13

 なぜか前日はぐっすり眠れた。これでもかってぐらい、ぐっすり。おかげで朝目覚めるのがつらかったぐらいだ。

 朝七時前ぐらいに花火の音がして、それが文化祭決行を知らせていた。パン、パン、パパン……って、はじける音。田んぼでよく鳴ってる鳥避けみたいな音だった。

 小学校の運動会もこんな感じに始まるけど、中学もまさにその通り。何も変わってない。変わったのは、きっとアタシのほうだ。

 起きたら顔洗って、ご飯食べて、着替えて。カバンには最小限のものだけ入れて、背中にギグバッグを背負った。それからお母さんの作ってくれたお弁当。土曜日だから、給食はない。

「文化祭、楽しんでらっしゃいね」

 出かけるとき、お母さんはそう言った。

 ギグバッグを背負ったアタシを見て、何も言わなかった。きっとお母さんは、まだアタシが軽音部に入ってて、今日は部活の発表があると思ってるんだ。でも、あいにくそれは間違ってる。これは、先生にも両親にも言えない内緒のライブ。アタシにとっての反抗期だ。

「うん、いってきます」

 そう言ってドアを開けたとき、外ではすがすがしい空気が待っていた。九月下旬、少し肌寒く鳴り始めた空気。夏服だと、ちょっと寒いかも。


 早めに家を出てから、アタシは人気のない体育館裏に向かった。先にギターを置いておこうってわけ。

 ガラガラと重い鉄の扉を開けると、倉庫はいつも通りの姿でアタシを待っててくれた。違ったのはブルーシートの中にあるものだけ。ドラムセットとアンプ一式が、倉庫の奥にこぢんまりと置かれている。

 ブルーシートをはぎとると、そこにはクリスのベースもあった。

「なんだ、アタシより先にきてんじゃん」

 ほんと、抜かりないよね。クリスって。

 アタシはクリスのリッケンバッカーの隣にレスポールを並べた。こうして見てみると、なんかカッコついてる。バンドやってるんだって感じがすごくした。いつも家にあるのはギター一本だけだったから、ここまで楽器が集まると壮観って感じだった。


     *


 で、ついに当日を迎えたは良いけど、もちろん自由に動けるわけじゃない。いちおうクラスの出し物もやらなきゃいけないし。それにアタシたちはゲリラ活動だ。おおっぴらに動けるわけじゃない。

 開会式直前。教室では最後の準備が行われていた。アタシは窓際でサボってたんだけど、そのあいだ常に視線を感じていた。

 ――ギロリ。

 そんなふうににらみを利かせているのは、クラス委員の矢島さんだ。彼女はメガネのレンズをギラギラに光らせて、こっちを見ていた。昨日の今日だし、警戒されるのは仕方ない。でも、正直これはマズイ状況だった。

「……ねえ、クリス。そろそろみんなに秘密兵器を渡したいんだけど」

 アタシは壁掛け時計を見ながら、隣で机を片づけてるクリスに言った。

「えっと……」クリスは机を端へ追いやってから、「秘密兵器って、奏純ちゃんが言ってたあの秘策?」

 ――そう、その秘策。

 って言おうとしたら、ギロリ。

 矢島さんのメガネがスッゴいギラついてる。彼女の耳はサルみたいに広がってた。これきっと、アタシが少しでも「部活」とか口にしようものなら、

「南さん、あなた部活入ってましたっけ?」

 とかなんとか、すごい剣幕で言ってくるに違いない。

 ――あぁ……どうしよう。あの秘策をやらないと、観客が来ないかもしんないってのにさ。

 トイレに行ってくるとか言って、なんとか脱出しようかな。

 どうせアタシたちのクラスのな出し物なんて、誰も見に来ないよ。開会式まであと十五分ぐらいだけど、まあみんな真っ先に三年の出し物を見に行くだろうし。部活の発表を見たがるだろうし。アタシにはクラスにかまってる暇は無いってのに……。

