「集まってもらったのは他でもねぇ」

 マストリヒシアンの中層部にある第一会議室。こじんまりとしたその部屋に、ダイナソアの最高幹部、すなわち玲、フィールハイト、静、パノラマが、テーブルの四方を囲んで集結していた。


「さて、お前らに集まってもらったのは他でもねぇ」


 三人と同じく飾り気のないオフィスチェアに腰かける玲は、用意してきた資料を皆に手渡してから、議題について語り始める。


「アルゴメイサを壊滅させてジャスミンを無力化できたのはいいが……その裏で、禁断領域の存在が動いてたとわかった」玲は殺意を瞳に宿らせて、宣言する。「目的が何なのかは知らねぇが、アルゴメイサをけしかけてきた時点でお友達路線はねぇ。潰すぞ」

「え? ちょっと待ってください団長、ジャスミンぶっ殺してないんですか?」


 静は目を丸くして玲に尋ねた。


「その辺りの経緯はPDAに送っただろ。連絡見てねぇのか」

「起きてからやることいっぱいあったんですいません。ふわぁ……」


 静は全然反省してなさそうに欠伸をした。


「殺したかったがどっかの誰かが庇ったせいで殺し損ねたんだよ。挙句その誰かがジャスミンを養子にしやがったんでもう下手に殺せねぇ」


 玲は恨みたっぷりに、向かって右側のフィールハイトを見る。さりげなく玉姫を棚に上げるのはご愛嬌だ。


「一体誰でしょうね?」


 フィールハイトはすっとぼけた。玲は露骨にイラッとした。


「ぶっ飛ばすぞ」


 会議を始めて一分も経たずに険悪になった二人を見て、静が慌てて仲裁に入る。


「こんなくだらないことでケンカしないでくださいよーもー! パノさんも傍観してないで何か言ってください!」


 パノラマは神妙に首を振った。


「大変恐縮ですが、責任を取りたくありませんので……」

「クソですか!」


 玲とフィールハイトがやり合っている時は苦労人ポジションに収まることが多い静なのであった。


「もう付き合ってられないです! というか私も言っときたいことあったんで言いますね! 特異物の効果が落ちてます! 以上!」


 なかばやけっぱちに告げられた、その一言の衝撃に、玲もフィールハイトも固まっ

た。


「……効果が落ちてる?」

「です」


 静は大きく頷いて、空中投影ディスプレイに折れ線グラフといくつかの画像を表示する。


「こんな感じで、液体記憶アメジストが生成する完全浄水の量は減少の一途です。完全浄水が入っている瓶も、うっすらと輪郭が見えるようになってます。このペースだと、どちらも遅くとも三日で完全に特異性を喪失するかと」


 玲は腕を組んで唸った。


「禁断領域から出したら時間経過で劣化するのか?」

「わかりません。原理すら分かんないですしね」

「これについては玉姫も知らねぇんだろうなぁ……」


 知っていたら前もって言っているだろう。


「静、残ってる液体記憶アメジストを全部プラチナの生産に回してくれ。効果が無くなる前に作るだけ作っとく」


「はいはーい」

「また一つ悪材料が増えたな……」


 これが一様に再現性がある現象だとするとあまりよろしくない。玲は顔を曇らせ、腕を組んだ。


「一つ、現状の好材料をあげるならば、アルゴメイサを滅ぼしたことで東南アジアの情勢が比較的安定したということですね。しばらくはダイナソアに攻撃を仕掛けてくる勢力もないでしょう」

「まぁな」


 アルゴメイサなき今、東南アジアでダイナソアに対抗しうる勢力は、北欧連合の傀儡である【統一ベトナム解放民族戦線】だけ。しかし彼らは、北欧連合が目の敵にしているユーア人勢力に対しては同様に苛烈であるものの、それ以外には比較的柔軟な対応を見せる。ユーア人が一切いないダイナソアに対しては友好的でさえあるのだ。世界情勢そのものは相変わらず予断を許さない状況だが、とりあえずダイナソアには差し迫った危機はない。禁断領域の問題さえなければ、大東亜生存圏の成立が見えてきたと喜んでいたことだろう。


