人と冥府:2
砦の門が開き中へ招かれる、壁の中にも更に壁が二重に作られており防御が固められていた。
あちこちに木で作った頑丈そうな建物がちらほら見受けられ、その奥の一際大きな建物に招かれる。頑丈に作られ奥まった所にある建物は重要な場所なのだろう。
中に入り扉を閉めれば同行していたフルプレート兵士は左右に分かれ直立不動になる、レオに席を勧められ真新しい綺麗なテーブルに備え付けられている椅子へと腰掛けた。
室内は広く、壁には地図や騎士団の旗、大きめの机も見えた。会議や来賓を招く場所として使っている事がうかがえる。
「さて、改めてお礼を。この度はありがとうございました。」
「たまたま近くに居ただけだ。」
「貴方達が居なかったら何人か死人が出たでしょう、本当に助かりました。ここ最近は特に酷い、海岸沿いは被害が少ないですが砦からゴリアテの街まで街道を中心に被害が出ているんです。」
レオが奥の棚から小袋を出してきて目の前のテーブルに置いた。
金属製の音がし、その中身が容易に想像できる。
「少ないですが謝礼です。」
「……この前から謝礼を貰ってばかりだな。」
「と、言いますと?」
「海岸沿いの街が大型の獣でお困りだったのを我とイオスで退治したのですよ。」
「なるほど、お二人はお強いのですね。イオス様と、えっと――。」
「ハリーとお呼びください、レオさん。」
柔和に笑うハデスの顔を訝しげに見るが本人は気にしていない、笑顔のままレオも同じように屈託ない笑顔を見せている。ハデスも名前がバレると色々まずいらしく偽名を名乗っているのだ、神格なのだからそんな必要ないと思うのだが。
「ありがたく頂きましょうイオス。では、宿舎に移動しましょうか。」
「あ、はい! 途中にあった看板が掛けられている小屋が宿舎です、食堂は向かいの赤いカーテンの小屋です。街道が不穏で旅人がここで一夜を過ごすことが多くなったので多分賑わっているかと。」
「分かった。」
相変わらず無愛想で言葉少ないイオスが立ち上がり次いでハデスも席を立つ。
何か言いたそうなレオの視線を背後に感じながら隊舎をあとにした。
話の通り『INN』の看板が掛けられた小屋はすぐに見つかった、宿舎をきりもりしているのは同じように鎧の兵士で若い茶髪の青年だ、短く切りそろえられた髪が活発で健康そうだと見ていて分かる。
扉を潜った瞬間から屈託ない笑顔で出迎えられる。
「あ、いらっしゃいませ! お二人ですか、1部屋しか取れないんですけど……。」
「構わない。名前を記入すればいいか?」
「はい、お願いします! いやぁすいません、部屋数が急ごしらえで少ないのにお客さんが多いもんで。ベッドを無理矢理二つ入れてるんでちょっと部屋が狭いですけど勘弁してください。」
「木が新しいと思ったら最近建てたのか。」
「物騒ですからね~砦に避難してくる人が多くなったんで急遽建てたんですよ、夜は砦の外に出られませんのでお気をつけください。左側の一番奥の部屋になります。」
宿帳に記入も終えて銅貨六枚の宿代を置き部屋へと向かう、扉を開ければ確かに狭い部屋に質素なベッドが二つと荷物置きなのだろう棚が設置されていた。窓は一つで丁度砦の門が見える位置にある部屋だ、門では出入りする街道を利用している人々や先程の兵士達の姿が入り乱れていた。
「だいぶ混乱しているみたいだな。先程のレオという人間、隊長と言っていたがあの若さで兵士の指揮を取れるものなのかね?」
「能力があれば。」
ベッドに腰を降ろし少ない荷物を置く、安物のベッドはギシギシと音を立てて沈んだ。
「大きい獣に死霊の骨か……。」
「解決したいのか?」
「キミという人間は……仕方ないか。正直に言おう、我はこの混乱を解決したいと思っている。召喚者のキミが嫌だといえばそれに従う。」
「ハデスが解決したいと言うなら俺もやる。」
「……なんというか、どっちが召喚者か分からんな。」
ハデスがこめかみに手を当てため息をつく、ぱちんと指を鳴らせばこの部屋の空気が変わるのを感じた。
「さて、海岸沿いの宿屋は色々あって話し合う機会が無かったが此処なら大丈夫そうだ。音漏れもなくゆっくりできる、まずは……イオスの事を色々と教えてもらおうか。話したくない事があったら言わなくても構わない。」
