『いいぜ、てめえらが何でも思い通りに出来るってなら』
マストリヒシアンの現在位置は旧マレーシア領内。目的地であるドイ・インタノンはタイ王国領内。距離は2000キロメートル以上離れている。
しかし。玲とディノニクスは、二十分足らずで目的地へと辿り着いていた。
それも当然。ディノニクスの巡航速度はマッハ6。機体ダメージを無視すれば瞬間最高速度はマッハ13。たかが1000キロや2000キロ、物の数ではないのだ。
『ドゥフフwww黒峰氏wwwおはようございますですぞ』
早速現地民を探し始めようとしたところで、友軍機から通信が入る。送り主はダイナソアのクルセイド第三中隊を預かる歴戦の兵。通称、中佐だ。
「よぉ中佐、おはよう」
十人が聞けば八人が腹を立てるような声音と口調で話しかけられた玲だったが、いたって普通に対応した。一々ツッコミを入れるほど浅い付き合いではないのだった。
「どうした、フィーの差し金か?」
『そうでござる。哨戒中に近くを通りかかったので、任されてしまったのでござる』
「あー……あの件以来、哨戒の編成変えたんだったな……」
哨戒は重要な仕事だがあまり危険度は高くない。そのため、搭乗歴の短いプレイヤーに経験を積ませる意味で仕事を任せるのが慣例だった。が、菓子の怪物によって部隊の一つが壊滅したことを受け、一時的に最精鋭を哨戒任務に就けているのだった。
『仕方ないとはいえやはり哨戒は暇ですな。拙者、新しいクラッキングデバイスの製作に戻りたいでござる』
妙な口調に相応しく(?)、ギーク全開の趣味を持つ中佐はぼやいた。
「……何作っても別にいいが、悪用するなよ?」
中佐は、玲がダイナソアとして予算を出そうか真剣に迷うくらいには出来のいいプログラムを組む。クルセイドプレイヤーには多才な者が多いが、中佐もその例にもれず、ウィザード級のシステムハッキング能力を有しているのだ。やろうと思えば、機動城塞のシステムさえ不正にアクセスできるような代物さえ製作可能だろう。当然そんなものが敵対者の手に渡れば被害は甚大だ。
『敵に捕まってもそんなことはしないですお。趣味は無駄だからこそ趣味でしょう常識的に考えて』
非常識な口調の奴に常識を諭される玲であった。
ともあれ。
「さて、話によるとこの辺らしいんだが……」
玲はドイ・インタノンに広がる広大な森を見まわす。当然だが、パッと見では遺跡がどこにあるかは分からないので、カメラと汎用エーテルレーダーを駆使して遺跡のようなものを探すことにした。
探すこと数分。
「もしかしてあれか?」
ディノニクスのレーダーが、木影に隠れている建造物らしきものを発見した。
玲はディノニクスを木々の隙間へと侵入させる。柔らかな土に鉤爪を食い込ませて着地し、数十メートル先の目的地にカメラを視線のように向ける。
その遺跡は、バンコクの工業地帯に出現したものより二回りほど小さかったが、見た目と雰囲気は似通っていた。真っ白な木の根によって締め付けられるように覆われた一枚岩の門は、餌を求める鯰のようにぽかんと口を開けている。闇夜でも真昼のように見通すディノニクスのカメラをもってしてもその奥は見えない。
なので、玲はとりあえず、普段から使っている共通言語――エスペラントⅡとも呼ばれる最新の人口言語だ――で呼びかけてみることにした。
「おーい! 聞こえるかー!?」
音量を最大にされた外部スピーカーから響く声は、文字通り森を揺らした。デシベルで言うと百オーバー。町中ならば間違いなく訴えられるほどの騒音だった。
「なんだ? うるさいな……」
