身体に触れる前に剣で切り飛ばし間合い以上に近付けさせない。視線を向けなくても攻撃には的確に対処し、それはまるで剣の結界だった。

しかし骨達の数は多勢に無勢である、いくらイオスが切り飛ばそうとも黒い玉を壊さない限り動ける部分で再び襲ってきた。それをグレイスが霊術で消し去るが、数が減った気がしない。

ハデスは術を使用しているグレイスとイオスの守りを一手に引き受けている、光る糸はこちらまで届き同じように骨達を切り伏せていた。

「イオスさん! あまり離れないでください!」

グレイスの言葉に周りを確認する、骨が二人との間に割り込み押し流され徐々に距離が離されていた。無数の骨の大群は離れたイオスに狙いを定めて数に物を言わせてくる、近付く事はできそうにないようだ。

こちらに向けられた敵意をまた一つ、また一つと斬っていく。断ち切った黒い玉の破片が地面に散らばり糸の切れた骨の山が積み上げられても、終わる気配のない攻防に一筋の汗が頬を伝った。

孤立したイオスの背後、暗闇の奥から一際大きな存在が鎌首を持ち上げる気配がする。

寒気を感じるほどの気配、その方向を振り向こうとした瞬間にハデスとグレイスの後から目も眩むような閃光が発せられ洞窟内に充満した。明かりが有るとは言え薄暗い場所で突然の強烈な閃光、少し目がくらみ体勢を崩しそうになったが足に力を込めてそれを阻止する。

閃光は一瞬で終わりすぐに元の暗闇に戻った、骨達は突然の光に驚き攻撃が止まる。

そこに居る誰もが閃光の正体を確かめたいとその方向を見ただろう、視線が出口方向へと集中する。

暗闇の中から銀色のフルプレートが音もなく宙に舞う、洞窟の天井スレスレに跳躍し赤いマントを翻して手に持った大剣を振りかぶる動作がスローモーションのように照らし出された。

着地点は方向と高さからして、イオスの目の前である。

「伏せろ!」

大声と同時に大剣の一撃が地面に叩きつけられる、岩はひび割れその衝撃の中から光を纏った礫が次々と骨を砕き吹き飛ばした。

すぐに刃を返し横薙ぎにすれば、大剣に触れた衝撃で骨ごと黒い玉を粉砕していく。範囲もさることながら重量級の大剣を軽々と自分の体のように扱う助っ人の攻撃に死霊達が大量に消えていった。

形勢が不利と分かるやいなや死霊達は各々後ずさりをし洞窟の奥の方へと逃げ始める、あの洞窟内を埋め尽くし身動きも取れなくしていた骨の大群は数分も経たぬ内に洞窟の奥へと撤退した。

深追いはせず、しばらくするとその場に再び静寂が訪れる。



危機が去った事に安堵してグレイスがその場でへたり込み大きく息を吐いた、イオスは剣を鞘に収めると助っ人の方へと視線を移す。

助っ人の銀色のフルプレートが大剣を地面に突き立てその特徴的な獅子の兜を脱ぐ、金髪の隊長は眉をひそめた顔を現した。

「レオ。」

「皆さん、無事ですか!? お怪我は?」

「…………。」

無言で無表情のイオスの視線にレオは次第にたじたじと冷や汗を流し始める。

確か、レオにも内密にこの廃村の場所に来たはずだ。ハデスの移動手段に他の人間の気配はなかった、こちらに気付かれず見張りをするとは・・・腕の良い兵士でもいるのだろうか。

「レオ殿、まずはお礼を。と、言うかどうしてここに?」

「い、いやぁ、その。皆さんが居なくなったと報告があったので……。」

「見張ってたんですね?」

「…………はい。」

その場でレオが正座をしうなだれる、持っていた大剣はその横に並べるように置いた。

大剣はレオのその性格に合わないようにきらびやかで派手であった、金色に輝く柄に刃を支えるように装飾されている鍔は獅子を型どっている。天に吠える格好の獅子の目には赤い宝石がはめ込まれていた、刃紋には独特の赤い線がまっすぐと入っている。

今まで見たことのない武器で、しかも何らかの力を感じた。

「まぁ疑うのはしょうが無いですがね。」

ハデスが演技めいた動作で大きくため息をつく、その様子にレオは慌てて首を横に振っていた。

「すいません! その……ハリーさんの雰囲気が怪しいと言われていたのですが私にはそう思えなくて、しかし一応見張りを付けさせていただきました。宿屋から消えたと報告の後に大急ぎでこの廃村まで走ってきて、さっきの騒動を見つけ加勢を。」

申し訳なさそうに言うレオに特に三人は責める事をしない、むしろこっちが責められるような事をしているのだ。

砦から廃村までかなりの距離があったと記憶している、その重そうな甲冑で走ってきたのだろうか。馬を使ってもあの山道は登ってこられない、人間の足でこんなに早く来れないはずだが。

「それにグレイスさんも困ります。安全の面も考えて明日に捜索すると決めたじゃありませんか。」

「す、すいません。」

「まぁまぁ、我々も同意したのです。お叱りはあとで受けますので、奥に進みませんか?」

「そうですね……あの大量の骨からしてここが拠点のようだ。」

骨の残骸がそこら辺に散らばっている、黒い石も粉々になっておりいくつ破壊したか数える事もできない。あの大量に現れた骨はここに本拠地がある事を示唆していた。

レオがようやく地面から立ち上がり大剣を肩に担ぐ、身長ほどある大剣を重さを感じさせない動作で軽々と持ち上げた。流石にこれにはハデスも感嘆し目を輝かせている。

「ここまで来たのなら仕方ない、私も同行します。」

「砦は、よろしいので?」

「今はあなた方を優先させます。」

「それはそれは。」

微笑するハデスは呆れているという訳では無さそうだ、どちらかと言うとこの状況を楽しんでいる風に見える。グレイスは益々怪訝な顔を浮かべ、反対にレオは悩みが解決して少し安堵した表情になっていた、どうやらレオは隠し事や騙すといった行動が苦手らしい。