 まさか敵は教師ではなく生徒の中にいるなんてね。思いもしなかった。


 ガンの飛ばし合いを繰り広げてたところに、ようやく援軍が到着した。

 ノック音が三回してから、ガラッ! と大きな音を立ててドアが開いた。ドアの向こうにいたのは、真哉とエレンだった。

「すいません、三組の森っすけど。南さんと根本さんっていますか」

 真哉は相変わらずのダルい感じの声色。いつになく腰パンが目立って、妙にこいつだけ気合いが入ってないって感じがした。ほら、ほかの生徒はっていえば、みんな文化祭だからってキッチリカッチリ制服着てんのね。そんななか真哉だけ飛び抜けてルーズだから、妙に目立った。

 アタシは見慣れてたから大丈夫だったけど。クラスメートの視線は突然の訪問者にクギヅケ。とくに矢島さんなんて、「なにあの子! キィッ!」って感じ。またメガネが光ってやんの。

「南さん、根本さん。呼んでるわよ」

 矢島さん、わざわざアタシたちのほう見てそう言ったの。

 ――わかってるっつの。

 そう言いたい衝動をグッとこらえて、アタシは重い腰を上げた。

「このあとすぐに開会式だから。宮下先生がくるまでには整列に加わってくださいね」

 ――わかってる。わかってるって。

 ホント、矢島さんってマジメ過ぎるし、気合い入りすぎ。やる気があるのは認めるけど、アタシとはやっぱり真逆の人間だわ。


 とりあえず四人で廊下に集まった。ちなみに、集めたのはこのアタシだ。当日の朝、秘策を発表するつもりだった。ちなみにどうして当日まで引っ張っていたかといえば、それまで問題のブツが手には入らなかったからだ。

 アタシはこっそり持ってきたクリアファイルの中から、紙の束を取り出した。

「お待たせしました。これが、アタシの秘密兵器」

 その束から一枚取り出して、みんなに見せる。

「んだ、これ」

 真哉がそう言ってひったくった。

 そのプリント。手書きで書き込まれたビラは、第一軽音部アイツらのライブのチラシだった。昨日、ようやく完成したっていうそれを昼休み中に一枚拝借してきた。どこにあったって? 玄関前のポスター置き場に堂々と置いてあった。ポスターの下はチラシ置き場になってて、いろんなクラスや部活の宣伝チラシがおいてある。コイツはその一枚。

 ただ、問題はそのすみっこだ。

「あっ、おまえこれ! この右下ァ!」

 真哉が気づいたのか、大声を上げた。

「そう、その通り。昨日拝借したんだけどね、それ。昨日のうちにこっそり右下の空いたスペースに落書きさせてもらったの。『同時公演。ストレイ・キトゥンズ ファーストライブ。体育館裏器具庫にて』ってね」

「おまえこれ、どうする気だよ。……って、この何十枚もあるの全部それか」

「そういうこと。昨日、家帰ってから近所のコンビニで大急ぎでコピーしてきたの。……でね、このビラを第一軽音部アイツらにまじって配るわけ。みんなに二十枚ずつあるから、がんばって配ってね」

「マジでくばんのか、これ?」

 アタシはうなずいた。名案でしょ?

「アイツらを手助けすることになるかもしれないけど、受け取った人のうち何人かはちゃんと読んで、興味を持ってくれるかもしれない。それに、表向きは『軽音部のビラくばってます』で通せるでしょ、それなら」

「そりゃそうだけどよ……」

「……あの、バレたら、マズいんじゃないかな……?」

 ネガティブな意見でアタシの暴走をセーブするのは、いつもクリスの役。でも、今回は譲れない。

「でも、さすがに観客ゼロのライブはしたくないでしょ?」

 ごもっとも。

 アタシがそう言ったとたん、みんな黙り込んだ。

「わかったら、ビラ配りするの。開会式終わったら、すきを見て校門前に集合。クラスのツマンナイ出し物なんかにかまけてらんないでしょ?」

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