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 実のところ、アタシにだって不安はあった。このゲリラライブ、誰も来ずに終わるんじゃないかって不安が。アタシはいつも根拠のない自信で動いてたけど、もちとん不安が無いわけじゃない。

 しかも、あのガラの悪い女子二人組の登場で、まさか観客はコイツらだけなんじゃ? っていうもっとヤバい事態にもなりかねなかった。正直、それが想像できるなかで一番ヤバい状況だったと思う。

 でも、アタシの根拠の無い自信には、だいたいあとから理由がついてくるものなのだ。今回もそうだった。二時ちょっと前ぐらいから、すこしずつ器具庫を訪ねてくる人が増え始めたのだ。あの二人組の次は、二年生らしき男子三人組。たぶん第一軽音部アイツらの一味だと思う。これはすごく胸が高鳴った。さあさ、とくとご覧あれ! って感じ。アンタらにはじっくりと見せつけてやるんだから。

 それから次に来たのが、小学生。小うるさい男子三人組。男子って、三人以上で行動したがるよね。コイツらもそうだった。ペチャクチャペクチャ、変声期前の声でしゃべるの。でもこの三人、すごく楽しそうだった。アタシのギター見て、目を輝かせていた。

「すっげー! 本当にギターだぁ!」って。

 まるで初めてお兄ちゃんのCDを聴いたときのアタシみたい。いまのいままで音楽なんてぜんぜん知らなかったときの、あの恋に落ちたみたいなアタシ。あんなふうに目がキラキラしてた。

 そうして、結局二時前に集まったのが八人だった。まあ、二桁はいってほしかったけど、これでも上々だと思う。あのセックス・ピストルズだって、七六年マンチェスターでのライブには四十二人しか客がいなかった。でも、その観客のなかには後々ジョイ・ディヴィジョンやバズコックス、ザ・スミスになる若者たちがいた。

 それにトニー・ウィルソンだって言ってた。ライブは、人数が少なければ少ないほどいいって。だったら、ここにいるのは選ばれし八人なんじゃない?

 そうして二時になった。時計は真哉が腕にしてたんだけど――兄貴のお下がりだっていうGショックだった――それが二時を指した瞬間、ライブはスタートした。

「どうも、ストレイ・キトゥンズです。今日はアタシたちのライブに来てくれてありがとう。えーっと、じゃあ時間もないし。先生たちにバレるのもやばいので、早速はじめます」

 顔を見合わせる。真哉の方を見て、それからクリス、エレンと前へ視線をやっていく。

「ワン、トゥー、スリー、フォー!」

 真哉の叫びと、激しく打ち付けられるドラムスティック。その響きから、音の爆発は始まった。

 一曲目は、ラモーンズで「電撃ブリッツクリーグバップ」だ。パワーコードゴリゴリの、ノリの良い曲。

 アタシはコードをかき鳴らしながら、エレンに合わせて叫んだ。アタシにマイクは無かったから、喉が裂けるぐらい声張って。

「ヘイ! ホー! レッツゴー!」って。


     ♪


 一曲目はラモーンズから始めて、二曲目のジョイ・ディヴィジョンにつなげた。「ディスオーダー」はアタシが初めて弾けた曲だ。

 どうして一、二曲目にこの二つを選んだかっていえば、ハッキリ言ってカンタンだからだった。ラモーンズは、パワーコードだけで弾ける。ホント、それだけでカッコがつく。ジョイ・ディヴィジョンも、単音のカンタンなリフだけで急にクールなサウンドになるの。どっちもカンタンで、カッコいい。

 本番でトチる可能性を考えたら、極力カンタンな曲を選ぼうって話になって。結果、最後まで残ったのがこの二曲。そういうこと。おかげでアタシは一度もミスしなかったし、みんないい感じに演奏できてた。客席からは……まあ、まばらな拍手が聞こえてきた。

