16
ライブは興奮のうちに終わった。
ありがとう、これで終わりですって。そう言うと、一番先に出てったのは第一軽音部の連中。アイツら、やれやれって顔しながら出てった。きっと負けを認めたんだって、アタシは勝手にそう思った。なにごともポジティブに捉えないとね。
小学生三人組は、顔を赤くして出ていった。アタシはこれも良いように受け取った。ちょうどアタシが音楽と出会ったときもこんな感じだったって。恥じらいながら、でも心の奥底ではすごい興奮してた……そう思ったから。
で、問題はあの二人組だった。エレンをからかってた、あの女子二人だ。彼女たちは最後まで黙ってアタシたちの演奏を聴いてたけど、最後の最後、片付けをはじめたところでついに声を上げた。
「ショーコよ」
彼女がそう言ったのは、アタシがギターをおろしたときだった。
「は?」
「だから、名前。一年二組の橋田翔子。あたしの名前。……悪くなかったんじゃない、あんたたちの演奏。あたしの好きな音楽じゃないけど、カッコはついてた」
「ありがと、ショーコさん」
「……だから」
すると彼女は、指先をもじもじと動かした。しばらく沈黙。隣にいた彼女の友達も不思議そうにしている。
ややあって、ショーコさんは口を開いた。
「とりあえずは、さっきのこと謝るわ。それから、あんたたちのことも黙っておくし、これ以上関わらないでおく。そのかわり、あたしたちがサボってたってこともチクらないでよ」
「わかってる。おあいこってことね」
アタシはそう言って笑いかけたけど、ショーコさんは仏頂面。そのまま友達と一緒に器具庫を出て行った。
彼女はツッケンドンな態度を崩さなかったけど、アタシは何となく気づいてた。真哉の言ったこと、創るバカのが格上だって話。なんとなく彼女たちにもそれが伝わったのかな。
*
それからは大急ぎで片づけ。楽器を全部はじっこにやったら、ブルーシートをかけて教室に戻ろうとした。一組の出し物は、ホントどうしようもないんだけど。でも、だからってサボってばっかじゃ怒られる。きっといまごろ矢島さんがアタシを探そうとして躍起になってるに違いない。
すぐに教室に戻ろうとしたんだけど、そのときエレンがアタシを呼び止めた。話があるって。待たせちゃ悪いし、クリスと真哉には先に行ってもらうことにした。
器具庫には、アタシとエレンだけが残った。
「あ、あ……っと、スミマセンデシタ」
エレンは開口一番にそう言った。しかも、深々とお辞儀して。いかにも外国人って風貌のエレンがお辞儀すると、なんかちょっとビックリする。ていうか、アタシなんで謝られてるのかわからなかった。
エレンは顔を上げると、鼻をすすった。よく見ると、彼女のまぶたには涙が浮かんでいた。
「あの二人……ワタシのクラスメートの人たちです。迷惑をして、スミマセンデシタ」
――ああ、そういうことか。
エレンをからかってたあの二人組。クラスメートが迷惑かけたって、負い目に感じてるんだ。そんな必要ないのに。むしろアタシのほうが、エレンの気分を悪くして申し訳なく感じてるってのに。エレンってば、ホント純粋だ。
「エレンは何も悪くないじゃん。それにアイツらも別に悪くない。最後にはちゃんと恨みっこなしで別れたし。……あやまることなんてないよ」
「しかし……ワタシ、迷惑させました。なぜなら……なぜなら、ワタシ、ふつうじゃないから……だから、みんなの空気、悪くさせました。ワタシがふつうじゃないから……」
「それ、悪いクセだよ」
アタシ、思わずそう言った。
ずっと前から思ってた。ふつうじゃない。みんなとは違う……エレンは、そういうことをすっと気にしていた。肌の色、言葉の壁、人種……確かに、エレンはアタシたちとは違う。
でも、アタシだってほかの連中とは違うんだ。ていうか、他の連中とは違くありたいんだ、アタシは。
「フツーってのはさ」
アタシは、器具庫のドアを開けた。気持ちのいい風が吹いている。
「たしかにあるよ。フツーっていうのはさ。でもそれってさ、誰かにとっての『フツー』なだけで、また違う誰かにとってのフツーじゃないと思うんだよ。アタシにとってのフツーはさ、エレンにとってのフツーじゃないでしょ? クリスにとってのフツーでもないし、真哉にとっても違う。さっきのショーコって子もね……。それなのに、他人にとっての『フツー』を自分に押し付けるのは、おかしいことだって思わない? それこそロックじゃないよ。アタシたちはさ、そういうフツーにあらがってこそナンボってもんじゃない?
