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 中学最初の年末は、そんな感じで何事もないように見えて、悶々としながら過ぎていった。

 冬になると日は短くなって、もちろん部活の時間も少なくなる。まともに練習できる時間も減っていって、結局バンドで合わせる回数も減っていった。そしてついには冬休みに入って、みんな実家に帰るだのなんだのって忙しくなって、定期練習もいったん中止。そう言えば、師走って師匠ですら忙しくて走るレベルって意味なんだもんね。そりゃそっか。

 でも、アタシの年末は比較的まったりしていたと思う。

 こたつに入ってみかん食べたりとか。おせんべいかじったりとか。冬休み帳は……まあ、年明けにクリスに見せてもらうとして。

 あと、ようやくカポタストを買ったいろいろと練習したりもした。パワーコードで弾くのはもう慣れちゃったけど、分散和音アルペジオとかまだ全然だし。その練習ってわけで。ザ・スミスとか、ちょっと弾いた。ま、ちょっと弾けるようになったら飽きちゃったけど。

 でも、ちょっとは上達したと思う。これは年明けにみんなをビックリさせるのが楽しみだ。

 で、そんな冬休み。休みに入ってちょっとしたころだった。クリスマスが終わって、町もサンタクロースからしめ飾りに衣替えし始めたころ。お兄ちゃんがようやく帰ってきたのだ。

 ほんと、突然の帰宅だった。アタシが部屋でギターを弾いてたら、突然ドアが開いたの。

「ちょっとお母さん、ドアはノックしてから開けてって言ったじゃん!」

 そう言って振り返った先にいたのが、兄だった。でっかいキャリーケース持って、紺色のダッフルコートに皮手袋をしていた。ほら、映画で殺し屋とかが付けてそうなやつ。

 兄はその手を軽くあげて、「ただいま、奏純」って言った。

 アタシはなんて返せばいいかよくわからなくて。まあ、とりあえずギターを置いた。

「いやぁ、聞いてはいたけど、まさか奏純がギターを始めるなんて思わなかったな」

 お兄ちゃんはキャリーケースをガラガラ引きずりながら言った。いっぽうアタシはレスポールをスタンドに立てる。

 お兄ちゃんは、まるで海外旅行客みたいにケースの上に腰をおろした。

「それもこれも、お兄ちゃんがアタシの部屋にCDとコンポ置いてったせいだよ」

「それも母さんから聴いたよ。俺が東京に行くなり、急に音楽に目覚めたって。いい趣味になってきたじゃん」

「でしょ? それにさアタシ、バンドだって組んでるんだよ」

「軽音部に入ったとは聞いてたけど、やっぱそうだったんだな。どんなバンドなんだ?」

「ストレイ・キトゥンズっていうバンド。かっこいいでしょ? パンクとか、ポスト・パンクとかやってる。でね、アタシがギターで。クリス――ほら、幼馴染の――がベース。あと、真哉っていうドラム担当。で、ボーカルの子はイギリス人とのハーフの子なの」

「へぇ……。なんていうか、奏純はやっぱり俺の妹っていうか、血は争えないな」

「どういうこと?」

 アタシがそう問うと、お兄ちゃんは「別に」と言ってニヤっと笑った。

 ケースから腰を上げて、その中身を広げた。

「いま、俺がどこでバイトしてるかって、奏純聞いてたっけ?」

「いや。聞いてないけど」

「なら……音楽が好きになったいまなら、ちょうどいいかな」

 ジーってチャックを開けると、中から大量のプラスティックケースが出てきた。

「俺、レコード屋でバイトしてるんだ。で、これはそのバイト代で買ったCD。奏純、コンポはまだ持ってるだろ? 今日から年末年始は俺がいろいろ教えてやるよ」


 そういうわけで、その日から兄による音楽講座が始まった。六十年代のマージービート。第一次ブリティッシュ・インヴェンジョンから、グラムロック、スタジアムロック、プログレ、パンク、ポスト・パンク、マッドチェスター、ブリットポップ、オルタナティヴ……その他色々。

 兄の解説を聞きながら、かたっぱしからCDを聴きかじった。お兄ちゃんってばブックレットに書いてあること以上に詳しく説明するの。だから、アタシも驚いちゃった。血は争えないってこういうこと?

 実家に残していったヤツから、新しく持ってきたヤツも。とにかくアタシの部屋には一日中音楽が流れ続けていたと思う。まるで、アタシがニルヴァーナと出会った日みたいに……。

 アタシはベッドに寝転がりながら、コンポから流れる曲に耳をかたむけていた。ときおりギターを手にとって、一緒に弾いたりしながら。

 兄はイスに腰かけて、熱いコーヒーを飲みながら曲を聴いていた。頬杖なんてついて、ちょっと大人な感じ。ゴールドブレンドって、違いがわかる大人の証拠なわけ?

