第3話 焔の眼
金属と機械の心臓が自分の胸の中で拍動している。
自分は融合の苦痛を何回も起こし金属生命体と人間のハーフになった。三年前の八王子魔物事件で突然現われた魔物に多くの消防士が犠牲になり自分も片腕を失い、気がつくと病院で金属生命体の右腕が移植されていた。
右腕は死んでおらず生きていて沿岸警備隊チームと火災調査団は南太平洋の異変の調査に行った。自分はそれに参加して融合の苦痛が起きて生身の部分がなくなり五感も消えてその代わりになる聴覚や視覚、味覚といった感覚は機械の装置に変わった。
体は白色のサイバネティックスーツに変わり、腹部から胸を覆うコルセット型の紫色の皮鎧が。二の腕から腕にかけてロンググローブに覆われ手首には篭手が形成されている。足にもプロテクターが形成されていた。
柴田は目を開けた。
この機械と金属の心臓は嫌いだ。時空の亀裂を感知すると軋みながら早鐘を打ち、痛みとなって電子脳を刺激する。でも今は時空の亀裂は出現していない。
「柴田。勤務の時間だ」
近づいてくる時雨と柳楽。
時雨がオルビスと同じ金属生命体で柳楽は金属生命体と人間のハーフである。改造人間だった彼は何度も融合の苦痛を起こしてハーフになった。
私には同じハーフの仲間がいて金属生命体の仲間や理解してくれる人間達がいる。
「ヨシ!行くよ」
柴田は笑みを浮かべベットのそばに置いてあったオレンジ色の救助服と制御腕輪と制御ベルトをつかんだ。
市ヶ谷にある防衛省。
会議室に四人の男性が顔をそろえている。
「お忙しい中ありがとうございます」
葛城博は口を開いた。彼の手元には分厚い資料が置かれていた。
一人目は消防総監の棚橋務。二人目は三峰昌海上保安庁長官。三人目は石崎防衛大臣である。
「火災調査団メンバーは変わった消防士が多いですね」
石崎大臣は資料をのぞく。
「特命チームほどではありませんが金属生命体と人間のハーフが二人と宇宙漂流民が一人在籍しています。合同調査に参加してわかったのはカメレオンの偵察兵が国内に侵入を試みている事です。火災現場や災害現場に現われて負傷者やレスキュー隊員や消防士、救急隊員を襲って食糧にしてしまう。カメレオンだけでなく他の時空侵略者の偵察兵や工兵が来てつまみ喰いしていく。地球は都合のいいエサ場ですね」
棚橋は困った顔をする。
「それは不審船や違法漁船を追っている我々もそう思います。海難事故で駆けつけると乗員がすでに奴らの斥候兵に食べられた跡だったという事例がある。一番の原因は中国政府と一緒にいるサブ・サンだろう。小さい時空の亀裂は塞いでも閉じるがイタチごっこですね」
三峰長官が資料を見ながら言う。
「自衛隊も駆けつけ警護で南スーダンに行っています。海賊対策で護衛艦を派遣している。このままだとアメリカと中国は衝突すると見ている。合同調査では奴らのつまみ食いは進行していて衝突寸前までいった」
石崎は地図を出した。
地図にはパラオ、ミクロネシア、マーシャルの島々がある。そばにはマリアナ諸島がある。そこには米軍基地がある。パラオでリゾート開発という名目で建設していたのはカメレオンの基地でそれは潰した。
「他国でも日本と同じような事は起きているのかね?」
棚橋がたずねた。
「火災調査団の南太平洋チームの報告によると似たような事がパラオ、ミクロネシア、マーシャルで起きている。この間の合同調査がきっかけで南太平洋チームも結成して正解だったといえる」
博が答えた。
「この資料を見るとアメリカではそういうのは起きていないようですね」
三峰が指摘する。
「アメリカはいろんな意味で都市伝説的な密約が存在している。スレイグが大統領になりジョコンダと密かに三宅総理の会談後に会っている」
博は声を低めた。
「あらゆる意味で黒人の政府高官は危険ですね。彼女はあらゆる秘密を握っている。スレイグの秘密を握っているにちがいないとみています」
石崎の眼光が鋭く光る。
「彼女は合同調査にも現われて火災調査団や沿岸警備隊チームの邪魔をしてきましたね。都合の悪い事があると日米地位協定を盾に平気で消防署や警察の邪魔をしそうですね」
棚橋が危惧する。
「彼女は現に海上保安庁の任務の邪魔を平気で何度か邪魔してきています。彼女が直接行かなくても息のかかった国会議員を使って横ヤリを入れてくると思います」
三峰長官がため息をついた。
「相次ぐ時空侵略者の侵入に対応するには時空を感知できる者が必要だが気になる事がある」
博が話を切り替える。
「自衛隊工科学校や入隊してきた者の中に金属生命体が入隊してきています」
石崎大臣が口を開く。
「それは消防学校でも聞いています。マシンミュータントして入隊してきて身体検査したら金属生命体だった。それにあきらかにハーフと思われるミュータントが入隊しました」
棚橋は資料を出した。
「それは海上保安大学校や海上保安学校に入隊してきた新人は金属生命体かそのハーフだった」
三峰が身を乗り出す。
「たぶん、火災調査団や沿岸警備隊チームで変異体に進化した保安官や隊員。金属生命体と人間・・・またはミュータントとのハーフが在籍しているのを見て門をたたいていると思います。Tフォースにもその金属生命体が入隊した」
博は核心にせまる。
「ですが中国や米軍やアメリカでは聞きませんね。わざわざアメリカを出て行って他国へ移住して入隊している。彼らは本能的に気づいている」
三峰はうなづく。
「中国の進出が顕著な場所は特にそうですね。東南アジア諸国は彼らの力を借りる事に同意しているし、日本と同じようにカメレオン偵察兵が侵入している所は特にね」
石崎が資料を何枚か出した。
「我々としても彼らの力が必要だ」
三峰、棚橋はうなづいた。
その頃、横浜中署
「柴田!!いつまで休んでいる!!」
横浜中署の救助訓練塔で高浜の激が飛ぶ。
おだやかな陽気だが隊員達は汗まみれだ。
七メートルの高さの訓練塔から一本のロープが降ろされていた。そのロープをすばやく上り頂上にのぼった柴田がいる。
ロープの素のぼり訓練で隊員達が順番に上っている。人間やミュータントの隊員も。
屋上から顔を出す柴田。
彼女は救助服の上から装着している制御腕輪、ベルト、胸当てを取ろうとつかんだ。しかしそれで外れるようにできていない。この装置は金属生命体、マシンミュータント用の制御装置で装着すると特殊能力が使えない。
この装置・・・邪魔で嫌。いつものパワーが使えない。
柴田はキッとにらむとロープ降下した。そしてまた上る。これを二十回も繰り返す。この訓練では順番に上っているうちに一番遅い隊員が餌食になる。遅いと早い隊員は少し休めるからだ。
柴田は顔色一つ変えずに頂上まで上る。生身の部分がない自分は体温も制御できる。だから汗はかいていない。
「武田!遅いぞ」
高浜の激が飛んだ。
頂上からのぞいている柴田。
武田と呼ばれた隊員はミュータントである。爬虫類を思わせる顔、ワニ肌の体。武田は荒い息で頂上までのぼりきった。
柴田は制御腕輪を引っ張った。しかし何度やっても外れない。あの日本坂トンネル事件では破損して壊れたのになんで壊れない?
