3

 しばらく先生のプライベートを盗み見てたけど、まあなんて言うか、少なくとも谷本先生とかより理解ありそうとは思えた。だって、なんか大学生って楽しそうに遊んでるし。そういえば、お兄ちゃんもそっかって、突然思い出したり。

 もう数ヶ月分写真をさかのぼってた。先生の手料理とか、友達とお泊まりした写真とか、いろいろのってた。なんかこういうの見てると、見てるこっちが恥ずかしくなってくる。

 もう三年ぐらい椎名先生の過去をさかのぼってた。料理、旅行、お酒、カフェ、また料理……。

 と、そんなときだった。

「ちょっと止めて!」

 クリスが次の写真に移ろうとしたとき、アタシは叫んだ。あんまり耳元で大声出したから、クリスってば飛び上がっちゃった。

「その前の写真見せて」

「えっと……これ……?」

 クリスはタブレットを右にスライド。画面いっぱいに写真が映された。

 それは先生とその友達が写された写真。たぶん撮ったのは先生の部屋だと思う。二人で赤ら顔でピースしてる。左手には缶が握にぎられてた。でも、アタシが気になったのはそこじゃない。その後ろだ。

「ねえ、これってあれだよね?」

 先生の後ろ。

 壁に立てかけてある何か黒い曲線。アタシは、この曲線に見覚えがあった。だって、それはすぐ近くにあったんだから。

 フェンダー・ストラトキャスター。

 それに間違いない。

「これ、ストラトだよ。ぜったい! もしこれが先生ので、先生が弾いてたんだったらさ……。顧問なってくれる可能性高いんじゃない?」

 アタシはよくわかんないけど、興奮してた。なんかまた運命が巡ってきた感じがして。

 でも、そんな興奮を真哉が邪魔した。

「冗談だろ。椎名のヤツ、ギターやってたなんて聞いてねえぞ」

「アンタが知らないだけじゃないの?」

「自己紹介で、趣味は旅行と史跡巡りつってたぜ。まあ、社会科のセンコーだしな。ギターのことなんざこれっぽっちも言ってねえ。仮にあったとしても、そのなんちゃらブックとか、インスタなんとかに載せてるはずだろ」

「それも……そうかな?」

 たしかに、真哉の言ったとおりだ。この写真以外、ギターは見当たらない。弾いてる姿も、どこにも。

「そうさ。もし仮に椎名のヤツだったとしても、弾かずに置物になってるだけかもな」

 ――あー、それは言えてるかも。

 実際、アタシもそうなりかけたし。

「でもさ、もし買ってたとしたら、やっぱ興味あるってことじゃん」

「多少はあるかもな。まあ、顧問にゃちょうどいいかもしれねえ」

「じゃあ、やっぱり椎名先生がベストかな……」

 アタシはつぶやきながら、すぐ近くにあったストラトを見つめた。クリスのお父さんのヤツ。それは赤と白だったけど、でもその曲線は間違いなくストラト特有のもの。アタシも嫌いじゃない。まあ、レスポールのが好きなんだけど。

 真哉が言ったように、ギターが趣味だったなら、ほかの料理やお酒みたく写真を載せてるはず。なのに、載ってないってことはどういうことなんだろう……。やっぱり、やめちゃったってことなのかな……?

 ストラトをながめながら、アタシは考える。アタシにはインターネットはよくわかんない。でも、そこに手がかりがあるなら……。椎名先生を顧問にさせる材料になるかも。

「ねえ、クリス」アタシはストラトからクリスに目を移した。「椎名先生のこと、もうちょっと調べられる?」


      *


 行動を起こしたのは、翌日の放課後だった。職員室前の階段は、そのまま三階まで音楽室と直結してる。だからこの日も一階まで音が響いてた。クリーントーンの静かな音。爆音って感じじゃなくて、なんか優しげな感じの。

 行動を起こしたのは、アタシと真哉の二人。アタシは右手に書類を持って、真哉は手ぶらで職員室に飛び込んだ。

 で、いっつも思うんだけどさ。職員室って、どうして入るのにあんな面倒くさいんだろうね。ノックしてから、向こうが「はい」って言うまで開けちゃいけないの。で、「はいどうぞ」って聞こえたら、ドア開けて、「何年何組のなになにです。ナントカ先生いますか」みたいにって大声で言わなきゃいけない。そうしろって、出入り口に張り紙出されてんだもん。

 でも、それに従ったって、だいたい無駄なんだよね。

 アタシはコンコンって二回ノックした。でも、待てども待てども返事がないわけ。それでもう殴り飛ばすような勢いで、ドンドンってノックした。したら向こう側から扉が開いて、そこには生徒指導の谷本先生の強面があった。

「静かにノックしろ! 礼儀だろ!」

 って、谷本先生は怒った。

 ――したわよ!