「何を知りたい?」
「そうだな、まず出自とアイリ殿から何を教えてもらった?」
「生まれた時からオラクルには居た。アイリ博士は教育係で文字や会話、一般的なものは教わってる。」
「その技は? 型にはまってないが重心はしっかりとしている。」
「戦闘関係はゴードンに習った。」
「一には一で返すか……思ったより大変そうだな。いや疑問を抱いてくれるだけでもアイリ殿は頑張ったと捉えるべきか。」
壁にもたれ掛かりハデスが考え込んでいる。言っている意味は分からないが、こちらに呆れているわけでもないようだ。前々から含みを持っていた疑問を解消するいい機会かもしれない。
「聞いてみたかった、ハデスを喚ぶ特殊な条件はなんだ?」
「ああ、言ってなかったね。弟が勝手に決めてしまったのだが……呼び出した場所に居る『無欲な命』だけが契約対象になるんだよ。いくら生け贄を増やしても意味などなかったのだ、あの場所に居た生き物には何かしらの『欲』はある。生命、栄光、夢、その『欲』が無い生物など居ないのだよ。つい先日まではそう思っていた。」
「そうか。」
「いや、納得しないでくれ……キミは規格外というかありえないのだから。」
やれやれとハデスが更に眉間にシワを寄せた。言っている意味がよく分からず首を傾げる、その姿を困った笑顔で返された。
「解決するなら聞き込みに行く、あの骨を操っている奴を見かけた。」
「ほう、いつの間に。どんな容姿だ?」
「顔はよく見えなかったが白い聖職者の服だった。」
「ふむ、では我が色々と探ってこよう。イオスは食事でもしてくるといい。」
そう言ってハデスは何もない空間からあの銀色の兜を取り出す、姿を隠せる兜。
「楽でいいな、それ。」
「やめとけ、見えないから怪我をすると大変だぞ。」
部屋の外に出れば雰囲気が変わる、部屋全体に何かの魔術を掛けていたのだろう。兜をかぶったハデスの姿が見えなくなる、気配も感じないが部屋は出たようだ。
先程の元気な少年兵士の横を通り食堂へと向かう、外は日が傾いておりオレンジ色に変わりつつあった。
確かに食堂と思われる小屋に窓に赤いカーテンが引かれておりよく目立っている、扉を開ければ鐘が鳴り来店した者をふくよかな女性が温かく迎えた。賑やかな食堂に入り清潔に保たれているテーブルに腰掛ければメニューを聞いてくる、うしろのメニュー表を確認して適当に頼んだ。
待っている間、外を眺めるふりをし食堂の人々の話に耳を傾ける、情報収集のクセみたいなものだ。客のもっぱらの関心はここ最近の街道の話が占めている、その話の節々に『狂った聖女』という単語がよく出てきた。
聖女、聖職者、何かをし狂ってしまった人間、それが原因なのだろうか。
「お待ちどう、まずはスープと豆と山菜を炒め物ね。肉は今焼いてるからね。」
「おかみさんは、ここら辺の生まれなのか?」
「やっだ、若い子に興味持たれるのは嬉しいね~。でも違うんだよ、ゴリアテ出身。旦那が兵士でね心配だからついてきたのさ。そうしたら食堂をやってくれないかってレオ様にも頼まれちゃってね~。」
「危険だったのにか?」
「私が来た頃はそんなにでもなかったのさ、一ヶ月前からだね酷くなったのは。レオ様もよくこの被害で抑えてるわよね~。」
「そうか、大変だな。おかみさんも気をつけて。」
ふくよかな女性は上機嫌になりながら裏へ引っ込む。当たり障りのない話し方もアイリ博士から教わった、目立たないようにするには普通を演じれば良いだけだ。
料理上手なのかスープも炒め物も凄く美味しい、だがそれでイオスの表情が変わることは無かった。
ラム肉のステーキが出てくる頃にハデスが食堂に入ってくる、応対したおかみさんが顔を赤らめるのが遠目に見えた。言っていなかったがハデスはかなり美形の部類に入る、街道ですれ違う人々が振り向いたのは服装だけの問題ではないのかもしれない、そのハデスがイオスを見つけその向かい側の席に座った。
「来たのか。」
「レオ殿に見られているからな、人間のフリをせねば怪しまれるだろう?」
「そうか。スープ頼むか?」