 で、問題は「ディスオーダー」のあと。三曲目だった。……次の曲は、これまでの二曲とは違う。

 一度演奏の手を止めて、アタシは全弦をミュートした。次が最後の曲だからだ。

 エレンが拡声器のマイクを持って、アタシによこしてくれた。でも、アタシは首を横に振った。こんな狭い場所なら、そんなのいらないって。歌う場合なら違うけどさ。

「次で最後の曲です。ってか、先生たちが来たらマズいんで。もしそうなったら、途中でも退散するつもりなんで。あしからず」

 第一軽音部員アイツらが笑ってる。そうよね、アンタたちは堂々と体育館でライブできてんだもん。今だって聞こえてきてる。体育館からギターの音。演奏されているのは……うわ、またビートルズか。「ハロー・グッドバイ」じゃん。馬場先生のビートルマニアっぷりはスゴいな。

 エレンをからかってた女子二人は、飴玉をなめ回しながら、アタシを見てた。でもその目は、楽しんでるというより、ガンを飛ばしてるって感じ。アタシたちを品定めしてるみたいな目だった。

 唯一純粋な目で見てくれたのは、小学生三人。いい後輩だよ、君たち。この子達、アタシと一緒にコーラスしてくれるの。英語わかんないのにさ。いや、まあアタシもわかんないんだけどさ。

 なんか妙な気分だった。アタシ、体育館に立ってるアイツらに勝ててるのかな? こんな小さいハコでさ。観客はシケた面してるってのに。アタシ……いや。でも、やりたいことやってるんだから。アタシたちのが勝ってるはずなんだ。

 アタシは顔を上げて、最後の曲名を叫んだ。

「ニルヴァーナで、『スメルズ・ライク・ティーン・スピリット』」

 ギターを構える。真哉がリズムを刻んで、そしてそこへアタシが飛び込んだ。

 増幅されたフィンガリング・ノイズ。アタシ、この音好き。ノイズだって、一つの音楽なんだって思う。キューッ! って響いて、そこからパワーコード、カッティングで、ブリッジミュート。歪んだ音が空間を揺らす。

 そしてメインリフを弾ききると、エレンのボーカルが入った。グランジの汚れた雰囲気に、拡声器のノイズたっぷりの音は合う。エレンの声、いつも以上にガラガラになって響いた。カラダの大きいエレンは、それだけ肺活量もあるのかパワフルな歌い方をする。それがノイズ混じりになって、今度はワイルドって感じになってた。エレンの声まで歪まされたみたい。アタシたち全員が、何か一つになってる気がした。

 そのときアタシ気づいた。この瞬間が好きだって。真哉の怒り狂うようなドラムと、それを押さえるようなクリスのベースライン。エレンがさらにそれにエッジを効かせて、そしてアタシのギターで引っ張っていく。これだよ、この感覚。

 目の前の観客が目を剥いてアタシを見てる。呆気にとられてやんの。へへへ、第一軽音部のやつらめ、見てろ。

 颯爽登場、アタシのギターソロ! アタシ、ここだけは死ぬほど練習したんだ。夏休みの間、ずーっと。スメルズのソロはカンタンだっていうけど、アタシにはそうでも無かった。弾けるっちゃ弾けるけど、うまくリズムが合ってなかったりして。イマイチまぬけな感じになっちゃってた。

 でも、このときは違った。それは、音の厚みだったり、ライブの興奮だったり、いろんな要素がアタシをだましてたのかもしれない。だけどアタシには、ここのソロが最高にかっこよく決まったように思える。

 チョーキングから、カッティングへ。またメインリフに戻って、エレンが歌い出した。

 アウトロに入ったとき、アタシはいつの間にかエレンと一緒に歌ってた。コードかき鳴らしながら、知らず知らずのうちに唇が動いていた。肩が揺れていた。頭が動いてた。音楽にカラダが乗せられていた。

 ああ、これって初めてこの曲を聴いたときと同じだって、弾き終わってから気づいた。

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