すると、門の暗闇から、狐耳の少女が大きな尻尾をふりふりとしながら顔を覗かせた。くりくりとした黄金色の目を眠そうにこすっていた彼女は、ディノニクスを一目見ると、大きく飛び跳ねて驚いた。
「うわああああああああ!」
狐の少女は足を滑らせたのか、遺跡の奥深くへ、ころころと転がり落ちていく。
「驚かせちまったか……しかしなるほど、あれが原住民か」
カメラが撮影していた彼女の静止画をディスプレイ右上に表示し、外見を詳しく観察する。
どこかの民族衣装のような服を纏った、美しい少女だった。長いまつ毛と大きな丸い瞳が印象的で、金の髪は星の軌跡のように淡く輝いている。だが、何よりも目を引くのは、頭部から生えた黄金色の狐耳と、同じく黄金色のふさふさとした尻尾。紛うことなき人外だったが、遺跡の意味不明ぶりに比べれば可愛いものだった。
『金髪金眼狐耳! 萌え萌えの美少女ですな! あそこまで小さいとさすがにストライクゾーンは外れるでござるが』
玲が送信した画像に、中佐が呟きを漏らす。そりゃそうだろうと玲は思った。なぜならこの少女、背丈が十歳児の平均値前後くらいなのである。少女ではなく童女と表現すべきかもしれない。
「……とりあえず、もう一回出てくるのを待つか」
正直遺跡の中まで追ってみたい気持ちも少し抱いたが、リスクが高過ぎるしフィールハイトとの約束もあるので、玲は大人しくもう一度出てきてくれるのを待つことにした。
そこで唐突に、ディスプレイへ表示されたのは赤い記号。
「……所属不明機?」
直後、単眼カメラが映像を掴んだ。ディスプレイに映しだされたのは、鈍色のクルセイド四機と、指揮官機と思われる青色のクルセイド一機。
カラーリングこそ違うが、それらはすべて第七世代クルセイド【BC-66Cガンドッグ】。二十三世紀のT-34とすら呼ばれる傑作機。ワンオフ機であるディノニクスにも一部パーツが流用されるほどの性能でありながら、整備性に優れ、さらにクルセイドの中では突出して安価であるため世界各国至る所で使われている、まさにトップメタだ。
その飛来する三機は、当然のように味方ではなかった。肩に張り付けられている、涙を流す仔犬のエンブレムが、所属を明確に表していた。
ダイナソアの敵、アルゴメイサだ。
『オウフwww戦場ktkrwww 拙者、KYな香具師には全力で行く所存。すぐに向かいますお』
わざとらしすぎる、ほとんどおどけるような驚きの声の後、中佐の駆る機体の反応は猛スピードで接近を始めた。
玲は口元を歪ませる。
「……マストリヒシアンから離れるのを見計らって殺しに来たか? 上等だクソ野郎共が。そんなに虫の餌にされてぇか!」
一秒で経緯のデータ全てを纏めてフィールハイトの情報端末に転送し。来たる戦闘に昂る玲は、サウザントの銃口を、いつものように外敵へと向けた。
ディノニクスとの距離1800mの中空で、六機のガンドッグはそれぞれのライフルをディノニクスへと向けた。
ガンドッグの標準装備、ベレンゲル105mmエーテルライフル。すべての性能が高いレベルでまとまっているこの銃は、ガンドッグの量産機とは思えない攻撃精度も相まって高い命中率を誇る。プレイヤーの手腕にもよるが、1800m離れた標的にもまず問題なく命中させるだけの性能はある。
一方、ディノニクスのエーテルショットガンであるサウザントの有効射程は約180メートル。拡散するので命中率はそれなりだが、有効射程を離れると著しく威力が減衰する。拡散率を絞ればもう少し射程を稼げるが……性能を高めるために動作精度を犠牲にしているディノニクスでは、500m先の的にも満足に当てられない。
しかしその事実はディノニクスの不利を示さない。
