第十二章 Conclusion(4) 今手放す訳にはいかない
「出資するだけでいいの?」
セシルが尋ねた。「お安い御用だ。というか、元々今日はその話をしに来たんだ。君に言われずとも、そうするつもり」
ね? とセシルが水橋に声をかけると、彼女は短く頷く。
例の『胡蝶の夢』の件があったため、エレホン内でこのメーカーはかなり評価が上がっている。その裏でヒロが相当、いやかなり口添えしたのは事実だが、短期間でここまで話が進むとは思っていなかった。
行動の裏を読まれていた気持ちになって、ヒロは思わず眉間に皺を寄せる。
「君のことだから、もっとえげつないことを言うものだと思っていたよ。例えば、」
そうだな、とセシルは口元に手を当てた。「買収しろ、とか」
「それも考えたけれど、現実的じゃなかった」
「一応は検討したのか、君は。まあいいや。君のお金にがめついところは結構好きだよ。多分今の案件と絡んでいるんだろう。いいよ、君の提案に乗ってあげる」
するとセシルはちらりとイリヤへと目を向ける。いきなり矛先を向けられ、どきりとして思わずイリヤは肩を震わせた。彼が感情の見えない奇妙な表情を浮かべたときは大抵ろくでもないことを企んでいる。彼の配下について早数年、顔を突き合わせたのは片手で数えられる程度だが、さすがのイリヤでもそれくらいは容易に想像できた。
「イリヤ・チャイカ。片目でも仕事できるかい」
「……、内容による」
「作ってほしいものがあるんだ」
ミヤコサン、とセシルがその名を呼ぶと、彼女はテーブルの端に置かれていたアタッシュケースを手前に引き寄せる。ロックを外すと、それをイリヤの前に差し出した。
エメラルドの結晶だった。いくつか並んだ結晶のうち、半分は恐ろしくインクルージョンの少ないものである。だが、残りの半分は特徴的な三相インクルージョンが含まれている。
イリヤはそれをまじまじと見つめ、ぽつりと呟いた。
「判別が難しいな。ヒロ、あれは本物?」
イリヤは後者の結晶を指して尋ねる。
「ああ。本物だ」
「ありがとう。これがなにか?」
その問いにセシルが頷いた。
「それをいかにも合成ものみたいに加工して。それが終わったら市場に流す。いいね」
イリヤは無言のままに思わず目を大きく見開く。彼が一体なにを言い出したのかまるで分からないといった風な顔である。その隣でヒロは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、思わず「この下衆が」と呟いた。
「なぜそんなまどろっこしいことを」
「こんなに合成宝石がらみの事象ばかり起こると困るんだよね。ましてそれが人の生き死にに関わるとなると少なからずうちの業界に影響が出る。だから根本原因を釣り上げることにした。君にはその餌を作ってもらう」
そして彼はくすくすと笑う。上品な仕草とは裏腹に、その唇から零れ落ちるは容赦のない言葉ばかりであった。
「これで満足だろ、ヒロ・ショーライ」
その問いかけに、ヒロは不愛想に一言。
「陰湿だな」
「君ほどじゃない。……うちの大事な『神様』を今手放す訳にはいかないのでね」
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