「……さて」


 マストリヒシアン、上層部居住区画第一社交室。ダイナソアでの催し物は、マストリヒシアン内で最大の面積を誇るこの部屋で行われることがほとんどである。例にもれず、玉姫歓迎パーティの会場もここだった。


 パーティの第一回目には、基本的にダイナソアの主要人物が集まる。花形部門であるクルセイドプレイヤーや、軍における左官・将官相当――ダイナソアは所詮民間の武装組織なので階級制度がそこまで厳密ではない――の団員、将来を渇望される若きエリート……などなど。数もそこまで多くはなく、千人いない程度だ。


「はい! それでは第一回玉姫さん歓迎パーティを始めたいと思います!」


 司会を買って出た女性団員が、てきぱきと場を仕切る。


「ではまず、団長と玉姫さんからそれぞれお言葉を頂戴したいと思います! どうぞ!」

「玉姫だ! よろしくな!」


 マイクを渡された玉姫は、それだけ言ってマイクを返した。その視線は会場に並べられた色とりどりの食べ物をロックオンし続けている。


「玉姫さんありがとうございました! それでは団長、お願いします!」


 玲はマイクを受け取った。とはいえ、こんな場で、長々とした前口上を聞きたい人間など一人もいない。玲は簡単に済ませることにした。


「まどろっこしいのはナシだ。派手に楽しもう」




 食事はビッフェスタイルだった。和、洋、中をバランスよく取りそろえた料理は、どれも一流の食材をふんだんに使用した超一級品。耕作人口の著しい減少や環境汚染によって食糧難が深刻化している現在、これだけの料理をすぐに用意するというのは容易くない。かつての国家に匹敵するだけの力を持っているダイナソアだからこそできることだ。


「ウィスキーは樽ごと持ってこいよ。すぐ無くなるぞ」


 玲は霜降りステーキを皿に取りながら、ウェイターにアドバイスする。男女比率は半々といえど、いずれも殺し合いに身を置く荒くれ共。お上品にいくわけなどない。樽で置いておくくらいの大雑把さで丁度いいのだ。


「どれもこれもとても美味しそうだ!」


 玉姫は片っ端から食べ物を皿に盛っていた。大皿は既に食べ物が山盛りだが、玉姫は驚くほどの器用さで更に盛る。……どこまでいけるのか見たい気もしたが、落としでもしたら大惨事なので、玲は玉姫に盛り付けを切り上げさせ、二人のテーブルへ戻る。


「いただきまーす!」


 玉姫はなんと素手で肉をつかんでかぶりついた。弾けるような笑顔だった。

 つられるように玲もフォークを手にして断面が鮮やかなステーキを口へ運ぶ。


「美味いなこれ」


 霜降りだけあって脂の量は多い。しかし、肉の質がいいのかしつこくない。溢れる肉汁もさらりとしていて、いくら食べても胸焼けしないように思える。


「はぐはぐはぐはぐはぐ、んぐ!」


 素手で料理をがっついていた玉姫が、喉を詰まらせて胸をドンドンと叩く。オレンジジュースの入ったコップを玲が手渡すと、物凄い勢いで一気に流し込む。


「んく、んく、んく……ぷはぁ。はぐはぐはぐはぐはぐ!」


 そして、また手づかみで肉を食べ始める。可憐な見た目に似合わない野獣のような食べっぷりだ。


「あ! フォーク使うの忘れてた!」


 玉姫は油とソースまみれになった手を布巾で拭き、フォークを持つ。両手に。そして、交互に食べ物を口へと運ぶ。そんな玉姫を何となしに観察しながら、玲も無言で食事に舌鼓を打つ。積極的に採りはしないが、別に美味しい食事が嫌いなわけではないのだ。


