「飛んで火に入ったな」
ガレージの中は静まり返っていた。
「静、どうだ?」
玲は、ディノニクスの足元で呆然と立ち尽くしていた静に声をかけた。時刻は23時58分。約束の時間まで二分前だ。
「だ、だ、団長……」
静は、ふらり、ふらり、と、死にかけたフラミンゴのような足取りで近付いてくる。
「…………や、約束は守ってね」
そして、玲にそれだけ言って、ふにゃりと崩れ落ちた。
玲は慌てて抱き起したが、すやすやとした寝息を聞いて苦笑した。
よく見れば、そこかしこで整備兵が寝転んだりうずくまったりしている。皆々疲労困憊の様子だ。
「お前らにも無理言って悪かったな。明日はゆっくり休んでくれ」
ねぎらって、玲はディノニクスへと乗り込み、日付が変わると同時に発進する。
「パノラマ、聞こえるか」
300キロメートル進んだ地点で、玲は友軍機に暗号通信を送った。
『はい、玲様』
すぐさま、男の声が応答した。
「頼んどいた件、上手くやってくれたか?」
玲はディノニクスを森の中に降下させ、森の木と闇の中に潜んでいたガンドッグ・ダイナソアカスタムと予定通りに落ち合う。
『無論ですよ。貴方の命令を遂行できなければボクに価値はありません。ボクは貴方の奴隷ですから』
「最高に誤解を招きそうなセリフはやめろ」
玲は部下の放言をたしなめた。
コードネーム、パノラマ・マクガレン。玲直属の特殊工作員。フィールハイトや静に続くほどの優秀さでありながら、ある意味でダイナソア最悪とも呼ばれる男だ。
合流した二機は、音も光も出さない隠密モードで闇夜の中を進む。
目指すは機動城塞【プロキオン】。アルゴメイサのフラグシップにして、動く本拠。
「まさか、パーティやって数時間で奇襲かけてくるとはさすがの麻薬女王も予想できねぇだろ」
不確定要素はあるが、どの道この程度の賭けにも勝てないようでは玲に未来はない。……それに手段がいくら変わろうとも、やること自体はいつでも変わらないのだ。
「皆殺しにしてやる」
敵の斥候を殺害したことについて報告するため、司令官のテントへ訪れると、例の花嫁、ミロスラヴァがテーブルで図鑑を読んでいた。
『男の子なんだって。お腹の子』
玲が出直そうとしたところで、聞いてもいないのに語り始める。
『……だから図鑑読んでんのか』
無視すると反応するまで食い下がってくることを嫌というほど教えられた玲は、半ば諦め気味に会話へ乗った。
『そう。男の子は図鑑好きってよく聞くしね。虫のと車のは読んだから、今は恐竜』
彼女はぺラリとページをめくった。
『恐竜って面白いよね。映画の怪獣みたいな見た目してるのに、本当に居たんだもん』
恐竜の知識がほとんどなかった玲は、ほんの少しだけ気になって、後ろから覗いてみる。
見開きに描かれていたのは、大きなトカゲのような怪獣と、盾のような頭の怪獣のにらみ合いだった。
『……!』
少なからず、衝撃を受けた。悪意と憎悪ばかりが連鎖するこの腐った地球にも、かつてはこれほど雄大な生き物が暮らしていたのか。
玲は胸の奥に熱を感じた。万事に価値も興味も見いだせなかった玲が、初めて感じた興奮だった。
『玲君も興味ある?』
ミロスラヴァはにんまりと笑った。
『……………』
なんだか負けたような気分がした。だが、胸の奥の熱は裏切れない。
『………ある』
『なら、一緒に読もう?』
言って、ミロスラヴァは図鑑をめくっていく。玲は言葉ひとつ発さずそれを見つめた。
ヴェロキラプトル、イグアノドン、モササウルスにプテラノドン、スピノサウルス……多種多様な恐竜を見る度に、玲の心は躍る。それは爪と牙を持つ浪漫――こんな感情は知らなかった。
『こういうものを、家族と一緒に読む時間が、子供にとっては大事だと思うんだよね』
ミロスラヴァは穏やかな顔で呟いた。人の事を言えた義理ではないかもしれないが……彼女自身まだ子供と呼ばれる年齢なのに、随分と達観しているものだと思う。
『あ……ごめん。少し、無神経だったかな』
