第十二章 Conclusion(5) ずっとそうしてきたから

***


「どうして君は――いや、君たちはそう、変なところで行動力があるのかな」


 帰りの電車の中でイリヤがぼそぼそと呟いた。その手には先ほど持たされたアタッシュケース。それほど重みはないけれど、その中身の価値を考えると肝が冷える。二月にヒロが合成エメラルドを持ち帰ったときも同じように電車移動したらしいが、そんなことをよくできたものだなと思う。


 イリヤの隣で黙々とスマートフォンを操作しているヒロは、視線のひとつも向けることなく小声で囁く。


「言っただろ。陰湿に対処するって」

「言ったけど」

「俺は、自分の手を汚すことなくこの件の黒幕を引っ張り出すことにした。そうすることで君の気も少しは晴れるだろ。もしかしたら、君の身体を奴が分かるかもしれないし」


 それともなんだい、とヒロはそこでようやく視線をイリヤへ向けた。手元のスマートフォンの画面に、カラフルなパーツがゆらゆら揺れ動く画像が映っている。時々暇つぶしに遊んでいるパズルゲームだった。


「不満かい。イリヤ・チャイカ」

「君がそこまでする理由はないよ。俺のことだ」

「理由ならあるよ。君のことは俺のことと同義だ。ずっとそうしてきただろう」

 そう言うと、ヒロは再び手元へと目線を落とす。「君は俺の個人的な事情を受け止めて、自分のことのように対処してきた。出会った時からそうだったじゃないか。それと同じことを、俺がそうしたいと願うだけ」


 幸い俺には色んな伝手があるものでね、とヒロはさっぱりとした口調で言った。

 黒い瞳にスマートフォンの明かりが反射して、微かにちらついて見える。イリヤは彼のそんな横顔をしばらく眺めていたが、ややあって微かに笑みをこぼした。


「そうだったね。俺たちはずっとそうしてきたんだった」

「そうだよ。これからもそうするよ。しばらくは面倒をかけると思うけれど、心の広い君なら許してくれるよね」

「善処する」


 そこまで言うと、イリヤはヒロのスマートフォンの画面を覗き込む。先ほどから手詰まり状態にあるらしく、ヒロの指は完全に止まっていた。イリヤはその光景をしばらく眺めると、たった一か所、画面を指でついとなぞる。


 そして呆けた顔をしたヒロに対し、イリヤはいつも通りのからっとした笑顔を向けた。

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