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 卒業式ほどツマンナイものはないと思う。長ったらしいお話に、合唱の応酬、そして意味もなく泣きわめく生徒たち。ホント、気後れする。

 でも、ちょっと楽しかったこともある。

 それは卒業式が終わった後のことだった。午前中で式は終わったんだけど、アタシたちストレイ・キトゥンズは学校に残っていた。休みに入るし、今のうちに練習しようとかいう話になったのだ。で、鍵を借りに行こうとしたわけなんだけど。まあ、結局「卒業式の日にそんなこと許しません」って椎名先生に怒られて、できなかった。

 でもいちおう第二音楽室まで行った。で、その収穫はあったりした。


 アタシたちは、締め切られた第二音楽室の前に立っていた。壊れた通気孔を使えば中に入れたけど、最近はやってないし、楽器も持ってきてないし、やる気は起きなかった。

 その代わりにアタシたちは、一枚のポスターに目を向けていた。

 第二音楽室の壁は、簡易的な掲示板になっている。画鋲とか刺せるように、柔らかめの壁紙が貼ってあるわけ。そこには市民ホールでの定期演奏会の案内とか、吹奏楽部が出るコンクールのお知らせとかがあるんだけど。そいつは、そんななかに混じって貼り付けてあった。

『千島楽器主催、CODE REDに軽音楽部三年生が参加。3月27日(日)、ジオン・モール三階、千島楽器Aスタジオにて。午後1時開場、観覧自由』

 千島楽器は、全国チェーンの楽器屋。ここに書かれてるのは、隣町のショッピングモールのなかにあるやつだ。アタシたちがよく行く地元の楽器屋より、よっぽど品ぞろえがいい。それもそのはず。売場の広さが何倍もあるんだから。それにスタジオだっていくつか貸し出している。でも、そこは高校生のたまり場。中学生が行くには遠いし、お金もそんな値引きしてくれない。だからアタシたちも行ったことなかった。

 で、そこで開催されるイベント。コード・レッドっていうのは、アタシも一時期参加を考えていたことがあった。参加費のかからないバンドコンテストで、勝ち上がると東京で演奏できるとかなんとか。

 十一月だったかな。そのチラシを見たとき、アタシはスゴく興奮した。でも、その直後には熱も冷めた。なんていうか、アタシたちってコンテストに勝つためにやってるわけでもないし、メジャーデビューしたくてやってるわけでもない。出る意味ある? なんて思ったら、すぐに熱が冷めてきたのだ。だからアタシにとって、この手のコンテストとかは、取るに足らないモノだった。

 だけどこのチラシを見たら、がぜんやる気がわいてきた。というよりも、野次馬魂に火がついた。負けず嫌いが燃えたぎった

「ねえ、これ! これ乗り込もうよ!」

「乗り込むってなんだよ、乗り込むって」

 窓際に立つ真哉が言った。

「だから、文字通り突撃すんのよ」

「……まさか奏純ちゃん、また参加登録もしてないのにゲリラライブしようって言うんじゃ……」

 クリスが震え声で言ったけど、さすがにアタシもそこまで非常識じゃありません。

「バカ言わないでよ。敵情視察に決まってんじゃない。アタシたち、第一軽音部アイツらの文化祭ライブは、自分たちの都合で見られなかったじゃん。……まあ、見たくもなかったけどさ。だからさ、今度は正々堂々と見てやらない? 観覧自由ってチラシにも書いてあるしさ。それに……いずれはアタシたちもここに出ようよ。それで、もっとたくさんの人にアタシたちを見せつけてやろうよ」

「そううまく行くかぁ? いちおうこれって、予選とかあるんだぜ」

 言って、真哉はガムを噛んだ。いつものミント味のガム。先生にバレたらお説教。でも、ほとんどの先生たちは卒業生につきっきりだから、関係なかった。

「だから、練習するの。もっともっと、もーっと!」

「来年、目指すということですか? 目標……って、言葉は合ってますか?」

 エレンが言った。アタシは彼女の大きな目を見て、笑顔でうなずいた。

「そう。よっし、文化祭の次の目標まで決まった。それじゃ、春休みの練習は明日からね!」

 アタシが意気揚々と言うと、みんなうなずき返してくれた。誰も不満は言わなかった。


     *


 二十七日、日曜日。アタシたちは電車を乗り継いでショッピングモールまで向かった。モールは国道沿いにあって、巨大な立体駐車場が隣にあったりする。駅から向かうには少し距離があるから、地元以外の学生にはあまりいい立地じゃないと思う。でも近くに高校が何個かあるから、それでも客入りはいいほうだろう。

 駅からは歩いて二十分くらい。アタシたちが歩道を歩いてると、高校生たちが自転車で横を通り過ぎてったりした。追いかけっこするみたいに、三人組がシャーッ! って駆けてった。いっぽうでアタシたちは、そんな国道沿いの大通りをトボトボと歩き続けた。

 千島楽器は、そんなショッピングモールの三階にある。一階が食料品を売ってるでっかいスーパーで、あと回転寿司とかファミレスとかがある。二階が服とスポーツ用品。で、三階が楽器屋とゲームセンターって感じだった。

 千島楽器は思ったほど混雑してなかった。でもまあ、日曜日ってだけあって多少は騒がしい。ギターのコーナーはそうでもないけど、ピアノとエレクトーンのコーナーなんて小学生がハシャぎ回ってる。長い髪をまとめた女の子が「エリーゼのために」をきれいに弾いたと思えば、その子の弟らしき小学生がテキトーに鍵盤を殴り始めたり。まるで前衛音楽。フリージャズってやつ? あるいは、プログレ? なんて言ったらプログレ好きに怒られちゃいそう。

 千島楽器の奥にあるAスタジオは、おそらくこのあたりでは一番大きいレンタルスタジオだ。学校の教室よりちょっと広いかってぐらいの大きさで、バンド以外にも三十人ぐらいは入れるんじゃないかってぐらい。

 出入り口には「ご自由にご観覧ください」って札がさげられていた。ご自由にっていうけど、勝手にスタジオに入るのはちょっと気が引けるよね。まあ、結局入ったんだけど。


 当然っちゃ当然だけど、客入りはよくなかった。無料だけど、参加者はほとんど素人だし。もうライブが始まるまで三十分切ってたんだけど、スタジオにいるのは三十人弱ぐらい。そのうち何人が観衆で、何人がバンドマンなのやらって感じ。

 アタシたちはスタジオのはじっこ。一番奥に陣取った。中学の知り合いとは顔合わせたくなかったし。それにアタシたちストレイ・キトゥンズが、第一軽音部アイツらを見に来てるってこと自体が、なんか釈然としなかった。言いだしっぺはアタシなんだけどさ。ほら、いざ本番になったらやる気なくなるってこと、あるじゃん。そんな感じ。

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