「実はさ、俺もむかしギターを始めようなんて思ってたんだよ」

「そうなの? いつ?」

「高校のときだったかな……? でも、なんかどうせ三日も経たずにやめるんだろうなって思って。楽器買う金があれば、どれだけいろんな曲を知れるだろうと思ったら、やめちゃったんだよ。でも、いまはちょっと後悔してる。ギター始めた奏純を見てると、なんかうらやましく思えるんだよ。ああ、俺もあのときそうしてたら、何か変わってたんじゃないかってさ。ちょっと思うんだ。……でもまあ、もう過ぎたことだよ」

 言って、兄はコーヒーをすすった。

 コンポからは、アークティック・モンキーズの「マーディ・バム」が流れていた。

「いまからだって始めればいいじゃん。時期なんて関係ないでしょ」

「はは。たしかにそうかもな。でもなんか、うらやましいんだ。奏純みたいに、青春を謳歌しているのを見るとさ。俺は中学の時なんて、あんまりいい思い出ないからな。今もバイトと勉強ばっかだし。大学生は人生の夏休みだなんて言うけど、そんな気はしないんだよ。……って、妹に何言ってんだか。……そうだな、俺もギターはじめてみようかな」

「いいじゃん。そしたらさ、お兄ちゃんもアタシのバンドに入ってよ。アタシがリズムギターで、お兄ちゃんがリードギターでさ」

「それは悪いよ。……ストレイ・キトゥンズは、奏純が好きで始めたバンドなんだろ? だったら、奏純たちがやらなきゃ。俺は、もうちょっと違う方向でがんばってみるよ」

 コーヒーをすする音。

 「マーディ・バム」が終わって、次の曲に移った。

「違う方向って? 何やるの?」

「まあ、決まってないけどね。でもなんか、奏純が楽しそうだからさ。俺もなんかやりたくなってきたっていうか……。そうそう、ライブとかはやるのか?」

「いちおう、文化祭でやったよ。来年も出るつもり」

「中学の文化祭って九月だったよな? 大学の夏休みでもギリギリかな……。よし、来年こそは夏休み実家に戻って、ストレイ・キトゥンズのライブを見に行くよ」

「ほんと? ってか、大学の夏休みってそんな長いんだ?」

「今年はバイトづくめで、休みって感じしなかったけどな」

 お兄ちゃんはそう言って、大きなため息をついた。どうやらその疲れの結果が、いま聴いてる大量のCDらしい。

 なんか、久々に会ったけど、兄は兄のまま。何も変わってなくて、ちょっと安心した。


 大晦日には、そばを食べて。三ヶ日には隣町のおじいちゃんちに行ったり。お年玉もらったりして、いつの間にか冬休みは終わっていた。お兄ちゃんはすぐに東京へ帰っちゃったし、アタシもアタシで冬休み帳に取りかからなくちゃいけなかったし。結局、兄妹で遊んでたのは年末年始のあいだの数日だけだったと思う。

 ちなみにお年玉で新しいギター買おうとしたんだけど、怒られました。ホントはSGがほしかったんだけど、お母さんに「学校で使うお金にします」って取り上げられちゃった。せっかくもらったのに。

 でもウジウジしてらんないし、結局アタシはいつものレスポールを使ってる。

 勉強机に向かって、クリスからもらった答えを写しながら、飽きたらギターにふれて……って、ほとんどギターにばっかり触ってたんだけど。

 そんなこんなで冬休みは終わった。夏休みほど長くないし、師走ってだけあってあっという間だった。ていっても、「あっ」以外にもいろいろ言ってたと思うけど。


 ちなみに三学期もあっという間だった。

 ほら、実質三学期って、卒業式の練習しかしてないじゃん。三年生は高校受験ですったもんだして、下級生はお歌の練習でヒーコラしてんの。

 日も短くなって、バンドでの練習の機会も減っちゃったし。退屈な時間ほど長く感じるっていうけど、アタシはどっちもどっちだって思う。たしかに、楽しい時間はすぐに過ぎていっちゃう。ゲリラライブだって、いつの間にか何ヶ月も前のことになってるし。バンドの結成だって、半年近く前になっていた。

 でも、退屈な時間もすぐに過ぎていった。退屈な単純作業。学校行って、授業受けて、家に帰って……。最近、時間が早く過ぎていくように思う。小学生の時って、あんなに放課後が長く思えたのに。いまは一瞬に感じられる。一年だって、いつの間にか過ぎていった感じがしていた……。

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