第4話 水城結子Ⅰ

***


初めは何が起きたのか分からなかった。


私はただ、いつも見かける素敵な男性を見つめていただけだったのに。


***


私は、桜並木の近くにある女子高に通っていた。


桜が満開近くになった頃から、通学路の桜並木横にある川沿いの道を歩いていると毎朝桜を見上げている男性がいるのを見つけていた。


端正な顔立ちに、見つけた頃から彼を見ながら学校へ行くのが日課になっていた。


スーツを着ているから、この辺に勤めている人なのかな?

どこに勤めてる人なんだろう。


そんな事をぼーっと考えながら桜並木横の舗装された土手を歩く。


「みーずき!」


彼を見つめながら歩いている私に誰かが後ろから肩を組んできた。


「なぁに、水城、随分熱い視線をおくってるじゃない。」


「志保ちゃん」


振り返ると、私と同じ紺色のセーラー服に身をつつんだ、志保ちゃんがいた。

色素が薄い長い髪をポニーテールにしていて良く似合っている。


志保ちゃんとは同じクラスで、誰にでも人懐っこく明るい性格なため、皆に愛されている。

かくいう私も志保ちゃんのことは人としてけっこう好きである。


「なに、なに、スーツの彼に恋でもしちゃったの?」


私の目線を追った先にいた彼を見つけて志保ちゃんがからかってくる。


「こ・恋なんて!」


志保ちゃんに言われ顔がみるみるうちに熱くなっていく。


「まぁ、学校に女子しかいない私たちには貴重な目の保養よね」


志保ちゃんにほっぺたをぐりぐりとつつかれてちょっとほっぺたを膨らます。


「もう、恋なんてしてないよ、ただ、ちょっとカッコイイなーって見てたの」


「あはは、可愛い~水城」


とそんな私を、何か思いついたかのようにニマッとした顔で見つめると、志保ちゃんは腕時計で時間を確認する。


「うん、まだ30分は余裕があるね。」


「えっ?」


「まだ始業までに時間があるって話し、ちょっとお話してくれば?」


「えっ?えぇ?」


「私は先に行ってるから、頑張ってね!」


「えっ、志保ちゃん何言ってるの?」


話しの展開に全くついていけない。

志保ちゃんは何を言ってるのだろうか。


「まぁまぁいいから」


すると志保ちゃんは片手をあげて、彼にむかって大きな声を出す。


「あのー、そこの人!この子があなたと話してみたいんだって!ちょと相手してあげてー」


「志保ちゃん!?」


突然の展開にとまどうばかりで志保ちゃんを止めることもできない。


「おしっ、行ってこい!」


志保ちゃんはおもいっきり私の背中を文字通り押す。


「ちょ、ちょっと待って!」


勢いよく押され、私は舗装してある道から芝生の坂道によろけて飛び出し、そのままの勢いで坂道を下ってしまう。


志保ちゃんが明るくて行動力がある子だっていうのは分かってたけど、まさかここまでとは。


「そんじゃ、水城、またあとでね~」


志保ちゃんは坂の上から手を振り、学校へと向かっていく。


「ちょっと待ってよ。」


嘘でしょ。。。

私はただ見てるだけで十分だったのに。

話したいだなんて一言もいってないのに。


ちらっと彼の方を見ると、彼は不思議そうな顔をして私の方を見ていた。


そりゃそうだよね、突然女子高生が話しかけてきて、一人が勢いよく坂道下ってくるとか、何ごとかって感じだよね。


「あ・朝から騒がしくてすみません。すぐ消えますので、お気になさらないでください」


慌てて彼にそう声を掛けて、ぺこっとお辞儀をする。


でも、彼は柔らかい顔をして首を横に振ると、桜を見上げ指さした。


「えっ?なんですか?」


彼の行動を不思議に思い聞いてみるが、何も答えてはくれない。

ただ目線で、指さす方向を少しみて、また私に戻す。


「そこに何かあるんですか?」


やはり彼は何も答えずに、指をさしたままただ頷く。


そっちに行ってもいいのかな?


指さしてるし、なんとなく彼の方に近づき彼の横まで行くとそっと桜を見上げた。


…これといって何もないけど。


「えっと、何があるんでしょうか?」


自分では何も見つけられなかったので、スーツの彼にどぎまぎしながらそっと聞いてみる。

すると彼は桜ではなく私を見ていたようで、すぐに目が合った。


うわっ、なんか恥ずかしい。


思わず鞄の柄をぎゅっと両手で握りしめてうつむく。


が、次の瞬間、彼は何も語らないまま私の手をとった。


「きゃっ!?」


ビックリして思わず声が出る。


するとそのまま握手をするかの様に空いてるほうの手で私の手を握りしめた。


な・な・なんで?


突然のことに怖くなって手を放そうとするが、力が強くて離れない。


と、彼が私の手を握ると同時に、周りの風景がどんどん歪み暗くなっていく。


なっ、なにこれ。


手をつかんでいる彼を見ると不適な笑みを浮かべたまま、男とも女とも言えない声で語りかけてきた。


「君も運がないね。お友達が余計な事をしなければ、こんな事に巻き込まれなかったのにね」


彼が話すと頭痛がし、あまりの痛さに目をぎゅっとつぶった。


「て・手を放してください」


恐怖で声が震えるが、なんとか絞りだす。


「あぁ、すぐに離すよ。突然つかまれてびっくりしただろう。知らない大人には気をつけないとね。こんなに可愛いのに、可哀そうに。いや、可愛いからすぐに開放されるかな?」


相変わらず声が聞こえるとひどい頭痛に襲われる。

外見からは想像もつかない、というか人間とは思えない声色だ。


この人なんなの?


痛みに耐えながら目を開け、さっきよりも強い力で手を引き離そうする。

しかし、私の力ではびくともしなかった。

彼は私が手を離そうとしていることなんてお構いなしに、彼の空いているもう一方の手で私の黒髪をすくって顔を近づける。


気持ち悪い。


さっきまで憧れの人だったはずなのに、今は気持ち悪いのと、怖いのとで、一刻も早く逃げ出したい。


しかし手も離せなければ、周りの風景も歪みきっていて、足がすくんで動けない。


「まあ、なんにせよ、僕の変わりにここにいてもらおう」


彼は整ったその顔で、犯罪者かのような凶悪な顔で笑う。


「あ・あなたは、何を言っているの?」


「次に目が覚めれば、すぐにわかるさ。」


そう言うと彼は私の手を放し、そっと横たわらせる。

彼をおぞましく思いながら、そのまま私は闇へと落ちていった。

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