第3話強い女性はお好き?

3【船の中】


「光、本当に思い出せないの?」


「うーむ、すまぬ」


「私は、今のお兄ちゃんも好きよ。前より優しくなったし」


「そうだけどさ、言葉遣いとかちょっと気持ち悪いわよ」


「小さい頃の思い出やなんかも忘れてしまったのは寂しいけど、言葉遣いが違ってもお兄ちゃんはお兄ちゃんだもの」


2人ともすまぬ、騙していてすまぬ。


「ブリの港が見えて来たニャ。あにゃ?今日は店が出てにゃいニャ」


「この時間は、もうマルシェは店仕舞いよ」


「なんにゃ、残念にゃニャ」


【ブリの港】


「それにしても今日は凄い人にゃニャ」


「どこへ行くのだ?」


「ヴェネツィーの都だよ。思い出が沢山有る場所に行けば、何か思い出すんじゃないかと思ってさ」


「遠いにょか?」


「ここから北に行くとすぐだよ」


「今ね、ヴェネツィーの街はお祭りなのよ」


「それじゃあ、美味いもんが食えそうにゃニャ」


「お前は、食べる事ばかりだな」


「もう、やあね、うちで食べさせて無いみたいじゃない」


〈港を北に抜けてヴェネツィーの都に向かう〉


見る物見る物珍しいな。


人間界というのは、楽しい所だ。


天上界に帰るのが嫌になりそうだぞ。


【ヴェネツィーの都】


〈向こうに大聖堂が見えて来る〉


「あの神様の像、お兄ちゃんに似てない?」


「そんな事言ったら神父様に怒られるよ」


「そうよね…でも」


「本当は私もそう思ってたんだ」


「穏やかになったお兄ちゃん、似てるわよね」


「うん、そう!そうなのよ!今の光の方が似てる」


あれは昔の…


「あら~、光ちゃん達」


「この前療養所に来た人ニャ」


「ココットさん」


「光ちゃん、私の事も忘れちゃったの?」


「へ?」


「ダメだこりゃ。光ったらあんなにココットさんの事好きだったのに覚えて無いなんて」


「光ちゃんは、私の事が好きなんじゃなくて、私の強さが好きなだけなのよね?」


「強いにょか?」


「半端な男なら敵わないぐらい強いよ」


「見かけによらぬのだな」


「記憶が無くてもやっぱり好きなんだ、ココットさんセクシーだもんね」


「これから大会なのよ。皆んなも来るでしょう?」


「うん、行く行くー」


「じゃあね~」


「行ってしまったニャ。ところで何がいったいそんなに強いにょだ?」


「行けばわかるよ」


【裏通り】


「どこまで行くニャ?」


「ここだよ」


【酒場】


「今年も凄い人ね」


「年に一度の大会だからね。あ、居た居た。おーい、くりきんとん!」


「あのなあ、その呼び方やめろって言っただろ」


「良いじゃない、面白い名前なんだもん」


「お前に言われたくないわいっ!そのままでアンドーナツのくせに!俺の名前は、くりがねだん。栗金団と書いてくりがねだんて読むんじゃい!わかったか!ったくう、七都の婆ちゃんが名付け親だからな、シャレで人の名前つけるなよな、っての」


「まあね、私の名前もお婆ちゃんがつけたんだけどさ」


「団ちゃん、時おばちゃんは?」


「お袋ならもう来る頃だろ。なあ、おい、光も出るんだろ?」


「出るとは?何の事だ?」


「お前本当にすっかり忘れちまったんだな。幼馴染みの俺の事まで忘れちまったんじゃ悲しいぜ。おっと、待てよ。て事は満ちゃんを嫁に貰うって話し「許さねえぞ」とは言わねえか?」


ズキン!!


何だ?今の胸の痛みは…?


またなのか?


この身体の持ち主の感情なのだな。


「なあ、満ちゃん、俺の嫁さんになってくれよ」


「ダメよ、お兄ちゃんが許さないもの。ね、お兄ちゃん?」


「ああ、そうだな。悪いが、許すわけにはいかぬ」


「はあ?何だその言葉は?おかしいとは聞いてたけどよ、貴族みてえだぞ」


「さあ皆んな!そろそろ始めるよ!良いかい?」


「この前のマルシェのおばちゃんニャ」


「母ちゃん来たな、さあて、今日ばかりは店の事は任せて俺も参加するぜ。行くぞ光」


「え?私も?」


「「私も?」じゃねえだろ、調子狂っちまうな。毎年参加してるじゃねえか。いつもなら「今年の優勝は俺が貰ったぜ」って言うところだろうが。ほら、モタモタしてねえで行くぞ」


いったい何に参加すると言うのだ?


