7
オレが、安全な場所からクソをタレてるだけだって? オレはワイドショーに愚痴るババアどもと変わりないだって?
――クソッタレ。
オレは妙に胸騒ぎがして、悔しくて、手が震えて……その震えを押さえつけるみたいに電子ドラムに触れた。でも、それでさえオレを鎮められなかった。
オレだってわかってる。こんなに悔しいのは、アイツが――南奏純が言っていたことが真実だからだ。オレは不平不満を言ってるだけだ……。
ヤツが帰ってからしばらく。オレはベッドに横たわり、お袋の帰りを待っていた。ヤツから受け取ったファイルは床に投げて、電気もつけないで。
胸騒ぎが止まらなかった。怒りを押し殺すためにドラムを叩いても、何も変わらなかった。胸騒ぎはオレを駆り立て、行く手もない怒りを蘇らせるだけだった。
――どうすればいい?
暮れかけの夕暮れがカーテンの合間から差し込んでくる。それが一条の光となって、部屋の床に差し込んだ。光は散らかった床を照らし出し、日が暮れるに連れて様々なものに光を与えた。昨日喰った菓子のゴミだとか、昨日か一昨日のクラスだよりだとか。
そして最後に光は、アイツが持ってきたファイルを照らし出した。クリアファイルからは、明日の時間割が透けて見えた。一時間目から、あのクソのような体育だった。
――明日学校に行ったら、朝っぱらからクソ野郎と対面しなくちゃならない。
オレはそのことにためらいを覚えた。だが――
「……逃げなきゃいいんだろ」
オレは口にして、寝返りを打った。
*
久々に朝起きようとしてみると、それがなかなかキツかった。いつも深夜に寝て、十時過ぎに起きるような生活をしていたからだ。
七時に飛び起きて、顔を洗って来たら、お袋はバカみたいな声をあげた。泣き出したんだよ。「がんばったね」とか「ありがとう」とか、わけのわからない言葉わめき散らしてさ。化粧した顔が台無しになるまで、オレの寝間着に白粉がくっつくまで。泣きじゃくって、オレにすがりついてた。
でも、おそらく一番驚いていたのは、オレの体だったと思う。久々に朝日を浴びた体は、吸血鬼が悲鳴をあげるみたくそこここで眠気を引き起こしやがった。
出来立ての朝食を食べて、教科書にノートがたんまり入ったカバン背負って、体育着の入ったカバンぶら下げて……。最後にドラムスティックをカバンにぶっさして、オレは数週間ぶりに朝の学校に向かった。人気のある通学路は、オレにとっちゃ珍しかった。
でも、誰もオレを気にしちゃいない。学校へ向かう有象無象に入ったら、オレはもう誰でもなくなった。不登校だとか、不良だとかってレッテルが貼られることもない。
――なんだ、オレはぜんぜん特別なんかじゃない。
気分がいいのか、悪いのか。オレにはよくわからなかった。
ただ気分が良くなったのは、校門前にさしかかったときだ。みんながみんな、そそくさと校門を過ぎていくのに、二人だけこっち向いて立ってるヤツらがいたんだ。一人は仁王立ちで、もう一人はうつむき加減に壁に寄りかかってた。
アホかと思ったよ。校門前でにらみを利かせてるのは、月一の持ち込み検査だけで十分だってのに。生徒指導のクソ谷本がしかめっ面で立ってるだけで良かったのに。
そこにいたのは、南奏純と根本久莉栖の二人だった。先にオレに気づいたのは根本で、ヤツは控えめにオレを指さした。彼女はオレのことを南に耳打ちしたが、でも南は身じろぎ一つしなかった。校門前に仁王立ちしたまま、谷本みてえににらんでるんだよ、オレを。
オレがヤツの前を通り過ぎようとしたら、あのアマ、ようやく声をかけた。
「……やればできるじゃないの」
「問題はこれからさ」
オレはつぶやき、アイツの目の前を通り過ぎた。
南は相変わらずの仁王立ち。オレを追っかけもしなかった。
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