「ああ、そうしよう。白い聖職者だがこの砦の中には居なかった、荷物も含めてな。」
「砦の中には居ない、か。」
ハデスは神らしいのだが飲食も普通にできる、だが腹は空かないらしい。
人間らしく振る舞うためスープをすぐに平らげるとイオスと共に食堂を後にした、日はすっかり落ち砦には松明が灯され周りを照らしていた、砦に泊まる人の他に見回りをしている兵士達があちらこちらに歩いており物見櫓にも人が三人ほど見える。
砦の門は完全に閉められ厳戒態勢である。
「あ、ここに居られましたか。お食事はお済みですか?」
背後から明るい声を掛けられ振り返る、そこには昼間と変わらない姿のレオが1人で佇んでいた。
小首をかしげるイオスに対してハデスが軽く会釈する。
「これはレオさん、いかがされました?」
「お二人を見込んで内密にお話をしたいのですが。よろしいでしょうか?」
「いいぞ。」
「よかった、それではこちらへ。」
レオにまたもや案内され昼間に通された建物の方に移動すると遠くから二人の兵士が走ってくるのが見えた。どちらも壮年の兵士で威厳がある、一人は白い短いヒゲで髪はオールバック、もう一人は黒髪に一箇所だけ白髪の厳つい風貌だ、その二人が焦った様子でレオの元に近づいて来た。
「レオ樣!出掛ける時はおっしゃってくださいと申し上げたでしょう!」
「ご、ごめん。二人から止められるかと思って。」
「相談して納得できるなら大丈夫ですから、黙って判断するのはお止めください。……昼間の方々ではありませんか。」
「あの、とりあえず中に……。」
レオにせかされ隊舎の中に入りまた同じ席につく、壮年の兵士も同じように扉の両側へと陣取った。向かい側に座ると申し訳なさそうにペコリと頭を下げる。
「失礼しました、この二人は私のお付きでして。心配性なんです。」
「で、相談とはなんだ。」
「イオス、ストレートなのは良いがちゃんと順序をだね……。まぁ――続けて。」
「えっと、お二人に『聖女』の討伐を協力していただきたきたくお呼びしました。若輩ながら砦の隊長を任されておりますが采配が悪く、さらに長期的に襲ってきているので兵達の士気が上がらず『聖女』の捜索もままらない状態なのです。騎士団がこんな事を頼むのはお恥ずかしい限りですが。」
「食堂に宿舎の提供、砦の補強、よくやってると思う。」
「あ、ありがとうございます。それで……ご協力いただきたいのですが、いかがでしょうか。」
頭を下げながらレオがこちらの顔色を伺う、話そうとするハデスを手で制した。
「こちらからの条件を飲むのであれば引き受ける。」
「もちろん報酬はお支払いします。」
「それと情報の開示、通行証、あとこの剣サイズの吊革あるか?」
「ええ、そのくらいなら。情報ならもちろん教えます。」
「あと、俺達二人で行動したい。その方が早い。」
「……分かりました。」
「交渉成立だ。」
コレほど雄弁に話すイオスの姿を見てハデスが驚いた顔をしている、レオもほっとしているようだ。
レオが懐から革の小袋を出して中身を出す、砕け散った黒い石がテーブルの上に広がった。
「早速ですが、コレがあの骨の中にありました、先日から襲ってくる骨にも同様の石が発見されています。文字が彫られていますが魔術方面には疎いので……。」
「触っても良いですかな?」
レオが頷くとハデスが黒い石を右手で持ち上げる、クルクルと見渡してまた机に戻した。
「確かに魔術文字ですね、しかもかなり古いタイプのものだ。これで死霊を憑かせていたようだな。」
「死霊ですか?」
「現世に留まっている霊達だ、まったくもって腹立たしい。」
「?……えっと。」
「気にするな、それから『聖女』について知ってる情報はないか?」
レオが目を伏せながら話し始めた。
「『聖女』というのはこの辺りにあった村の伝説です。百年前、淀みの森という所に住んでいた魔物を退治する為に『聖女』が呼ばれ魔物は倒されました、村人は『聖女』に感謝し祀り上げたそうです、『聖女』はしばらくしてその村を後にし聖堂都に帰ったそうです。」
「……それで?」
