2
ソファーにはクリスとエレンが座って、真哉はカーペットの上にあぐら。そしてアタシは、みんなに相対するように仁王立ちしてた。
真ん中の机には、全員分のアイスティーとケーキがある。ちょうどさっきケーキ争奪ジャンケン大会があったところだ。結果、優勝はエレンでショートケーキ。次点クリスでモンブラン。三位の真哉がチョコレートケーキで、最下位のアタシはミルフィーユだった。どれもおいしそうだから、勝ち負けなんて関係ないんだけどさ。
で、問題はケーキじゃない。ケーキ皿に囲まれている一枚の紙切れ。部活動の新規届け出書だ。
「とりあえず、練習よりも第一に書類を何とかすべきだと思うの」
「この紙切れか?」
真哉が書類を手に取る。あぶねっ! って、チョコレートがつくとこだった。
「えーっと……部活動名、活動内容、部員、顧問名前、顧問印、そんなところか。書けばいいじゃねえか。第二軽音部って」
「アタシもそう思ったんだけどさ……誰か、生徒手帳持ってる? ほら、校則が書いてあるやつ」
真哉は案の定、首を横に振る。
クリスとエレンは持ってた。カバンの中からおもむろに取り出して、アタシによこす。
「ありがと。……えっと、ほら。この部活動って項目。『新規に部活動を申請する場合……っと、中略、職員会議による審議ののち発足する……って。これ書類出したら、はいオッケーってわけじゃないみたい。それに顧問の印鑑もいるし」
「つまりなにか。軽音部がもうあるってのに、もいっこ軽音部作るなんて言ったら、そのなんちゃら会議で――」
「却下されるかもって話」
「じゃあなんだ、名前変えて、違う部活に見せかけろって言うのかよ」
「それしかないと思う。何かいい名前ある?」
しーん……。
そりゃそうよね。バンド名決めるのと、部活名決めるんじゃ違うもん。
「ストレイ・キトゥンズ部!」真哉が言った。アホだこいつ。
「野良子猫部って、子猫保護してるんじゃないんだから」
「じゃあなんだ、ボランティア同好会とかウソつけばいいか?」
「……それは、もうJRC部っていうのがあって……ボランティア活動してる……」
「JRCは、たしかレッドクロス……赤十字、ですね?」
なんか、クリスとエレンとで真哉のバカさを上手いことカバーしてくれてる。ありがたいありがたい。
クリスはモンブランの栗を口に入れてから、話を続けた。
「あの、でも……その、見た目先生たちに受けがよさそうな名前って言うのはいいと思う……。ボランティアとか、勉強する部活に見せられれば……」
「勉強する部活? クソかよ」
「……あの、だから……名前だけそれっぽく見せるの。たとえば……そう、『現代大衆音楽研究部』とかなら、どう?」
「わ、すっごいそれっぽい!」
アタシ、思わず声が出た。
すぐにその案は採用。鉛筆で下書きしてから、きっちりボールペンで清書した。『現代大衆音楽研究部』って。活動内容も、なんかそれっぽく。世界中の大衆音楽からその文化・思想を読み解くとかどうこう。うーん、頭が痛くなる。
「とりあえず、部活名と活動内容は決まった。部員の名前も全員ぶん書いた」
ケーキを食べ終え、清書してから、アタシは指さし確認。記入漏れがないか確認した。
記入してない場所はまだある。最後の鬼門ってやつだ。
「問題は顧問の先生を誰に頼むか、ね」
アタシがそう言うと、みんな一斉に目を伏せた。
まあ、仕方ないっちゃ仕方ない。アタシたちは、バリバリ校則破って活動してる。それこそバレたら部活の申請なんて認められない。それどころか、停学だってありえるレベル。勝手に教室のジャックして、本来軽音部以外持ち込み禁止の楽器を堂々と持ってきて。部活のない日にギャンギャン鳴らしてるんだから。そりゃ、もうね。いまさら学校に媚びを売るってのも、ちょっと。
「とりあえず谷本はパスだぜ」
真哉がおもむろに手を挙げて言った。それはアタシだって勘弁。谷本先生になんて任せたら、速攻でつぶされちゃう。
「頼むなら、オレたちのやることに理解のあるヤツ。あるいは、放任主義の寛容なヤツだな」
