「お互いに悪運が強いな」
玲が目を覚ましてから約二時間後。
「おお! アンキロサウルスの尻尾の一撃は格好いいな!」
二人は空中に投影されたディスプレイの前に仲良く並んで座り、ジュラシックパークシリーズ第四作目、ジュラシックワールドを鑑賞していた。
「インドミナス・レックスはひどい奴だな! 生き物を殺しておいて食べもしないなんて」
「あいつだけは恐竜っつーより生物兵器なんだろうな」
あとこいつはアパトサウルスだ。と、玲は主人公に看取られる恐竜の説明をした。
どうして映画を見ることになっているのかといえば、事の発端は些細な会話。玉姫の知識年代を調べるため、玲は年代ごとの流行や基礎知識についてさりげなく尋ねた。その結果、玉姫の知識は二十世紀後半から二十一世紀前半に偏っていると判明したのだが……恐竜映画の傑作、ジュラシックパークシリーズの存在を玉姫が知っていたことで、玲が喰いついた。傑作だといっても三百年近く前の映画群である。恐竜大好きな玲は別として、見たことがある人間はおろか知っている人間さえほとんどいなかった。だからジュラシックパークシリーズの存在を玉姫が知っていたというだけで、玲は嬉しかったのだ。
テンション上がりまくりな玲に、玉姫は慌てた様子で『知ってるだけで見た覚えはないぞ!』と言った。それならば、ということで、玲がPDAの中のジュラシックワールドを再生し始め、今に至るわけである。
「ああっ! ラプトルが裏切った!」
「裏切ったっつーか、そもそもこいつらは人間の味方じゃねぇからなぁ」
新たな展開を見せる度、それぞれ好き勝手に語る。大盛り上がりだった。
クライマックス、ジュラシックパークシリーズの代名詞でもあるティラノサウルスが、スピノサウルスの化石を吹き飛ばして登場した。
「マジで何度見てもこの辺は鳥肌立つ」
玲は恐竜王の雄姿に惚れ惚れとしていた。ティラノサウルスが大好きである玲にはたまらないシーンなのだ。
「確かに、すごく格好いいな!」
「だよな」
同意を得られ、玲はすっかりご満悦。玉姫への好感もうなぎ上りだ。
そして、ティラノサウルスの雄叫びと共に、映画が終わった。
「……やっぱすげぇ良いよなぁ……恐竜」
エンドロールが流れる中で、玲は感動のため息を漏らした。ジュラシックワールドを見るのはこれで五度目になる玲だが、何度見ても色あせない歓喜がそこにはあった。
「ジュラ紀にはこんな恐竜がいたんだなぁ」
「出てるのはほとんど白亜紀の恐竜なんだがな」
「そうなのか?」
玉姫は振り返って小首を傾げた。
「アパトサウルスはジュラ紀だが、ティラノサウルス、ヴェロキラプトル、トリケラトプス、パラサウロロフス、モササウルスエトセトラは白亜紀の恐竜だ。恐竜が一番栄えてたのはジュラ紀じゃなくて白亜紀だから当然っちゃ当然なんだが、それならジュラシックワールドじゃなくて白亜紀ワールドにしとけって感じだよな」
「へぇー」
玲のオタク全開な恐竜用語の羅列に、玉姫は感心したように頷いた。
「れーくんは恐竜に詳しいな!」
「まぁ、唯一の趣味だからな」
恐竜が趣味でなければ、玲は今頃ただの殺人マシーンだっただろう。
「好きな恐竜は?」
「ダントツで好きなのはディノニクスとティラノサウルス・レックスの二匹だな。ティラノサウルスはでかくて強くて格好良いし、ディノニクスは群れで狩りをする狡猾さが良い。巨大な鉤爪を敵に突き刺すってもの最高だ」
「ディノニクス……どんなのだっけ、映画に出て来た?」
「出てきてないが……ジュラシックワールドシリーズに出てくるヴェロキラプトルは、実はディノニクスがモデルでな。まぁ大体あんな感じだったんじゃないかって話だ」
「そうなのかぁ。……しかし、三百年前の映画でこれなら、今の映画はもっとすごいんだろうな!」
玲は静かに首を振る。
「いや、そうでもねぇよ」
「どうして?」