この訓練にはもう一つの要素がある。人間の本性が出るのだ。登れなくなったときにどうするのかを見るのだ。
「鈴木、田中!休んでるんじゃねえぞ」
高浜の激が飛ぶ。
「はい」
返事をする鈴木と田中。
簡単にやめてあきらめるようでは仲間の信頼は得られない。だから上るのだ。
「柴田!!その装置は簡単に取れねえぞ」
高浜は声を張り上げる。
「はい」
柴田はロープを降りた。
柴田は報告書を書いていた。
「柴田」
呼ばれて顔を上げる柴田。
「少し話がある」
手招きする高浜。
柴田はうなづくとついていく。部屋を出て車庫に降りた。
「東京消防庁からの依頼で消防学校の研修生に金属生命体と金属生命体と人間・・・またはミュータントのハーフか見に行ってくれないか頼まれてね。時雨と柳楽、五十里も連れて行く」
高浜は口を開いた。
「え?」
「火災調査団は結成されてしばらく経つがその活動を見ていたのか消防学校の志願者が増えた。そして隠れていた金属生命体や金属生命体と人間、またはミュータントとのハーフが入学してきた。同じ事が自衛隊や海上保安庁でも起きているそうだ」
「そうなんだ」
「韓国や東南アジア諸国の消防署や軍隊、沿岸警備隊でも同じ事が起きている。とりわけ中国の進出に関係する周辺国はね」
高浜はタブレットPCで地図を出した。
「合同調査で南太平洋がそうだったしアメリカ沿岸警備隊と米軍は役に立ってなかった。中国企業のリゾート開発が実はカメレオンの基地だった。建設途中だったしそれを私達は沿岸警備隊チームと一緒に潰した。中国の進出はインド洋でも起きている。海上保安庁も警備していたらそれがカメレオンの情報収集艦で東シナ海の中国の掘削基地の一つがカメレオンの巣穴だった」
腕を組む柴田。
あの調査でわかったのは米軍もアメリカ沿岸警備隊も目は節穴であった事。暴言王の大富豪のスレイグが大統領になったが暴言はあいかわらずで興味持ってなかった事。ほぼアメリカは当てにならなかった。
「そうだな。俺もそう思う。米軍は米軍で極秘実験がUMA騒動やUFO騒動になっているしジョコンダも知っているけど知らんぷりしているうえにあの政府高官は世界のあらゆる秘密を握っている。アメリカでは時空の亀裂からの侵入事件は起きていない」
「都市伝説で宇宙人と密約しているからでしょ」
「そう思うね」
「隊長」
不意に声をかけられて振り向く高浜と柴田。
時雨と柳楽、五十里が車庫に入ってきた。
「では行くぞ」
高浜は言った。
都内にある消防学校。
東京消防庁の採用試験に受かるとこの学校で消防士としての基礎を学ぶ。まず入学すると人間はそのまま入学するが人間でも邪神ハンターや魔物ハンター、魔術師はミュータントと同じようにメイン組に行く。ミュータントとマシンミュータントはサイド組とメイン組に別れる。マシンミュータントは専用の訓練所へ行くのだ。
それは警察学校や自衛隊、海上保安庁でも同じである。
別の訓練所では防火衣の身につける事からはじまりわずかな待ち時間の間にも、体力トレーニングが行われている。別の教室では救命措置の授業を行っている。
高浜、柴田、柳楽、時雨は長い廊下やいくつかの部屋を抜けてマシンミュータント用の訓練場に入った。
そこに一〇人の学生の男女がいた。
「高浜」
ごましお頭の訓練教官が振り向く。
担任である教官の他に実技訓練のほとんどはクラスにもうひとりつく助教が行う。しかしマシンミュータントの場合は訓練教官がつくのである。教官も装甲車や車といったマシンと融合するミュータントで自身も邪神ハンターである。ハンターでありながら最前線で活躍するレスキュー隊員や特別救助員の経験者達である。
「設楽。東京消防庁の依頼できた」
高浜は答えた。
「知っている。よく来たと言いたいが自衛隊や海上保安学校でも同じ事が起きている。東南アジア諸国の消防学校や沿岸警備隊でも同じ事が起きていて隠れていた金属生命体達が志願している」
「状況が状況だからな。このままだとアメリカと中国の衝突はありうる。この前の合同調査ではほぼ衝突寸前だった。そして小さな亀裂がレスキュー現場や火災現場に出現しているから少しでも人材はほしい」
「金属生命体が海保やTフォースにいるのは知っている。海保からも五名が沿岸警備隊チームと特命チームに選ばれて派遣されている。君らも沿岸警備隊チームと一緒に派遣された。現状はよくないな。だが希望はある」
「隠れていた金属生命体が入隊に志願して金属生命体とのハーフが現われた。マシンミュータントにも変異体が現われた。沿岸警備隊チームに何人かいるのを資料で見た」
「特命チームが再び召集される日は近いと思っている。火災調査団も参加する事になるかもしれない」
「サブ・サンを例え追い出しても次の時空侵略者が来ると思っている」
声を低める高浜。
「その時は全力で戦う。戦力は一人でも多い方がいい」
「わかった」
設楽はうなづいた。
柴田は一〇人の学生の周囲を歩き回る。
同じハーフならわかる。宇宙漂流民が五人と金属生命体とのハーフが五人だ。
「設楽教官。同じ仲間が四人います」
時雨が振り向く。
「ハーフが六人です」
柳楽が口をはさむ。
「私と同じようなハーフね」
たたみかけるように言う柴田。
「わかるようだな。そこでなんだが研修生として横浜と四谷、臨港消防署に配属する事になる。火災調査団にも候補生として参加する事になる」
設楽は話を切り出した。
「冗談でしょ」
「本気ですか?」
驚きの声を上げる高浜達。
「金属生命体とのハーフと金属生命体の隊を作る。ハーフの隊は柴田と柳楽。おまえ達まかせる。時雨は金属生命体の隊だ」
「え?私?」
「僕ですか?」
困惑する柴田、柳楽、時雨。