「それは一理ある。でも、そんな先生いる?」
みんな首を傾げる。そりゃそうだ。先生っていうのは、みんな口うるさいもん。
「……少なくとも、私たちの担任の宮下先生は無理だと思う……先生、サッカー部の顧問だから」
クリスが言うのももっとも。ウチの担任はサッカー一筋って話だから、きっと音楽になんか見向きもしてくんない。
「エレンとこの担任はどうなの?」とアタシ。
「えっと……。下田先生は、やさしいです。でも……たぶんテニス部の顧問、と思います」
「あー……あの人か」
一瞬で顔が頭に浮かんだ。
ウチの学校だと、大会に出る部活には壮行会ってのがあるの。ほら、大会がんばれって応援するために、わざわざ全校集会するの。ホント、バカみたいな行事。応援団のためだけにあるみたいな行事なわけ。で、このあいだそれにテニス部が出てた。顧問の先生――たしか、メガネかけた優しそうな顔の先生だった――が、その優男みたいな見かけとは正反対に、声を張り上げて色々言ってた。気合いで頑張れとか、気持ちで勝てとか、うんぬんかんぬん……。妙に熱血かかってんのね。アタシ、あれ見たとき変に気後れしちゃった。
下田先生っていうんだね。初めて知った。正直、それはパスって感じ。アタシの思う熱血とちょっと違うっていうか。まず第一に汗臭いのはパス。
「アンタんとこはどうなの? ほら、椎名先生」
とりあえず、下田先生からは離れることにする。ワキガがうつりそうだし。
「あァ? アイツか?」って、真哉は相変わらず先生をアイツ呼ばわり。「そういや、部活の顧問なんてやってたっけな」
「担任だってのに知らないわけ?」
「オレは元不登校だぜ。……あー、だけど新任の若い先生なら、オレたちのことをわかってくれるかもしれねえな。それに、なんとか言いくるめられるかも」
「マジに言ってる?」
「大マジさ」
コイツのマジはたいがいアテにならない。勢いで生きてる動物だから。……でもたしかに、若い先生ならアタシたちに理解を示してくれるかも……。
とかなんとか、アタシが真哉とバカやってるあいだに、クリスが何やら動き始めてた。クリスは黒い板みたいのをもって、それを指でせっせとなで回してる。タブレットってやつだった。
「えっと……椎名先生、下の名前はなんていうの……?」
と、板をなで回しながらクリス。
「ああ? たしか……椎名悦子とか言ったよ」
「シイナエツコ……わかった……」
またまた板をなで回す。何やってるかさっぱり。
しばらくして、ようやくクリスはタブレットから手を離した。そして画面のほうをアタシたちに向けた。
画面には椎名悦子という名前。それから先生の出身中学、高校、大学の名前。それに先生の友達の名前から、顔写真まであった。個人情報丸出し。アタシびっくりした。
「先生のフェイスブックとインスタグラム……見つけたから。ちょっと人となりがわかったりするんじゃないかな……」
「なにこれ、個人情報ダダ漏れじゃん」
アタシ思わず言っちゃった。
でも、どうやらそれがSNSってヤツらしい。スマホもタブレットも、パソコン――は、ちょびっと使えるか――も使えないアタシにしてみれば、なんというか信じられない世界だ。
アタシたちは、寄ってたかってクリスのタブレットをのぞき込んだ。先生の投稿、どうやら去年――つまり先生が大学生だったとき――で止まってるんだけど、それでも十分すぎるぐらいいろんな写真が載ってた。カフェに行って、その商品の写真を載せたりとか。友だちと並んで写真撮ったりだとか。あと、お酒飲んでる写真がいっぱい。まるでウチのお父さんみたい。顔真っ赤の先生が写ってて、なんか変な気分になった。
「大人って、こんなことしてて楽しいんだ?」
アタシは流れてく写真を見ながらそう口にした。
誰も何とも言わなかった。まあ、同い年だし。誰も答えを持ち合わせてないわけで。
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