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日曜日。駅前にはからっ風が吹き荒れていた。風に乗ってきた落ち葉が流れ着いて、水たまりに集まってきている。昨日は雨だったけど、今日は曇り空。寒いけど、雨が降ってないだけマシだった。
アタシは律儀にも十五分前には駅前に着いていた。で、暇だからって先に切符まで買っていた。別に楽しみで楽しみでしかたなくて、早めにきちゃったとか、断じてそういうんじゃない。アタシはもともと時間にはうるさいほうなんだ。
十一時になるまで、アタシは駅前の広場で音楽を聴きながら待っていた。誕生日に買ってもらったウォークマン。中にはお兄ちゃんのCDコレクションがまるまる入っている。
アタシはベンチに座って、ジョイ・ディヴィジョンのライヴアルバムを聞いていた。そしてそれに合わせてエアギターをしていた。いちおうは練習ってことで。頭の中でコードを思い浮かべて、見えない弦に指を這わせ、右手を振り下ろしたり、振り上げたり。
そうして何曲か演奏してたんだけど、真哉が来たのは、ちょうど「シャドウ・プレイ」を弾いているときだった。ちなみに広場にある柱時計によれば、時刻は十一時八分。完全な遅刻だった。
なのにアイツったら、急ぐ様子もなければ、悪びれる様子もなかった。いつも通りのだらしない様子で、「よう」なんて言ってきたの。
アイツの私服を見たのは久しぶりだった。ジーンズにミリタリージャケットって、むかしのロックシンガーみたいな格好だった。
「遅い。八分遅刻。次の電車、十五分後なんだけど」
「わりい、寝坊したんだよ」
「誘ったヤツが遅れるってさ。しかも女を待たせるなんてて、最悪だと思うんだけど」
「いいだろ、別に映画には間に合うんだからよ」
「約束の時間ぐらいは守れって言ってんの」
「へいへい。てめぇはオレのお袋かよ」
アイツは結局、遅刻について何一つ謝らないまま、切符を買いに行った。
隣町の県庁前駅までは、だいたい二十分ぐらい。そんなに長くはない。でも、田舎のローカル路線だから、それでも片道五百円近くする。中学生には手痛い出費だ。これで映画代も払うとなると、往復で二千円以上するわけ。だから、アタシもきっとタダ券がなくっちゃ誘いにのらなかったと思う。
電車の中、アタシたちは終始無言だった。なに話せばいいかわかんないし。電車の中はそこそこ込んでるし。
車内には、アタシたちのほかにも中学生が何人か座っていた。ジャージ着た部活っぽいのから、オシャレしてこれからお出かけっていう感じまで。結構座席はうまっていた。
そんななか、アタシは座ったままずっと目を伏せていた。だって……だってさ、アタシと真哉は、そりゃこれがデートじゃないってわかってる。二人でイアン・カーティスの伝記映画を見に行く。これこそまさに現代大衆音楽研究部の活動って感じだ。
でも、はたから見ればそうじゃない。男子と女子二人きりで、電車に乗って隣町まで……。
――って、これ外面だけ見れば完全にデートじゃん!
って、いまさら気づいてんの、アタシ。
だからずっと目を伏せてた。何も言わなかった。クラスの誰かに見られたら恥ずかしいし。なにより、よりにもよって
アイツもアイツで、何も話しかけてこなかった。でも、アイツはデートって勘違いされるのを気にしてるっていうより、純粋に面倒臭がってるみたいだった。時々目をつむって、あくびなんてしてみせるし。夜更かしでもしてたみたい。
アタシが自意識過剰なだけ?
たしかにそうかも。でも、ちょっとこれは……やっぱりデートにしか見えないってば。
二人とも一言も喋らず、無言の電車旅は終了。県庁前駅で降りると、十五分ぐらい歩いて映画館まで向かった。
劇場は、商店街のかたすみにある。本当にボロい映画館で、いまどきシネコンですらない。券買ったら、劇場入って、自由に席とって。誰かに横取りされないようカバンとか帽子とか挟んでおくの。そういうボロい映画館。
受付前には誰もいなかった。いるのは受付のおばあちゃんだけ。穴ぼこの開いたガラスの向こうに座って、眠たそうに仕事をしていた。
「これ。使えますか」
真哉はそのおばあちゃんの目を覚まさせると、タダ券を手渡した。
「十二時半からの『コントロール』を中学生二人なんですけど」
「はい、じゃあ……これだね」
入れ歯をフゴフゴ。おばあちゃんは机の下から券を取り出すと、それをアタシたちに渡してくれた。このチケットも古めかしい。本当に今日の映画なの? ってぐらい。でもちゃんとミシン目もついてるし、未使用のチケットみたい。
「どうも」
真哉はそうやって軽く言うと、劇場の中に入ってた。アタシもアイツの後を追って、売店のほうへ。
売店には店員さんもいないし、お客もいないかった。ただショウウィンドウだけがずらりと並んでいた。ガラスケースの中には、本日公開ぶんの映画のパンフレットが飾られている。特撮モノと、それから西部劇。あとよくわからないドラマ。
「なんか喰うか。菓子とか、ジュースとか」
「こんなボロボロの映画館で、食べ物売ってるの?」
「ほら、そこ」
と、アイツはショウウィンドウを指さす。
あったのは、棚に並んだじゃがりこ。それから袋詰めのポップコーン。なんかていうか、ぜんぜん映画館っぽくない。駄菓子屋かよ、ここ? って感じのラインナップ。もっとこう、コーラとでっかいポップコーンとかないの? じゃないとおなかも膨れないと思うんだけど。
「いいよ、アタシ飲み物だけで」
「じゃあ、あれ」
もちろん、この映画館にドリンクを出す売店があるはずもなく。真哉が指さしたのは、値段設定高めの自動販売機だった。
しかも自販機には張り紙があるの。『注:当劇場では売店以外からの飲食物の持ち込みはご遠慮させていただいております。』だって。こんなチッポケな売店で、よくもまあそんなこと言えるわ。
映画は予定通り始まったんだけど、劇場には日曜日だってのにぜんぜん客はいなかった。いや、ホントこの映画館やってけてんの? って思っちゃうぐらい。
アタシと真哉以外の客といえば、五十代ぐらいの夫婦一組と、大学生ぐらいの男の人が一人。それだけ。劇場自体そんな大きいものじゃなかったけど、でも同じ列には誰もいないってぐらいにはスカスカ。中央の列に座ってるのは、アタシと真哉の二人だけだった。
十二時半になると、予告もほどほどに本編は始まった。ほら、ズッチャズッチャって頭がカメラになった男が出てきたりしてさ。
正直、アタシはこの映画をどういう気分で見ればいいのかよくわからなかった。
突然の自殺を遂げた天才……その才能と、それに引き込まれたメンバーたち。家族とのすれ違い。突然の死。そして、バンドの解散。
すべてあっという間だった。彼の死も、映画もいつのまにか終わっていた。
そう言えば、前にみた『24アワー・パーティー・ピープル』って映画もそうだった。アレは、マンチェスターでの音楽の映画。ジョイ・ディヴィジョンに始まって、その音楽が終わるまでを描いていた。その映画でも、イアン・カーティスの死はあっという間のことだった。誰も気づかないうちに、彼は悩んで、そしてあるとき急にいなくなった……。
――そういえば、ニルヴァーナのカート・コバーンも自殺だったけな。
アタシはエンドロールを見ながら、そんなことを考えていた。アタシを好きなミュージシャンって、自殺するジンクスでもあるわけ? まさか。
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