「柴田副士長、柳楽副士長。時雨司令補。火災調査団はいわば砦だ。侵入を許してしまえば次は奴らの本隊がやってきて総司令部ができてしまう。そうなれば地球滅亡だ」
声を低める設楽。
「わかりました」
柴田、柳楽、時雨は答えた。
「消防署に配属になるのはいいけどどんな能力かわかってないわ」
困った顔をする柴田。
「僕も来たばっかで把握していない」
柳楽が口をはさむ。
「僕は小隊長を四谷署でやっていますがまだ把握していないので手合わせしたいです」
時雨が提案する。
「いいだろう」
設楽がうなずく。
「よし。やれ」
高松が合図した。
サークル内に入る柴田。制御ベルトと腕輪を外して、救助服を脱いだ。
「誰からやる?」
柴田は挑発した。
「私が」
「あなたは?」
「法華津(ほけづ)明子」
研修生は名乗ると服を脱いだ。
キュライッサーアーマーと呼ばれる四分の三アーマータイプで頭部と腕部、脚部の装甲がない。
法華津の銀色の胸鎧と胸鎧が軋み厚みが増す。サイバネティックスーツは紫色で二の腕から腕まで白袖で真ん中に長い切れ込みが入っている。その切れ込みから刃物がいくつも飛び出て、背甲も厚くなり折りたたまれていたエンジンノズルと金属の翼が飛び出す。髪の毛もドレットヘアーに変わったがそれは全部ケーブルで出来ていた。
柴田は身構えた。軋み音をたてて金属のウロコが生えて金属鎧に変わり、二の腕のロンググローブも金属ウロコが生えて硬質化する
二人は遠巻きににじり寄った。
柳楽と候補生が別のサークルに入る。
「君は?」
柳楽は救助服を脱ぎ捨てる。
「僕は杜若剛(かきつばた)」
服をぬぐ杜若と名乗った候補生。彼は青色のサイバネティックスーツに白のキュイラス呼ばれる胸甲と篭手になっている。脚にはすね当てがあった。
「柳楽先輩。行きます」
杜若は身構えた。
「私は日紫喜(にしき)清美」
別のサークルに入ると候補生は服を脱いだ。赤色のサイバネティックスーツ覆われブリガンディンと呼ばれる装甲ベストと篭手は白色である。
時雨は救助服を脱いで身構えた。
白線の内側に入るとバリアが張られた。
法華津の速射パンチをすべてかわす柴田。彼女の水をまとった拳を何発も入れ、膝蹴りを入れた。バリアの壁にたたきつけられる法華津。
息を整える柴田。
あの分厚い胸鎧と胸鎧で内部の金属骨格までダメージが与えられない。なら浸透させるならできる。
法華津は両手から青い炎を出した。それを拳にまとうと速射パンチを入れた。
柴田は間隙を縫うようにかわすと鋭い蹴りを入れ、彼女が受身を取ると、その腕をつかんで足払いをかけて転ばせのしかかる。背中から四対の金属の触手を出して先端の刃物で彼女の袖を突き刺した。直径二十センチの大きさの水球が腕の穴から入った。
「ぐっ!!」
法華津は身をよじった。
柴田は彼女の胸鎧に鉤爪を突き立てる。
メキメキ!!
「い・・・嫌っ!!」
法華津は自分の炎が消えていく感覚にのけぞり、水の鉤爪が体内の機器を引っ掻き回し胸鎧と胴鎧がゴムのように深くへこむ。
柴田は力を入れた。手跡がつくほど深くへこみシワシワになる。
「私達は時空の亀裂の向こうからやってくる侵入者と戦わないといけない。彼らは生半可な攻撃は効かない」
柴田はのけぞる法華津に言い聞かせる。
法華津の胸鎧と胴鎧の硬質化が解けて灰色の皮鎧に戻りやわらかくなる。苦しげな呼吸とともに上下する胸鎧。
ギシギシ・・・メリメリ・・
法華津の胸鎧と胴鎧が耳障りな音をたてて軋み歪みシワシワになりその度に彼女の顔が歪む。
「抵抗してみてよ。金属生命体とのハーフでも金属生命体の部分は生きていて、成人の儀式の通過儀礼はなくても仲間の通過儀礼があるのよ」
柴田は冷静に言う。
自分では思ってもみない言葉だ。本能的に金属生命体の部分がそうさせる。本能でオルビスの種族は成人の儀式でも仲間に入れる通過儀礼でも戦うのだ。
すると自分のまとっていた水が蒸発して右腕に青い炎が着火して思わず飛び退く。精神を振り向け再び冷たい水をまとわせて消火した。
法華津と柴田はにらみ身構えた。
杜若の蹴りからの回し蹴りを受け払う柳楽。
「そろそろ隠し技を見せてくれないか」
柳楽は挑発した。
「では行きます」
杜若が動いた。気がつくと柳楽はバリアの壁に何回もたたきつけられた。
杜若が振り向いた。
青い液体をぬぐう柳楽。
「連続テレポートは魔術師やミュータントだけの特権ではないです」
杜若は身構えた。
柳楽は拳に小さな黒い球体をいくつもくっつけた。
杜若が再び動いた。その姿はあっちこっちに出現して連続パンチやキックが入って柳楽はバリアに何回もたたきつけられる。
くぐくもった声を上げる柳楽。
杜若が動いた。しかし鉄アレイが何個かくっついているかのような重さを感じた。スピードが出せない。
柳楽は掌底を弾いてハイキック。
杜若はバリアの壁にたたきつけられた。
「ようやく効果が現われた。ただ受身を取っているだけじゃないんだ」
柳楽は身構えた。
くぐくもった声を上げる杜若。彼の腕や足にピンポン玉位の黒い球体がいくつもくっついていた。しかも三十キロの米袋が二つのっかっているかのように重い。
「行くぞ」
柳楽は言った。
時雨と日紫喜は片腕の銃身から光線を発射する。青色と黄金色の光線が交錯する。
日紫喜は壁を蹴り、天井を蹴り、時雨の背後に着地。
時雨はとっさに振り向きざまに撃つ。
日紫喜は腕を撃たれ、時雨の足払いされて地面に転がる。
時雨は日紫喜の装甲ベストに鉤爪を突き立てた。鉤爪が青色に輝き波動がさざ波のように何度も広がった。
「・・・嫌」
日紫喜は身をよじりのけぞる。装甲ベストが何かが這い回るかのように軋んだ。
