第8話 桜守りの運命
『ミヨ、落ち着いてしっかりと話しを聞いて欲しいの』
ミヨは突然どうしたのだろうと、きょとんとしていたそうだが、彼女はミヨの目をしっかりと見据えて話し始めた。
改めて、自分たちがなぜここにいて、存在しているのか。
自分たちの役割はなんなのか。
『ここまでの話しは今まで何回もしてきたし、あなたも理解してるわよね?』
ミヨは、何で今更と思っているようだったが、コクンと頷いた。
それをみて彼女は改めてミヨを見つめ両手でミヨの肩を抱いて話したという。
『ミヨ、あなたが、あの丞という人間に惹かれているのは分かるわ。でもね、あの人に心を奪われてしまってはダメなの。あの人に心を奪われて、私たちが役目をないがしろにしてしまうということは、私たち自身が存在している意味が無くなってしまうのだから』
『惹かれる?』
まだ生まれてから数年程度しか経っていないミヨには、そもそも惹かれるという感情も理解できていなかった。
『あなたは、あの丞という人と一緒にいてどう?』
『幸せよ』
『他の人間といる時と何か違う?』
『他の人間と?うーん、他の人間にはなにも思わないけど、丞とはずっと一緒にいたい。丞が帰る時はいつも寂しくなるわ』
一生懸命に考え、答えるミヨを、うんうんと彼女は優しく見守りながら聞き続けた。
『丞は・・・人間というより、あなたと一緒にいるときの感情に似てるわ』
ミヨは彼女をキラキラとした瞳で見つめながらそう言ったそうだ。
『ミヨ・・・』
これからの話しをミヨに受け入れて貰えるだろうか。
今のミヨからは自分の感情を理解してはいないが、これからの未来が丞とあるものだと疑っていないように思える。
普段の丞の様子を見ていていも、それは丞も同じだろう。
でも、ミヨ自身の為にも理解してもらうしかない。
彼女は一息吸うと改めてミヨに真剣に話しかけた。
『ミヨ、改めて言うけど、落ち着いてよく聞いてちょうだい。あなたの丞への気持ちを分かったうえで、それがどういうことか話すから』
どんなに思っても、自分たちと人間は違う存在だということ。
そもそも私たちに誰かと共に生きるという道はないということ。
誰かと一緒に過ごすのは、今のように後継者を育てる時だけで、それ以外にはありえないということ。
他のことに気を取られるのはミヨの命を縮めてしまい、いつか消えてしまうということ。
『だから、丞にしっかりと別れを告げなさい』
そこまで話すとミヨの目から涙が溢れていたそうだ。
『どうして、どうしてなの。丞がいたって、私ちゃんと役目を果たすよ。だからそんな意地悪言わないでよ』
ミヨは責めるような目で彼女を見ていたそうだが、こればっかりは彼女にもどうにもできないらしい。
『ミヨ、…あなた自分の姿が前より幼くなっているの、分かってるわよね?』
ミヨは指摘されて初めて気づいたのか、自分の掌を見て目を見開く。
『あなたが、いくら自分で大丈夫だと思っても、それが答えなのよ。…辛いのはわかるわ。でもね、次、丞に会ったらちゃんと別れを告げなさい』
ミヨは愕然としたまま何も答えなかったが、きっと分かってくれただろうと、その後その日はそっとしておいたそうだ。
後日、いつも通り丞が現れ、ミヨと雑草取りをしていた。
どことなく、そわそわしているミヨに、いつかは言うだろうとそっと見守っていたのだが、次の日も、その次の日もミヨが丞に別れを告げる事はなかったそうだ。
それどころか、1週間経った頃、またミヨの体が少し幼くなってしまっていたという。
『ミヨ』
改めてミヨとな話さなくては
朝、ミヨが丞と会う前に彼女からミヨに話しかけるも、ミヨは無視して行ってしまう。あの日以来ミヨは彼女を避けるようになってしまっていたそうだ。
このままではミヨが消滅してしまう。
