「団長! 出撃ですか?」
「なるほど、なるほど。よく分かった」
返り血を髪から滴らせながら、玲は得心したように頷いた。
「参考になったぜ、ありがとな」
感謝の気持ちが全くこもっていない礼を言う。手を濡らす鮮血を払おうと玲は手を振ったが、肘まで血まみれであるため効果は薄かった。
「いつものことですが、ナイフ一本と素手だけでよくここまで人間を生きたままグチャグチャにできますね」
感心したように呟くフィールハイトの視線の先では、もはやヒトの形を留めていない肉塊が、うめき声をあげながら痙攣していた。飛び散った血は天井にまで及んでおり、彼女がどれほどの苦痛を味わい暴れたのか、如実に表しているようだった。
「お前だってこのくらいできるだろ」
凄惨な暴力でヒト一人を完全に破壊した玲はいたって平静にフィールハイトの声へ反応する。こんなもの、彼らにとってはごくごくありふれた日常の一部でしかないのだ。
「貴方ほど簡単にはいきませんよ。私はどうも感情的になってしまいますから」
そのとき、ベティだったものが激しく咳き込み、フィールハイトの衣服に血の飛沫がかかった。
「うわ、ばっちぃですね」
顔をしかめたフィールハイトは細い杭を乱雑に投げ放ち、ベティの頭蓋をぶち抜いた。肉塊が、肉片で汚れた床に横たわる。
「……いいのか? お前もなんか聞くかと思って生かしといたんだが」
「どうせ貴方が聞いた以上のことは知っていませんよ。これ以上は時間の無駄です」
「そうか」
ならいいか。と、玲は死体の腕をひっつかみ、焼却炉に直結しているダストシュートを開き、投げ込んだ。ダイナソアの焼却炉は最新鋭だ。五分もすれば、骨の欠片すら残さず燃え尽きてくれるだろう。
「しかし面白ぇな。まさか遺跡に原住民が住んでるとは」
壁に背を預けて腕を組み、玲はベティの話を脳内で纏める。
半月ほど前。タイ王国最高峰であるドイ・インタノンでは、山中の深くに入ると小狐のような少女に追い払われるという噂が流れていた。ダイナソアが何らかの隠蔽工作を行ったためにこのような噂が流れているのだと予想したベティは、隠蔽されている重大な情報を掴むため、ドイ・インタノンを訪れた。
ところが、山中を彷徨うベティがが出会ったのは、噂通りに狐の特徴を持つ少女だった。
巨大な尻尾を地面に叩きつけて威嚇してくる小狐の少女に対し、ベティが驚きながらも対話を求めると、少女は一転して友好的な態度になったらしい。
曰く。この先にある遺跡から出てきた彼女は、危険な遺跡の中へ人が入らないように、近付く人間を片っ端から追い払っていたのだという。
その後、ベティが身に付けていた通信機などのテクノロジーについていくつかの質問を投げた少女は、最後に「ここから先は危ないから、皆に入らないよう伝えてくれ!」と言い、姿を消した……というのが、大体の概要。
「原住民のガキか……意思疎通ができるってだけでも重要人物だな」
玲はしみじみと呟く。意味不明なことばかりだった遺跡関連の出来事で、ようやく道理が通じそうな相手が現れたのだ。それだけでも若干嬉しかった。
「可能な限り、手荒な真似は慎んでくださいよ」
フィールハイトは釘を刺すように言った。本当に子供には甘い男だ。
「まぁ、覚えとくよ」
玲は言葉をぼかす。相手が未知の存在である以上、ガンジーではない玲に非暴力の確約はできない。フィールハイトもその辺りは理解しているので、それ以上は何も言わなかった。
「とりあえず現物を見てきてぇんだが、こっちの仕事は任せていいか?」
「断っても別の団員に仕事を任せて行くのでしょう?」
「まぁな」
玲のアクティブさは度が過ぎている。最強であることと、前線に立つことが指導者に要求される二十三世紀だが、玲のように単独で調査に出かけたり、独断で敵陣に奇襲をかけるようなトップはそういなかった。
