第四章 ”スメルズ・ライク・ティーン・スピリット”
1
次の月曜、アタシはルンルンで授業を受けてた。頭の中はバンドのことでいっぱい。授業なんて気にしてらんない。
ほら、ストレイ・キトゥンズって、ロゴマークはどんな感じだろうとか。それをTシャツにしてみたらどんな感じだとかさ。あと、ライブするんだったらセットリストはどんなもんだとか。そんなんで頭いっぱい。
もう授業なんて聞いてなかったから、国語の阿部先生がアタシを呼んだときは、もう寿命が縮むかと思った。続きを読んでください? え、どこよ? って感じ。
ともかく月曜はそんな感じで、ずっと浮かれてたの。放課後になるまではね。
ギグバッグを背負って、アタシは職員室の前にある申請書コーナーから『新規部活動申請書』なるものをひったくっていった。正直、このときから気づいておけば良かったんだと思う。
一年生から三年生まで、教室はぜんぶ南校舎に収まってる。でも、職員室だけは廊下を抜けた向こう側。北校舎の一階にある。ちょうど昇降口を突っ切っていくと近い。つまり職員室の二階上には第二音楽室があるってこと。
放課後。前も言ったけど、月曜はふつう部活がない。聞こえるのは熱心な野球部の声だけ。ほら、大会近いから。
でも今日は、野球部の声だけじゃなかったんだ。
アタシが紙切れ片手に三階まであがったとき、もうすでにみんながいた。クリス、真哉、エレンの三人。でも、みんな第二音楽室には入らずに、その前の廊下に立ち尽くしてた。顔はうつむいてた。
「どうしたの、こんな……」
アタシはそこまで言いかけて、気づいた。
真哉が自分の耳元を指さして、皮肉に笑ってる。ああ、そういうことかって。ここでアタシも理解した。
――聞こえる?
そう、ギターの音。あとピアノの音も。たぶんアコギだと思う。すごいポップな曲。いわゆるカノン進行? 聴きやすい、心地よいポップミュージックが第二音楽室から聞こえていた。
たぶん変声期前のボーイソプラノの男子がボーカルで入った。歌はすごい上手。でも、なんか星がきれいだとか、海の青色がどうこうとか、そんなこと歌い出すもんだから、アタシため息が出ちゃった。
「これ、どういうこと?」
アタシ、たぶん相当の仏頂面だったと思う。
「第一軽音部サマさ」と真哉。「仕方ないだろ。もう来週には待望の夏休みだぜ。それが終わったら、もうすぐ文化祭さ。ヤツらは文化祭でライブすることが確定してる。つまり、練習は大詰めってことさ」
「だから、月曜も自主練してるってこと?」
三人は首を縦に振る。
「じゃあ、アタシたちどうすれば?」
今度は横に振る。
――あーあ、結成した矢先にこれか。
アタシはその場に突っ伏したい思いだったけど、背中のレスポールのためにそうはしなかった。
アタシたちは、いつだってうまいことやってきた。でも、それだってこういう苦難が付き物らしい。こういう、どうしようもないハプニングが。
第一軽音部――と、アタシは仮に呼んでいる――の演奏を聴きながら、アタシたちは廊下にたむろしてた。やる気もおきなくて。ただ黙って、仏頂面で廊下に立ってた。先生に怒られて、廊下に立たされてるみたく。
そんな沈黙を破ったのは、珍しくクリスだった。
「あの……提案があって……」
「提案?」
アタシは部活動申請書を振り回しながら言った。
このときにはもう、家に帰って書類を書き始めようと思ってた。
「えっと……その……私のお父さんが趣味でバンド活動しているのって、前に話したよね……」
「あー、なんかそれでベースゆずってもらったって」
クリスはうなずいて、話を続けた。
「それで、お父さん……楽器とか、スピーカーとかおいておく地下室、作って……そこなら、もしかして……演奏、すこしならできるんじゃないかなって……?」
「地下室って、そんなもんあるの?」
「防音にして、ルームシアターにするんだって。お父さんが……」
はーっ。さすが医者の娘。やることの規模がアパート住まいの会社員一家とは違いますわ。
アタシはちょっと妬ましく思ったけど、でも、これはいい機会だと思った。まったく、クリスはこういうとき妙に気が利く。
「じゃあ、今日はみんなでクリスの家に遊びにいくってことで。ついでにこれ書かなきゃいけないし」
新規部活動申請書。
ここには四人の名前と、顧問の名前。それから部活名やら活動内容を書く必要がある。それができたら、正式に部活として文化祭に出ることができる。
――待ってろよ、クソ軽音部め。
アタシはヤツらが占領してる第二音楽室にめいっぱいガン飛ばしてやって、その場をあとにした。
冗談抜きにクリスの家はデカい。もう、マジでこれぜんぶ家なの? ってぐらいデカい。コンクリート打ちっ放しの三階建てで、しかも地下室まであるときた。まるでビル。家じゃなくて、ビル。
アタシは小学生の時に何度か来てたけど、初めてきた真哉の反応なんて爆笑もの。アイツ、ウチよりもオンボロのアパートに住んでるからさ。もうその落差ったらありゃしないの。クリスが「ついた……ここ」なんて控えめな声で言ったら、真哉のヤツ「うっそだろ、これビルだろ? ビルじゃねえのかよ?」って裏声出してたもん。
家におじゃますると、クリスのお母さんが出迎えてくれた。ウチの母さんとちがって、もうすっごい美人で。なんか常にいい匂いしてるし。しかも「待っててね、いまケーキ出すわね」って言うの。ケーキ常備してんの!? って感じだよね。前から来るって言ってたら、まあ、ウチはしないけどクリスんちならケーキくらい出すかも。でも、急に来て「ケーキ出すわね」って。ホント、びっくりする。
ともかくアタシたちは、問題の地下室に入った。さすがは地下。電気つけないと真っ暗だった。
でも、一番驚いたのは電気をつけたあとだった。
「うわ、すっごい!」
アタシ、思わず声が出ちゃった。
地下室はアタシの部屋より広くて、真ん中にでっかいソファーとテーブル。その前にスクリーンがあって、天井にプロジェクターが吊してあった。左右にはアタシよりちょっと背が低いぐらいのスピーカーがあって、なんかもう映画館みたい。
そしてなによりアタシを驚かせたのが、壁に飾られたギターたちだ。手前からギブソンのレスポール。それにSG、ES-335。フライングVも。フェンダーのストラトキャスターもあるし、ジャズマスターやムスタングまである! ちょっとしたギター博物館だった。
「すっげぇ……」
次にそう言ったのは真哉。ドラムはなかったけど、コイツも多少はギターもわかるみたいだ。
アタシはしばらく呆然として、ギターを眺めてた。ギブソンのレスポールなんて、アタシにとっては夢のまた夢の品。なんだかコピー品の安物を背負ってるのが恥ずかしく思えてきた。
「そんなにすごいのかな……その、ギター?」
クリスが荷物をソファーにおろしながら言った。
「すごいよ。これ、きっと何十万……いや、もっとかかってるって。うひゃー……」
――弾いてみたい。
って、一瞬思ったけど、さすがに冷静に考えると気が引けた。他人様の、しかも何十万もするギターを手に取るなんて、アタシにはおっかなくてできない。
そう思うと、アタシにはいまのギターがちょうどいいように思えた。値段なんて関係ないし。アタシは、自分が好きに弾ければいいだけ。その点アタシのレスポールは優秀なんだから。
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