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 当然っちゃ当然だけど、客入りはそんなによくなかった。無料だけど、参加者はほとんど素人だし。もうライブが始まるまで三十分切ってたんだけど、スタジオにいるのは三十人弱ぐらい。そのうち何人が観衆で、何人がバンドマンなのやらって感じだった。

 アタシたちはスタジオのはじっこ。一番奥に陣取った。中学の知り合いとは顔合わせたくなかったし。それにアタシたちストレイ・キトゥンズが、第一軽音部アイツらを見に来てるってこと自体、なんか釈然としなかった。言いだしっぺはアタシなんだけどさ。ほら、いざ本番になったらやる気なくなるってこと、あるじゃん。そんな感じ。

 バンドコンテストの支度は整いつつあった。トップバッターの高校生バンドが音出しをしている。アタシたちは隅っこでそれを聴きながら、出演予定表を眺めていた。ワードアートで作って、そのままコピー用紙に印刷したみたいなチラシだった。

「アイツら、四番手だってな」

 真哉がパンフを指さしながら、アタシに耳打ちした。

 四番手は、『ブラック・バード』ってバンドだった。アタシも一目見ただけでわかった。ああ、なるほど。コイツらが馬場先生に一番気に入られたビートルズのコピーバンドなんだって。すぐにわかった。中学の名前もなんにも書いてなかったけど。もう、コイツらしかいないじゃんって感じで。

 正直アタシは、微塵も興味がわかなかった。どうせ名前はあの曲からとったんだろうし、どうせあの曲やるんでしょ? って見ただけでわかっちゃう。ツマンナイの。

 ほかのバンドもそう。アタシって守備範囲は広いはずなんだけど、どれもいまいちピンとこなかった。唯一名前だけで興味がわいたのは、最後に出てくるっていう『クイーン・ビッチ』ってバンド。これ、たぶんデヴィッド・ボウイの曲から取ってるんだと思う。なんかそれって、初期のジョイ・ディヴィジョンみたいでカッコよくない?


 観客の多くは、出場バンドの友人。だから会場は内輪で盛り上がってるって感じがスゴくした。特に高校生バンドなんかは。

「○○高校軽音部の――」

 とかって、バンド名を名乗る前に言うの。アタシ、まずその時点ですごいゲンナリしちゃった。

 演奏はまずまずだった。アコギを中心に据えたポップな演奏から始まって、裏声を使ったボーカルがウィスパーボイスっていうか、ほぼ金切り声で歌い上げるの。正直、歌がすべてを台無しにしてたと思う。でも、会場は盛り上がってた。なんたって、同じ高校の軽音部が観客なんだから。先輩を立てなきゃいけないもんね。そりゃそうよ。

 ほかのバンドもそんなもん。

 アタシとしては、まだ三番手に出てきた『フィッシュ・ウィーヅ』ってバンドのがマシだと思った。

 いや、演奏ヘッタクソだったのよ、そいつら。その前の高校生なんかと比べても、アタシたちと比べても、もう比になんないってぐらい下手くそなの。ギターはチューニング狂ってて、コードを弾いてるのかブリッジミュートしてるのかわかんない音するし。ベースは低すぎて聞こえないし。ドラムはひたすらシンバル叩いてるの。あげくギターボーカルは、ギターを弾かずに踊る始末。正直、彼らが演奏し始めた瞬間に会場中が唖然とした。

 でも、アタシは嫌いじゃなかった。彼らの音楽が好きってわけじゃないけど。ただ、その演奏してる四人はずっと笑ってたの。ちょっと恥じらいながら、「次は僕達のオリジナル曲です」とかなんとか言って。グダグダの楽しそうに演奏をするもんだからさ。だからアタシ、コイツらは嫌いになれないなって思った。心底楽しそうに弾いてるんだもん。

 で、そんなフィッシュ・ウィーヅの次が、問題のアイツらだった。


 ブラック・バードなんて、バレバレな名前付けやがって。

 第一軽音部の三年生四人組がついに登壇。しかも、なんと馬場先生を連れだって登場ときたもんだ。

 先生までスーツ姿で、ギブソンのアコギなんて提げてさ。みんなソレっぽい機材なのよ。エピフォンのカジノに、ヘフナーのバイオリン・ベース、リッケンバッカーの360とかね。

 それにみんな小綺麗な学ラン着て、左右対称にギターとベース構えてるの。アタシ、笑いを堪えるのに必死だった。でも、ここまでくるとさすがにスゴいなって思ったりもした。

「初めまして、僕たちはブラック・バードです。それではお聞きください」

 そして一曲目が始まった。「シー・ラヴズ・ユー」だった。


 それから案の定、ステージに立った馬場先生が「ブラック・バード」を弾いた。で、ほかのバンドメンバーが合唱するみたく一緒に歌った。滑稽といえば、滑稽だったと思う。

 アタシは彼らをはじめて見たとき、『ギターを持った合唱部』だとか、『ラッパをギターに持ち替えた吹奏楽部』だとか思った。それはあながち間違ってなくて、このときの感じなんてまさしくそれだったと思う。

 で、問題は「ブラック・バード」の次だった。

 馬場先生がステージを降りて、代わりに元部長の錦織先輩が前に出た。

「次は僕らのオリジナル曲です。『イヤーズ・イン・ザ・ライフ』」

 ――へえ、オリジナル曲なんてあったんだ。

 思えばアタシは、彼らの演奏に聴き入ってたと思う。批判したくて来たはずだったのに。オリジナル曲なんて、いいじゃん。って、ちょっと思っちゃった。

 でも、聴いてみたらビックリした。

 エピフォン・カジノが甘い音を奏でた。歪みのないクリーントーン。懐かしい、聞き覚えのあるコード進行。

「思い出して、やわらかな光、あの日の記憶、音のさざなみ……」

 ギターに合わせ、錦織先輩が歌い始めた。

 そう。この曲のコード進行は、いわゆるレット・イット・ビー進行だった。カノン進行とか、王道進行とか、そういうの。オアシスのドンルクとか、思いっきしそれだよね。

 彼らの曲は、まさにそういうメロディだったのだ。C、G、Am、Fっていう。ほんと、聴き心地のいいメロディ。ていうか、聞き慣れた、安心する音。

 アタシはそれをぼんやりと聴いていた。そして聴いていても、特に何も思わなかった。いいなとか、イヤだなとか。何にも感じなかったのだ。言うなれば、無。何も思えない音楽だった。

 とは言っても、その「イヤーズ・イン・ザ・ライフ」って曲が何の感情も込められていない、レット・イット・ビーの丸パクリっていうことじゃない。ただ、アタシには分からない曲だった。

 つまりそれは、卒業式で歌う「旅立ちの日に」みたいなものなのだ。その曲自体にも、もちろん心に訴えかけるものはある。だけど、それが人の心を揺さぶるのは、それを歌っている卒業生のバックグラウンドを知っているから。曲に感動しているワケじゃない。知らない人が見たら、ただのガキンチョがイッチョマエに合唱しているだけ。「いま別れのとき、飛び立とう、未来信じて」とか、そんなこと言われても、別れを惜しむ気持ちがわからないから、何も感じない。それと一緒。

 アタシにとって彼らの曲は、まさしくそれだった。だから、無だった。

 馬場先生にとっては、この上ないプレゼントだったかもしれないけれど。後輩にとっては、最高の先輩の、最高のオリジナル曲だったかもしれないけれど。

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