「本当の本当にお願いですから内部に入ったりはしないでくださいね」
「分かってるさ」
玲はフィールハイトと共に部屋を後にしながら、洗浄シャワーのスイッチを入れる。壁と天井から出てきたノズルより高圧水流が噴射され、暴力の痕跡は水に溶けて流れ出していった。
フィールハイトに仕事を引き継いだ玲は、すぐさま上層部のガレージ区画にある玲専用ガレージへと向かった。
無機質で、広く、鉄と油の臭いが充満するガレージ。その中央で、玲の愛機であるクルセイドが、彫像のように屹立していた。
濃紫の彩色に真紅のアクセントが施された、滑らかな質感の装甲。人型でありながら、特徴的な脚鉤爪のせいかどこか肉食竜を思わせる刺々しいフォルム。右の手に物理ブレードを、左手にはショットガンを搭載した、玲の搭乗機、ディノニクスだ。
整備のために回廊状となっている二階部の廊下を歩き、ディノニクスの元へと向かう玲へ、近づく影が一つ。
「団長! 出撃ですか?」
活発かつ愛嬌のある仕草で玲に声をかけたのは、黒い髪を三つ編みにした作業服の少女。玲と同じく日系人の娘だった。
彼女は小原静。まだ年若いが、兵器の研究開発から整備保守まで全てを統括する最高責任者。とにかく何でも出来る天才少女であるため、最近は遺跡産の物品についての解析を任せたりもしていた。……すぐに頭を抱えていたが。
「散歩だよ散歩。すぐに戻ってくる」
玲が真顔で大嘘を吐くと、静は胡乱な目で玲を見つめた。
「団長ったら、前もそう言いつつアルゴメイサの町に奇襲かけて、五百人くらい殺してたじゃないですか。あの時みたいに子供殺しまくったらまた副団長ブチギレますよ?」
「フィーの釘ならもう刺されてる。それに、今回は荒事やるつもりはねぇよ」
何が起こるかも分からない場所へ考えなしに踏み込むほど間抜けではない。本当に調査だけのつもりだ。
「ならいいですけど。あ、ディノニクスなら状態は完璧ですよ」
玲は静かに頷いた。
「そうか。ならさっさと行ってさっさと帰ってくる。ねぇとは思うがアルゴメイサが特攻かけて来たら頼むぜ」
「分かってますって大丈夫。頼まれなくても皆殺しにしてあげますよ」
さらりと言う。彼女は全くと言っていいほど他者の人生に頓着がないのだ。
「そうだ団長! 超大口径レールガン搭載の件、考えてくれました?」
代わりにあるのは飽くなきモノ作りへの好奇心。
彼女が今ご執心なのは、マストリヒシアンにレールガンを搭載する計画だ。それもただのレールガンではなく、直径180cmにも及ぶ巨大な砲弾を撃ち出すレールガン。彼女曰く、下手な山なら削りとるほどの威力が出せるらしい。
「一応、考えてはみたが……他の武器積んだ方がよっぽど有益じゃねぇか? エーテルウェポンなら数揃えられるだろ」
輝質エネルギー・エーテル。プラチナを超高圧下で対消滅させた際に得られる、分化前エネルギーと呼ばれるもの。質量と各種エネルギーの中間点にあり、他のエネルギーへ非常に変換しやすい上に便利な性質をいくつも持つ、最新のエネルギーだ。
電気が十九世紀の人類に飛躍的な発展をもたらしたように、エーテルの発見によって人類の文明は大きく飛躍した。ジェネレーターの導入に高い障壁があるものの、それさえ用意すれば安価かつ、容易かつ、大量に、なんにでも利用できるエーテルは、まさに万能エネルギーだった。
「確かに、エーテルウェポンは安くて強いコスパ最強兵器ですけど、そのおかげでメッタメタにメタられてるじゃないですかー? マストリヒシアンには既にいくつかエーテルウェポンがありますし、これ以上増やす必要性は薄いと考えますよ」
「しっかしだな……」
静は押し売りのようにまくし立てる。