 アタシそう叫びたかったけど。まあ、無理でした。

 谷本先生、特にアタシの隣にいた真哉にガン飛ばしてた。そりゃもう喧嘩売りにきた不良みたいな勢いで。こりゃ真哉が不登校になったのも仕方ないかってぐらい。ただでさえ怖い先生が、さらに恐ろしくなってるんだもん。

「何の用だ」

 アタシたちの前に立ちふさがったまま、谷本先生は言った。

 アタシはそれでも冷静だったと思う。ちゃんと受け答えしたから。

「一年一組の南と、三組の森です。椎名先生に用事があってきました」

「なんだって? 椎名先生、生徒が呼んでますよ!」

 いちいち大声なのね、谷本先生って。職員室の奥にいた椎名先生にはちょうどよかったかもしれないけど、目の前のアタシたちは鼓膜が破けそうだったもん。


 とりあえず椎名先生を呼ぶことはできた。先生の机は教室の奥で、一番すみっこ。社会科の先生はみんなそのへんに固まってた。

 アタシ、社会科の先生はキライじゃない。椎名先生は、まあ若くて話も面白いし。歴史の島田先生も、おじいちゃんだから優しくて好き。少なくとも、谷本先生よりはずっとマシ。

 先生は何か書類を書いてたけど、いったん手を止めてアタシたちの話を聞いてくれた。

「私に部活の顧問になってほしいですって?」

 書類をみせると、先生はちょっと驚いたような顔をした。で、さらに部活名を見ると、今度は困ったような顔をした。

「なにこの……『現代大衆音楽研究部』って……。あの、私は一応、社会科研究部の副顧問してるの。正顧問は島田先生だけどね」

 椎名先生の白い指が隣の席を指さした。島田先生の席は空いてる。休憩中らしい。

「そこをなんとか顧問になってもらいたいんです。サインと印鑑さえもらえれば。迷惑はかけないんで」

「そうは言うけどね……。部活の申請も大変らしいのよ。職員会議で審議したり、いろいろ。書類だして、はいオッケーってわけじゃないんだから。……で、具体的にこの『現代大衆音楽研究部』とやらは何をする部活なの?」

「えっとぉ……世界の大衆音楽からその文化・思想を読み解き、実践することで、教養と感受性を高め。個々の人間性を――」

「それ、ここに書いてあることまんまでしょ。具体的に何するの?」

 ――あぁ……視線が痛い。

 椎名先生、結構やさしいと思ってたけど、そうでもないかも。急に目をつり上げて、頬杖ついて。そんな風に言われたら、ちょっとビビるって。

「えっと、あの……それは、ですね。えーっと……アレなんですよ」

「アレって?」

 ――あー、ダメだ。言葉が出てこない。

 そうやってアタシがあたふたしてるとき、助け船を出してくれた。隣にいた、元不登校の不良が。

「椎名先生さァ。オレたち、たぶん先生ならわかってくれると思って話にきたんすよ、わざわざ」

「えーっと。あれ、森君は軽音部じゃなかった?」

「やめました。んで、こっちに入ることにしました」

「でも森君、ドラムは……って、ちょっと待って。現代大衆音楽の実践って……?」

 ――ありゃ、バレた。

 こうなったら作戦変更だ。

 アタシと真哉は無言の内にそれを感じ取った。正攻法じゃやっぱり無理だって。

 真哉は即座に話す内容を変えた。アタシたちの秘策だ。

「いや、だってわかるでしょ、先生。……いいや、ザ・レモンズのギタリスト、『シーナさん』って呼んだほうがいいっすかねぇ。いやァ、『シーナ・イズ・パンク・ロッカー』って感じで良かったじゃないっすか、あのバンド」

 その瞬間だった。

 椎名先生の顔が一気に沸騰するみたく赤くなった。ホント、茹でダコみたいに。

 すると先生――いや、シーナさんは、急にアタシたちの肩をつかんだ。肩もみでもするつもりか!? ってぐらい強烈なつかみだった。でも、その手は心なしか震えてた。

「……とりあえず、森君、南さん。外でお話しましょ」

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