「……話がずれ過ぎたな。いったん戻すぜ。ジャスミン曰く、裏で暗躍してた禁断領域の女はサクリファイスと名乗ったらしい」

「身長165cmの東洋系。長い銀髪の、眉目秀麗で蠱惑的な女だそうですよ。アルゴメイサもかなりの資金を投入して捜索していたようですが、手掛かりの一つさえ得られなかったそうです」


 フィールハイトはジャスミンからさらに聞き出していた情報を付け加えた。


「禁断領域のサクリファイスってやつには俺も一度出会ってる。静、昨日送ったデータは見たか?」

「ごめんなさーい」


 案の定だった。まぁ、実際に暇がなかったのだろうし仕方ないといえば仕方ない。


「これが、俺に奇襲をかけてきた、【嘲笑するサクリファイス】だ」


 玲は、空中投影ディスプレイにサクリファイスの姿を映し出す。


「うわぁ、気持ち悪いですね」


 静は顔を歪ませて露骨に引いていた。実際、生理的嫌悪感を感じさせるフォルムであることは間違いない。


「瞬間移動能力を持ち、クルセイドの装甲を容易に破壊する怪物だ。前に工場地帯から出てきた連中より危険度が高い」

「レイ、貴方はジャスミンを誑かした女の正体がコレだと言うのですか?」

「玉姫もわからんつってたし、どうだろうなぁ」


 ジャスミンの語った内容を丸ごと信じたわけではないし、女が名乗った名前が本当のものだとも限らない。だが、否定するほどの材料もないのだ。


「とにかく、何もかもの情報が足りねぇ。何がどうなってんのかさっぱりわからん」ここで玲は、フィールハイト、パノラマ、静の目を、それぞれ見た。「だから俺は、ダイナソアの早急な禁断領域進出を提案したい」


 発生している問題についてのさらなる情報を得るためには現地へ赴くほかない。それに、ダイナソアの『この先』を考えるなら禁断領域への進出は必須だ。遅かれ早かれ行くことになるならば早いに越したことはないだろう……といった内容を、玲は熱意をもって三人に語った。

「リスキーでしょう。まず情報収集に努めるのが先決では?」


 急がば回るタイプのフィールハイトに、拙速は巧遅に如かずを地で行く玲は首を振る。


「サクリファイスは既に動いてる。それに、玉姫のガイドがあれば不測のトラブル以外は何とかなる」

「私、玉姫さんと直接お話ししたことないんですよねー」


 静はすごくどうでもいい呟きを漏らした。玲は構わずPDAを操作。収集しておいた遺跡内部のデータを表示する。


「遺跡から禁断領域までの広大な通路。ここに物資を運びこんで橋頭堡を作りたい。面白モンスターが色々うようよしてるが、まぁ玉姫の情報があればどうにかなるだろ。死ぬほど厄介なのがサクリファイスだ。これは、橋頭堡を作る前に、なにがなんでも討伐する」