「その『聖女』は魔物に呪いを受けていて戻ってすぐに亡くなったそうです。その魔物の呪いで死んだ『聖女』が村を恨み災いを起こし滅んだと。これが『狂った聖女』の話、そしてその『聖女』の呪いが拡大しここまで被害が及んでいるというわけです。」
あの巨大な骨が災いとでもいうのだろうか、骨に霊を取り憑かせて操っている者、そいつを捕まえなけれれば解決はできないだろう。
レオが次に地図を取り出してくる、精巧に作られた砦の回りの地図だ。地形も細かく描かれておりとても見やすい。
「この話は口伝です、近くの街に命からがら逃げた村人が伝えたとか。流石にもう亡くなっておりますが……。その情報を元に一ヶ月前に調査を行った際に廃村の跡を見つけました。この赤い丸がその廃村です。」
確かに地図には赤い印が書き込まれている、砦から更に山を登りかなり歩かなければ行けない場所だ。
静かに話を聞いていたイオスが突然立ち上がる、扉の二人が咄嗟に身構え剣に手を掛けた。
しかしイオスはそのまま動く事なく窓の方を凝視している。
「……どうしました?」
「この外に居た。……もう逃げた。」
「砦の中に侵入された!?」
「あと一つ確認したい事がある、誰かに恨まれている心当たりは?」
「――っ、貴様! 無礼だぞ!」
「やめてください二人共。……実は、沢山あります。」
壮年の兵士を窘め、顔をしかめながらレオが俯く。
騎士団の隊長ならば痛い所も一つはあるだろう、あるいは逆恨みをされているかだ。
「その一つが……。」
「話さなくていい、その事実だけ知れば十分だ。」
「内容はいいんですか!?」
「興味ない。では報告はこの時間でいいか?」
「は、はい! よろしくお願いします!」
ハデスも会話が終わったのを察し立ち上がる、扉を開けて隊舎の外に出れば足早に窓の近くへと寄った。レオも興味深そうにこちらをずっと見ていた。
イオスが窓の上から下まで注意深く調べてみる、しゃがみこんで何かを拾った。
「草が焦げてる。昼間の骨が纏っていた炎はこちらにも影響はあるか?」
「ああ、あの紫の炎か。確かにアレは現世に影響がある、何かが覗いてた可能性はあるな。」
「分かった。……とりあえず、今日はもう寝る。」
「へ~そこまで解る――……って、ええええ!?」
イオスは驚き唖然としているレオを残してさっさと宿舎へ戻ってしまう、唖然としているレオにハデスが慈愛に満ちた顔で肩を叩きイオスの後に続いた。
宿舎に帰ると元気な少年兵士の姿はなく受付は誰もいない、そのまま前を通りすぎて部屋に戻れば昼間のまま部屋には不思議な空気が漂っていた。
その部屋に備え付けられているベッドの上にイオスは何の迷いもなく寝転がる。
ハデスが次いで入り向かいのベッドに座った。
「まさか本当に寝るのか?」
「そうだ、早めに寝ろといつも言われてたからな。」
「子供かねキミは。少しは作戦を言ってほしいね……。」
「さっきの黒い石、かけらを袖に隠しただろ。それでハデスが追跡できる、違うか?」
「……キミは抜け目がないな、正直驚いたよ。その通りだ、使い魔を宿せばこの石の術者の元に案内できる。」
服の左の袖から小さな黒い石をベッドの上に置いた。
「朝早くに出発する。さっきの事は気にしなくていいだろう。誰かが覗いてはいたがハデスをかなり警戒しているようだ、目がそっちに向いてるなら俺は自由に動ける。」
「ふはは、神を囮にするとは前代未聞だぞ! 中々面白いなイオス。」
いつも微笑んでいるハデスが心底面白いというふうに腹を抱えて笑い始めた、なんだかハデスが来てから首を傾げる事が増えてきた気がする。
「何がそんなに面白いんだ?」
「いや、気にするな。大概は我の名を出すと恐れられるのだ……キミはそのままが良い、我を対等だと言ってくれたのは嬉しかったよイオス。」
「……よく分からない。」
着替えもおざなりにベッドの上で縮こまる、武器もそのままでいつでも手を掛けれるような体勢だ。
そのまま目を閉じればすぐに睡魔に飲み込まれる。
「寝る時くらいはゆっくり眠りたまえよ――我が起きてるんだから。」
遠くでハデスの声が聞こえた気がした。
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