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 椎名先生はアタシたちの肩をつかむと、強引に職員室の外まで連れ出した。それどころか廊下をも飛び出して、職員玄関から校舎裏まで連れて行った。アタシたちが上履きだろうとおかまいなし。

 結局、先生は校舎裏のゴミ捨て場の近くで足を止めた。

 そのときも先生は顔が真っ赤だった。先生は鼻をフンと鳴らして、アタシたちの前に立った。

「まず一つ聞きたいんだけど……あなたたち、どこまで知ってるの?」

「ぜんぶ」真哉があっけらかんと答える。

「ぜんぶって……ウソでしょ、本気で言ってる?」

「そりゃ、もう。一通りわかりましたよ、先生。ネットに載ってんじゃないすっか。小綺麗なホームページで、ブログまであったじゃないすか。何某大学、軽音楽サークル『ラ・ラ・ライズ』、そこのロックバンド、『ザ・レモンズ』。ご丁寧に解散ライブの映像がYouTubeに上がってましたよ。メンバーのSNSのURLまでついて」

「……ウソでしょ、消してって頼んだはずなのに……」

「消えてなかったっすねェ」

 真哉ってば、すっごい悪い顔して言うわけ。してやったり。これで顧問はイタダキだぜって感じ。

「……あーあ、もうわかった。本当は隠して起きたかったけど、正直に話すわ。私ね、小学生の時からピアノやってたの。それから、ヴァイオリンもね。ギターを始めたのは大学生に入ってからだけど、おかげですぐに覚えたわ。で、そうしたらせっかくだからバンドに入らないかって誘われてね。誘ってくれたボーカルの彼がスッゴいイケメンで……えっとぉ……まあ、その。とにかくサークルでバンドを組むことになったの」

「へぇ、男目当てっすか」

「口挟まないでくれる、森君」

「へいへい」

「とにかくね――えっと、どこまで話したっけ。それで、バンドを組んでた時期もあった。それは認めるわ。でも、もう昔の話。バンドはすぐに解散したし、ギターも実家で置物になってる。私がもう一度ギターを手にすることはないと思うわ……。はい、これでいい?」

「いいっていうか……」

 真哉が口ごもる。

 そうだ。別にアタシたちは、先生の大学時代の話が聞きたかったわけじゃない。そうじゃなくて、顧問の先生がほしかった。なんか、いつのまにか論点がすげ替えられてる気がした。

 だから、アタシはすかさず言った。

「ちょっと待ってください。先生、別にそれじゃ隠すことでもないじゃないですか。だって先生、ネットにいっぱい写真あげてましたし。バンドとかギターとか、もうイヤになったんですか? アタシたち、バンド活動に理解ある先生を探してるんです。顧問になってもらいたくて。先生、ロックバンドは嫌いですか?」

 そしたら先生、ギクリ! って擬音が見えるぐらい、思いっきり肩を跳ねさせた。逆にアタシまで驚いちゃいそうなぐらい。

「えっとね……隠してたっていうか……それはね……その……なんていうかね……」

 もじもじ。

 椎名先生、もとい元ギタリスト・シーナは、指先遊びをしていて、なかなか話を切り出さなかった。まるで意地張ってる子供みたいに。

「……嫌いになったってわけじゃないの。ただ、その……別れたのよ。ボーカルの彼とね。付き合ってたんだけど……でも、折り合い悪くなってね……。だから、ギターも弾いてる理由なくなってね、いつのまにか解散してた……。だからギター見ると、アイツのこと思い出して……って、違う! そ、そうよ! 学校の先生がバンドマン崩れと同棲してて、あまつさえ一緒にバンド組んでたなんて、そんなこと教師として……って、なんで私中学生相手になんでこんな話してるの!」

「へへぇ……?」

 うわ、真哉ってばホント悪い顔。

 どうやら先生もこれ以上話したくなさそうだし。なにより、アタシこういう話聞いてるとウンザリしてくる。ほら、お母さんが見てる昼ドラとかさ、ああいう面倒くさい男女関係見てると、イヤになっちゃう。それがさらにリアルでってなったら、なおさら。

 だからアタシ、とりあえず仕切りなおすことにした。

「えっと、えーっと! アタシたち、先生の男性事情とかはいいんです! 先生が、アタシたちの顧問になってくれれば、それでいいんです! アタシたち、新しく軽音部作りたいんですよ。いまある軽音部じゃなくて、もっとこう……本当のロックがやりたいんです! だから、先生がバンド活動をしてたなら、理解してもらえるかと思って、そういうことで……」

「ああ、そういうことなんすよ」真哉がアタシにつづいた。「顧問なってくれれば、この面倒くさい男女関係も黙っておきますよ。先生がバンドマンのヒモと付き合ってたとか。言いふらしませんよ」

 ――コラコラコラ、おまえ! 脅迫か!