「エーテルを利用した各種防御が大流行している現在! 大質量のエーテル吸収弾を高速で発射できる超大口径レールガンは環境にぶっ刺さっているといえます!! 機動要塞への対策にはこれ一本あればいい!!!」
鼻息荒く力説する静に、玲は若干引き気味だった。
まぁ確かに、アルゴメイサやその他仮想敵の保有する機動城塞に超大口径レールガンは有効だと思うが……。
「敵クルセイド部隊への対応はできるのか?」
静は神妙に言った。
「団長たちに頑張ってもらいます」
ひどい丸投げだった。
「後生です団長ぉー……出来る限り安上がりに済ませますし、消費電力も抑えますし、最高にカッコいいのにしますし」
「最後のは別にいらねぇだろ」
「お願いします! 絶対無駄にしませんから!」
縋りつくように懇願する静に、玲はひときわ大きくため息を吐いた。
「ったく……。わかった、わーかった。あんま経費の無駄遣いすんなよ?」
まるで娘に小遣いを与えた父親のよう。他人には限りなく無関心だが、身内には限りなく甘い玲だった。
「さっすが団長、話が分かる! それじゃさっそく取りかかりますね!」
静はウィンクして、繋がっている別のドックへと走って行く。……変な奴だが、あれでも優秀な人材だ。絶対無駄にしないというからには、今後のダイナソアを支える兵器を作ってくれるのだろう。
「……しかし、それ込みでも困った奴だよな、ディノニクス」
玲はディノニクスに苦笑を見せた。機体頭部の小原式広視野単眼カメラが、主人の声に答えるようにチカチカと赤く点滅する。
正式名称、【SiZ-8 ディノニクス】。エーテルを利用することによって非常に高いポテンシャルを発揮する兵器、クルセイドの中でも、継戦能力と高速近接戦闘に特化しているこの機体は、静によって設計開発されたものだ。彼女が実現した世界最高水準の性能と、エーテル吸収鋼物理ブレード【ER99 片喰】、およびエーテルショットガン【67Ka44サウザント】をもって、玲は数多くの敵とそれに倍する民間人を地獄に送っていた。
「ま、こっちのことはフィーと静に任せて、俺は俺のことをやるか」
ディノニクス機体背部の搭乗口が解放される。脳波を検知して動くディノニクスは、外部からでもある程度は玲の意に従って動けるのだ。
可変式搭乗ブリッジからディノニクスへと乗り込む。玲がコクピットに収まると、前方いっぱいを埋め尽くす画面に、周囲の映像と情報が死角なく出力された。レバーやボタンのような操作器具は数えるほどしかなく、その代わりにチョーカーのようなものが席の下に格納されている。万一脳波検出に異常が発生した場合は、これを首に巻き付けて体内電流を検知しディノニクスを操作するのである。
高速戦闘に特化したクルセイドのコクピットでありながら、搭乗者を固定する装置はシートベルトしかない。エーテルによる高度な慣性制御システムが搭載されているからである。
玲は幾重にもシートベルトを巻きながら、ちらりと視線を右隅にやり、薄く表示されているステータスを確認する。エーテル生成炉動作正常。エーテル循環動作正常。全武装即時使用可能。脳波接続正常。レスポンスタイム5ナノ秒アンダー。慣性制御動作正常。静の言う通り、完璧な状態だ。
「ディノニクス、出るぜ」
外部スピーカーを通してそれだけ告げて、格納庫のゲートを解放する。せっかちな玲の意向を反映して、基本的にダイナソアの出撃シークエンスはプレイヤー一人で行えるようになっている。
リニアカタパルトが甲高い唸りをあげて、ディノニクスは空へ射出される。玲はブースターからエーテルの光を吹き放った。
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