「ふー……美味しいな」

「本当に美味しい! びっくりする!」


 頬一杯に料理を詰め込んだ玉姫が何度も頷いた。


「ねぇねぇれーくん、この変な卵焼きはなんだ?」

「卵寒天じゃねぇのか? よくわからんが」

「このグニグニするわっかは?」

「たぶんナマコだな」

「このキモイ魚は?」

「ワラスボの気がする」

「この白いふにゃふにゃは?」

「豚の脳だと思う」

「この臭くてしょっぱい魚卵は?」

「…………フグの卵巣の糠漬けか? つーかお前なんか変なもんばっか取ってきたな」


 そんな感じで食事をしていると、気付けば一時間が経っていた。


「さてさて。みなさんのお食事もひと段落すんだところで、今からビンゴ大会を行いまーす!」

「む!?」


 一心不乱に食べ続けていた玉姫は、そこで初めて食事の手を止め、目をきらりと光らせた。


「れーくん! ビンゴってあれだよな? 列が揃ったら当たりになるゲームだよな?」

「その認識で間違いはねぇな」


 司会は説明を続ける。


「ビンゴった人には、D、I、N、O、S、A、U、Rのアルファベットがそれぞれ書かれた八個の箱の中から一つを選んで開けて貰います! 中の写真に写っているのが景品です! 何が貰えるかはお楽しみ! ビンゴったからって油断は禁物です! さて、最初は一気にいきますよー!」


 司会がスイッチを押すと、ビンゴマシーンがクルクル回り出す。音と光の派手な演出が数秒間続き……ぽん、とボールが四つ転がり出た。


「8、17、66、4! まさか当たった人はいませんよね?」


 ビンゴを名乗り出た人間はいなかった。


「れーくん! れーくん!」


 玉姫が興奮気味に尻尾を振りながらビンゴカードを見せてくる。


「なぁなぁ! これはリーチなのか!?」

「ああ、リーチだな」


 右上から左下にかけて穴が開いている。22番の玉が出てくれば左下隅に穴が、開きめでたくビンゴになる。


「いないみたいなので続行しまーす! お次はー……77! ラッキーセブン二つ! これもいない!」

「22じゃない……」


 玉姫は険しい顔をした。ボールの数字が読み上げられるたび、耳と尻尾が跳ねたりしおれたり忙しい。リーチになってからが長いのがビンゴというものだ。


「92! ビンゴは……」

「はい!」

「おおっと、一人出たー!」


 七つ目が読み上げられたところで、ようやく一人がビンゴとなった。


「オウフwwwキタコレですなwww」


 玲もよく知るクルセイドプレイヤー、中佐である。まったく、見た目は洒落た遊び人風だというのに、よくここまで言葉づかいが悲惨になったものだと思う。


「俺TUEEEE! できるような感じのアイテムキボンヌ! そげぶして囚われのヒロインを助けたいでござるよ!」


 中佐は相変わらず意味不明なことを言いながら、壇上に上がってDの箱を空ける。

 出てきた写真に写っていたのは。


「高級便座カバーだあああああ!」


 二十三世紀となってはもはやデータベースでしかお目にかかれないような古代の遺物、便座カバーだった。


 ドッと笑い声が上がる。観客からの受けは上々。


「ちょw唐突なCLANNADネタやめろしwwwww」


 一方の中佐は、何かまた別のことで大ウケしていた。


「は……? すいません、ちょっと意味がわかんないです」


 予想していた反応とあまりに違ったためなのか、司会は困った顔をした。


「ダイナソア公認アニメのCLANNADを知らない……だ……と……!? くっ……早とちりをしてしまったようでござるな……失敬! ドヒューン」


 そして中佐は壇上から消えた……。


「れーくん、CLANNADっていうのはダイナソアの公認アニメなのか?」

「そもそもそれが何なのか俺には分からん」


 当然公認した覚えはなかった。


「次いきますよー!」


 何事もなかったかのように装置が回り、出てきたのは1番。そこで二人同時にビンゴが出た。


 IとUの箱が開けられ、出てきた写真は最新のマッサージチェアと携帯コンパクトクーラー。いずれも一万ドルは下らない代物。便座カバーとはなんだったのか。


「22番……」


 玉姫は左隅の番号をじっと見つめる。リーチになってから玉姫のカードは一つも穴が開いていない。ダブルリーチトリプルリーチも珍しくなくなってきた状態でシングルリーチというのはいささか不利だ。


