狂乱する領域の機装尖兵(ディノレクス)

那波為 辰彦

第一部【驪シ驩・・繝エ繧。繝ォ繝上Λ】

プロローグ

 コクピットを揺るがす破滅的な衝撃。振り降ろされた大きな尾は、装甲に覆われた機体の頭部を叩き潰し、メインカメラ及びFCSを粉砕した。


「いい加減死ねって言ってんだよ犬畜生が!!!」


 全長十メートル弱の戦闘用ロボット――クルセイドを駆るその男は、映像を砕け散ったメインカメラのものから半壊しているサブカメラの不鮮明なものに切り替え、機体から離れていこうとしている尾を確認した。FCSがイカれたことでロックオンすらできないが、足りないものは経験で補う。左脚部を突き出し、尾を大きな鉤爪で捕らえ、回し蹴るように一回転して投げ飛ばす。敵は遠心力に引っ張られて盛大に吹き飛び、三つの倉庫を潰しながら横転、瓦礫の山に埋もれた。


「くそったれが……一体何なんだよマジで……」

『レイ! 生きていますか、レイ!』


 スピーカーから、聞き慣れた男の声が聞こえる。クルセイドを操る青年、黒峰玲は張り詰めていた表情をわずかに緩めた。


「フィーか。……まぁ、かろうじて、ってとこだ」


 答えながら、コクピットの前方いっぱいを埋め尽くすディスプレイへ映像と共に出力された愛機のステータスを確認する。装甲強度は平均で83パーセントダウン。メインカメラ喪失。サブカメラ半壊。FCS喪失。右脚部喪失。不利な要素を挙げればキリがない。笑えてくるほどに悲惨な状況だ。


『すぐにこちらの怪物どもを殲滅してそちらへ駆けつけます! 後五分、いいえせめて三分! 持ちこたえてください!』

「無茶言いやがる。まぁ、やるだけやるがな」


 友の悲痛な声にそれだけ返してから、通信を切る。折角の増援だったが、残念ながら待ってはいられない。可及的速やかに殺さなければ、殺されるのはこちらだ。


「逃げきりなんてさせてくれるほど甘い相手じゃねぇもんなぁ」


 玲はとても嫌そうに言って、敵を睨む。


「繝繝。縺繝繝。縺繝繝。縺繝繝。縺繝繝。縺」


 抑揚のない奇声を発しながら瓦礫の中から這い出たのは、怪物。全身が菓子で構成された犬の怪物だった。

 飴玉の眼球。砂糖菓子の歯。チョコレートの毛皮にマカロンの爪。肉の代わりのキャラメルと、骨の代わりのクッキー。身の丈の四倍ほどある物騒な尾は、バースデーケーキのようにフルーツでデコレーションされており、無数の傷口からは、血ではなくストロベリージャムが流れ落ちている。……こんなふざけた怪物に、クルセイド一個小隊が壊滅させられたというのだから、悪夢としかいいようがなかった。


「蜍昴◆縺ェ縺阪c蜍昴◆縺ェ縺阪c蜍昴◆縺ェ縺阪c蜍昴◆縺ェ縺阪c」


 四肢を散弾で抉られ、全身をブレードで切り裂かれ、半ば原型を失うほどに傷付きながらも、その目は全く生気を失わず爛々と光っている。その威容は、まさしく魔物と呼ぶに相応しい。


「ハ……科学全盛期なこの二十三世紀に、なんで俺は魔物なんかと戦ってるんだろうな?」


 シニカルに笑う。今の地球は、どちらかといえば昔の人間が想像したSFの世界に近い。人型強襲兵器が超音速で殺し合い、動く巨大要塞がプラズマ砲やら反物質粒子砲やらを撃ちまくる、未来的な戦国時代。どう考えてもファンタジーとは程遠いだろう。


「生まれる場所間違えてるぜ、お前」


 片足とブレードでバランスを取っていた機体を、宙に浮かせる。全くもって意味不明な敵だが、とにかく殺す。敵は殺す。殺す。


「繝・ャ繝峨さ繝斐・縺ォ縺ェ繧薙※繧・i繧後◆繧峨ム繝。縺縲ょヵ縺ッ縺セ縺蜈ィ辟カ縺ゅ・譁ケ縺ョ縺雁スケ縺ォ遶九※縺ヲ縺ェ縺・s縺縺九i」

「なにごちゃごちゃわけのわかんねぇこと言ってやがるッ!」


 玲は吼えた。傍目には信じがたい曲芸機動で怪物の目を翻弄しながら、超音速で接近、肉薄し、左腕武装のショットガンを発砲。拡散率を最大にした特殊な散弾を頭へと叩き付ける。魔物が怯んだ刹那、クルセイドの脚部が唸りをあげ、側頭部を蹴り飛ばした。牙の一本が折れ飛び、ジャムの混じったカスタードが飛び散った。

