「死にたくて死ぬ奴はいねぇよ」
煙の噴き出る煙突を、林のように乱立させて、すすけた鋼鉄の要塞は、塔のような鉄の脚で荒れた大地を踏みしめる。その一足で地面が鳴動し、低く鈍い音が、一羽の鳥を巣から逃がした。
機動城塞【マストリヒシアン】。玲やフィールハイトの所属する武装組織、【ダイナソア】の動く司令部。二十三世紀の地球ではもはやありふれたものになりつつある戦略兵器の、ありふれた汎用四脚モデルだが、各種軍需工場を内部に搭載しているという点は他に類を見ないものだ。
そんなマストリヒシアン内部、中層部強襲攻撃区画内に、ダイナソアの団長である玲の部屋はあった。
建前上執務室、事実上私室の殺風景な部屋で、ダイナソア幹部の礼装に身を包んだ玲は、古びた恐竜図鑑を眺めていた。クールな印象を与える整ったルックスに、隠しきれない獰猛さがにじみ出ている青年だった。
「相変わらず恐竜好きですねぇ」
丁寧なノックをしてから部屋へと入ってきたのは、一切の邪気がない穏やかな笑顔を浮かべた、見る者の背筋を凍らせるほどの美男子。フィールハイトと呼ばれているダイナソアの副団長だ。
「そりゃまぁ、格好いいからな」
頬杖を突きながら図鑑を巡り、勇ましい恐竜のイラストを眺める。玲はこうやって休憩時間を過ごすことが多いのだ。
「……なんだかんだ言ってやっぱティラノサウルスが恐竜の王だよな」
「実際は羽毛に包まれていたらしいですけどね、ティラノサウルス」
「誰に何と言われようが俺は従来型の想像図を信じるぞ。何が悲しくてロマンに現実味を持ち込まなきゃいけねぇんだよ」
確認する手段がない以上、どれだけ可能性が高くても予想の域を出ないのだから、よりロマンのある方を信じて何が悪いというのか。
「……それで、何の用件だ?」
お気に入りの図鑑をパタンと閉じて引き出しにしまいながら、玲は本題について訊いた。
「いくつか、報告に」
フィールハイトは手に持っていた種類をパサリと机の上に並べて、語り始める。
「まず、私たちの目下の敵であるテロ組織アルゴメイサについてですが、滞在先のバゴーより北進、周辺の弱小勢力を取り込んでいます。我々との戦いが激化する前に、少しでも勢力を拡大しようとしている模様です」
「まぁ、想定内だな。一般人でも自爆テロ要員くらいにはなるんだ、頭数は揃えたいだろ」
アルゴメイサとは、ビルマ共和国の七割とその周辺地域を掌握する過激派組織だ。いわゆる黄金の三角地帯から得られる麻薬と覚せい剤で東南アジアを薬物中毒者だらけにして莫大な収益を上げている。旧マレーシアおよびタイに基盤を持ち、ビルマ共和国の一部にも進出しているダイナソアとは長らく敵対していたが、この四月晴れて戦争状態に突入したのだった。
「あと、アルゴメイサに【ラグナレクル】からの物資が流れ込んでいるという疑惑については、ほぼ確定しました。まぁ案の定ですけどね」
「嬉しくねぇ案の定だよな」
玲は顔をしかめた。
現在世界の覇権をめぐって争い合っている列強。その一つであるラグナレクルは、東南アジアへの影響力を拡大すべく様々な工作を行っている。アルゴメイサへの物資援助もその一環だろう。
同じく列強である【螺旋教団】と戦争状態にあり、列強最強と目されている【北欧連合】とも激しく対立しているくせに、よくそんな余裕があるものだ……と、玲は思った。
「……ただでさえあの意味ふめ遺跡にクソてこずってるってのに、また面倒事が増えるのかよ」
「まぁ、現状の戦力で対処可能な分、アレよりは幾分楽ですがね。……まぁ、アルゴメイサについては、引き続き協力的な町を焼き続けて様子を見ますよ。しばらくは陣取りゲームですね。全面戦争はこちらもただでは済みませんから」
「んで、敵が焦って無茶な拡大したところで、切り崩し工作と」
「敵同士を争わせて自滅させるのが、一番スマートでしょう?」
「費用対効果に優れてるのは認めるが、やっぱ回りくどいよな」
「貴方は少々せっかちすぎるのですよ、レイ。そこがいいところでもあると思いますが」
「せっかちなのは自分でもわかってる。だからこれに関してはお前の言うとおりにしてるんだろうが」
二人とも、伊達に戦国時代の二十三世紀を生き残ってきたわけではない。自分の弱みは理解しているし、そこを上手く補う方法も心得ているのだ。
「んで、あのクソッタレな遺跡についても多少はなにかわかったか?」
玲は話を切り替える。極めて現実的な話から一転、夢としか思えない事態についての話だ。
「まぁ、多少は。しかし齎された結果は今までで最悪です」
「マジかよ聞きたくねぇな」
「じゃあ見ますか?」
フィールハイトがポケットから取り出したPDAを操作すると、空中に映像が浮かび、再生が始まる。二十三世紀ではすっかり主流の空中投影ディスプレイだ。