 そりゃ、アタシも頭の片隅には思ってたけどさ。でも、アタシは先生が元バンドマンなら、アタシたちのこと分かってくれるって。納得してくれて、ちょっとぐらいなら理解してもらえるかなって。その程度だと思ってたのに。

 ――おまえってヤツは、ことをややこしくさせおって……!

 アタシは隣に立つ元不登校の不良をにらみつけて、歯ぎしりしてた。もう、おまえのせいで先生を脅迫してる。喧嘩売ってるじゃないの!

 だけど、案外ことはすんなりいった。

「……わかったわ」

 椎名先生、そう言ってうなずいたの。

「顧問の件、承諾しました。書類も私のほうから職員会議に提出しておきます。だから……そのかわり、ギタリスト・シーナの話は禁止ね」

「さっすが、椎名先生。そうこなくっちゃ。な、南?」

 真哉がアタシの肩つかんで、豪快に笑った。もうマンガで出てくる海賊みたく豪快に。

 上手くいったから良かったものの。なんだかアタシたち、本当に止まれないとこに来てる気がする。教室ジャックして、楽器持ち込んで、そして今度は先生を脅迫してる。なんかもう、我ながらすごいことしてるって思った。


「でも、あなたたち、どうして部活申請を?」

 話が一段落して、書類一式わたしたところで、椎名先生が急に聞いてきた。

「いまある軽音部と違う方向性で音楽をやりたいっていうのは、まあ、なんとなくわかるわ。若者の反抗心みたいなのは、私もつい最近まで体験してたから。でも、それでバンドを組むっていうなら、べつに部活にする必要はないんじゃないかな」

「いや、だって――」

 アタシは言いかけて、頭の中で整理した。

 アタシたちが部活にしようとした理由。それは、そうしなきゃ文化祭に出られないからだ。文化祭の出し物は、基本的にクラスの出し物。それと有志の部活動。軽音部のライブ演奏っていうのは、その有志の活動に入る。アタシたちは、それがしたかった。自分たちの音楽って言うのを、何かしら形として誰かに見せたかった。……っていうことだと思う。少なくとも、アタシはそう思ってる。

「文化祭に出るためです」

 アタシは簡潔に答えた。

 でも、先生は首を傾げた。

「それって、来年からってことよね?」

「えっ?」

「いや、だって、文化祭の有志部活の募集は、五月で締め切りよ。いま部活にしたって、今年の文化祭には出られないでしょうね。出れたとしても、来年ってことになるわ」

 えっ……? ……マジ?

 アタシ、頭が真っ白になった。なにがなんだかサッパリ。アタシたち、目標として文化祭を掲げてた。ライブがしたいって、ただその一心だったと思う。自分たちのやりたいこと。それをやるために、いままでやってきた。

 でも、それが無理だっていうらしい。

 アタシの視線は、思わず真哉のほうにいった。きっと助けてほしかったんだと思う。でもアイツの目はどこか遠くを見てて、放心状態って感じだった。それもそうだ。

 アタシたちは、突然目標を奪われたんだ。


 アタシはずっと黙ってた。先生が職員室に戻っても。いったんアタシたちも校舎に戻って、下駄箱で上履きについた砂を落としてる最中も。ずっと、何もしゃべらなかった。ショックを受けてたんだと思う。自分でも、そうだってわかった。

 パンパンパン……。

 上履きの底と底をたたき合わせて、砂を落とした。たたくたび砂埃が舞って、目が痛んだ。

「なあ、南。そう落ち込むなよ」

 真哉に気を使われた。こいつにまで同情されるなんて、もうサイアクだ。

「落ち込んでなんかないし」

「うそつけ。涙目になってんぞ」

「これは目にゴミが入っただけ」

「うそつけ。……とりあえず今日は帰ろうぜ。今年出れなくても、来年もあるしさ。明るくいこうぜ。おまえらしくない」

 コイツに同情されるのが、こんなにつらいだなんて思わなかった。

 それから真哉は、アタシを励ますように言葉をかけた。でも、ある時になってピタリと止んだ。アイツも気づいたんだろう。いまのアタシには何を言っても無駄だって。ショックから立ち直れそうにないって……。


 なんか、急に体が重くなったような気がする。

 真哉が加わって、エレンが加わって。ストレイ・キトゥンズって名前も決まって。ようやく部活になって、これからライブができるんだって。アタシずっとそう思ってた。よくわかんないけど、根拠のない自信がアタシにそう教えてくれてた。アタシたちのバンドは、ぜったいにうまくいくって。

 でも、現実ってそんな甘いもんじゃなかった。

 アタシはそのまま、寄り道もせずに家へ帰った。とちゅうまでは真哉と一緒だったけど、アイツも不用意に話そうとしなかった。おたがい、いまは話すべきときじゃないってわかってたんだと思う。

 その日は、アタシはギターを弾く気にもなれなかった。ただ提出した書類のことを考えながら、自分はなんのために行動していたのか考えつづけた。

 ――なにしてたんだろ、アタシ……。

 そう思うたびに、なんだか自分がちっぽけに思えてきた。ほんと、なにやってたんだろ、アタシたち。

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