何かを勘違いしたのか、あるいは玲の境遇を考えたのか、ミロスラヴァは寂しそうな顔をして謝った。
『別に何も思ってねぇよ』
それはただの本心。もはや顔も覚えていないような連中と共に過ごす時間が大事なんて、玲は思っていないのだ。
『……あ』
そこで、ミロスラヴァは何か閃いたように眉を上げた。玲はひたすらに憂鬱になる。ああ、こういう顔をしている時は、大体ろくでもない発言が飛び出すのだ。
『そうだ! 玲くんには特別に、私をお姉ちゃんと呼ぶ権利をあげよう』
案の定出てきたのは意味不明極まりない言葉だった。玲はため息を吐きながら首を振る。
『いらねぇよそんなもん』
『そんなー!』
…………。
『玲様、そろそろ目的地です。……玲様?』
「……ああ、悪い。昔のこと考えてた」
過去にぼんやりと思いを馳せていた玲は、パノラマの声で現実に引き戻された。
恐竜大辞典のことを未練がましく悶々と考えていたら、いつの間にか恐竜好きになった原因にまで思考が遡ってしまっていた。呆れるほどの油断。サクリファイスから受けたダメージと、パーティの余韻が抜けきっていないのかもしれない。
アルゴメイサ勢力圏外周ギリギリで、玲とパノラマはクルセイドを着地させる。
パノラマのガンドッグが手に持っていた超望遠カメラをその場に設置し始める。玲はクルセイドから降りた。停止させておけば察知される可能性が格段に減るからだ。
カメラの設置を終えて、パノラマも機体から降りる。アタッシュケースを携えた、眼鏡をかけたスーツ姿の、エリートサラリーマンのような男だった。
「玲様。カメラの準備が整いました」
「ああ」
パノラマが超望遠カメラの映像を空中投影ディスプレイに映し出す。映っていたのはアルゴメイサの機動城塞プロキオンだ。
マストリヒシアンと同じく四脚タイプであり、乗員の数もさほど変わらない。だが、麻薬で得られた莫大な金にあかせて、強力な武装がこれでもかと搭載されているため戦闘能力はマストリヒシアンを遥かに上回る。超大口径レールガンが完成しても総合力ではまだ劣るだろう。マストリヒシアンは軍需工場に内部スペースを割いていることもあって機動城塞の中でもかなり弱い分類に入る。
だからこそ。玲は禁断領域の恩恵という反則を使うのだ。
「最終確認だ。二度手間になるが、状況を報告してくれ」
玲が遺跡に突っ込んだことでてんやわんやになっていたダイナソアだが、アルゴメイサに潜り込んで工作を行っていたパノラマはその影響を受けず、アルゴメイサについて誰よりも詳細な情報を掴んでいる。ディノニクスに転送させたデータには目を通していたが、やはり口頭でも聞いておきたい玲なのであった。
「本日未明にジャスミン・クローバーが帰還してから、アルゴメイサは秘密裏に【ベレンゲル・コンツェルン】および【WWアサルト】に大量の兵器を発注しています。同時に支配地域からの収奪も激化。おそらくは完全浄水を手に入れたことで強気になっているのだと思われます」
ベレンゲル・コンツェルンとWWアサルトは、軍事企業の側面を持つ列強だ。現在の世界大戦である、第四次ユーア戦争と呼ばれる戦いに中立の立場をとりながら、呆れるほどに誰にでも分け隔てなく武器を売りまくっている。ベレンゲル・コンツェルンの主力製品であるガンドッグがあっちでもこっちでも戦っている光景を見るたびに、玲は死の商人の何たるかというものを感じるのだった。
「それだけじゃねぇだろ。俺が禁断領域からヤベェもの持ち帰る可能性を危惧してるんだろうぜ。だから方針転換して、早期決着を望んでるんだ」
その予想は完全に当たっていたが対応が遅い。だから今から死ぬことになるのだ。
「続けてくれ」
「プロキオンへの物資搬入を利用して、あらかじめ買収しておいた業者と輸送科の隊員を使い、1kgのSIT-7プラスチック爆弾で覆った【キャンディ】を紛れ込ませました。SIT-7に埋め込んだ発信器によると、現在、キャンディはプロキオンの中層部にある食糧倉庫に搬入されています」