 ……しかしまぁ。不利だと言っても、所詮は運ゲーなわけで。


「22番!」


 玉姫は落雷に打たれたかのように耳と尻尾の毛を逆立たせた。


「はいっ! はいはいはい! 玉姫のやつがビンゴになった! ほら!」


 大喜びの玉姫は、ビンゴになったカードを掲げながら、景品のところまで走って行った。


「おおっとここで主賓の登場! さすがに幸運を招きそうな見た目をしているだけはある! それではどの箱を選びますか?」

「R!」


 カパリと箱が開かれる。


 出てきた写真に写っていたのは、辞典のように厚い、複数の本だった。


「これは…………恐竜大辞典!!! 恐竜に纏わるありとあらゆる情報をきめ細やかに記した、全156巻の奇書! 二十二世紀の書籍であるため地味に入手しづらい逸品だ!」

「おおっ、なんだかすごそうだ!」

「な…………!」


 主賓にそんなもん渡すなよ……というしらけた空気の中で、玲は一人、絶大な衝撃を受けていた。


 恐竜大辞典。三年前の玲が欲しくて欲しくて堪らなかった希少本。何をどうやっても手に入らなかったので、最近は極力思い出さないようにしていたのだが……まさか、こんなところで、ビンゴの景品になっていたとは……。


「やったぁ! 受け取ったら読もう!」

「あ、あ……」


 躍るような足取りで戻ってきた玉姫に、玲はゾンビのような足取りで近付いた。


「ど、どうしたれーくん?」


 玲の変貌に、玉姫は若干引き気味だった。


「……その……本は……」

「……れーくん、これ、欲しいのか? どうしてもっていうなら、あげるぞ?」


 ならくれ。その一言を、玲はどうにか飲みこんだ。


「…………いや…………お前の……当てたものだからな……」

「そうか。言ってくれればいつでも読ませてあげるからな!」


 玉姫の優しさが胸にしみる玲だった。




 それからさらに一時間後。玲と玉姫は、唐突に始まった『抜き打ち隠し芸大会』を見ていた。


 舞台上では、中佐が自慢のパントマイムを披露していた。それなりに見ごたえがある演技だったが、毎度毎度同じパントマイムなので、からかい交じりの野次が飛ぶところまで含めて一種の様式美と化していた。


「すごい! 本当に物があるみたいだ!」


 しかし初見の玉姫は本当にわくわくとした目でパントマイムを見守っていた。


「完全浄水で物を隠してるんじゃないかと疑ってしまうな!」

「普通は逆だけどな」


 なんとか恐竜大辞典ショックから抜け出した玲は、至極真っ当なことを言った。

 視線の先では、酒がまわり過ぎた酔っぱらいたちの投げつける無数のゴミを正確に弾き返す中佐が、平然とパントマイムを続けている。ただのパントマイムではなく、こちらを芸にした方がいいのではないかと玲は思った。


「ダイナソアは楽しいところだな!」

「いつもこんなことやってるわけじゃねぇけどな。だがまぁ……殺し合いなんてストレス溜まることやらせてるんだ。たまにはとことん楽しませてやらねぇと」


 と、その時、二十分間にも及ぶパントマイムがようやく終わった。


「中佐、パントマイム、ありがとうございました。いい加減別の覚えてくださいねー。それでは次にやりたい方いませんかー?」

「はい! 玉姫も隠し芸やりたい!」


 玉姫は勢いよく手を挙げた。


「頼むから雷は落とすなよ」

「そんなことしないぞ! れーくんは玉姫をあほだと思ってるのか?」


 ぷりぷりとしながらも司会に促されて舞台の上にあがった玉姫は、尻尾を巨大化させてくるくると体に巻くと、大きな金色の毛玉に変身した。


「少しくらいなら動けるぞ!」


 玉姫は毛玉状態のまま、飛んだり跳ねたり転がったりしてみせる。既に酒がかなり入っている荒くれたちは、わけのわからない歓声を上げる。大盛り上がりだ。


「……ハハ」


 思わず玲も笑みをこぼした。




 上層部居住区画第三客室はマストリヒシアンで用意出来る最上のスイートルームだ。安全上の問題で窓はないが、その代わりに部屋の半分が巨大な水槽と面している。美しく稀少な熱帯魚たちが澄んだ水の中を遊ぶように泳ぐ光景は、所謂百万ドルの夜景にも負けはしない。


