3

 翌日の昼には、もうギターが手元にあった。夢のようだった。

 アタシの部屋にはコンポがあって、木箱みたいな棚にCDが入ってて――そしていま、その隣にギターが並んでいる。チェリーカラーのレスポール・モデルのギター。アタシは、しばらくレッド・ツェッペリンの「コミュニケーション・ブレイクダウン」を聴きながら、その姿に魅入っていた。スピーカーの向こう側にあったものが、いまはアタシの手元にある。

 アタシはどうしてもレスポールがほしかった。あの重たい、ヘヴィーなサウンドが好きだったから。ギターっていえば、やっぱり荒らくれていて、でもどこか冷めた音がするもの。少なくともアタシにとってはそういうもの。だからレスポールがほしかった。

 それにアタシがやりたい音楽は、洒落っけの効いたやつじゃなくて、もっと感情のままに弦をかき鳴らすようなやつだった。だから、楽器屋のお兄さんが「女の子ならこっちの小さいのが……」って、ショートスケールのストラトをすすめてきたときは、たまったもんじゃなかった。


 ――アタシはレスポールがほしいの!


 そんなふうに駄々をこねる小学生を見て、店員さんはなんて思っただろう。お父さんもちょっと苦笑いしていたぐらいだった。

 でも、そのおかげでアタシの手元にはレスポールがある。


 さっそくベッドに腰掛けて、ボディを膝に当ててみた。でも、やっぱりまだ小学生のアタシには、少しネックが大きめだった。1フレットまで届くといえば届くんだけど、いまいち腕が張る感じがする。

 それでもアタシはめげなかった。

 楽器屋に行った帰りに、お父さんが買ってくれた教本を開いて、アタシは早速弾いてみた。おにぎり型の黒いピックを構えて、まずは教本の言う通り基本のCコードを押さえてみる。

「えっと……人差し指が二弦の一フレットで、中指が四弦の二フレットで……?」

 ――えっと、えっと……こうか?

 じゃらん、とピックに合わせて音が鳴る。……いや、鳴ってほしかった。でもギターはアタシの願いに反して、ペチッ! っとマヌケな音を鳴らすだけだった。

「ええ? なんで出ないの?」

 もう一度、ピックで弦を弾いてみる。

 でも結果は同じ。ペチッて音が聞こえるだけ。つなげられた小型アンプも、ノイズを鳴らすだけだった。こんなんじゃ音楽のの字にもなりゃしない。

 ――なんでよ!?

 アタシは何度も心の内で問いかけながら、コードを押さえてみた。鳴ったり、鳴らなかったり。鳴ってもビヨーンって妙な音になったり。まるでダメだった。

 しかたなく、いったんギターを置いて教本を見直した。じっくり、端からなめ回すみたいに。

 教本サマ曰く、フレットの右端のほうをしっかりと押さえ、指はほかの弦に接触しないように立てること。手首を前に出すように……。とか何とか。

 ――本当にそれで鳴るの?

 半信半疑、アタシは教本サマの言うことを実践してやった。もっともそれができるようになるまで三十分ぐらいかかったんだけど。


 一時間してアタシが気づいたのは、指先がどうしようもなく痛いということと、コードを覚えるのがつまらないってことだった。なんなの? AとかCとかGとか?

 ギターをケースにしまって部屋の片隅に置くと、アタシは逃げるみたいに自分の部屋を出て、リビングに向かった。

 リビングにはお母さんだけがいた。夕方のドラマの再放送を見ながら、洗濯物にアイロンをかけている。アタシはそれを横目にキッチンまで行って、痛みを洗い流すみたく手を洗った。指先は弦の形に痕が残って、赤くなっていた。

「奏純、買ってもらったギターはどう?」

 お母さんがワイシャツを畳みながら言った。

「弾いてるけど。聞こえなかった?」

「聞こえてたわよ。まあ、始めてすぐじゃこんなもんよね」

「まあ、これから練習すれば弾けるって」

 お母さんの口ぶり、まるで「どうせこうなると思ってた」と言わんばかりだった。

 アタシは強がりで返したけど、その実ちょっぴり不安があった。だって、思ったよりギターが楽しくないんだから。

 赤いボディを手にしたとき、アタシはCDの向こう側にいるヒーローたちと同じ立場になれるような気がした。いや、同じではないにしても、少しでも近づけると思っていた。でも現実はそうじゃなくて、むしろアタシが彼らからどれだけ離れているか、それを知らしめただけだった。遥かに遠い距離を教えられただけだったのだ。

 教本サマ言う。

 ――基本からコツコツ練習していけば、キミも弾けるようになるよ。

 アタシは答える。

 ――コツコツって、こんなツマンナイのをいつまでやれってのよ!

 アタシは、お母さんにバレないよう嘆息した。

 指が痛い。たまらなく痛い。

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