玲は、ライフルから放たれ音速の八倍で落ちてきた六発のエーテル弾を、同じく音速の八倍で躱す。玲の軌跡を追って雨のように降り注ぐエーテルの弾幕をきりもむようにして躱しながら舞い上がる。
――遠くから殺せないのならば殺せる距離まで近づいて殺せばいい。それがディノニクスの設計思想だ。
玲は片喰を閃かせて、ガンドッグの一機へ襲い掛かる。エーテル弾はもはや避けすらせず斬り潰して、剣の間合いへと侵入。ガンドッグの右腕部を肩口からバターのように引き裂き、切断した。
クルセイドに代表されるエーテルジェネレータを備えた兵器のほとんどは、エーテル浸透装甲という鎧によって守られている。流し込まれたエーテルによって通常装甲とは比較にもならない防御力を発揮するエーテル浸透装甲は、同じくエーテルを使った武器であっても容易には突破できない。それを破壊するため生み出されたのが、エーテル吸収鋼ブレード【片喰】だ。接触したエーテルを引きつけ吸い取るエーテル吸収鋼を刀身にした物理剣は、斬撃の瞬間、装甲に浸透するエーテルを吸い取って、エーテル浸透装甲をただの金属板へと変えた上で切断する。
その効果を見事に実証してしまった敵機だったが、なんと切断された腕部を掴み、ディノニクスへと殴りかかった。玲は攻撃行動を中断。後方へ宙返りする。
「ハ、それなりには精鋭だな」
だが悪あがきだ。玲は回転しながらサウザントでクイックドロウ。瞬く間に敵機を中破にまで追い込む。
このままいけば敵機の撃墜は必至だった。にもかかわらず、残りの五機は援護もせず、ディノニクスを避けるようにして先へと進み始めていた。
玲は驚きに目を見開いた。彼らの獲物が己でないのなら。
『……敵の目的はこちらと同じっぽいですな。とか言ってみるテスト』
一つの可能性として予想はしていたが、まずありえないと踏んでいた。アルゴメイサからすれば敵地であるこの遺跡に、貴重なクルセイド戦力を差し向けるほどの重要性は、まだ見つかっていないはずだ。
だがしかし、現にアルゴメイサの一団は遺跡を目指している。
最大の敵であるはずの自身を無視して。
「クソが、舐めやがって!」
一瞬で殲滅してやる――玲は吐き捨てて、敵機のコクピットに脚部の鉤爪を突き立てる。片喰と同じくエーテル吸収鋼製の鋭い爪は、コクピットを守る厚い装甲をあっさりと貫いて、敵プレイヤーの上半身をミンチに変えた。
血肉がへばりついた鉤爪を引き抜き、遺跡へ向かう敵機を猛追する。迎え撃つのは正確無比なライフル銃撃。当たりはしないが、人数相応の密度を持つ弾幕は足止めとしては上等で、高速を誇るディノニクスも中々距離を詰められない。
『殺伐とした戦場にガンドッグ・ダイナソアカスタムが!』
その時、到着した中佐の駆るダイナソア仕様のガンドッグが敵機の進路を塞いだ。
『いいぜ、てめえらが何でも思い通りに出来るってなら』
『スリーマンセルで処理をお願いします~』
何事かを言いかけていた中佐の声を遮って、青い機体が妖艶な女の声で指示を出す。指揮官から離れた三機は速やかに中佐を包囲した。
『決め台詞遮るとか……ま、それが普通ですわな。it'a true wolrd.狂ってる? それ、誉め』
懲りずにブツブツ言っていた中佐へ敵機がそれぞれの武器をもって殺到。
『ちょ、不意打ちのうえに数の暴力ぅー! これにはさすがの拙者も苦笑い』
あくまで滑稽に振る舞う中佐にも敵機は容赦をしない。クルセイドの装甲を裂く鋭利な刃が鈍く輝き――それらを、中佐の野太刀がひとまとめにぶった切る。多脚戦車の砲撃程度では傷一つつかない堅牢な武装が冗談のように両断され、最も近づいていた機体に至っては両腕まで切断されていた。