キャンディとは、禁断領域で得られた翡翠色の玉の秘匿名。玲は、手に入れたばかりの、効果すら定かではないこれを使って、アルゴメイサを完膚なきまでに滅ぼすつもりでいた。
ちなみに、キャンディの使用自体は禁断領域からの帰還後に決定したことだが、物資搬入を利用した攻撃自体はアルゴメイサとの決戦に備えて半年前から準備していた作戦だ。極めて重厚な装甲を持つ自律城塞に外部からダメージを与えるのはかなりの労力を伴う――エーテルの登場によって核兵器への対策が充実し、今では核兵器も必殺の兵器ではなくなっている――ため、内部から崩すべく用意を進めさせていたのだ。『担当者の方には快く裏切っていただけました』とはパノラマ談。おおかた、弱みを握った上で子供辺りを人質にとったのだろう。
禁断領域の特異物について知識を有しているジャスミンは、当然、この手の攻撃をひどく警戒しているだろうが、さすがにかけた時間が違う。一朝一夕での発覚はまずないはずだ。
「いつでも起爆できる状態か?」
「お望みであれば、今すぐにでも起爆しますが」
パノラマはアタッシュケースから電卓にも似た起爆装置を取り出し、パスワードを打ち込んで起爆の準備を整えた。
「よし」
玲は頷き、指示を出す。
「予定通り、マルヒトマルマルにキャンディを爆破。その後、効果を見てプランを選択する。特異物の実験も兼ねた作戦だ、データ収集は頼むぜ」
「お任せください」
パノラマは慇懃に頷いてから、祈るようにひれ伏した。
「玲様。いつものお言葉を」
「お前も飽きないな」
玲は苦笑してから、お決まりの口上を述べる。
「あー……この一件に関しては、指導者の俺が全ての責任を持つ。お前は、この命令に従ったことで発生するあらゆる結果に対して一切の責任を負う必要がない。……これでいいか?」
「最高です。感謝いたします、玲様」
陶酔しきった顔で、パノラマは玲に再び平伏した。
玲の名の元に、玲の責任で、人権侵害をすることに快感を覚える異常者。それがパノラマだ。
「別に一々言わねぇでもいいだろこんなもん。部下のやったことに責任を持つのは、上司の当たり前の役目だ」
「それでも口に出していただきたいものなのです。そのお言葉さえあれば、ボクはこの命さえも喜んで捨てられます」
人権侵害は取り返しがつかなければつかないほどいいという救いようのない男だが、その忠誠心は――奇形ではあるものの――本物。フィールハイト含む少なくないダイナソア団員に忌避されながらも、パノラマが玲の片腕の地位を追われていないのは、それが理由だった。
しばし、時が過ぎるのを待つ。
そして、時が来た。
「マルヒトマルマルだ。ぶち殺せ」
「はい」
パノラマが、何の躊躇いもなく起爆スイッチを押しこむ。
劇的だった。
露天部分の構造物を雲の向こうまで吹き飛ばし、猛烈な勢いで黒煙が吹き上がった。
コールタールがそのまま気体になったような、重さと粘り気を感じさせる黒いガスは、間欠泉のように空を目指した後重力に引かれ、その膨大な体積でプロキオンを包み込み、大地まで侵食する。
玉姫の言うとおり、キャンディから発生する猛毒には物質を溶かす作用があるようで、クルセイドの攻撃を難なく跳ね返す機動城塞の多重複合装甲が、温められたチョコレートのように融解し溶解しとろけて落ちる。ガスが触れた地上もドロドロの液状になっていた。この毒について、大抵の生き物は一呼吸で即死すると玉姫は言ったが、こんなもの一呼吸どころか肌に触れるだけで終わりだろう。
プロキオンの関節部が傷みに耐え切れなくなり、右前方の脚部が分離する。足の一つを失ったことで重心が崩れ崩壊はさらに加速。左前方の脚部も外れ、前のめりに倒れる。大質量の墜落によって土煙が噴き上がる。その衝撃で、ついにすべての脚部がプロキオンから離れた。
氷が融けるかのごとくプロキオンは原型を失っていき……煙が収まるころには、完全武装した機動城塞の姿はもはやどこにもなく、湖のように凹凸ひとつない平坦な地平があるだけだった。
