第5話 水城結子Ⅰ

***


痛っ


頭に小さな痛みが走り目が覚める。


あれ?私どうしたんだっけ?


寝ぼけまなこで周りを見やると横に桜の木がたっていた。


…そっか、私、志保に背中押されてあの人に近づいて。


と急に全てを鮮明に思い出し、怖くなる。

慌てて起き上がり、芝生に座った状態で周りを見回すが、すでにあの人の姿はなかった。

自分の洋服を確認しても、特に乱れもないことからいったんほっと胸をなでおろす。


それにしても何だったんだろう?


あの人に手を握られたと思ったら、変な声でしゃべりかけられて、そしたら、周りの景色が歪んで。。。

そこまでしか思い出せないから、きっとそこで気を失ったのだろう。


何か変な薬でもかがされたのかしら?

…って、学校!


太陽の位置を確認すると、だいぶ斜めに落ちており、もう夕方と思われる。


もう、完全に今日無断欠席じゃない。

志保ちゃんのバカ


心のなかで志保ちゃんに文句を言う。


今から学校へ行っても意味ないだろうし、今日はもう帰ろう。


立ち上がり、近くに落ちている鞄を拾い、ふと鞄の中を確認する。


もしかして、財布が目当てだったんじゃ。


たいした額は入ってないけど、一応確認する。


もし財布目当てだったら、堂々と警察にも届けられるし。


しかし予想は裏切られ、財布も中身も無事だった。


本当にあの人は何がしたかったのだろう。


やはり、意図は分からないままだが、家に帰って親に相談した方が良いだろう。


家に帰ろうと土手に向かって歩き出す。


が、少し歩くとすぐに、何かに引っ張られるかのように前に進めなくなる。


えっ、なに?


わけがわからず、一度後ろに下がって、もう一度土手へ向かってみるが、やはりさっきと同じ場所から前には進めない。


ならば別の場所からと方向を変えて歩きだすが、やはり少し歩くとそれ以上前には進めなくなる。


自分の後ろに何か引っかかっているのかと、背中に手をまわし、背中を撫でまわすが、特に何も無さそうだ。


いったい何がどうなってるいるのだろうか。


いったん桜の木まで戻り、今度は助走をつけて勢いよく土手へむかって走りだす。


が、やはり、一定距離を走るとくんっと体が引っ張られ先に進めず、そのまま転んでしまった。


「なんなのよ」


えっ!?

思わず膝をついたままぽろっと嘆いたのだが、悲劇は先に進めない事だけではなかった。


これ、私の声なの?


「あー、あー」


もう一度声を出して確認する。


うそっ、だってこの声は。


ついさっき私の手を握って離さなかったあの男から聞こえていた声が、自分から聞こえてくる。


「うそでしょ。」


信じたくないが、確かに私がしゃべるとあの声が聞こえてくる。


「なんなのよー!」


何もかもついていけない状態にパニックになって涙がこぼれる。


良くわからないけど、まるで透明の鎖につながれているかのように一定以上進めないし、自分の声はおぞましい声になっているし。


「誰か助けて」


そうだよ、誰かにこの状況を説明して助けてもらおう。

自分の漏らした言葉に少しの希望を見出す。


ただ家に連絡をしようにも、学校で禁止されているせいで携帯は持ってない。


慌てて土手に目を向けて誰かが通らないか目を凝らす。

夕方なら下校時間とぶつかるはずだ。


知り合いが通ったら説明して、家族に伝えてもらって助けてもらおう。

志保ちゃんなら説明もしやすいし、なお良い。


誰か来て、と自分の手をギュッと握りしめる。


が、待てど暮らせど知り合いが通る気配はない。

このままではここで夜を明かすことになりかねない。


夜になってもこんな所に一人でいなきゃいけないなんて嫌。。


こうなったらしょうがない。


意を決して、知らない人にも声を掛けるしかない。

普段はどちらかというと人見知りで、街中で知らない人に声を掛けるなんてありえないけど背に腹は代えられない。


よし、次に通った人に話しかけるんだ。


と、タイミング良く、犬の散歩をしている30代くらいの女性が歩いてくるのが見えた。


あの人に、どうにか助けてもらおう。


一番近くに来たタイミングで大きな声を出す。


「すみません!!お姉さん!助けてください!」


が、散歩中のお姉さんは「ひっ」と小さく悲鳴を上げると恐怖に歪んだ顔でこちらを見る。


「あの!すみません!本当に困ってるんです!助けてもらえませんか?」


「いやっ」


お姉さんは、こちらを見たまま片手で頭を抑えると恐怖に耐えられないといった顔でそのまま犬を連れて走り去ってしまった。


もしかしてこの声でしゃべると頭痛が走るのだろうか。


しゃべってる分には、もう頭痛はしなくなっているけど、この声を聞いていた時はズキズキと頭が痛くてしょうがなかった。

きっと、さっきの人も頭を押さえてたし、痛みが走っていたのだろう。


ただでさえ変な声で恐ろしいのに、痛みまで走ったら、いよいよ誰も話してくれないだろう。


今にも泣き叫びそうになるのを、なんとか抑えながら一度桜の木に寄りかかりながら膝を抱えて座る。


なんでこんなことに。


何度考えても納得いかない。


私はただ、彼を見ながら学校に向かってたのに。

それだけで満足していたのに。


だんだん志保ちゃんにも腹がたってきた。


そもそも志保ちゃんが余計な事をしなければ。

あいつも言ってた、お友達が余計な事をしなければって。


なんで私がこんな目に。


何度もそう思ってしまい、抱えている膝に顔を突っ伏す。

思わず涙が流れ続けて止まらない。


もう死ぬまでこのままなのだろうか。

例え誰かが探してくれたとしても、こんな声じゃ皆逃げてしまうだろうし、そもそも、誰か来たとしても、ここから移動できないんじゃ意味がない。


このまま何も飲まず食わずで餓死するのかな。

苦しいのは嫌だな。


漠然とそんな事を思いながら空を見上げる。


いつの間にか空は暗くなり、星が出始めていた。

不思議と寒さは感じない。


「次はあなたなのね」


「えっ?」


突然の声にあたりを見回す。


今、誰か私に話しかけた?

透き通る女性の声がした気がする。


「どこ?」


周りを見回すが誰も見つけられずに焦る。


こんな状態になってるのだから、今を逃すともう誰とも話せないかもしれない。


「あらやだ、姿を現すのを忘れてたわ、ちょっと待ってね」


透き通った声がそういうと、空中の一点に光が現れ、どんどん光が強くなっていく。


まぶしい。


思わず片目をつぶるが今何が起きているのかしっかり見ようとどうにか見続ける。


「これでいいかしら」


やがて光は収まり、そこにはピンクのヒラヒラとした服を身にまとった女性がいた。

その服は全体的に着物に似ていて長い袖丈があり、胸のあたりも布が合わせてある。

違う所といえば帯にあたる部分はコルセットの様なものがついていてそこから下はマーメイドドレスのようにタイトなスカートにも見えた。

だいぶ上の方からスリットが入っていて中の足が見え隠れしている。

裾部分は足よりも長く、フリルの様になっていて袖と一緒にスカートが風に揺れていて幻想的だった。

昔、本で見た天女の衣装に似てると思う。

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