「僕達は金属生命体のハーフやマシンミュータントとはちがう。最初から時空侵略者達に狙われている。いつまでも地球には留まってはいられない。だがここには宇宙船はない。だから戦うんだ」
時雨は言い聞かせるように力を入れる。
くぐくもった声を上げてのけぞる日紫喜。細かい振動が自分の中で引っ掻き回すかのように鋭い痛みとなって電子脳を襲う。
「僕達は二〇〇歳で成人の仲間入りをする。そしてそれまでに大人達に意思と力を示す。比較的若い頃からそれを示さなければ認められなかったと聞いている」
時雨は二対の金属の触手を出すと先端を鉤爪に変えてわき腹や胸を強くひっかいた。
目を剥く日紫喜。
「参りましたは?」
時雨は冷静に言う。
「嫌・・・嫌よ。参りましたなんて言わない!!」
キッとにらむ日紫喜。せつな、閃光とともに衝撃波に弾き飛ばされる時雨。
日紫喜は跳ね起き身構えた。
同時刻。京都にある海上保安大学校
海上保安官になるために学生はここで学ぶ。まず入学するとミュータントとマシンミュータントはサイド組とメイン組に別れる。マシンミュータントは専用の訓練所へ行くのだ。それは警察学校や自衛隊、東京消防庁でも同じだった。
別の教室では船舶運用に必要な知識を学び、別の授業では船舶の機関、電気機器の知識を学ぶ。また別の教室では航空過程、主計、情報システムや海洋科学を学ぶ。
「・・俺達はパトロールに行かなくていいのか?」
廊下を歩く三神と朝倉。
「金属生命体の新人がいるのは本当?」
芥川は周囲を見回す。
「俺もそれは疑問に思っている。隠れているというのを聞いた」
三神が首をかしげる。
この間の博多港事件では手足がない金属生命体が暴力団と中国マフィアの間で取引されようとしていた。隠れているのをわざわざ呼び出して捕まえてバラバラにしているのがわかったばかりである。
「ところが志願する金属生命体やそのハーフが現われた。金属生命体のハーフは柴田消防士や柳楽消防士が有名で南太平洋チームでも新人が志願してきた。それは自衛隊や消防学校でも同じ事が起きている」
案内していた更科教官は口を開く。
「最近ですか?」
「ここ最近だな。特命チームや沿岸警備隊チーム、火災調査団の活動を見て志願してきているがアメリカではそう動きがないのは不思議でしょうがない」
「スレイグが大統領になったのが原因かな。わざわざ他国に移住してTフォースや魔術師協会、ハンター協会に志願する者が現われた。それは中国の進出が顕著な場所は志願者が多いと見ている」
更科の眼光が光る。
四人は訓練所に入った。ここはマシンミュータント専用の格闘訓練所である。ここの他にも海上でも模擬訓練をする。
そこに二人の男女がいた。
「一人は中学生じゃないのか?」
朝倉は二人の周囲を歩き回る。女性の学生はどう見ても顔が中学生にしか見えない。
「私は八潮栄子です。二十八歳です」
八潮と名乗った学生は免許証を見せる。
「本当だ」
三神と朝倉は声をそろえる。それはバイクの免許とマイナンバーで戸籍も年齢もしっかり記載されていた。
「僕は七瀬敦です」
男性の学生が名乗った。
「八潮。君は金属生命体とのハーフね。手合わせしない?」
芥川は制御腕輪とベルト、作業着を脱いだ。
「いいよ。行くよ」
八潮は腕輪を外し、制服を脱ぐ。白色のサイバネティックスーツに緑色のハーフアーマーに二の腕や足に装甲に覆われている。金属生命体特有の特徴として幼顔で両性具有。体は女性的な体格なのに乳房はなくハーフアーマーに覆われている。
芥川と八潮はサークルの内側に入り、バリアが起動した。
八潮の両手から光る円板が現われる。それは幾何学文字が書かれた光の円盤である。
芥川の鋭い蹴りをかわし、速射パンチをその光る円板で受け払う八潮。彼女は右ストレートを放った。閃光とともに衝撃でバリアに芥川は激突した。
芥川は口からしたたる青色の液体をぬぐうと跳ね起きる。
二人は遠巻きににじり寄ると動いた。八潮の速射パンチをかわす芥川。彼女は八潮の腕をつかみ膝蹴り。そしてボディブロー。
八潮はバリアに激突した。
芥川は背中から四対の金属の触手を出して八潮にのしかかり、四対の触手の先端を刃物に変えてわき腹に突き刺す。鉤爪で胸に突き立てた。
「私達は亜種族でも受け入れるようにしている。戦える人材は少しでもほしいからね」
芥川はもがき苦しむ八潮の体内機器に接続した。
「嫌・・・嫌!!」
ギシギシ・・・メキメキ・・
八潮は身をよじった。ハーフアーマーの硬質化が解けて皮鎧に戻り激しい呼吸に胸が上下する。軋みながら皮鎧が厚みを増しシワシワになり、波打ち何かが体内で這い回るかのように盛り上がる。胸の六角形の金属板が青色に輝く。
「私達は簡単に死なない。その金属と機械の心臓は基本的にコアと同じよ。寿命が来るまで死ぬ事はない。八潮。抵抗してみてよ」
芥川は力を入れた。
「ぐうぅ・・・」
八潮は身をよじった。皮鎧が手跡がつくほど深くへこみシワシワになる。
「参りましたは?」
芥川は声を低めた。
「嫌よ!!」
キッと八潮はにらみ両手にくだんの光る円板が現われそれで殴った。跳ね起きて鋭い蹴りを入れた。
受身を取りながらバリアにたたきつけられる芥川。
「ぐふっ!!」
八潮は胸を押さえ口から青色の潤滑油を噴き出しよろける。
「八潮。仲間として受け入れる」
芥川はわき腹と胸を押さえ、口から青い潤滑油を噴き出す。
八潮は倒れた。
「七瀬。君は「しもじ」と融合したんだな」
三神は声を低める。
同じミュータントである。相手が何と融合しているのか感覚的にわかる。巡視船「しもじ」全長五十六メートル。三三五トン。日本周辺での海上犯罪の捜査や海難救助等の海上保安業務を担うことを目的に建造されている。ウォータージェット推進で、遠隔監視採証装置、停船命令等表示装置、遠隔放水銃、二〇ミリ機関砲を装備している。