玲は黙って映像を見つめる。戦闘ヘリの照準装置で撮影された地上の映像だ。
照準が向けられているのは、六つの腕を持つひからびた人型の怪物。当たり前だがこんなやつは地球上に存在していない。忌々しい遺跡から現れたミュータント的な何かだろう。「クソッタレ、俺は悪夢でも見てんのか?」と、ガンナーが訛りのきつい英語で呟く。全く同じ気持ちだった。
半ばやけくそ気味な「ファイア」の一声と共に、30mm実体弾が撃ち放たれる。
一定間隔の発砲音の後、弾丸が着弾し地面が爆裂。しかし、ミイラの怪物には当たっていなかった。躱したのだ。
断続的な発砲。しかし当たらない。砂煙が上がる中を、ミイラの怪物だけは冗談のように歩く。
弾切れの音。ガンナーが悪態をつき、画面がミイラ男から外れ――。
次の瞬間。醜く乾ききった顔面が、画面いっぱいに映し出された。
甲高い悲鳴。真っ赤に染まった映像は、すぐに暗転した。
「……説明を詳しく頼めるか」
玲はため息をついて、背もたれに深く体を預けた。
「本日正午に遺跡へ派遣した調査チーム第四陣は、約五時間の間順調に進んだものの、道中で隊員の一人が突如としてミイラを束ねたような怪物に変貌。調査チームを一瞬で壊滅させた後地上へと舞い戻り、衛星砲で処分されるまでの間に三十六名を殺傷しました」
「……ウチの団員の死傷者は?」
「いません。死んだのはアルゴメイサの捕虜と、金で雇った業者だけです」
玲は安堵の息を吐いた。
「ならよかった。やっぱ危ない橋を渡らせるのは赤の他人に限るな」
他人がいくら死のうと全く頓着しない。玲はそんな人間だった。
「しかし、賽の河原で石積んでる気分だな。前進してる気がしねぇ」
調査チームを送り込むのはこれで四回目だが、その全てが意味のわからない結果に終わっていた。
調査チーム第一陣は遺跡への侵入後十八分後に粘液の怪物に飲みこまれ全滅。唯一の生存者である運搬ロボットに付着したサンプルを調べたところ、粘液はかたくり粉のようなデンプンが混ざったただの水だと判明した。
第二陣は入って四秒後に装備ごと消滅。カメラから送られてきた一部始終の映像を解析したところ、彼らが消滅する寸前、カメレオンのような顔が周囲を隙間なく埋め尽くしていたことが分かった。
第三陣は侵入から十五分後にメンバー全員がアメーバのように分裂。銃撃や爆撃に異様な耐性を示したため火炎放射器で焼却処分。
そして第四陣はあのザマ。
ダイナソアとして本腰を入れているのはアルゴメイサとの戦争で、遺跡の調査にはあまり専念できていないとはいえ、四回も調査して何も解明できないまま謎だけが積み上がるというのは……なんとも、ストレスが溜まる。再び怪物が這い出ることを想定して、虎の子であるパルス衛星砲を遺跡へ常に向けているのも大きな負担だ。
「根本的に対応を考え直さねぇといけねぇか……?」
あークッソマジでどっかに押し付けてぇ……と弱音を吐いた玲に、フィールハイトはさも今思い出したかのように言う。
「ああ、伝え忘れていたのですが……これからどうするかを考える上で、役に立ちそうな情報を持ってきた方がいますよ。なんでも、あの遺跡に酷似したまた別の遺跡を発見したとか」
「……へぇ。それがマジなら確かに面白ぇな」
「実は既に連れてきているのですが、どうです、話を聞いていきますか?」
断る理由はどこにもなかった。
「ベティ・ワシントン。情報屋よ。どうぞよろしく」
マストリヒシアン、上層部業務区画内第四特別室に、情報提供者が待っていた。
ジャラジャラと音を立てる派手で豪奢なアクセサリーの数々に対しては趣味が悪いと言わざるを得ないが、本人の美貌がそれらを強引にまとめている。全体的な印象としては、丁度上品と下品の境目の辺りだろう。
「黒峰玲だ」
名乗ると、ベティは値踏みするように目を細めた。
「レイ・クロミネ……独立武装組織【ダイナソア】の若きリーダー。【北欧連合】と【ラグナレクル】のパワーゲームが続く東南アジアで一定の地位を築いた、【ディーレックス】の異名を持つ英雄……お会いできて光栄だわ」
握手を求められたので、適当に返す。
「そりゃどうも。で、褒めてくれるのは結構だが、持ってる情報ってのは確かなのか?」
「ええもちろん。これでも列強の中枢にお得意様がいる程度には情報通なのよ?」
「そうかい。ならさっさと教えてくれ。情報屋なら知ってると思うが、アルゴメイサと謎遺跡のダブルパンチで暇がねぇんだ」
実際そこまで忙しくもなかったが玲はそう言った。上っ面の会話はあまり好きではないのだ。
「せっかちな人ね、まぁいいわ」
苦笑気味に言って、ベティは玲に一歩近づいた。
