第五章 ”ビザール・ラヴ・トライアングル”
1
文化祭のゲリラライブが終わって、アタシたちは一つの到達点を迎えた。でも、それで目標がなくなったってワケじゃない。アタシたちには、まだ次の目標が待っている。来年の文化祭だ。
せっかく部活になったんだし。来年こそは五月に間に合わせて、今度は
アタシたちの次の目標は、来年の文化祭。そして、そのための練習は惜しまなかった。
夏っていうのは長く続くんだけど、秋っていつのまにパッと過ぎちゃう。やっと秋が来たって衣替えがしたのに、次の朝起きたら、もう冬が目の前にいるわけ。外出たら、びゅーって北風が吹いてさ。よく見れば息が真っ白。
そういうわけで、季節はあっという間に過ぎていった。このあいだまで真夏のはずだったのに。いつしか冬。
アタシの部屋には電気ストーブがあるんだけど、あれってぜんぜん部屋があったまらないの。あったっかくなるのは、ストーブの周り数十センチぐらい。部屋の中は霜でもできそうなぐらい寒い。
でも、そんな寒さの中でもアタシはギターの練習をする。とはいえ、スチール製の弦はキンッキンに冷えてるもんだから、つらいったらありゃしないんだけど。特にチョーキングなんてしようもんなら、指に冷たい鉄線が食い込んでイッタイのナンノって。まあ、それでもやめないんだけど。
なんでやめないかって?
そんなの決まってる。楽しいからだ。
*
十一月が終わって、十二月に差しかかりはじめていた。昇降口前の並木道はすっかり枯れて、用務員のおじさんが毎日せっせと落ち葉掃き。外掃除の担当も、熊手を持って応援。なんだか物寂しい季節になってきていた。
アタシたちは週に最低二回の練習だけはキッチリ続けていた。月曜日と土曜日。第一軽音部とかぶらない日に練習している。曲のレパートリーもだんだん増えてきた。そうそう、この前まで弾けなかった「ラヴ・ウィル・テア・アス・アパート」も弾けるようになった。
で、それは練習が終わった帰り道のことだった。
帰り道、アタシと真哉は終盤まで通学路がかぶる。クリスは初めの交差点で別れて、エレンとはその次の信号で。それから十分ぐらいは、ずっと真哉とアタシの二人きり。
コイツと二人で帰るのは、嫌いじゃない。でもそれは、コイツのことが好きだからってわけじゃない。……そう、断じてアタシはコイツのことが好きだとか、そういうんじゃない。アタシは、ドラマーとしてのコイツが好きだし。いち音楽好きの友達としてコイツが好きだ。恋愛感情なんて、そんなものはない。アイツだって、アタシのことをバンドメンバーとしか見てくれてないし。
その証拠に、アイツとは帰り道のあいだ音楽の話しかしない。アイツが吹く口笛が何の曲かあてっこしたり。最近聴いたバンドを勧めあったりとか。そういう話ばっか。それ以上、先に行くことはなかった。アタシと真哉っていうのは、そういう関係。男子とか、女子とかってそういう関係じゃなくて。もっとこう、音楽でつながった
そのはずだったんだけど……。
真哉と別れるのは、庭木が生け垣からはみ出した交差点。車も一台通れるかっていう細い道で、アタシたち以外に通行人を見たことはほとんどない。
いつもなら、そこでかるいあいさつをして別れる。ちょっと手をあげて「んじゃ」「うん」とかその程度。アイツとアタシの間柄って、そんなもん。唯一例外があったとすれば、それはライブ前にアイツの部屋にあがったときぐらいだ。
で、今日は二度目の例外にぶちあたった。
「南、おまえさ。暇か」
「は? これから?」
突然そんなこと言い出すもんだから、アタシはかなりドスの利いた声色になってたと思う。
「ちげーよ。今週末だよ。日曜か、土曜」
「日曜ならたぶん空いてるけど。なによ急に?」
まさかデートのお誘い? なんて、あるわけないよね。コイツはアタシを女子だなんて思ってくれてない。悪友だもん。アタシだって、コイツのこと男子として見てないし。ドラマーとして見てるし。……そう、ドラマーとして。
「それがさ、お袋が商店街の福引きで映画のタダ券もらったっていうんだけど、使わないからってオレにくれたんだよ。でもそれ、ペアチケットでさ――」
え、うそ。マジにデートのお誘いなの? これがそうなの?
「週末、一緒に隣町の映画館まで行かないか。ほら、県庁前駅降りたとこにあるさ。あの小さいとこだよ」
「なんでアタシがアンタと一緒に映画見なきゃいけないのよ」
「タダ券がモッタイナイだろうがよ。それに、来月まであそこの映画館、音楽映画祭やってんだよ。ほとんどはクソみてえなクラシックやらジャズのドキュメンタリーだけどよ。でも先々週はジミヘンのドキュメンタリーやってたんだぜ」
「へぇ……じゃあ、それを見に行くの?」
アタシ、かなり高飛車なお嬢様みたいな口調で言ってたと思う。へえ、それでアタシを満足させられて? みたいな。だって、まさかコイツからデートの誘いがくるなんて思ってなかったもん。……いや、デートって決まったわけじゃないけどさ。映画になんて誘われたら、そりゃ……いやおうにもそう思っちゃうでしょ。
「そうだよ。てめえなら絶対気に入ると思ってさ。ちなみに、今週末までは『コントロール』をやってるらしい」
「コントロール……って?」
「イアン・カーティスの伝記映画だよ。ジョイ・ディヴィジョンの映画。てめえもそれなら見たいだろ?」
「うん、まあ……」
「よっしゃ。じゃあ決まりだな。日曜の十一時、駅前に集合。いいな?」
「うん。……なんか、デートみたいね」
――あ?
アタシ、いまなんて言った? なんて口を滑らせた? 何言ってんだアタシ!?
顔が紅くなってるのがイヤってほどわかった。あれ、なに。アタシ照れてんの? コイツにデートに誘われて照れてんの? ちょっとなに。なにしてんのアタシ?
……とか思ってたらさ。
「はあ? デート? バカ言え、誰がおまえをデートになんか誘うか。映画に誘っただけだぜ。自意識過剰かよ」
「うっさい。冗談に決まってるでしょうが、バーカ。アンタこそ自意識過剰よ」
――そうよね、コイツはアタシを女子とは見てくれてない。ギタリストとして見てくれてる。それに、アタシは別にコイツのことなんて好きじゃないんだし。コイツは、一緒にバンドをやってる
「……とりあえず、日曜の十一時ね。お母さんに聞いておく」
「おう。じゃあな」
「うん」
そう。アタシたちは、お互いにかるくあいさつして。フランクに手をあげて、また次の練習でなって。そういう仲なんだ。スキとか、キライとか、そういうのを言い出す仲とは、ちょっと違う……と思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます