第79話 DDRパフォーマンス大会 その8
曲の終了と共に徐々に湧き上がり始める拍手。
今この場に居る人々は正しく時代の節目に立っているのだ。
新しい楽器の誕生の瞬間に立ち会っているのだから!
「ありがとうございます!それでは審査員の皆様、得点をどうぞ!」
受付嬢がカンニングペーパーを返却し方付けを行なっている二人を背に審査員に促す。
それでやっと我に返った審査員達である、それも仕方ないだろう・・・
この場に居る審査員の面々は各国のTOPなのだから、この世に生まれたばかりの新しい楽器に心を動かされない訳が無いのだ。
そして、集計が終わり受付嬢が回収し目を見開いた!
「た・・・ただいまの得点を発表します!8点、8点、9点、6点、9点!ご・・・合計・・・40点!暫定1位に躍り出ました!」
割れんばかりの拍手喝采が場を包み込む!
唯一低評価のライオルであるが、魔界で音楽とは戦闘時に戦う者の気を高めるためのものと言う概念があった。
その為、人の肉声に近いとされる音色のトロンボーンよりも太鼓の様な打楽器を愛する種族と言うのがあったのだ。
だがそれでも暫定1位に躍り出たエルフのシビア、ドワーフのブインはハイタッチを交わす。
正に規格外、パフォーマンスの為に新しい楽器まで作り出した二人の情熱が実を結んだ瞬間であった。
「さぁ、興奮の冷め止まぬ中・・・いよいよこの人の登場です!」
受付嬢が興奮した様子で高らかに声を上げる!
一体誰が出てくるのか期待を高める観客の間をすり抜けるように1人のスーツを着た紳士が移動を始めた。
「前大会で見事優勝に輝いたあの人!」
人だかりの中、誰ともぶつかる事無く紳士は見事なステップで合間を抜けていく・・・
「その正体は完全に秘密とされるその人物の名は・・・」
最前列の人の上をフワリと直立の姿勢のまま飛び越えたスーツ姿の男が降り立った。
顔に装着された銀のマスク、胸元にチラリと覗く三角に折られたナプキン。
オールバックに固められ決まっているその人物はクルリとターンをして客席側を向いた。
「ミスターーーーーM!!!」
僅かに後ろに傾いた重心、日本の記憶が在る者は誰もがその姿を見て『ジョジョ立ち』と連想する。
だが驚くのはまだ早かった。
決めポーズから滑らかな動きでバーに手を乗せて筐体の上に移動したミスターM!
その動作の一つ一つが洗礼され見る者を更に魅了していく!
明らかに前回よりも見事な動きに会場の誰もが息を飲み、遅れて声が上がる!
「ミスター!ミスター!」
「ミスター!ミスター!」
「ミスター!ミスター!」
「マスター!マスター!」
「ミスター!ミスター!」
中には秘密とされている言葉を発してしまった者も居たが周囲が打ち消すように上から声を上げてそれを隠す。
彼の正体は秘密でなければならないと言う満場一致の見解が広がっていたのである。
「今回も素晴らしいパフォーマンスに期待していますよ!マス・・・ミスターM選手!それでは準備が整ったら始めて下さい!」
コクリと銀のマスクが頷き胸元のナプキンを取り上げた。
そして、そのナプキンからポロッと何かが落下する。
それをターンしながら指先で挟んで拾ってそのまま筐体に・・・IN!
「おおっと!メモリーカードだぁああああ!!!」
割れんばかりの歓声が再び上がる!
筐体にEDIT用のメモリーカードを射しただけでこの騒ぎである。
そして、そのままゲームをスタートさせ曲を選ぶ・・・
その曲名は・・・
『パラノイア KCET 〜clean mix〜』
NEOKI氏によって生まれたパラノイアをU1氏がリミックスした新曲!
MAXがDIRTYなのに対してCLEANを名乗っているこの曲であるが、繰り返し流れる重低音にどの変がクリーンなのか理解に苦しむ迷曲。
リンクバージョンではオールミュージックでしか選べない隠し曲とも言える曲である。
繰り返し響く同じフレーズに徐々に疲労が溜まる肉体が悲鳴を上げていく様は終わらぬ煉獄へとプレイヤーをいざなう。
人は同じ事を繰り返すのが最も苦手と言う心理を突いた恐るべきボス曲である!
「「「「「うぉおおおおお!!!!」」」」」
選曲画面でEDITマークがついたこの曲に合わさった時点で歓声が再び上がる!
そして、なにやら似た様な仮面を被ったスーツの青年が筐体横に何かを置いていく・・・
「なんだあれ・・・」
「おい・・・まさかあれって・・・」
「あぁ、間違いない・・・」
ゴクリと誰もがこれから始まるパフォーマンスに生唾を飲み込む。
それを気にした様子も無くミスターMは審査員席に向かって胸元に片手をやり頭を下げる。
そして、曲が始まった・・・
「な・・・こ、これはーーーー?!?!」
思わず受付嬢の声が上がった。
軽やかなステップでダブル譜面を滑るように歩いて踏む動作を行ないながらミスターMは筐体横の瓶の中身を手にした物に注いでいく・・・
「う・・・美しい・・・」
その動作は見事なものであった。
水平に広げられた肘がステップを踏んでいるのに気付かせないようにシェイカーの中へと飲み物を注ぐ手を支え、一滴も零す事無く次々と中へ複数の液体が込められていく・・・
そして、それは始まった!
「えっ?!」
突如宙を舞うシェイカーと酒の入った瓶。
空中で回転するそれらをステップを踏みながらキャッチし再び放り投げる。
これはフレアバーテンディングと呼ばれるバーテンダーの曲芸パフォーマンスである!
遠心力を利用し蓋のされていないシェイカーの中身を零さぬように動かすそのテクニック。
人々はそれに魅了されていた。
だが、驚くのはまだこれからであったのだ。
「ふ・・・二つだと?!」
そう、シェイカーをいつの間にかもう一つ用意し更に酒の入った瓶が気付けば3つ、合計5つが宙を舞う!
一滴も零す事無くステップを踏みながらミスターMはそれらを操り曲は中間の落ち着いたポイントに到達した。
そこで初めてグラスに2種類のカクテルが注がれる・・・
エメラルドグリーンのカクテルとサーモンピンクの2種類のカクテルが用意され筐体を降りて審査員席に運ばれていく・・・
勿論その間も曲は流れてるのだがEDITによって矢印は上がってこない・・・
全て計算され尽くしたパフォーマンスなのだ!
そして、再び筐体に戻ると共に矢印が上がってきてステップを踏み始める。
「う・・・嘘だろオイ・・・」
その筐体の上にもう1人、先程のスーツの青年が上がり二人が横並びになって再び動きだした!
ミスターMと青年の間で行き来する瓶とシェイカー。
その数は気付けば更に増えており、飛び交うそれらを見事な動作でキャッチしては振り、放り投げては様々な角度で見もせずにキャッチする。
互いにぶつかる事無く入れ替わるその動きこそフレアバーテンディングの中でも最高峰と呼ばれるタンデムであった。
そして、最後に3つのカクテルが完成し曲がそれと共に終了した。
グラスの周囲に塩が付いたカクテル、真っ白な純白のカクテル、上下に2層に分かれた3つのカクテルが審査員の席へと運ばれていった。
「どうぞ、お召し上がり下さい」
ミスターMの度肝を抜いたパフォーマンスが完成した瞬間であった。
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