14

 先生が来てから、入場がはじまった。学年ごとに並んで体育館に入場。一年生から、二年、三年って順番で並んだ。

 体育館もまた紙クズできれいに飾られていた。ステージの壁には『文化祭』ってデッカい文字が貼り付けてあるし、天井にはくす玉まである。これが開いて「文化祭開催」とか出てくるのはすぐに想像できたし、くだらないなってアタシは思ってた。

 体育座りで冷たい床に座らされて、それから開会式。ノッポメガネの教頭が登壇して、蚊の鳴くような声で「開会式を始めます」って言った。

 それからは、もういつも通り。来賓の紹介って、教育なんたら長サマだの、市なんちゃら委員サマだの、県なんたらサマ代理サマだのなんだの。その長ったらしい話が続いて、また校長の話があって。それから、今度は生徒代表の開催宣言だとか。クラスの宣伝だったり、部活の宣伝だったりが続いた。

 ちなみに、部活の宣伝のなかには第一軽音部アイツらもいた。ほかの部活と違って、楽器しょってきたアイツらはかなり目立ってた。ギブソンのフルアコなんて提げてさ。

「二時からライブやるんで、見に来てください」

 だってさ。

 ああ、こりゃかないっこないかもってアタシは思った。だって、体育座りしてる生徒たち、とくに女子ね。ギター持ってるだけで惚れちゃってんのかしら。コショコショ話でさ、

「ねぇ、行こうよ」

「えー、でも、わたしさ……」

「私行くよ。一緒にいこ」

 なんて話してんの。

 そんななか、アタシだけ連中のことを見つめてた。しげしげと、にらみつけるように。そんな目つきしてたの、きっと全校でアタシだけだ。このデッカい体育館のなかでアタシだけ。

 ギラギラと目を光らせて、アイツらをにらみつけてた。

 ――いまに見てろ。アタシたちは、アンタらとは違う音楽をしてやる。


 開会式が終わったら、アタシたちは速攻でビラ配りへ。クラスの出し物? そんなの知ったこっちゃない。

 開会式があってからは、校門前に人があふれるようになった。さすがに十時頃になれば客入りもすごい。

 来場客の三分の一くらいは他校の中学生。それと同じかちょっと少ないくらいなのが、小学生。たぶん来年この中学に入学する予定の子たち。そういえば、去年のアタシも文化祭を見に行った。先生の引率まであってさ。ヨチヨチ歩きのひよこみたいに見に行った。

 アタシはそんな人たちに向けてなりふりかまわず配り続けた。第一軽音部に混じって、来てくださいねー! って笑顔で渡すの。

 文化祭に来る人ってみんな優しいんだね。アタシが微笑みかけると、みんな受け取ってくれるの。二十枚なんてカンタンにはけちゃった。


 お昼まではあっという間。それからご飯を食べたら、アタシはまた教室を抜け出した。そのころにはもう一時近くなっていた。ちょうどお昼の予鈴が鳴るのが十二時五十五分なんだけど、そのチャイムの音はアタシの胸を高鳴らせた。あと一時間なんだ、って。

 器具庫は相変わらずのがらんどう。昨日一日かけてセットしたステージは、けっこういいカンジになってた。

 マットレスを重ねたステージに、中央に置かれた拡声器。右にギターアンプ、左にベース。そして一番奥にドラムが居座る。左右の壁にはクリスんちで作ったポスターが二枚ずつ貼られていた。はじめパソコンの画面で見たときはどうかと思ったけど、ニルヴァーナっぽいロゴも悪くない。

 一時過ぎになると、音出しを始めた。軽いリハーサル。これがもう気持ちよかった。

 体育館では、先にダンスの発表会をやってるらしいんだけど。その爆音がこっちまで響いてくるの。ズンッ、ズンッ……! って腹の底に響くような低音が。だからアタシたちも負けじとボリュームを上げた。

 ゲインを上げて、トレブルを上げて、ボリュームなんてほぼマックス。こんな設定、ウチじゃ絶対できない。弦にピックがふれてなくてもわかる。ハムバッカーが微細な空気の流れを感じ取って、それをノイズとして出力していた。まるで激しく脈打つ心臓みたいに。空気をふるわせる音……。

 A5、パワーコード。思いっきり歪ませたオーヴァードライヴ。ピックをおろした瞬間、その爆音は倉庫じゅうに轟いて、空間をふるわせた。開けっ放しの窓ガラスが振動して、サッシに積もったホコリをはたき落とした。

 ――これ、イケそう。

 するとアタシのかき鳴らしたギターに合わせて、クリスと真哉が入ってきた。良いカンジ。これなら絶対にうまくいくって。


     *


 はじめに観客が現れたのは、リハーサルを一通り終えたあとのことだった。でも、彼女たちを観客と呼ぶのは、ちょっと違う気がした。

 彼女たちは、女子生徒二人組。たぶん一年生。でも、ちょっとフツーの一年生とは違うなって感じがした。爪はカラフルに塗ってあるし、顔にはマジックかなんかでハートマークが描いてあったり、やけに大きめの髪留め付けてたりとか。ちょっと異質な雰囲気があった。二人ともお人形みたいな黒い大きな目をしてたんだけど、それもどうやら生まれつきのものじゃないみたい。化粧、してるみたいだった。雰囲気もなんか単純に文化祭で浮かれてるってわけでもないっぽい。