『……そういうの嫌いじゃないが、アンタら楽には死ねないぜ?』
そして始まる中佐の猛攻、独壇場、蹂躙劇。もはや結果を見るまでもないと、玲は逃げる敵へと集中した。
敵機は相変わらずディノニクスへの銃撃を続けていたが、二機に減った彼らの弾幕では玲を止めることなど敵わない。弾丸を剣で斬り払い防ぎさらに接近。敵機まで残り五十メートルにまで接近したところで、青い機体がディノニクスの進路上に手榴弾を落とした。
「ッジャミンググレネード!」
看破して反転した直後に爆発。激しいノイズがディスプレイに走り、FCSや各種センサが動作不全を起こす。その隙を突いたライフルでの攻撃をどうにか躱したものの、折角詰めた敵機との距離はまた広がってしまった。
追い打ちをかけるように、青い機体の肩部に細いアンテナが展開される。すると、収まりかけていたディスプレイのノイズが再発し、その上カメラ以外の計器がほとんど意味をなさなくなる。ジャミングシステムだ。
……ジャミングを多用するアルゴメイサのクルセイドプレイヤー。心当たりが一人いた。
「【麻薬女王】ジャスミンか!」
『どうも~』
ジャミングと激しい発砲でディノニクスと渡り合いながら、アルゴメイサ最高司令官ジャスミン・クローバーは玲の声に呑気な声で答えた。
『やる気満々のとこ悪いんですけど、見逃しますんで帰ってくれませんか~? 今回の目的は貴方じゃないっていうかなんというか~』
戦場に似合わない、緊張感がない上に胡散臭い声。無論、玲の殺意は全く薄まらない。
「ハ、お前らが消えろよ! この世から、速やかになァッ!」
崩されたのは最初だけ。奪われた知覚の大半はセンスと経験と速度で補って、通常時までとはいかずとも一流と呼べるレベルでディノニクスを操り、ジャスミンたちを襲う。遺跡まで百メートルを切ったところで、遂にディノニクスは二機へと追いつき、彼女らの遺跡への進軍を中断させた。
『実際会いまみえるのは初めてですけど、噂通りの恐竜さんですね~』
サウザントの散弾を躱しながら、ジャスミンはちょっと困ったような声で呟き、最後に残った僚機へ命令を下した。
『死んでもいいんで十秒止めてくれますか~?』
『御意に』
残酷な命令に反論一つ挟まず、鈍色の敵機は言いつけ通り、捨て身でディノニクスへと突撃する。そんな部下を使い捨てて、ジャスミン機は遺跡入り口へ向かい、侵入した。
「哀れなもんだな。同情するぜ」玲は嘲笑った。「ゴミみてぇに死んで、命令も守れねぇんだからなぁ!」
無謀な突撃を軽く回避して、片喰の斬撃を見まい――受け止められる。敵機はライフルを捨て、両腕部にガンドッグのオプションウェポン、高振動カーボンナイフを握り、交差させて片喰を防御していた。
振動する刃が片喰を削る。高振動ナイフはエーテル要素を無視して物理的破壊力に特化しているため、エーテル装備の破壊に重きを置いている片喰では分が悪い。だが。
「俺相手に近接やろうってのが馬鹿だっつってんだよ!!」
玲の攻撃性能は多少の相性不利を容易く覆す。
ディノニクスが凄まじい速度で剣戟を放つ。その攻撃速度はほとんど理論値。敵機は必死に防ぐが、一秒ごとに足が、腕が、頭部が破壊されていく。
「死ね」
横一文字に振るわれた片喰がコクピットを捕らえる。真っ二つに切断された機体が爆発し、スクラップになって地へと落ちていく。刃を合わせてから撃破するまで七秒弱だった。
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