ほらさ、エレンはフツーに英語で歌えるじゃん。でも、それってアタシにとってはフツーじゃない。フツーじゃないからスゴい。エレンがいなくちゃ、ライブは成功してなかった。だから、気にしないで。エレンは、エレンでしょ? それに、アイツらだって……あのショーコとかいう女子も、わかったと思うよ」
「そう……ですか?」
「そうだよ。エレンは胸張ってればいいんだよ。自分はフツーじゃない、特別な人間だ。文句あるか? ってさ。……あのショーコってヤツがやったんでしょ、靴?」
アタシは問いかけに、エレンは何も答えなかった。彼女の首は縦にも横にも振られなかった。
「まあ、どっちでもいいけど。エレン、アンタがああいう手合いをどうあしらうかは勝手だけどさ。アタシだったら刃向かうよ。アタシと、この音楽で。ギターでさ。壊すバカより創るバカってね」
――あーあ、またアイツの受け売りしてるわ、アタシ。
でも、悪い言葉じゃないと思うし。なによりそれを聞いたエレンの顔は明るくなってた。そうそう、エレンは笑顔が似合うよ。アンタの歌はカッコいいんだから、胸張ってればいいんだ。パパッと日本語を英語にしちゃったり、英語を日本語にしちゃったり。実はスゴいんだから。あんなやつらと比較して、うつむいてる暇なんてないんだって。
「アリガトウゴザイマス……カスミ」
「うん。今日はおつかれ」
それからエレンは二組の教室に戻ったんだけど、アタシは戻らなかった。
アタシはしばらくのあいだ体育館裏にいた。そこからだと聞こえるのだ。
彼らはようやく最後の曲に入ったらしい。トリを飾るのは、またしてもビートルズ。しかもよりにもよって「ヘイ・ジュード」だった。あのピアノの旋律と呼びかけが聞こえたとき、アタシは思わず「マジか」って言っちゃった。馬場先生のビートルマニア、ここに極まれりって感じ。これは入らなくて正解だったって、心底思った。
別にアタシはビートルズが嫌いなわけじゃない。どっちかって言うと、曲は好き。でも、彼ら以外が演奏していると……
曲は好き。だから、いつしかアタシも一緒になって歌っていた。
「ナー、ナー、ナナナーナー、ナナナーナー」って。
「あら、ビートルズは嫌いじゃなかったの?」
突然声がして、アタシは思わず振り返った。
そこにいたのは、椎名先生だった。
「ずいぶん変なとこで聴いてるのね。なに、わざわざ面と向かって聴きにいきたくはないの? 軽音部のライブ」
「聴くつもりなんて、これっぽっちないです。たまたま聞こえてきただけです。それとアタシ、ビートルズは嫌いじゃないです。好きでもないけど」
「そう。……まあ、とりあえずお疲れさま。聴いてたわよ」
そう言って、椎名先生は器具庫のほうを指さした。
――げっ! ゲリラライブってバレてたの!?
アタシってば、きっと顔が真っ青になってたんだと思う。それを見て椎名先生は、すべてお見通しって感じでほほえんだ。
「三階の図書館の裏の廊下にポスター貼ってあったでしょ? 見たわよ。さすがに乗り込むのはマズいと思ってしなかったけど、最後まで外で聴かせてもらいました。なかなかよかったんじゃない? ホワイトさんって、あんなパワフルな歌い方するのね。先生、知らなかった」
「えーっと……」
アタシ、恐怖で手がふるえて止まらなかった。
ああ、これはマズい……。ようやく認められた部活がまた振り出し……。これじゃ、またコッソリ練習しなきゃいけないの?
でも、そうはならなかった。
「そんな怖がらなくても。むしろ、私は南さんたちに弱みを握られてるわけなんだから。職員会議でバラしたりなんかしないわ。だから、安心して。むしろ、これがバレたら責任問題になるのは私のほうなんだから。……起きてしまったことはどうしようもない。だから、このことは他言無用ね」
先生は唇の前に指を立てて、シーッというジェスチャーをして見せた。アタシもそれに返した。
こうしてアタシたちの夏と文化祭は幕を閉じた。文化祭は二日間あったけど、二日目はロクなことなかった。片づけして終わり。
ただ、アタシの中にはあの思いが残り続けていた。ライブをしたときの、人前でギターを思いっきりかき鳴らしたときの、あの感覚。誰かの心に、音という爪痕を残した……あの手応えを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます