「簡単な知能テストですよ」
気付けば昼。
「天丼おいしい!」
玉姫と玲は、マストリヒシアンが誇る最高の料理店【割烹・志衛】へ来ていた。
パノラマがどこかから連れてきた凄腕の料理人によって切り盛りされるその店は、安価ながら非常に美味い食事と酒を出すため、ダイナソアの食事施設でもトップの人気を持つ。ここへ来たい一心でダイナソアに入団した野球好きの男もいるほどだ。
「おいしすぎ!」
そして玉姫も、志衛に魅了されていた。
「さくりとした衣の食感とぷりっぷりのエビの弾力が混ざり合って食べていて楽しい! エビ天と双璧を成すアナゴ天もふっくらほくほくで食べていて安心する! 脇を固める野菜の天ぷらも新鮮で、噛むたびに旨みがにじみ出てくる! タレも甘すぎず濃すぎず上品な味だ! こんなものを、ほかほかのご飯と一緒にかき込んだら……美味しくないわけがない!!」
グルメレポーターもかくやといった調子で玉姫は天丼がいかに美味しいかをまくし立てる。
「ヤバいれーくん! これまでで一番好きかも!」
「そんだけ饒舌になるくらいだもんな」
玲は玉姫の様子をほほえましく思いながら、天ぷらうどんをすすった。昆布やいりこなどから丁寧に取られたのだろう出汁は、高貴ささえ感じるほど上品な味がした。
「すごいぞ! ごま油のかすかな香りが鼻孔を抜けて、何とも言えない余韻を残してくれるんだ!」
玉姫はナスの天ぷらをさくさくと噛み、うっとりとした。
「ところで、この付け合わせの刺身はなんだ?」
「ジェナ……鯛だな」
玉姫は刺身を箸で口に運び、もぐもぐした。
「これはとても新鮮だな! 強い弾力があって、噛めば噛むほど甘味が出てくる!」
刺身のつままでもりもりと食べ、玉姫は湯呑に入った緑茶をすすった。
「ふぅ……あったかいお茶が心を落ち着かせてくれるな」
ほっと一息ついた玉姫は、玲の食事に興味を示した。
「れーくんの食べてる天ぷらうどんもおいしそうだな!」
「少し食うか?」
「え、いいのかっ!」
玉姫の狐耳がピコン! と跳ねる。
「お前ほど食事にこだわりはねぇよ」
テーブルの隅に置いてあった小鉢を取って、少量のうどんと出汁を入れ、エビ天一
つを乗せる。
「そんなっ! エビ天までくれるのか! れーくんはなんて気前がいいんだ……」
玉姫は驚愕しながらも、天うどんのエビ天をぱくり。
「む! 出汁が染みていて天丼のそれとはまた趣が違うな!」
こちらもお気に召したようで何よりだった。
「うどんもつるつるして、もちもちして、出汁と絡んで超美味しい!」
たちまちうどんを食べ尽くしてしまった玉姫を見て、玲は微笑んだ。
「しかし、お前と一緒に飯食ってると、俺まで食事が楽しくなってくるな」
食事を楽しむなんて考えたこともない玲にそう思わせるのだから大したものだ。
「だーんちょ。ご一緒してもいいですか?」
そこにやってきたのは、色気もクソもない作業服に身を包んだ一人の女子。
「静か。構わんが、そろそろ食い終わるぞ」
玲に残されたうどんはあと一口分で、玉姫のどんぶりにはもはや米粒一つ残されていないのだ。
「いーですいーです。玉姫ちゃんとお話しする時間さえ取れれば」
静は海鮮丼の乗ったお盆をテーブルに置いて、玉姫の隣に座った。
「ほむ?」
ハムスターの如く頬を膨らませて天丼を頬張っていた玉姫は、静を見て首を傾げた。
「こんにちは玉姫ちゃん。私は小原静っていいます。よろしくね?」
静に話しかけられた玉姫は、口内の天丼を高速で咀嚼して、ごくんと飲みこんだ。
「こんにちは静ちゃん! 玉姫は玉姫だ! よろしくな!」
「んじゃ、さっそくですけど、これ! やってもらえません?」
玉姫に妙な呼ばれ方をしたことは一切気にせず、静はホチキスで右上を止めた紙束と筆記用具を玉姫の前へと置いた。
「これはなんだ?」
口の周りをペーパーナプキンで拭きながら、玉姫は訊いた。
「簡単な知能テストですよ。一時間もあれば終わります」