「二十一世紀の中盤から後半にかけて、娯楽の停滞が著しくてな。まぁ戦争のせいなんだが、そのおかげで映画のレベルが大して上がってねぇんだよ。精々立体ディスプレイに対応したくらいだ」
戦争、それも総力戦となれば、娯楽に振り分けられるヒトやカネは著しく減少する。二十一世紀中盤から常に大戦争が起こり続けている地球で、映画が発展する余地は限りなく小さかったのだ。
エンドロールが終わったところで、玲はPDAを回収した。
「れーくん、ありがとな! とっても楽しかった!」
「そりゃ重畳」
玲はかすかに笑ってから、玉姫に渡しそびれた時計をちらりと確認する。
「……いい加減地上に戻らねぇといけねぇか」
玲は遺跡へ侵入する直前に『何があっても一日は待て』というメッセージをダイナソアの面々へ送っていた。だから今すぐに突入してくるということはないだろうが、リミットを過ぎれば100%突入してくる。ダイナソアの面々はいずれも歴戦の猛者だが、禁断領域の攻略は対人戦とは勝手が違う。
彼らが自分と同じ脅威に遭遇すると仮定してみる。薔薇園に関しては、静がいれば問題なく破壊できるだろう。彼女のクルセイド【クラッカー】は高火力重装甲型。削り切られる前に削りきれる機体だ。……だが、あの巨人はやばすぎる。おそらく、フィールハイトや静でも初見では対抗できない。
不愉快な想像をしてしまい、玲は顔をゆがめた。タイムリミットまで残り十四時間強。余裕があるような気はするが、油断は禁物だ。少し休んだことで体のだるさもなくなっていた。そろそろ頃合いだろう。
玲は立ち上がった。
「世話になったな、玉姫」
「もう行くのか? だるさはもうないのか?」
「ああ」
玲は二つの質問に一言で返した。
「すごい回復力だな……人間はもう少し脆いと思っていたんだけど」
「最近は意外にそんなもんだぜ」
遺伝子調整技術および生体強化技術の発展や、とある事情により、人間の能力水準は三百年前に比べて大幅に上がっている。特に強力な個体である玲などほとんど生体兵器レベルだ。
「よし、帰るというなら玉姫が地上まで送るぞ! れーくんに死なれちゃったら悲しいからな!」
「いいのか?」
「いいぞ!」
「助かる」
玲は素直に厚意を受け取った。万全とは言い難い状態で地上へ確実に帰れると思うほど、自惚れてはいなかった。
「うまく地上に出たらもてなすよ。ウチの要塞の料理はどれも一級品だ」
だからせめて礼はしっかりとするのだ。
「ご飯を食べさせてくれるのか!?」
玉姫は目をキラキラと輝かせた。
「世話になったからな。なんでも好きなもん好きなだけ食わせてやる」
「かつ丼でも!? から揚げでも!? ハンバーグでも!? お寿司でも!?」
玲はかすかに笑って肯定した。
「なんでもっつったらなんでもだ。なんなら毎日食べ放題でも構わんぜ」
「やったぁ!!」
大喜びする玉姫。好奇心が強く、食欲旺盛で、無邪気な少女という評価が玲の中で固まり始めた。
「あ……でも、番をやらないと誰か入ってくるかもしれないし……動けないか……」
しゅんっと尻尾と耳が垂れる。哀れになるほどの意気消沈っぷりだった。
「安心しろ、そっちも俺らでやる。元より、俺達の領地の問題だしな。お前が追い払って回るより効率は良いだろうぜ」
厚意一割、打算九割の申し出だった。
特異物という極めて利用価値の高い資源が眠っている以上、禁断領域においそれと部外者を入れるわけにはいかない。絶対に自分達の手で管理しなければ、誰に出し抜かれるか分かったものではなかった。
「ホントに!? ありがとう! れーくんは優しいな!」
「その代わり、っつーのもなんだが……お前が見せてくれた特異物が欲しい。いいか?」
「いいぞ! あ、でも、完全浄水はちょっとしか残ってないな……増やすのも手間だし、道中で採っていこう!」
「ところで玉姫、手足の大きさが不揃いな、巨人みたいな奴に心当たりはねぇか?」
地上へ戻るため、掘っ建て小屋の外に出た玲は、隣の玉姫に尋ねた。