 ジャスミンを裏で操ったサクリファイスがあの怪物と同一存在かは知らないが、ひたすらに邪魔だし個人的な恨みもある。討伐しない理由はなかった。


「うっへー。団長を撃破した怪物と戦うなんてー」


 静はテーブルに倒れ込んでぐっと腕を伸ばした。


「あんなのとまともにやり合う気はねぇよ。玉姫から情報聞いて、ハメ殺せる準備を整えてからやるさ。……どんなバケモノだろうが、死ぬまで殺せば死ぬだろ」

「身も蓋もありませんね」

「……ところで玲様。実行はいつ頃でしょうか」


 発言に責任を持ちたくないからかひたすらに沈黙を守っていたパノラマが、玲に尋ねた。玲は即答せず、静の方を向いた。


「静、レールガンの完成はいつごろを予定してる?」

「へ? え、ええと、とりあえず一か月をみてます」

「んじゃあ一か月後にするか」


 そのあまりにも適当な決め方に、ぱちぱちと静は瞬きした。


「意外ですね。てっきり明日とでも言うのかと思っていました」

「ぶっちゃけそうしたい気持ちもあるが……俺たちは今、注目を集めてる可能性が高い」


 プロキオンの破壊が上手くいき過ぎた。列強がいくら戦争に夢中だといっても、戦略級兵器が一晩で跡形もなく消滅する異常事態をスルーするわけがない。


「下手に動いて禁断領域の存在が列強連中にばれたら最悪だ。あっちへ行く前に大型レールガンの建造でお茶を濁しておきたい」


 禁断領域に纏わる出来事について、微塵も気付かれていないと思うのは楽観的に過ぎるだろう。列強はそこまで間抜けではない。しかし、既に禁断領域の異常性に気付かれていると思うのも悲観的に過ぎる。列強はそこまでロマンチストではない。


 何か不思議なことが起こったとは気付いているが、それが何なのかはわからず、ダイナソアほどには重要だと認識していない。現実的な予想はこんなところだろうか。


「つーわけでフィー。一か月、ダイナソアの運営を任せていいか」


 玲は自身の土俵に敵を引きずり込む手腕に長け、戦いの主導権を握ると強いが、自分のペースで戦えないと調子を崩しがち。列強の注目をうまく躱しつつ、サクリファイスの暗躍に備えながら、禁断領域への侵攻準備を整えなければならないという状況なら、フィールハイトの方が組織の運営に向いているのだった。


「了解。どうにかうまくやりますよ」


 玲は頷き、残る二人の顔を見た。


「お前らも異論ないか?」

「異議なーしです」

「御心のままに」


 幹部の賛同を得られた玲は、満足したように頷いた。


「さて、禁断領域への具体的な入り方は追々考えるとして、何か言いたいことある奴はいるか?」

「では」


 フィールハイトが手を挙げた。


「旧アルゴメイサ領の占領政策ですが、いつもの通り、税収と引き換えに自治権を与えてよろしいでしょうか」


 ダイナソアは大東亜生存圏の確立にしか興味がない。そしてその大東亜生存圏も最終的に上手く機能すればそれだけで十分だと思っているため、支配地域にはかなりフレキシブルに対応している。ダイナソアに不利な行動をしないよう釘だけ刺して、あとはほとんど放任。敵対さえしなければ部分的な独立さえ普通に見逃すほどだ。


 このダイナソアの統治方針は、支配地域にはかなり好意的に見られている。他の勢力のほとんどが支配地域に対しかなり苛烈な政策をとっていることもあって、抵抗しようとする団体はほとんど現れないのが常だった。


「まぁ、アルゴメイサの支配地域に対する態度は控え目に言ってカスだったしな。いつも通りで特に問題は起こらないだろ。強いて言うなら食料の安定供給は確約してやった方がいいかもな。去年の餓死祭は多分トラウマになってる。そこをケアしてやればそうそうパルチザンは出て来ねぇ。各種過激派までは知らねぇけどな」

「そうですね」


 昨年の十月頃、アルゴメイサはダイナソアとの戦争に備え、支配地域に対し徹底的な収奪を行った。その結果発生した大飢餓は、一説には百万人を餓死させたといわれている。


「……つーかあれ、お前が保護してる奴が主犯だぞ。始末した方がいいんじゃねぇか」


 玲のストレートなあてつけに、フィールハイトはやれやれと首を振った。


「あの子はまだ子供です。多少、失敗することもありますよ」


 その『多少』でどれだけの人間が骨と皮だけなったのか、知らないフィールハイトでもあるまいに。子供に甘すぎるのは一生治らねぇんだろうな、と玲はため息を吐いた。


「ああ、そういえば、抑留しているアルゴメイサの捕虜はどうします?」

「労働用にいくらか残して、あとは海にでも棄てとけ。お魚さんも大喜びだろ」


 しかし、玲も人の事を言えるような性格ではないのだった。

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