「僕は分身が作れる」
七瀬は口を開く。せつな、二人になった。
「まだまだです」
七瀬がニコッと笑うと三人、四人と増えて三神と朝倉は七瀬の集団に囲まれていた。
「すげえ・・・」
絶句する二人。
「一体一体実体を持っています。攻撃は可能だし、逆に攻撃を受けても本体がやられない限り僕がダメージを受けません」
それぞれが倒立したり、Y字バランスや腕立て伏せ、スクワットしたりと別々の行動を取っているのもかかわらず、すべての分身が口を開き、同時にしゃべっている。
「最高何人までやった?」
朝倉が聞いた。
「一〇〇人までです。実際に動かせるのは三十人までです。けっこうエネルギーを消耗するのであまりやりません」
後ろ頭をかく七瀬。分身が解けてかき消えるように分身達が消えた。
「二十人も三十人もいれば十分だ」
三神は七瀬の肩をたたいた。
その頃。消防学校医務室。
一〇人の候補生がベットで眠っていた。
「設楽教官。すいません」
柳楽は頭を下げた。
「つい本気を出したけど大丈夫でしょうか」
心配する柴田。
「いや指示を出したのは俺だ。あやまらなくていい」
設楽はすまなそうに言う。
「それにしても金属生命体とのハーフの通過儀礼は成人の儀式と変わらないな」
五十里はしれっと言う。
「本能的に刷り込まれていると言った方がいいのかもしれない」
困惑する時雨。
「通過儀礼は合格して医務室送りか」
ため息をつく高浜。
「そうですね。オルビスや本部にいるブレインに聞くと大昔の成人の儀式は死ぬ寸前までやる。それで死ななくて生きていたらそれが通過儀礼で成人として認められる。でもあまりにも死ぬ者もいたから病院送りに留めるようになったのを聞きました」
時雨は戸惑いながら説明する。
「よくそれで種族が存続できたと思うよ。資料は見たが君の種族は仲間を助けるとか命を繫ぐとか子育てや手加減という概念がなければ感情も理解できていないみたいだ。ターミネーターと一緒だ」
設楽は困った顔で腕を組んだ。
「時雨のお母さんにも言われたし、他の消防士からも言われました。・・・死ぬまでやったのはサブ・サン達に襲撃されて散り散りになるまでの話です。そこからは未来人に諭されて病院送りに留めるようにした。やりすぎといえばやりすぎですが」
時雨は視線をそらした。
「私と融合した右腕の主は確実に生きていて融合しても本能的に刷り込まれている」
柴田は寝ている法華津の胸を触り押した。すると手跡がつくほどへこみシワシワになる。
「彼女達も強く金属生命体の部分が出ている。私も同じように」
柴田は視線を移した。
「君と同様に強い力を持っている」
五十里が納得する。
「候補生は合格だ。あとは実戦になる。俺達は署に戻る」
高浜は言った。
その頃。在日米軍横田基地
会議室に入ってくる黒人女性と白人男性。
敬礼する男女の四人の兵士と沿岸警備隊隊員の男女。
「日本と南太平洋にある火災調査団はうまく機能しているようね」
黒人女性が声をかけた。
「ジョコンダ議員。カメレオン偵察兵や時空侵入者の侵入を防ぐ事に成功しているようです」
カプリカは口を開いた。
「クリス、アイリス、レジー、レイス。自衛隊に動きは?」
ジョコンダは話を切り替える。
「ありません」
クリスは答えた。
「カプリカ、ニコラス。海上保安庁は?」
「海警船との小競り合いはあっても侵入はされていないですね」
ニコラスは報告する。
「意外にスキがないけどいつかは侵入される。東京消防庁には「焔の眼」という時空遺物があるわね」
ジョコンダは資料を出した。
「初耳です」
アイリスとカプリカが声をそろえる。
身を乗り出すクリス達。
「海上保安庁には「灯台の鍵」という時空アイテムがあったのに失敗した。あれも「覇王の石」につながるかもしれなかったけどまあいいわ。天皇家が持っている「天皇の玉璽」は接近は不可能なら手薄な東京消防庁なら侵入はしやすいんじゃない?」
図面を出すジョコンダ。
笑みが消えるクリス達。
「俺達は警視庁にも海保にも自衛隊にも目をつけられています」
クリスは声を低める。
いくら日米地位協定があっても警備は厳重で近づけない。特に覇王の石の手がかりの天皇の玉璽は皇居内部にあり宮内庁や魔術師協会と日本政府の管理下にある。従って警備するハンターも最高レベルで接近不可能。それは世界の王室が保管する時空遺物やはみなそう言える。王室だけでなく世界遺産でとりわけ危険な遺物は政府や魔術師協会、Tフォースが管理して接近不能だ。
「警視庁にも「檻の鍵」という時空アイテムがあるでしょ。あれはあらゆる刑務所や家やビルのドアや金庫を開けられる。その気になれば開かずの金庫も開ける事ができる。そして「焔の眼」を保管する金庫を開けられる」
ジョコンダは誘うように言う。
「その命令には承服しかねます」
アイリスは声を低める。
「ハニートラップで非番の警官と非番の消防士を誘って持って来させますがうってつけのテロリストがいます」
カプリカは写真を出した。
「合同調査でやってきた消防士ね。三年前の魔物事件で魔物に右半身を喰われて死んだ八木ね。窓口はこの元消防士の水谷。同じく柴田の同僚で腰から足先を魔物に喰われて死んだ。でもあの合同調査で現われた。彼らに倒されたけど心臓は回収してあるの。ゼク。見せてあげて」
ジョコンダは合図した。
ゼクはジュラルミンケースを開けた。
「わあっ」
クリス達は驚きの声を上げる。
そこには鼓動を続ける金属と機械の心臓があった。
「また大騒ぎになりますね」
顔が引いているアイリス。