各々の被害を確認した後に再び洞窟の奥へと進み始めた、隊列は前に近接武器のレオとイオス、後ろにハデスとグレイスが周りに注意を払い支援する事となった。

洞窟の奥は何かが動く気配はするものの死霊が再び襲ってくる様子はない、何かに恐れているのか視線は感じるものの距離を一定に保ったままであった。こちらを襲うつもりがないなら何も問題はない、先に進むだけだ。

レオもまたハデスから明かりをもらいイオスの隣を歩いている、レオは見張っていた事に負い目を感じているようでコチラに目を合わせてこようとしない、こちらはあまり気にしていないのだが彼は『良い人』であるが為に苦しんでいるのだろう。

イオスにはこの状況で慰める言葉を習っていなかった、ハデスならば何か気の利いた言葉をかけれたのかもしれないが後ろの方でグレイスと歩いている。

「レオ、気にしてない。」

「……そうもいかない、です。あんなに協力してくれたのに、貴方達を監視する行為をしてしまって弁解の余地もありません。」

「それが仕事だろ。」

「イオスは不思議な人ですね、コレだけはっきり言われても嫌な感じが全くない。……才能なんでしょうね。」

「思った事を言っているだけだ。それに――。」

「はい。」

「敬語は無くていい。」

その言葉にレオが目を見開く、ハデスを真似て肩をすくめると泣きそうな笑顔になっていた。



どのくらい歩いただろうか、あまり時間が経ってないようにも感じるが確認する術がない。

洞窟の奥に到着すると少し開けた空間が表れた、広場ほど大きくはないが大人数で入っても狭くなくそこそこ高さがある。

その広場の奥の方に崩れかけた神殿のようなものがあった。石造りで所々欠けており湿気のせいか苔も生えている、大きな石柱は慣れない者が作ったのかいびつで岩肌に寄りかかっており今にも崩れ落ちそうだった。

神殿と言っても簡易的に作ったという感じで様式にのっとてないように見える、少なくとも今まで見た事がない。

「はて。なんですかね、これ?」

「私には神殿のように見えますが。」

「祀っている方が見えませんね~、神殿には程遠いように感じますが。」

議論をしていても死霊の気配は一向に近寄ってこない、それに……。

「どこからあの量の骨が来た。」

「そうですねイオス、我もそれを考えていました。」

出入り口は今来た道とその神殿もどきの他に見当たらない、あの大量の死霊はどこへ消えたのだろうか。可能性は神殿もどきの中だが、開けた途端に襲われてはたまったものではない。

「扉を開ける、ハリーは援護。」

「まかせなさい。」

イオスが躊躇いもなく神殿もどきへと近付く、ハデスはその後ろに静かに佇み光る糸を展開する。

他の二人も同じように援護をするため左右へ移動し、武器を構えた。

神殿もどきの近くに来るとやはり異様さが目立つ、よくよく見れば石を積み上げて作ったのではなく岩を削りこの建物を形作ったらしい。窓はあるが中を覗き込んでも岩肌が見えるだけだ、耳を澄ましてみると風の音が少しだけ聞こえる。

神殿もどきの両開きの扉、そこから少しばかりの風音が漏れていた。この両開きの扉も岩を削って出来ているが少し崩れている、その隙間から風が流れて聞こえているようだ。

扉に手をかけ力を込めれば少し動く、後ろの三人は何かが飛び出してこれば即座に対応するだろう。

そのまま力を込めて扉を押し広げた、重い音を立てて扉はゆっくりと開き砂埃を巻き上げる。

その先には――。

「また、洞窟か。」

扉を開けた先にはまた暗い洞窟が広がっており、奥からの風で髪が少し揺れた。

こちらにも何かが通ったように道のような跡が出来ている、骨達がここを通ってきた事は明白だろう。幸い扉を開けても状況は変わらず、視線はあるものの襲ってくる様子は無かった。レオが現れてから死霊達は恐れ、近付く様子さえ見せない。

「どうやら、大丈夫なようだ。」

「良かった、骨も襲って来ませんしこの奥にあの女の子が隠れている事を願いましょう。無事でいると良いのですが。」

警戒を解きグレイスとレオが扉の先を興味津々に覗き込んでくる、扉の幅がそんなに大きくはない為に間に挟まれる形となった。

もう少し警戒しても良いような気がするが骨達が襲ってこないのであればしょうがない、ずっと気を張っていてもいざという時に本来の力を出せないと習った事がある、怠けるわけではなく少しばかり緊張を解いても責める事はしない。

「まだ奥がある、どれだけ深いんだろう。」

「ほらほらお二人とも、間に挟まれたイオスが困ってます。その辺にしておきましょう。」

「まぁ、すいません。」

ようやく離れてくれた二人は少し下がってくれる、神殿もどき中の洞窟は先程まで歩いてきた洞窟の幅より狭く横に二人並ぶので精一杯だ。

「狭いですね~、こちらは大きな剣を担いでいる方がいますし。縦列で進みますか?」

「すいません、これじゃないと耐えなくて。」

「俺、レオ、グレイス、ハリーの順で進む。この方が後ろも前も対処できる。」

「構いませんわ、頑張らせていただきます。」

異を唱える者はおらずイオスの提案した順序でその洞窟を進み始める、風が頬を流れゴールが近い事を物語っていた。

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