〈団は光の神を引っ張って行ってテーブルに座らせる〉


「光ちゃん、今年も負けないわよ~」


ココットさんだ。


〈テーブルの上にはグラスが並べられている〉


「さあ、今年出来た美味しいワインを注ぐよ」


これは、葡萄酒。


良い香りだ。


「準備は良いかい?それじゃあ始めるよ。用意スタート!」


「おい光、何のんびり香りなんか楽しんでるんだよ。時間内にどんだけ呑めるかの勝負だ。悠長に構えてる暇なんかねえぞ」


なるほど、そういう事か。


こういう事は、光の天使の方が得意なのだが…


「も、もうダメだ。俺はもう呑めねえ」


「おや、もう降参かい?ほら、水だよ」


「ぷは~、俺ももう降参する」


「どいつもこいつもだらしないね」


「時さんおかわり!」


「はいよ。だれか!ココットには樽ごと運んでおやり!なーに、ちゃんと数えてるから心配いらないよ。そんな事より男達ときたら本当にだらしないね、今年もココットの勝ちかい?」


なるほど、ココットさんが強いというのは酒の事だったのだな。


「俺も、も、もう呑めねえ。ウィーっ…」


「おや、団まで…しょうがないねえ」


「光ったら、ギブアップはしてないけどペース遅いわよ。それじゃココットさんに勝てなよ」


「何だかお兄ちゃんじゃないみたい。いつものお兄ちゃんなら、あんなにお行儀良くないもの」


「そうだよね、呑む時はもっと豪快だったよね」


「はーい、時間だよ!何杯呑んだか今から数えるからね」


「ほら、終わっちゃった。今年も負けだね。去年あんなに悔しがってたのに」


「あーーー、腹減ったニャ」


「この後美味しいお料理が沢山食べられるわよ」


「本当か?」


「ええ」


「やったニャ」


〈次々と酒と料理が運ばれて来る〉


「さあ、好きなだけ食べて呑んでおくれ」


「うひゃー、俺はもう酒の顔見るのも嫌だ」


「あははは」


「私はまだ呑めるわよ」


「ココットは化けモンだ」


「こんな綺麗な人に失礼ニャ」


「あら~猫まんまちゃん、綺麗だなんて~嬉しいわ~」


「猫まんまじゃないニャ、猫魔ニャ」


「ほら、猫まんま。好きなだけお食べよ」


〈時は料理を乗せた大皿をドン!とテーブルの上に置く〉


「うおー、美味そうニャ」


「明日は剣の大会だよ」


【闘技場前】


〈翌日〉


「ここが闘技場なのニャ」


「あら、皆んな」


「餡先生も来たんだね」


「餡ちゃん!」


「杏ちゃんお久」


「はあ?あんちゃんが2人ニャ」


「彼女は小倉杏ちゃん」


「越野餡とは、同じ名前で仲良くなったのよ」


「なるほど」


「あ、喋った。光ったら何納得してるのよ」


「貴方が餡の療養所の居候の光君ね。大会には出るんでしょう?」


「いや、私は…」


「何言ってるんだよ、お前もエントリーしてるんだぞ」


「へ?」


「へへ、どうせ忘れてるだろうと思って俺が申し込んでおいてやったんだ。有難く思え」


「ひ、光の神にゃにゃかった、光に戦いは無理ニャ」


「何言ってるかな、この猫まんまは。光は毎年俺と一緒に出場してるんだぞ」


「餡先生。療養所の方は良いんですか?」


「何か有ったら、杵さんが呼びに来てくれる事になってるのよ」


「ほれ、光。行くぞ」


「いや、私は戦いは…」


「貴方何言ってるの?その腰の剣は飾り?」


「え?あ、これは…」


「物の怪に襲われて死にかけてから記憶を無くしたって聞いたけど、剣の使い方まで忘れたの?」


「杏ちゃん、そのぐらいで許してやって。光君あれからすっかり大人しくなっちゃったのよ。前のヤンチャ坊主じゃなくなったの」


「まあ良いわ、後でまた会いましょう」


〈去って行く杏の後ろ姿を見ている光〉


「おい光。俺達も行くぞ」


剣で人を傷つけるのは気が進まぬが。


〈上空を紫色の光が近づいて来る〉


「光の神は…あ、居た居た」


「あら、天使ちゃん」


「え?どこどこ?」


「光君の後をついて行ってる」


「見えないよ」


「天使さんて、どんな姿をしているのかしら?」