「中国海警局も狙っているのは知っている。金流芯のその仲間が入国しているのよ」
ジョコンダは写真を出した。
顔を見合わせるレジーとレイス。
「もしも使えるかもしれないと思って警視庁と東京消防庁にスパイは仕込んでおいた」
ジョコンダは笑みを浮かべた。
その夜。都内
都内にあるBarに一組のカップルがいた。
「ここは一度は来たかったんだ」
朝倉はカクテルを飲んだ。
「私も驚きよ」
柴田はカルパッチョを食べながら言う。
でもカップルでもない。候補生と手合わせして消防署に戻ったら羽生達と田代が来て警察の捜査協力で三神の相棒の朝倉とカップルを演じる事になったのだ。意外といえば意外な展開だが。
ドアから入ってくる黒の背広の男。男は一番奥のテーブルに座った。その席は簡素なつい立で仕切られていた。
店の外に止まっている黒色のバンに六人の男女がいた。
羽生、田代、エリック、和泉、三神と高浜は小型マイクから聞こえる音に耳を傾ける。
「今の所はうまく行ってますね」
和泉が口を開いた。
「俺達だと刑事というのが顔に出ちゃっているから海上保安官と消防士にしたんだ」
羽生はヘッドホンをして周囲の会話の内容を拾う。
エリックは店の図面を見る。
「最初驚いたけどね」
高浜は腕を組んだ。
「意外に似合っているかもしれない」
三神がわりこむ。
「ターゲットは現われて奥の席にいる」
和泉が声を低めた。
ウエイターが紙袋を奥の席にいる男に渡す。
男は紙袋からワインボトルと銀色の卵を出して確認する。
「あれ?それってカメレオンの卵だ。でも小さいな」
いきなり割り込む朝倉。
「このワインの中味はノマネコンティじゃないよね」
柴田はしゃらっと言う。
「何かね君は?」
不快な顔をする男。
「通りがかりのカップルです」
柴田は笑みを浮かべる。
「失礼なカップルだ」
席を立つ男。
「海上保安庁だ。金流芯からもらっただろ」
朝倉は男の腕をつかむ。
「火炎瓶を作るじゃなさそうね。その中味は薬物でしょ。通りがかりの消防士よ」
柴田はワインボトルを指さす。
「警視庁だ!!」
バックヤードから羽生の声が響いた。
裏口と玄関から警官が何人も入ってきた。
逃げ出すキッチンスタッフとバーテンダー。
中国語でののしると男は回し蹴りを入れる。それを受け払う柴田。
男は拳を鉤爪に変えると何度も引っかいた。
「せっかくの服が台無しね」
柴田の敗れた服から皮鎧が見えた。ゴムのようにへこみ傷がつかない。彼女の右ストレートをかわす男。男の鋭い蹴りを柴田は受け払い、足払いをかけて転ばせると彼女は男を押さえつけた。
店の客だった女の蹴りをかわす朝倉。
「ひさしぶりだな。箔麗花」
朝倉はわざと言いながら女の速射パンチをかわした。
箔麗花と呼ばれた女は中国語で叫びながらそこにあったデッキブラシをつかんで突きを連続で入れる。
朝倉はボクサーのようなフットワークでかわして鋭い蹴りを入れる。箔麗花の持っていたデッキブラシが落ちた。
箔麗花と朝倉は速射パンチを突き入れる。彼女は片腕を機関砲に変えた。せつな、柴田に蹴り飛ばされ、カウンターに激突した。
朝倉は彼女にのしかかり押さえつけた。
二階の事務所から警官達に連行される従業員達。
「協力してくれて助かったよ」
中年の刑事が朝倉と柴田の肩をたたく。
中年の刑事は警官達と立ち去っていく。
「柴田。朝倉。警視庁に来て」
田代は手招きした。
警視庁にある魔物対策課。
稲垣は無線機のダイヤルを調節しながら耳を傾ける。
貝原は窓の方に耳を傾けていた。
部屋に入ってくる柴田達。
振り向く翔太と椎野。
「柴田さん高浜さん」
翔太が声をかけた。
「すまないねえ。我々の捜査に付き合ってもらって。といっても捜査一課が犯人を連れて行ったがね」
初老の課長がお茶を飲んだ。
「でも海ルートはどの航路を利用してくるのかはだいたいわかったわ」
大浦と三島が奥の資料室から出てくる。
「ここにはいろいろな資料がある。海上保安庁があつかった案件まである」
沢本が資料課の刑事と一緒に出てくる。
「海上保安庁があの犯人を追っていたみたいだけどなぜ?」
柴田は疑問をぶつける。
「俺達は尖閣諸島周辺に出没する海警船を追っていた。金流芯は尖閣諸島の戦いでも他の海警船と一緒に参加。沿岸警備隊チームが結成されて南シナ海の異変を調査に行ったら邪魔してきた」
三神は何枚かの写真を出した。
「この女はさっきの店にいた客ね」
柴田はあっと声を上げた。
朝倉と戦った中国女が箔麗花だった。
「この女は毒を操るのが得意で毒を仕込んで操る。もう一人の男は暴力団「尾形組」が雇った違法なハンターで小野充」
朝倉が写真を出した。
「尾形組ってこの間の博多港事件で違法な薬物を仕入れようとして海保と警察に摘発されて中国人も逮捕されましたね」
高浜がタブレットPCを出した。
「尾形組という暴力団は関東じゃ有名だったけど警察のいっせい捜索で解散になったわ」
思い出す柴田。
確か海警船のミュータントと一緒になって違法な薬物を入れようとした。その取引現場にのこのこやってきた尾形組の組長は中国人ブローカーもろとも捕まったのだ。
「取引されていたのは薬物じゃない。宇宙漂流民を取引していた。バラバラにされて手足がなかった」
翔太は重い口を開いた。
「隠れている宇宙漂流民を誰がおびき出している?」
柴田が聞いた。
「周波数はパターンを変えて通信をする。Tフォースや国連も知らない。彼らの言語と暗号で通信をする。それをどうやら米軍が傍受しているというのを聞いた」
翔太はおぼろげながら答える。
「集合意識ね」
柴田が思い当たる事を言う。