「巨人……【嘲笑するサクリファイス】か。やっぱりあいつに襲われたんだな」
「やっぱ、ここでも相当ヤベェ部類の奴なのか?」
こくりと玉姫は頷いた。
「格が違う。禁断領域で一番恐ろしい奴だ、普段は天空祭壇にいるんだけど、侵入者がいると攻撃する。玉姫が番をしていた理由の九割はこいつだ」
「……危ねぇなら送るって話はナシでもいいぞ。俺はお前を危険にさらしたくねぇ」
玉姫はふるふると首を振った。
「あいつが本気ならどこに居ても変わらない。あいつは、瞬間移動ができるからな」
「そりゃ冗談キツイな」
しかし、その話が本当ならば、地上に連れて行った方が安全かもしれなかった。
「よし、ここらでいいか」
開けた草むらに出た玲は、空を見上げて、命令を下す。
「――来い、ディノニクス」
瞬間、空を引き裂いて、鋼鉄の恐竜が玲の前に舞い降りる。
不気味な巨人に風穴を開けられたそのままの姿だが、鉤爪のクルセイドは未だ息絶えていなかった。
背面のメインブースターが光を徐々に弱めて着地体勢に入る。巨大な鉤爪が草むらを踏みしめる。玉姫はとてとてとディノニクスに駆け寄った。
「これはなんて名前なんだ?」
「クルセイドって兵器の、ディノニクスっつー種類だ。つってもワンオフ機だがな」
「ディノニクス……さっき言ってた恐竜の名前だな」
玉姫はディノニクスを見上げて見つめた。
「大きな孔が開いてるけど、大丈夫なのか?」
「いつも通りにとはいかねぇが、まぁ一応動いてるんだ、帰るくらいはできるだろ……多分」
付け加えた言葉は自信なさげだった。
しかしそれも仕方のない話。コクピット周辺にはジェネレータやCPUなどの基幹パーツが集中している。動いているからと言って楽観はできなかった。
玲はディノニクスをしゃがませて、コクピットの搭乗口を解放すると中へ入ると、破損したディスプレイにシステムマネージャを表示。機体の状態を確認する。
「……最低限、どうにかならないこともない、か……」
損傷はひどく、停止しているシステムも多いが、基幹システムはどうにか動いている。マストリヒシアンに戻る程度なら問題はなさそうだ。
「お互いに悪運が強いな、ディノニクス?」
愛機の名を呼び、かすかに笑う。このクルセイドに乗り始めてまだ五年ほどしか経っていないが、十回死んでおつりがくるほどの死線をくぐってきた。もう半身のようなものだった。
「あっ! 【ローズモンスター】の種だ!」
装甲の傷にいくつか挟まった、小さなタマネギのような種を指差して、玉姫は叫んだ。
「これは接触した生物に寄生して、自殺させてから栄養を吸い取る、恐ろしい薔薇なんだ。相手が殻にこもったりして身を守っても無理矢理こじ開けて寄生するんだ。さすがに種だとそこまでの力はないけどな」
「へぇ」
では、つまりあの薔薇は、玲とジャスミンを養分にするために襲いかかってきていたわけだ。
「んじゃ、これは持って帰ってみても大丈夫なのか?」
「生き物に触れさせない限りは大丈夫だ」
玉姫の言を信じ、玲は磁場を利用する非接触型ピンセットをコクピット下部に格納してある道具箱から取り出すと、すべての種を磁場で固定して持ち上げ、空の瓶に収納してふたを閉める。
「じゃあ、行くか」
「わくわくするな!」
玉姫の手を取って中へと招き入れる。カプセルホテルよりマシな程度の容量しかないコクピットは、それでも玉姫と玲の二人をなんとか受け入れた。玉姫が小柄だからこそできた二人乗りだった。
「れーくんの膝の上に座ればいいのか?」
「それ以外に居場所ねぇしな。まだ血なまぐせぇと思うが我慢してくれ」
エーテルによる清掃・消毒により血の痕跡自体はなくなっていたが、血臭を消し去るにはまだ時間が足りていない。
「よし、行くか」
「おー!」
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