「おお! これがベッドか! ふかふかだな!」


 柔らかく暖かな間接照明が、質の良い調度品の数々をほのかに照らす室内で、寝間着に着替えた玉姫はメイキングの済んだ上質なベッドにダイブした。


「お前の尻尾には負けそうだがな」


 玉姫を部屋に送り届けた玲は、お世辞のような本音を呟いた。玲は玉姫の尻尾の感触をかなり気に入っていたのだ。


「この中に入ればいいんだな!」


 ベッドの感触を両手で押して確かめてから、玉姫は毛布をめくった。ドレスを着る時に体を洗われているので後は寝るだけである。


「雲の中にいるみたいだ!」


 毛布から首だけを出して、玉姫はご満悦だ。


「慣れねぇ環境で疲れただろ。ゆっくり休んでくれ」

「れーくんはここで眠らないのか?」


 玲がここで寝るものだと信じ切っていたように玉姫は言った。


「まさか。残りの仕事を片付けてから部屋で休むよ」

「そうなのか」


 なぜか、玉姫はベッドの中でそわそわとしていた。


「落ち着かないか?」

「なんだか、まだパーティが終わってないみたいな気分だ」

「まぁ、終わったばっかだしな。眠れるまで、話し相手くらいにはなるぜ」


 そう言って、玲はベッドの縁に腰かける。上質なマットレスが体重を静かに受け止めた。


「……ありがとう」


 玉姫はかすかに笑った。幼い見た目からは想像できないほど大人びた笑顔だった。


「今日は楽しかった。本当に楽しかった」

「そこまで言ってもらえれば、こっちもやったかいがあったってもんだ」

「やっぱり、一人はあんまり楽しくないからなぁ……」


 玉姫は寂しそうに、ぽつりと呟いた。


 考えてみれば、記憶もなにもない状態で、広い大地に一人ぼっちだったのだ。 自分が何なのかさえも分からない不安と、絶対的な孤独。いくら気丈な少女であっても、辛くないわけがない。……もしかすれば、地上に出てきて人の侵入を防いでいたのも、寂しさを紛らわせるためだったのかもしれなかった。


「ねぇれーくん。玉姫はいつまでここにいていいんだ?」


 玉姫は隣に腰かける玲へ、憂いを帯びた目で尋ねた。


「気が済むまでいりゃあいい」


 玲の言葉にも、玉姫の憂いは晴れない。


「……それは、玉姫に利用価値があるからか?」

「どうした、いきなりやたらとネガティブだな?」


 玲が笑い飛ばすように言うと、玉姫へ目を閉じた。


「今日は一日、楽しすぎたから………玉姫は何か、勘違いしてるんじゃないのかって、なんとなく、そう思ったんだ」


 まるで、夢が醒めるのを怖がっているような、そんな台詞だった。


「安心しろよ。利用価値うんぬんを全く考えてねぇとは言わねぇが……それ以上に、俺はお前を気に入ってる。恐竜の話も聞いてくれるしな」


 玉姫は大きいつぶらな瞳で、玲の目をじっと見つめた。


「……玉姫と、れーくんは、友達?」

「そういうことは、あんま気軽に肯定したくねぇんだが……そうだな。それもいいかもな」


 本当は、まだ、そう呼ぶには早いと思う。だが、ここで否定の言葉を口にするほど玲は無神経ではなかった。それに……いずれそうなるのならば、最初からそうであっても変わらないだろう。


「やった。れーくんと玉姫は友達。友達……」


 玉姫は本当に嬉しそうに口角を上げた。花がほころぶような笑顔はこういうものなのだと、玲は初めて知った。


「しかし、やっぱ弱気なのは似合ってねぇよお前。笑ってる方がいい」

「うん。わかった……」


 安心したのか、玉姫の目がトロンとし始めた。玲は、ぴょこんとあらぬ方向に飛び出ていた玉姫の髪の一房を、撫でるようにそっと戻した。


「じゃあ、明日以降もよろしくな」

「よろしく……」


 いよいよ玉姫の目の焦点が合わなくなってきた。玲は薄く笑って、立ち上がる。


「おやすみ。また明日」

「おやすみ……」


 玉姫が目を閉じたのを確認して、玲は部屋を出た。


「……さて」


 それでは、仕事に戻るとしようか。

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