「集合意識はマシンミュータントにもあるしオルビスの仲間にもある。それだけでなくカメレオンにもある事がわかったんだ」
貝原は振り向いた。
「カメレオンは凶暴で肉食だけど通信電波や周波数がわからなくて変な音が流れていてそれがモスキート音だった」
稲垣はダイヤルを調整しながらノートPCに音や周波数のパターンを入力する。
翔太の脳裏に映像が入ってきた。婦人警官が金庫から独特な形状をした鍵を盗むという映像だ。映像が切り替わって紫色の焔が暴れまわる映像になる。
「警視庁にも海上保安庁の「灯台の鍵」みたいな時空アイテムはありますか?」
翔太はたずねた。
「あります」
資料室から出てくるごましお頭の刑事。
「あなたは?」
驚く柴田と高浜。
「資料課の河岸(かし)です」
河岸と名乗った刑事は資料課からファイルを持ってきた。
「鍵の先っぽが四角形って不思議」
声をそろえる三神と羽生。
「一種の魔術アイテムで「檻の鍵」だよ。刑務所や一般家庭のドアや施設の鍵まで開けられるという鍵だ。一説には永久牢獄の鍵や魔術師協会が隠した危険な箱まで開けられる」
河岸は説明した。
「初耳だ」
田代と羽生と課長が声をそろえる。
「おかしな暗号が横田基地からあっちこっちを経由して警視庁に届いています」
稲垣が指摘する。
「え?」
「サイバー課のここ」
貝原は紙に図面を書いて席の位置を見せる。
「そんなバカな事はないと思うけど一応見にいってみよう。羽生と田代。来て」
河岸は考えながら手招きした。
三人はサイバー課に入った。しかし貝原や稲垣の指摘通りにその席にいた警官がいない。
羽生の携帯に稲垣のメールが来る。
三人はエレベーターで地階へ向かった。
田代は魔術杖を出して呪文を唱えた。しばらくするとエレベーターが目的の階に着く。
田代は魔術杖を廊下に向けると足跡が光っている。その足跡はある部屋に続いている。
河岸達はその足跡をたどって部屋に入ると金庫があったがドアが開いていた。
「この鍵穴は普通だけど魔法陣が破られている」
田代がドアを見ながら言う。
「やられた」
羽生と河岸は頭をかかえた。
三十分後。
鑑識が靴跡や指紋の採取をしていた。
「警視総監。盗まれたのは「檻の鍵」です」
河岸が資料を渡した。
「前代未聞ではないか。いなくなった捜査員は誰かね?」
目を吊り上げる警視総監。
「水越恵美です」
羽生が答えた。
「大騒ぎだな」
朝倉がしれっと言う。
「まさか警官が盗むなんて思わない」
高浜が腕を組む。
「そうだよな。操られていたら別だ」
三神がうなづく。
翔太と稲垣、椎名が顔を見合わせる。
「その女はCIAのスパイよ」
鋭い声が聞こえて警視総監達が振り向く。
四人の自衛官が入ってきた。
魔物対策課
「間村達は警察総監と幹部達に事情説明よ」
佐久間は口を開いた。
「また会ったわね」
柴田は腕を組んだ。
この前の合同調査でも地下鉄や時空監視所でも会った。
「水越恵美というサイバー課捜査官はCIAの潜入捜査官ね。ミノス・伊藤。日系人で本物の水越恵美は五年前に死んでいる。戸籍はリサイクル店で購入した」
戸籍の写しを見せる佐久間。
「戸籍ってリサイクル店にあるのですか?」
聞き返す翔太と椎野と稲垣。
「お金に困った戸籍の主が違法に業者に売ってしまうんだ。かなりいい金額になる。都内でそういう店を摘発した事がある」
羽生が腕を組んだ。
「それを無国籍の子供やそれを利用して他人になりすましたい連中が買うの」
田代が口をはさむ。
「それがどうやら警官になりすましてくるのはなぜだろう?」
河岸がうーんとうなる。
「スパイを送り込んだのはジョコンダね。Tフォースや自衛隊にいたスパイは排除したけど民間企業や警察や消防、海保にいてもおかしくはないわ」
佐久間は写真を出した。
「合同調査で米軍と一緒にパラオに来たな。目的はなんだ?」
高浜は声を低めた。
「特命チーム、沿岸警備隊、火災調査団の動きや時空監視所の動向の監視。日本は特に尖閣諸島の戦い以来最前線になっている。それは南シナ海の周辺国も最前線になっているけど情報がぜんぜん来ないからスパイを潜入させているの」
佐久間が答える。
「尖閣諸島の戦いでは参戦せずに傍観してビキニ環礁の時空ホール事件や南シナ海の異変調査では俺達を拉致した。ロクでもないじゃないか」
三神は目を吊り上げる。
「おまけにかなりヤバイ世界状況なのに傍観しているのはどうかしている。スレイグが大統領じゃアメリカは終わったな」
朝倉は肩をすくめる。
「アメリカ第一の保護主義で政府を運営しているスタッフのほとんどは経営者出身。肝心の彼はあまりに無関心。カメレオンに入られ放題ではないか」
高浜は声を低める。
「このままではアメリカと中国は衝突するでしょうね。米軍VS中国とカメレオンよ。スレイグは知らん顔だけど中国にはサイバー攻撃部隊がいて米軍や政府のサイトに攻撃が相次いでいる。彼らは自信もって中国からの攻撃はないと言っているけど油断しすぎね」
佐久間はタブレットPCを見せた。サイバー攻撃が中国からアメリカに集中しているという図面である。
「じゃあ召集令状が届けば金属生命体とのハーフでも戦場に送られる?」
柴田が話を切り出す。
マシンミュータントと普通のミュータントは優先的に召集ハガキが来て徴兵されて戦場に送られる。この前の尖閣諸島の戦いでもそうだった。
「そういう事になるわね。南シナ海でも在留米軍基地にサイバー攻撃が相次いでいるけど彼らは隠している。国連もアメリカも弱体化していると言っていいわね。今年は申酉騒ぐ酉年よ。世界動乱が起こる。日本政府も楽観視していない。その中で生き残りをかけないといけない。韓国は慰安婦問題と国政介入問題で政府は動いていない状態と言える」