「あれ、先客いるじゃん」

 二人組のうちの一人が、アタシたちを見て言った。

 もう一人も口の中でアメか何かをころがしながら「ほんふぉふぁー」ってまぬけな声をあげている。

「あれ、しかもホワイトさんじゃん。何やってんのこれ。え、なに。えーっと、『ストレイ・キトゥンズ』ファーストライブ? なに、ライブ? ここでライブすんの? バンド演奏?」

「なにそれ、チョー笑えるんだけど」

 二人はゲラゲラ笑いながら、ポケットから飴玉を取り出し、一つ口にふくんだ。それからケータイ電話を取り出して、カシャンとアタシたちの写真を撮った。もちろんどれも学校への持ち込みは禁止だ。

 彼女たちの下品な笑い方は、アタシたちの手を止めさせた。何が起きているかわからなくさせた。……そして何より、エレンをおびえさせた。

 エレンってば、この二人がやってきたときからずっと震えている。その震えは、ステージ前の武者震いなんかじゃないって、一目見てわかった。恐怖からの震えだ。

 そしてアタシは何となく気がついていた。彼女たちが、エレンをひどい目に遭わせた張本人なんじゃないかって。だからエレン、こんなおびえてるんじゃないかって。

 アタシの体は、凍ったように動かなかった。というより、動いたら負けだって思ってた。頭の中では、このあいだの真哉の言葉がリフレインしてる。「バカは気にするだけ無駄だ」って……。

「えーっとぉ。あたしたち、クラスの出し物チョーだるくって、サボりにきたんですけど。ここ、出てったほうがいーの?」

 あざけるみたいに笑いながら、一人が言った。ケータイをいじる手は止まらない。

 アタシが黙ってると、みんな何も言い返さなかった。するともう一人のほうが察したんだろう。

「えー、面白そうじゃん。見てこうよ、ショーコ。あっ、これってホワイトさんが歌うの? マイク持ってるってことは」

「えっ……」

 エレンが言葉をこぼした。拡声器を通し、その声は増幅される。倉庫中に彼女のため息が轟いた。

「えー、ホワイトさん歌うの? なにそれメッチャ気になるんですけど。あの、ウチら見てっていい? ウチら、ホワイトさんと友達なんで。見せてってくださいよ」

「えっと……ワタシ……」

 ――ダメだ。

 直感的にアタシはそう思った。彼女たち、エレンをおちょくってる。エレンをもてあそんでる。エレンが何も言い返せないからって……。

「あ、そうだホワイトさん。試しに何か歌ってよ。あー、あたしさ、LOHとか大好きなんだけどさ、ホワイトさんわかる?」

「えっと……ワタシ……」

「あはは、日本語わかんないのに、わかるわけないじゃん。バッカみたい」

「えっと……」

「あー、じゃあ、こうか。……ハロー、ハウアーユー? パードゥン?」

 ――コイツら……!

 怒りがふつふつとこみ上げてくる。

 アタシは、いまにもギターをおろして、アイツらに殴りかかりたい思いだった。でも、それじゃだめだ。それじゃ、アタシもアイツらと同じ。誰かを傷つけることしかできない。壊すことしかできないただのバカだ。でも、アタシもう許せないよ。だって、仲間が目の前で笑われてるんだ。バカにされてるんだ。それでも黙って指くわえて見てろってほうが、よっぽど残酷だ。

 ――もう我慢できない。

 アタシの手は、自然と動き出していた。真哉の言葉を無視して。氷漬けにしたはずの怒りの拳は、暴れ馬になって動き始めた。

 ギュイーーーーーーーーーーン!!

 アタシの怒りは、拳に現れた。右の手と、左の手。どんな動きをしていたのか、正確にはわからない。でもたぶん、ハイポジションで思いっきり甲高い音を響かせたんだ。ボディよりの、17フレットとかそういうとこ。しかもチョーキングした。その爆音は倉庫中に響いて、二人組の耳をつんざいた。

 二人は、まさかそんな爆音がするだなんて思ってなかったんだろう。大慌てで耳をふさいでた。

 アタシはしばらく音を鳴らしていた。弦を引っ張って、ゆらゆらとチョーキング。アンプで増幅された音が轟いてる。そして満足したら、いつのまにか指は元の位置に戻ってた。弦を押さえて、ミュート。アンプは微細な空気の振動音だけを伝えるようになる。

 沈黙が倉庫の中を支配した。完全に静まりかえっていた。騒がしかった二人組も、呆然と立ち尽くしている。

 アタシは一瞬、自分が何をやったのかよくわからなかった。でも、いつの間にか手は動いていたし、口は動いていた。アタシは、ある種の興奮状態だった。

「サボりたいなら、ここでサボっていけばいいよ。でも、ここはアタシたちの作ったステージなの。アンタたちに壊される筋合いはない。……邪魔するなら、出てって。エレンをバカにするなら、帰って」

「……なによ、アンタ」

 大きい目をカッと見開いて、彼女は言った。

「一年一組の南奏純。そういうアンタは」

「名乗る必要あるわけ?」

「無いよ。でも、ここはアタシたちのステージなの。次エレンをからかったら、許さない」

 もう一度、アタシはギターを構えた。

 そのときのレスポールは、アタシにとっては刀みたいな存在だったんだと思う。なんかよくわかんないけど、そう感じられた。相手の喉元に音って刃を突き立てる、心の刀なんだって。

 そうしたら、あの二人もようやく観念したのかな。急に黙り込んで、近くにあった跳び箱に腰をおろした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る