「今日は、ココットは二日酔いで寝てるわよ。誰に憑依するのかしらね?」


「あら、ココットさん二日酔いですか?」


「って、そこ?」


「ワインひと樽呑めばね」


「それより憑依って?」


【闘技場】


〈次々と試合が行われて行く〉


「杏さん、勝ち進んでるな」


「え?彼女も出場しているのか?」


「杏さんて、見かけによらず強いんだな…お前去年はベスト8までだろ?今年こそはもっと上行こうぜ」


「そうなのか?」


「ったあくう、何にも覚えちゃいねえんだな」


「すまぬ」


「一々謝るな」


「すまぬ」


「ほら、また」


「あっ、す…」


「次お前の番だぞ、早く行け」


【試合会場】


団に言われて来てはみたものの…


〈空を見上げる光の神。紫色の光が舞い降りる〉


「来てくれたのだな」


「試合に出るつもり?」


「そのようだ」


「「ようだ」って…もう、しょうがないわね。どうせ「私は剣で人を傷つけるのは気が進まぬ」とでも思ってたんでしょ?」


「図星だ。何故わかったのだ?」


「わかるに決まってるじゃない。天上界ではいつも一緒に居るんだもん」


「なるほど」


「仕方ないわね、この前みたいに私が力を貸してあげるわよ」


〈そう言うと光の天使は光の神の腰に帯びた剣に同化して行く。紫色の光を纏い煌めく剣〉


「次!紫月光!」


「はい」


そうだな、あの時猫魔に巻き付いた物の怪のムチを切ったように空を切れば良い。


「それでは…始め!」


カンカンカン!


〈剣を払う音。敵の剣を受けて後ろに下がる光の神〉


「(もう、何やってるのよ)」


〈光の天使が光の神の心の中に話しかけて来る〉


「(何と言われても…)」


「押されてるじゃない。さっさとやっつけちゃいなさいよね」


人間相手だ、あの時より少し手加減すれば良いか。


「ふっ!!」


〈鍔迫り合いから押して離れたところで空を切る〉


「えーーい!」


「うわーーーっ!!」


〈相手は吹き飛ばされて転がって行く〉


「それまで!!勝者紫月光!」


これで良いのだな。


〈そして光の神は次々と勝ち上がって行った〉


【エントランス】


「凄い!光決勝だよ!」


「相手は誰?」


「小倉杏ちゃんみたいね、光君大丈夫かしら?」


「強いんですか?」


「強いわよ、そこら辺の男じゃ敵わないぐらい」


「去年まで男女別々だったもんね、知らなかった」


「去年はあの子出てないかな?確かよその国に修行に行ってたと思うわ」


「そうなんだ」


「お兄ちゃん大丈夫かしら?」


「ここまで来たら勝って来いよ。いくら強いったって相手は女だ。負けるわけにはいかねえだろ?」


「女性と剣を交えなくてはならぬのか…」


「光君、手加減しようなんて思ってる?」


「うーむ…」


「それはかえって杏ちゃんに失礼だわ」


「そうだよ。よその国で修行して来たぐらいなんだから、光なんて簡単にやられちゃうかもよ」


「ここは本気で戦うのが礼儀ってものだわ」


「お兄ちゃん、私もそう思う」


「わかった、やってみよう」


「(この国の女の子は皆んな強いね、お酒も剣も)」


「(ああ、そうだな)」


「(光の神は、強い女の子は好き?)」


「(うーむ…酒や剣が強かろうが、心が優しければ良い)」


「(優しい女の子が好きなんだね)」


「(女性に限らず優しい方が良いであろう?)」


「(強い男は素敵だけど、強いって、腕力だけじゃないと思う。優しさが強さって時も有るのよ。だから、光の神は本当に強いの)」


「(私が強い?私は強くも優しくもないが)」


「(優しいよ、とっても)」


【試合会場】


〈出場者が入場する。近衛の号令で始まる〉


「これより決勝戦を執り行う。姫様に礼!」


「決勝は、フィナンシェ姫様もご覧になるのね。お兄ちゃん頑張って」


あの方がこの国の姫君か、美しい方だ。


「では始める!赤、小倉杏!」


ワー!ワー!


「白、紫月光!」


ワー!キャー!

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