第7話 桜守りの運命

彼女の話しによると、きっかけは自分1人でここの桜並木を守ることに限界を感じ始

めたことだったらしい。


昔は天災からだけ守っていれば良かったそうだ。

全ての桜とはいかなくとも、雷や地震などの災害から1本でも多くの桜の木が残るようにと力を使っていたという。

時には火災から守るために川の水を飛ばしたりもした。

彼女のような存在は全国に存在するそうで、分かりやすいところで言うと、神社の御神木や、震災時に奇跡的に1本だけ無事だったりする木には、だいたい彼女のような存在が宿っているという。


「あなたは、木の神様ということ?」


ふと気になって聞いてみる。

どういう表現が正しいのかは分からないけど、神様という言葉が頭に浮かんだ。


「神のような大層な存在ではないわ。人間の世界で正確に何と言うかは分からないけど、私の存在に気づいた者からは、よく天女とか、妖精と呼ばれていたわね」


彼女はそう言うとどこか懐かしそうな顔をしていた。


しかし、最近は天災に加え、人間による被害が増えてきたそうだ。

それでも、何十年か前までは、手入れをしに来てくれる人など、桜並木を気にかけてくれる人間が何人もいたそうなのだが、最近はそんな人はただの一人もいなくなってしまったという。

それなのに、花が咲き始めると木の下で宴会をしては、ゴミを散らかして帰り、いたずらに枝を折ってしまうやからもいるらしい。

また、桜が咲いているときだけでなく、普段からも幹に刃物で何か彫ったり、切ったりと文字通り木を傷つける人間も多くなってきたとか。

時には根本に死体を埋めて根を痛めてしまう人までいたそうだ。


「し・死体」


彼女にとっては死体ということよりも、根を傷つけられるということの方が問題なのだろうが、本当にそんな事をする人がいるんだなと、ほかの意味でもぞっとする。


多少なら、そういう人間が来ても、自分で姿を現し、追い払っていたそうなのだが、あまりにも多くなってきて手に負えなくなってきたそうだ。

数の多さに加え、手に負えなくなった大きな理由の一つとして、彼女自身がこの世に落とされてから時間が経ちすぎたせいか、力が衰えてきてしまっているらしい。

例えば、人の前に姿を現すのにも、昔は毎日いくらでも出来ていたのに、この頃では、1回に長くて数時間程度、しかも、1度姿を現してしまったら1週間は休まないと、姿を現せなくなってしまったらしい。


他にも色々と出来るらしいが、その説明はまた今度と教えてもらえなかった。


衰えを感じ始めるようになり、彼女は後継者を育てることを思いついたそうだ。

彼女のような存在は、天命として、生まれたときから自分が何のためにここにいるか理解し、永遠にその天命を全うするという。

ただ、その命に限界を感じたときは、一度だけ、自分に似た存在を生み出せるのだとか。

いつかは、自分も後継者を生み出し、しばらくは教えながら一緒に命を全うし、その時がきたらすべてを託そうと漠然とは思っていたが、今がきっとその時だ、新しい存在を生み出そうと思ったという。


初めから天命として存在している彼女とは違って、彼女自身が生み出したその子は、まるで人間の赤ちゃんの様に、コツコツと育てなくてはならないらしい。

とは言え、人間の様に姿も赤ちゃんからというわけではなく、最初は幼稚園児くらいの姿なのだそうだ。

また、時間で成長するわけではなくて、自分の役割を認識し行動に移すたびに成長していくそうだ。

完全に成長したら20歳そこそこくらいの見た目になるらしい。

だんだん大きくなるその子に、育てるとはこういうことか、と愛おしくも思ったそうだ。


その子もだいぶ大きくなり、人間で言えば見た目がだいたい18歳くらいになった頃だろうか、その頃には、何かが起きても、その子1人に対応を任せる事も多くなっていたという。

そんなさなか、酔っぱらった中年の男性が、桜の枝を折ろうとしていた。

それくらいの事ならその子1人で大丈夫だろうと、酔っ払いを追い払うことは任せて、自分は遠くから見守っていた。

しかし、追い払うどころかその子が逆に酔っ払いに絡まれ、襲われそうになってしまったそうだ。

普段、人間の前に姿を現すときは、だいたい女性の姿になっていた為、酔っ払いは若いねえちゃんが来たとしか思っていなかったようで、いたずらしてやろうくらいに思ったのかもしれない。

でも、彼女達は何かあれば、自分の意思で好きな姿に変化できるそうなのだ。

なので、姿を消すなり、他の姿に変えるなりすれば事なきを得たのだろうが、まだ経験が浅かったせいか、自分の胸元に忍び寄る知らない男の手に、その子はその事を忘れ、泣き叫びパニックになってしまったらしい。

慌てて助けに行こうとしたところ、そこに、前の守り人である、…私をこんな目に合わせているあの男が現れたそうだ。


男は酔っ払いから、彼女の後継者を助け、怪我もかすり傷程度で大事に至らなかった。


今思えば、歯車が狂いだしたのはそこからだったそうだ。


助けてくれた男は、それ以来、後継者に会いによく桜並木に来るようになった。

初めは、男と後継者が仲良く桜の手入れをしているだけだった。

彼女もそれを微笑ましく思い、穏やかな気持ちで見守っていたそうだ。


しかし、男に後継者に惚れるなというには、後継者はあまりに美しかった。

現に私の前にいる彼女も、今まで私が見てきた誰よりも綺麗である。


ある日、後継者は彼女に『自分の名前はなんていうの?』と聞いてきたそうだ。

彼女達のような存在には、個別を認識する必要がないため、名前を付けるという概念が無かったそうだ。

理由を尋ねると、毎日のように訪ねてくる、あの男に聞かれたという。

あの男は自らを丞(たすく)と名乗り、後継者の名前も教えてほしいと言ってきたそうだ。


そういえば、人間にはそんな概念があったな、と彼女は思ったらしい。

彼女も昔、とある人に『ミヨ』と勝手に名前を付けられた事があったそうだ。

どうという事では無いが、なんだか温かい気持ちになった事を思い出した。

自分の後継者なのだしと、『ミヨ』という名前も後継者に譲ることにした。

それ以来、後継者の事を彼女自身もミヨと呼ぶようになった。


丞と名乗った男は、ミヨに名前を教えてもらえなかった当初は、ミヨに警戒されているのかと、まだ余所余所しい部分も多かったようだが、ミヨの名前を知ってからは、ミヨの髪をなでたりと、次第にスキンシップが多くなってきていた。

ミヨ自身も、初めて感じる感情に最初は戸惑いながらも幸せに感じているようだった。


その頃から、初めは温かい目で見守っていただけの彼女も、心にざわつきを覚えはじめていた。


もしも、後継者であるミヨが、人間に心を奪われてしまったらどうなってしまうのだろうと。


使命を果たすためだけに生れた存在の彼女たちは、その使命から一生離れることはできない。

その使命を放棄することはすなわち、消滅を意味している。


当然そんな事を人間の丞が知る由もなく、ミヨのこともただの人間だと思っているだろう。


『どこかでミヨにしっかりと話さなくては』


ミヨの嬉しそうな顔を見ていると心が痛むが、消滅してしまっては元も子もない。

いつものように微笑みあいながら過ごす2人を見て彼女はミヨに忠告することを決心した。


そう決心したその夜、彼女はミヨの姿を見てはっとしたという。

ミヨの姿があきらかに若くなっていたのだ。

それはミヨが今までよりも使命から離れてきているという事を示していた。


早くあの男と引き離さなくては。

彼女はどうしようもない焦りに駆られた。

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