9
その日、アタシはいつもよりゆっくり給食を食べた。なんだか胃がムカムカして、口に食べ物を入れる気になれなかったのだ。たぶんそれはストレスのせいで、アレコレいろいろと考えていたせいだと思う。主に森真哉のこととか、森真哉のこととか。
校門前でアイツを待ちかまえようって言い出したのは、もちろんアタシだ。クリスは、「来るかどうかわからないって……」と言ってたけど、アタシには絶対の自信があった。アイツはアタシと一緒で負けず嫌いで、焚きつけられたら動かずにはいられないタイプだ。そう確信してたし、実際それは当たってた。アイツはちょっと遅れ気味だったけど、実際学校に来たんだから。
で、次の賭けはアイツが早退するかどうかだった。授業も受けずに保健室でダラダラしてたり、途中で具合が悪いとか言って学校を早退したら、アタシの負け。アタシは、アイツが昼休みまでカッチリ授業に出て、給食も食べていることに賭けていた。そして今日こそ三組に行ったら、アイツを呼び出してやるのだ。
アタシは、朝からそう腹に決めていた。おかげで腹はいっぱいだった。
だけど昼休み、予想外のことが起きたのだ。
給食当番が食器を片づけ始めて、昼休みが本格的に始まったころだ。アタシもようやく食べ終えたころ、誰かが一組のドアをノックしたのだ。
意外だったけど、でもアタシはどこかで予感していたと思う。そうなるんじゃないかって、ちょっとは期待してたと思う。コンコン、と二回ノックの音がしたあとでドアが開いた。姿を現したのは、森真哉だった。
アイツはいつもみたくワイシャツを着崩して、さらに腰パン姿でやってきた。髪の毛はイガグリみたいにツンツン。襟足も伸びていて、いかにも校則破ってやってますって感じだった。
「三組の森です。南奏純さん、いますか?」
アイツはガムでも噛んでるみたいに口をクチャクチャやって、アタシのほうを見た。
目と目があって、お互いにここにいるんだってわかった。なのにアイツはその場を動かなかった。アタシをじっと見てるだけだった。
――わかったわよ。
アタシは内心悪態をつきながら腰を上げて、廊下へ出た。
給食室に続く廊下は、給食委員と当番とで騒がしい。だからアタシたちは、中庭側の廊下に行って、さらに階段奥の倉庫前まで行った。そこまで行くと人通りも少なくて、そのうえ薄暗かった。さっきまでしていた味噌汁のにおいはなくて、代わりにカビ臭さが漂っていた。
アイツはカッコつけて、倉庫のドアに寄りかかってた。ポケットに突っ込んでた手を出すと、一緒にガムまで出してきた。ミント味のキツいヤツ。眠気覚ましとかの。もちろんお菓子を持ち込むのは校則違反だ。
「喰うか?」
「じゃあ、一枚」
ペラッペラのグレーのガム。それを一枚受け取ると、アタシはとたんに悪いことやってる気分になった。だから体を縮こめて、二人で階段の影に隠れてガムを噛んだ。こっそりと。
「学校、来れたじゃん」
ミントで舌がバカになる前に、アタシは言った。
「ああ……まあな」
「結局、谷本先生とはどうしたの?」
「……吠え面かかせてやったよ」
「ほんと?」
「……本当のとこはちょっと違う。ヤツはオレを呼び出して、しょっぱな説教食らわせてきた。でも、オレは何も言わずに我慢した。じっとして、手も出さなかった。口も挟まなかった。やろうと思ったけどさ。……これは臆病か?」
「逃げるのと耐えるのは違うでしょ。で、先生はどうしたの?」
「しびれを切らして、オレを認めたよ。オレが反省したと思ってやがる」
「じゃあ、アンタの勝ちよ。向こうが負けを認めたようなもんじゃない?」
「そっか……そうかもな」
「なに浮かない顔してんの。アンタは学校来たし、先生とも手打ちになったんでしょ。じゃあ、いいことじゃん」
「そうだな……」
言って、彼は少しだけ顔をうつむけた。それから味のないガムをティッシュにくるんで、窓から外へ投げ捨てた。
「お前さ、本気でやるのか」
「第二軽音部のこと?」
アタシが応えると、彼はうなずいて、
「そう。ドラマーは見つかってんのか?」
「いいや。まだアタシとクリスだけ。ギターとベースしかいない」
「ドラマーは必要か?」
もう一つ、彼はガムを噛んだ。空白を満たすみたいに。口寂しさを満たすみたいに。
「フツーに要るでしょ」
「……そうか。練習は、月曜と土曜だったか」
「そう。来る?」
「気が向いたら、な」
それからアタシたちは味がなくなるまでガムを噛んだ。ゴミはポケットティッシュに入れて、外へ投げ捨ててやった。それも職員室のあるほうに。痛快だった。
アイツはそれ以上なにも言わなかったけど、アタシにはわかってた。アイツは、きっとアタシたちのバンドの一人になるって。
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