自分だっていつまで存在していられるか分からない。
こうなったら、自分から丞に話しをしよう。
彼女はそう決心すると、その日、丞とミヨが分かれたタイミングを見計らって丞に話しかけたそうだ。
『丞さん』
知らない女性に突然名前を呼ばれ、丞は驚いて振り返った。
『あなたは?』
『私は、・・・ミヨの保護者のようなものです』
『保護者のようなもの?・・・母親ってことですか?』
『まぁ、そんなところです』
歯切れの悪い彼女からの返事に丞は少し訝しげな顔をする。
『少しお時間頂けますか?』
『えぇ、かまいませんが…。すみませんが、少し急いでおりまして、歩きながらでも良いでしょうか?』
丞の提案に、彼女は動揺する。
彼女もまた桜並木を離れることは出来なかったのだ。
『そうしてあげたいのですが、私たちはここからあまり遠くへは行けないのです。』
その答えに丞は困惑した表情をする。
『そしたら、お母様にせっかく来ていただいたところ申し訳ないのですが、後日改めてお伺いするという事でも宜しいでようか?今日はもう時間がないものでして、…なんでしたらミヨさんも一緒に』
『ミヨの命にかかわる事なのです、あの子は抜きで、丞さん、あなたに聞いて欲しいのです』
丞は相変わらず困惑した表情のままだったが、ミヨの命が関わっているということであれば無視はできない。
時間を気にしている節はあったそうだが、そのまま丞に話しを聞いて貰える事になった。
ミヨには見つからないように、出来るだけ桜並木から離れ、死角に移動する。
信じて貰えるかは分からなかったが丞には真実をそのまま伝えたそうだ。
予想通り、初めは信じられないといった表情をしていたが、ミヨの姿が最近幼くなっていた事には何となく気づいていたようで、納得できるような、できないようなと葛藤している様子だったという。
『ミヨが、人間じゃなくて、消えてしまう…』
丞は自分の足元を見つめたままボソッっとつぶやく。
『あなたにはとても受け入れがたいことだとは思いますが、どうかミヨの事を少しでも思う気持ちがあるのでしたら、もうここには来ないで下さい』
丞はそれに対して何も返事はしなかったが、ただ黙って立ち上がると、ふらふらと帰路へついた。
それ以来、丞は桜並木に現れることはなかったそうだ。
ミヨは毎日丞を待ってはいたが、突然現れなくなった事を受け入れられず日々落ち込んでいた。
初めは自分の仕事にも手が付かなくなっていたが、彼女はそれも時が解決するだろうと思っていたそうだ。
やがて月日はながれ、丞が現れなくなってから3年が過ぎたころ、ミヨもようやく20歳近くの姿になっていた。
その頃にはミヨもすっかり立ち直り、自分の役割を果たすようになっていた。
これなら、もういつ自分がいなくなっても大丈夫だろうと、彼女も安心していたという。
たまに、丞が来ていた方向を見つめてぼーっとしている事もあるが、それももう少し月日が経てば、ただの良い思い出になるだろう。
ミヨが後継者として育ったせいなのか、ただ彼女自身の月日の積み重ねのせいなのか、その頃、彼女の力はさらに衰えていた。
もはや、人間の前に1度姿を現したら1か月は休まないとならなくなっていたそうだ。
そんなある日の夜、見とれるくらいの満月が夜の空を照らしていた。
なんとなく彼女もそろそろ自分がいなくなるのだろうと感じ始めていたそうだ。
どうせなら、こんな満月の日になんて考えたりしながら満月に見入っていると、ふとミヨの姿が見当たらない事に気が付いた。
周りを探すと、ミヨが口に手をあてて泣いている。
『ミョ…』
声を掛けかけてハッとした。
ミヨの前には、もう二度と現れないと思っていた丞が立っていたそうだ。
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