「知ってることは全部教えてあげる。でも、その前に……」
ベティは、おもむろに袖口から抜き出した極小のハンドガンを、玲の顔面につきつけた。
その意味するところは明白過ぎた。……暗殺だ。
「じゃあね、バイバイ」
ベティは引き金を引いた。
何も起こらない。
「……は……?」
何が起こったのかわからないという顔で、ベティは銃の引き金を何度も引く。しかし銃は沈黙を保ったままだ。
フィールハイトは堪え切れない、という風に吹き出した。
「くはははははははは! 撃てるわけないでしょう! それはただの模型ですよ? くはははははははは! ……いやぁ、面白いですね、レイ!」
「銃を玩具にすり替えて反応の観察かよ」
玲は戦友の悪辣さに呆れた。おおかた、本物の銃はゴミ箱にでも突っ込まれているのだろう。
「黙認していただいてありがとうございます」
「反応が思いつかなかっただけだよ……」
ぼやく。ダイナソアにおける特別室はつまるところ拷問部屋であるので、ここへ連れてこられた時点でおおよその事情は察していたが……突っ込めばグダグダになるのは目に見えていたので、素直にアホを演じた玲なのであった。
「仕事中にふざけるなんてお前らしくもねぇ。こいつに何かされたのか?」
「そういうわけではありませんが……この女、産んだばかりの娘を山に捨てたらしいのですよ。苦しんで死ぬべきだと思いませんか?」
「訂正する。お前らしいよ」
苦笑する玲に、放置されていたベティが手刀を繰り出した。
「まぁ、そうするしかないよな」
玲は余裕をもって避けながら呟く。殺傷に特化した暗殺拳を振るう彼女の動きは中々だ。しかし、選別交配と遺伝子操作の果てに生まれ、神経系に人為的な改良も受けたデザインアーミーである玲の敵ではない。アフリカゾウの群れを素手で皆殺しにできる玲を殺そうとするのならば、最低でも機関砲程度の火力は用意すべきだ。
玲は容赦なく顔面を殴る。鼻が骨ごと粉砕する嫌な音。ベティは鼻血を吹きながら、壁まで転がった。間髪入れず、フィールハイトが黒く塗装された鉄杭を袖の中から抜き放ち、投擲。ベティの両足に深々と突き刺した
「いやー、やはりいいですね鉄杭。投げて良し、刺して良し、殴って良し、万能という言葉が相応しいですよ」
追い打ちでベティの両手にも杭を打ったフィールハイトは、袖からさらに取り出した杭を眺める。変わり種過ぎる戦闘スタイルだったが、玲もこの時代にナイフ格闘を最も得意としているので同じ穴の狢だ。
「ああああああああ! 痛い、痛い! ……っ、ぅ……こ、こんなことして、ただで済むと思ってんの!? 私は、螺旋教団にもパイプが」
玲はベティの口を踏み付けて黙らせる。音を立てて歯が数本折れ、ベティは苦悶にうめいた。
「先に手ぇ出してきたのはそっちのほうだろうが。お前こそ、俺らに喧嘩売ってただで済むと思ってたのかよ」
「後ろ盾を期待しているのならご愁傷様ですね。螺旋教団は貴女を助けるほど暇ではありませんよ」
個人。しかも組織に所属していないフリーランスを救うために彼らが動くわけがない。精々、遺憾の意を表明するくらいだろう。
「つーかこの女なんなんだ? アルゴメイサあたりの刺客か?」
フィールハイトはゆるゆると首を振る。
「ただのバウンティハンターですよ。貴方の懸賞金はまたあがりましたからね。それは狙う輩も出てきます」
「じゃあ新情報持ってるって話はフカシか?」
「それは本当でしょう。彼女から受け取った前情報はそれなりの信頼性がありました。いやぁしかし本当に笑えますね、大人しく情報を売っておけばそれなりの金額を貰えたというのに、欲をかいて人生を失うことになるとは」
「いやお前どっちにしろ殺すつもりだったろ」
「否定はしませんよ」
くつくつと笑う。ここだけ切り取ると悪魔にさえ見えるフィールハイトだが、子供には非常に優しく、私費を投じて世界中に孤児院を作っているというのだから、人間は一側面だけでは測れない。
「なぁおい」
ベティの口から靴を放した玲は、彼女の髪をひっつかんで無理矢理顔を上げさせる。
「泣き叫びながらでいい。死ぬまでに、知ってること全部吐け。……態度によっては楽に殺してやる」
その声には何の感情もこもっていなかった。
「……何でも話す。だから、殺さないで……」
やや華美だが整っていた顔は、血に塗れ、恐怖と苦痛に歪んでいた。あまりの恐ろしさからか頬を涙が伝う。しかし、玲は何の関心も示さない。
「死にたくて死ぬ奴はいねぇよ」
身も蓋もない玲の言葉。賛同するように、フィールハイトは嘲笑を浮かべた。
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