「…………素晴らしい」
パノラマが、感極まったような声で呟く。
わずか三分。三分で、何年間も目の上のたんこぶだった巨大兵器が、呆気なく、冗談のように呆気なく、文字通り消えてなくなった。
「こんなものを山ほどぶら下げたサンショウウオが群れでいたのかよ……」
あのサンショウウオに対して、もしも下手な行動を持っていたら、キャンディが数百個単位で爆裂していたのだ。想像すらつかない話だった。
ともあれ。
「さて、プランAだ。行ってくる」
最後まで油断なくアルゴメイサを詰めきるため、玲はディノニクスを飛び立たせた。
「さ、て、と。普通は全滅してるだろうが……」
玲は融け去ったプロキオン跡地を俯瞰できる位置にディノニクスを向かわせる。
単眼カメラがプロキオンの残滓を見つめる。玲は、ジャスミンという女を過小評価していない。玲の奇襲を警戒してガンドッグの中で生活をするくらいは普通にやりかねない。生き残っている可能性も、十分にあるだろう。
そして、その予想はすぐに裏付けられた。
物音一つ立てず、ディノニクスのコクピットへ見えない刃が突き立ったのだ。
「――言いましたよね~? 次会ったら殺すって~」
完全浄水によって、不可視どころか不可知の領域に踏み込んだガンドッグ。そのスピーカーから響いたのは冷徹な声。だが、その裏にある憎悪は隠しきれていなかった。
「…………飛んで火に入ったな。バカが!」
そしてディノニクスは、認識できない敵機に組み付いた。
損傷したコクピットの奥に、玲の姿は、ない。
「なっ!?」
そのとき躍り出たのはガンドッグ・ダイナソアカスタム。数十秒程度クルセイドの探知を欺けるステルス・カスタマイズを施された特別仕様。搭乗者は、黒峰玲。
脳波を検知して動くディノニクスは、外部からでもある程度は玲の意に従って動ける。それを利用して、玲はディノニクスを囮に使い、自身はガンドッグに搭乗して、ジャスミンが罠にかかるのを舌なめずりして待っていたのだ。
「どうして……どうしてっ!」
予期せぬ事態に激高しながら叫ぶジャスミン。玲は作戦説明の際パノラマに語った内容を思い出す。
『武器は高振動カーボンナイフ一択。一撃で仕留められる得物じゃねぇと俺に逃げられるからな。攻撃箇所はコクピット。これについては言わずもがな。勿論、ただの予想で、当たる確信なんてさらさらねぇが、失敗してもリスクがすくねぇ、分のいい賭けだ』
キャンディで死んでくれていれば御の字。釣れなかったり、堅実に遠距離から攻めてきたりしても、逃げればいいだけ。かかればラッキー程度の罠でしかなかった。
だが、かかった以上は絶対に逃がさない。
「死ね」
玲はエーテルライフルの引き金を引いた。いくら認識が不可能でも、場所を固定されてしまえばただの的。ディノニクスの強力な膂力によって捕らわれたジャスミン機は、至近距離からのエーテル弾連射を受ける。
およそ十秒。およそ1500発の直撃は、ガンドッグの装甲を跡形もなく粉砕するには十分過ぎる。
「……手ごたえがねぇ」
だが、射撃を終えた玲はいぶかしげに目を細めた。
殺人を生業とする者にはなんとなくわかる、人を殺した手ごたえ。それがなかったのだ。
「ベイルアウトしたか、しぶといにもほどがあるな……」
『御心配には及びません、玲様』
苛立った顔をしていた玲の元に、パノラマからの通信が入った。
『コクピットブロック落下の痕跡を頼りに、たった今、ジャスミン・クローバーを撃破しました。まだ、生きてはいますけれどね』
万一に備え別のガンドッグを用意し待機していたパノラマは、玲に映像を送った。
コクピットブロックの落下とエーテルライフルによる銃撃で、ズタズタに抉れた大地に、大怪我をしたジャスミンが転がっていた。
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