 その隙を突いて右首の切断を狙い――轟速で迫りきた尾をすんでのところで回避する。空間さえ引き裂くのではないかと思わせる強撃と左腕がすれ違い、剥がれかけていた装甲が宙を舞う。


 バケモノが――何度目になるのか分からない罵声を飛ばし、玲は敵から猛烈な勢いで距離を取った。熱センサが、魔物の腹部に尋常でない熱量を確認したからだ。その判断が功を奏し、直後に魔物の口から吐き出された、信じられないほど高温に熱されたカラメルの息から、間一髪、逃げ切ることに成功した。

 牽制にショットガンを三度発砲。躱される。これまで奇跡的に無事だった可燃物質タンクが散弾に抉られ、大炎上を起こした。バケモノの息との相乗効果で、周囲は一転、炎の地獄へと変わる。魔物の焦げ茶色の体毛とクルセイドの濃紫の装甲が、オレンジの炎にゆらゆらと照らされた。


「縺ゅ≠蛛牙、ァ縺ェ繧倶ク也蔵驍」螟ァ逾槭ゅい繝翫ち縺ョ蠢螳溘↑繧九す繝「繝吶↓縺ゥ縺・°縲ゅ←縺・°諷域ご繧・」

「うるせぇんだよいい加減黙れ。お前が口に出していいのは悲鳴だけ」


 振り上げられた前足が迫っていた。


「ギ――!」


 半ば無意識にブレードでコクピットを庇ったが、凄まじい衝撃は受け止めきれず、機体は大きく吹き飛び、腕部と胸部の装甲が飛散して地面に突き刺さる。反応さえ許さない超高速の突貫。無傷の時よりなお速い、まるで命を燃やしたような一撃だった。


 警告音を伴ってディスプレイに浮かび上がるエラーメッセージの数々。ダメージは甚大。もはや十秒も戦えまい。


 だが。


「この、程度で……殺せると思うなァッ!!!」


 玲は絶叫して、吹き飛ばされていた機体を反転。右腕のブレードを構え、追撃のために追ってきていた怪物を迎撃するように突貫した。ほぼ全てのジェネレータ出力を推進力に回した、マッハ十三を超える神速の突撃。ブースター破損覚悟の特攻に、止めを刺しに来ていた魔物の反応は、一瞬、遅れた。

 魔物の肩口に物理ブレードの切っ先が突き立つ。刃は、突撃の勢いによって瞬く間に根元まで埋まった。直後、破滅的な衝撃。無茶な特攻の代償は大きく、接触の衝撃によって右腕部は叩き潰れ、胴体まで激しく歪んだ。

 だが、その代償を支払って得た戦果は、その損失を補って余りある。


「縺・…………」


 すなわち、勝利だ。


「……豁サ縲√↓縺溘¥縲√↑……」

「くたばれゴミカスが」


 吐き捨てて、死にぞこないにショットガンを叩き込む。菓子の頭が空を仰ぎ……巨躯が、ついに倒れた。


「…………あああああ、やっっっと死にやがった。往生際悪すぎなんだよ……」


 腹いせに死骸を蹴りころがし、突き刺さっている剣を回収したところで、迷彩柄のクルセイドがこちらに猛烈な勢いで向かってきた。


『レイ! 無事ですか!』


 着地して、地面を抉りながら停止する戦友の機体。三分どころか一分も経っていなかった。


「なんとかギリギリな。んで、お前の方はしっかり敵を潰したのか?」

『ええ。あの気が狂ったクッキーマン共はきっちり小麦粉に戻しましたよ』


 余裕さえ感じさせる声でフィールハイトは言ったが、損傷のひどい装甲や、割り箸のようにへし折れたスナイパーライフルが、その苦戦を物語っていた。


「じゃあ、これで大体どうにかなったのか」

『おそらくは。……まったく、ふざけた話です。久しぶりに発狂しそうでしたよ。悪い夢ですかこれは』

「このファンタジーがただの集団ノイローゼだったら最高に素敵だが……」


 玲はノイズのひどいディスプレイに映るソレを見て、ため息を吐く。


「最悪なことに現実らしいな」


 タイ王国、バンコク、ミンブリー区。彼らが保有していた工業地帯のど真ん中。突如として出現し、菓子細工の魔犬とその愉快な仲間たちを送り出した謎の遺跡は、まるで百年前からそうしていたかのように、風景と同化しながらその場に在った。

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