佐久間はうなづく。
「状況は確実に進行しているな」
腕を組む高浜。
「金属生命体とのハーフも金属生命体にもマシンミュータントと同じような召集ハガキは届くでしょうね。スレイグはCIAをぶっ潰すとか言っているけど邪魔になれば彼は消される運命にある。彼が暗殺されればそれが世界動乱の始まりで第三次世界大戦に突入すると見ている。私達はそれを利用してサブ・サンを追い出し、カメレオンを殲滅する」
佐久間はツイッターを見せた。
それはスレイグがよく発言するツイッターである。この間はトヨタとかホンダといった日本企業にメキシコに工場出すなら高い関税をかけると恫喝してきた。
「私達も召集ハガキが来るなら戦うしかないわね。戦って鎮圧するまで」
当然のように言う柴田。
「それは俺達もだ。尖閣諸島の戦いで召集ハガキが来た。自衛隊や海保にも戦死者は出るだろうしジョコンダが喜びそうなものは渡さないそれだけだ」
三神は声を低める。
「それは俺達もだ」
沢本がわりこむ。
「特命チームも沿岸警備隊チームは継続している。カメレオンの基地や総司令部をたたけるし、補給路も攻撃できる。チャンスは来ていると思っている」
佐久間は地図を出した。
「それは僕だって思うよ」
黙っていた翔太が口をはさむ。
「ちょっと待て。まだ戦争にはなってないだろう」
羽生があわててわりこむ。
「そうよ。予行演習。でも確実に米軍は参戦しないでしょうし、自衛隊は周辺国と組んで戦うしかない」
佐久間はうなづく。
羽生と田代、河岸は顔を見合わせた。
東京消防庁新宿消防署。
消防士がトイレに入った。洗面台で手を洗い鏡に視線を移した。するとどこかで見た事のある男が映っていた。
「・・・水谷?」
顔が引きつる消防士。
「やあ。元気?佐藤。ちょっと体を借りる」
にやにや笑う水谷。
「え?」
鏡から鉤爪が伸びて佐藤の頭をつかみ引っ張りこんだ。鏡の中から叫び声が響いたが救急車のサイレンにかき消された。
しばらくするとトイレから佐藤が出てくる。彼は車庫へ降りた。
「今日は通報はあった?」
近づくサングラスの女。
「通報は十件だ。警視庁の水越恵美か。俺は水谷だ」
佐藤の両目が赤く輝く。
「それはあくまでも仮の名前」
「CIAの潜入スパイのマギー」
「正解。それとお届け物」
水越恵美はアタっシュケースを渡した。
「檻の鍵か」
「これがカードキー。複製した」
「これからショーが始まる」
水谷はニヤニヤ笑うとテレポートした。次に姿を現したのはトイレである。彼はトイレを出ていった。
警視庁魔物対策課。
柴田と高浜はお茶を飲んだ。
「三神。海保でも新人は入ったの?」
柴田は話を切り出す。
「入ったんだ。芥川と隊長達と海上保安大学校へ行ったら訓練所に新人が二人いた。それも金属生命体のハーフと巡視船と融合したばかりの新人だ。マシンミュータントの新人は分身を作るのが得意で最高一〇〇体まで分身が可能だ。ハーフの方は光を自在に操れる能力者だ」
三神は思い出しながら説明する。
「新人が消防学校にも入ったのか?」
朝倉が切り出した。
「そうよ。依頼を受けて消防学校へ行ったら一〇人もいたのよ。卒業すれば南太平洋チームと日本チームに別れる」
柴田は答える。
「それはすごいわね。警察では聞かないわ」
田代がせんべいを食べる。
「警察もそういう助手がほしいよ」
お茶を飲む羽生。
「同感だね」
課長と河岸がしれっと言う。
資料を調べる沢本、三島、大浦。
翔太の脳裏にある映像が入ってくる。消防士が金庫室に入る映像である。
「嫌なテレパシーを感じる」
つぶやく椎野。
「変な信号が出ている。お届け完了。横須賀基地と横田基地に送信された」
ノートPCを操作する稲垣。
「同じ電波が東京消防庁から横須賀基地、横田基地に送信されている」
貝原は耳を澄ませながら言う。
「僕も時空武器のせいかもしれないけど消防士が金庫室から盗む映像が見えたんだ」
困惑する翔太。
たぶん、時空武器の影響で少し先が見えるだけである。
「高浜隊長。大変です。東京消防庁から「焔の眼」が盗まれました」
部屋に駆け込んでくる時雨、五十里、柳楽、下司。
「しまった。やられた」
高浜が頭を抱える。
「新宿消防署からいなくなった消防士がいます」
時雨が写真を出した。
「誰?」
「佐藤了。八王子魔物事件では軽症。あの事件後は新宿署に異動」
時雨が報告する。
「八王子署には八木や水谷がいて佐藤がいた。どうなったか知りたかったけど手間が省けたね」
それを言ったのは柴田である。
あそこにいた全員、死亡か病院送りになって消防署として機能不全になった後、東京消防庁は他の消防署から消防士を呼んで、以前の者達が他の署や出張所に異動になった。自分も他の出張所に異動になりみんなバラバラになった。
「でも変だよな。いったい誰が八木を復活させた?」
疑問をぶつける三神。
「おかしすぎだろ。全員、あの事件にいた連中というのは」
朝倉がわりこむ。
「合同調査以来おかしなことばかりだ」
高浜がうなづく。
「時空侵略者に協力するハンターがいるのかもしれない。そのハンターはたぶん米軍にも協力してジョコンダにも協力している。それも突き止めないといけない」
翔太が推測する。
そいつは海上保安庁やTフォースにいるかもしれない。
「焔の眼って何ですか?」
椎野が聞いた。
「地球本来の神々の一柱で焔の邪神クジャラスボラス。邪神クトゥグアやクトゥルーとは対立している」
高浜は資料を渡した。
「いずれにしても鎮圧しないと意味ない。現われれば戦う」
柴田は言った。
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