第6話 水城結子Ⅰ
「あ・あなた誰?」
突然現れた天女のような人にびくびくしながら問いかける。
「私は、あなたが今寄りかかっている、その桜の木そのものです」
その天女のような女性は、その透き通た声で私の後ろの桜の木を指さしながらそう答えた。
桜の木そのもの?
やっぱり意味が分からない。
「ど・どういう意味ですか?」
「そのままの意味よ」
そして私を見つめるとふっと笑って近くに降りる。
「可哀そうに、怖かったのね」
桜そのものと行った女性はそう言うと私の頭に手を置き、そのまま優しく撫る。
思わず貰ったその温かみに、感情の堰が切れる
「わ・私、何が起きてるのか、わけが分からなくて。。。声もこんなだし、私、本当はこんな声じゃないんです」
普段だったら、突然空中に人が現れるこの状況ですら受け入れられなくてパニックになりそうだが、今はそれよりも自分の置かれた状況を助けて欲しい。
もしかしたらこの人がどうにかしてくれるかもしれない。
そんな淡い希望が先行して、現れた女性にすがりつくように説明する。
「さっき、というか朝、突然、男の人に手を握られて、そしたら、周りがぐにゃって歪みだして、気が付いたら、声は変わってるし、ここから離れられなくなってるし、お願いします、助けてください!私、私、家に帰りたいんです」
彼女は一気にまくし立てる私を優しい目で見守りながら聞いていてくれた。
話し終わると、また涙が溢れ出てきた。
「うっ、ひっく」
なるべく声は我慢しようとするが、優しくされて涙と声が漏れ出てしまう。
そんな私をそっと、包むように膝立ちになって抱きしめてくれた。
桜の木というだけあって、その女性からはふわっと桜の香りが漂ってくる。
「突然の事にビックリしたわよね。でも大丈夫よ」
そう言うと優しく背中をさすってくれる。
「これからは、私がずっと一緒だからね」
「えっ?」
今何て言った?
大丈夫って言ってたけど
…ずっと…一緒?
「これからは私があなたの助けになるわ」
「ちょ、ちょっと待ってください。ずっと一緒ってどういうことですか?」
慌てて彼女の体を押し剥がして問いかける。
すると彼女は一瞬きょとんとした顔をした後に、また優しく微笑み私の頭をなでる。
「あなたはね、私たちの…つまりここの桜たちの守り人になったのよ」
桜の…守り人?
淡く見えていた希望がいっきに音を立てて崩れていく気がした。
桜の守り人って何?
「わ・私…人間ですよ?」
再び抱きしめようとする彼女に、声を震わせながら抱きしめられないように手を突っ張って、話しをちゃんと聞いて貰わなくてはとどうにか抵抗する。
そんな様子の私に、抱きしめようとするのは止め、私の頬をなでてからそのまま手をそこに置く。
「大丈夫、わかってるわ」
「なら…」
「前の人も人間だったわ、安心して」
私がまるで、人間だから不安に思ってる。
そう思われているかのような返答だ。
彼女のあやすような落ち着いた柔らかい話し方とは裏腹に、私の不安はどんどん大きくなっていく。
そうじゃなくて。。。
そうじゃなくて、私はいつもの日常に帰りたいのに。
「そういう事ではないんです。その、桜の守り人?っていきなり言われても困ります。私は家に帰りたいんです」
今、黙ってしまったら終わりだ。
なんとなくそう思い、また泣き出しそうになるのを必死にこらえて訴える。
泣いたらまともに話せなくなる。
なんとか頑張らなきゃ。
きっと今しかない。
すると彼女はジッと私の目を見つめ、悲しそうな顔をする。
「桜は嫌い?」
「いえ、桜自体は綺麗だと思いますけど、…ここから動けなくなるのは困ります」
「嫌いじゃないなら、好きってことよね?あなたが好きな桜を私と一緒に守ってほしいの」
意図してなのか、そうではないのか、言葉として一番受け取って欲しい大事なところは聞き流されてしまう。
「守るって何をするんですか?何かして欲しいなら、毎日でもここに通いますから、お願い!私を解放してください」
「役目はね、本当に簡単な事よ。ここの桜を守るだけ。最近、お酒の勢いとか、ただむしゃくしゃしてるからとか、いたずらにここの桜を傷つける人が増えてきてるの、だからね、あなたには、そんな人たちから私たちを守って欲しいの」
やはり私の願いには答えてもらえず、彼女は立ち上がり両手をかざした。
するとそれに応えるかのように、周りの桜が一斉に花びらを舞い散らせる。
「最初はね、私だって人間に頼ろうなんて思ってはいなかったわ。だから、一生懸命後継者を育ててたの。それを、あの男が。。。」
そこまで言うと彼女はぐっと唇を噛み、後ろを向く
「あの男?」
「そう、あなたの前の守り人よ」
きっと私の手を掴んだあいつだ。
「その男がどうしたんですか?何をしたんです?」
何か解放されるヒントがあるかもしれないと話しを先に促す。
***
私は解放してもらえない。
彼女の話しを一通り聞き終わったあと、そう思ってしまった。
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