「……お前なぁ」
玲は静の悪癖に顔をしかめる。相手の能力が一定以上の水準でないと満足できない小原静は、出会った人間に必ず知能テストをやらせるのだ。
止めたいところだったが、止めると静が拗ねる。静が拗ねると業務に支障が出る。ダイナソアの運営は個人の才能に左右されているのだ。
「れーくんはこれ、何点だった?」
玉姫が嫌がるそぶりを見せなかったため、結局玲はテストを止めないことにした。
「498。確か暗号の解読みたいな問題でミスったんだよな」
難易度が一つだけ異常だった覚えがある。まず問題の意味さえよく分からなかった。
「あの問題は自信作ですからね! そう簡単に解かれちゃ困ります」
「結構難しいテストなのか?」
「満点とれたのは私以外だと副団長だけですね。次点が団長の498点」
他の団員で高得点を取れているのはパノラマくらい。見事に幹部だけだ。
「300点あれば普通かなぁって感じです。気負わずやってくださいね」
静曰く、250点が人としてみなせるボーダーらしい。IQでいうと120ほど。ダイナソアの平均IQとほぼ一致する値だ。
「頭の回転を見るテストなので、知識の面で不利になったりするようなことはないです。がんばってくださいね」
「やるだけやってみる!」
店員が空の食器を片付けたところで、玉姫は勢いよくページをめくった。静はPDAで時間を計測し始める。することがない玲は後ろから玉姫を見守ることにした。
出だしは好調。玉姫は問題をほとんど一瞥しただけですらすらと回答していく。マンガを読むのも早かった辺り、読解力は極めて高いのだろう。
途中、何度かつまりながらも、基本は順調に玉姫は問題集を進めていった。
そして最終問題。玲が手も足も出なかった設問に、玉姫もまたペンを置いた。
「……………………使われてるアルゴリズムは四つ…………いや、五つ。総当たりは無理だな……」
玉姫は目をつむり、人差し指を額に当てて三分間考え込み。
「……よし」
まなじりを決して、回答する。
「十三分三十八秒……早いですね」
PDAのストップウォッチを止めて、静は感嘆したように呟いた。
「さぁて、それじゃあ答え合わせといきましょうか」
静は問題集を手に取ると、ぱらぱらとめくって回答を確認していく。
「……後ろから見てた感じ、満点な気がするんだが、どうだ?」
「……満点です!」
「やった! 嬉しい!」
玉姫は立ち上がってガッツポーズをした。静も興奮気味に拍手をする。
「すっごいですね玉姫さん! 最終問題は二十世紀で使用された暗号のミックスに私がアレンジを加えたものなんですよ! それを三分と六秒で解いてしまうなんて! 天才的です!」
「もしかして最短記録か?」
「最後の問題は間違いなく最短記録です! でも、全問通しての記録だと、残念ながら副団長の十一分六秒が一番早いです」
さもありなん。フィールハイトは未来予知じみた演算能力を持つ。これと、異常なまでの当て勘の良さが、フィールハイトを世界屈指の狙撃手たらしめる理由なのだ。
「へぇ、フィーさんはとてもすごいんだな!」
「お前も十分すげぇよ」
少なくともダイナソアでは三指に入る。クルセイドに乗せたらエースになれるのではないかと、玲は思った。
「私、玉姫さんに興味がわきました! もっともっと調べてみていいですか?」
静は目をきらきらさせて、玉姫の手をきゅっと握った。
「いいぞ!」
「おいおい、いくらなんでもそりゃ迷惑かけすぎ……」
暴走しかけている静を、玲がいさめようとした、まさにその時。
『レイ、アルゴメイサの残党が網にかかりました』
PDAに、フィールハイトからの連絡が入った。
「…………」
『これから負け犬どもに身の程を教えてやるのですが、貴方も来ますか?』
「……行く」
どうやら、玉姫を静に預けるしかないようだった。
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