第10話 鬼1

季節は夏。


我が恋人の律には厳しい季節だ。

や、大抵の人間にも厳しいけど。

我が家にはエアコンなんて文明の利器は無い。


あっても日本家屋だから気密性の関係で意味は無さそうだけどさ。


ところで夏と言えばどういった事柄を想像するだろうか?

山でBBQ?海でバカンス?

良いねぇ!


でもさ、知ってるかな?

この真室川には山はあっても海は無いんだ…。

そして山には熊が生息していてそもそもBBQを楽しめる整備されたような場所はほぼ存在しない。


ならば町民が夏に何をするのか?


それは…河だ。

川遊びしかない!

いや、中3にもなって川遊びもどうよって気もするけど。

って言うか受験勉強しろよって話だよね。


だが安心してほしい。

地元の真室川高等学校は自慢じゃないけど、それほど狭き門でもない。

正直言って余程成績が悪いとか、素行に問題があるっていう事でもなければ落ちたりはしない…はずだ。



長々と何が言いたいのかって言うとね…律と川遊びしてますヒャッホゥ!

白い肌が水を弾いて眩しいくらいに輝いてる!眼福です!


幸せなんじゃぁ…だって律のスタイル良いんだもん。

弾むって素晴らしいよね。何がとは言わないけども。


「守君?そんなにジッと見られるとさすがに恥ずかしいな…」

「あ…ゴメンね律。つい見惚れちゃったんだ」

「もう!ほらほら、早く水浴びしようよ!」


そう言って僕の手を取って河に突入する律だけど、初めて教室で出会った頃のような影はもう完全に無い。

気の良いクラスメイトに囲まれて、差別的な視線や言動から開放された彼女はとても明るくなった。

僕がクラスどころか学校中の男子から妬まれるくらいに。

全く痛くも痒くもない。

人間は視線では死なないし怪我もしないのだ。


イジメられたら即反撃するけどね。

万一、律に敵意を向けられたらたまったもんじゃない。


…要は僕は律に骨抜きにされたってことだよねコレ。

友達に惚気んなって肘打ちくらったもん。


そんなどうでも良さそうな事を考えてたら声をかけてくる人が居た。


「おーい、守~。デートか~?」

「げ…佐藤か」

「ん?佐藤くん?クラスに居たっけ??」

「いや…」


佐藤 武人さとう たけと

隣のクラスの…いや、大半の生徒に嫌われるヤツだ。

その性格は馴れ馴れしくて我儘。

人の物でも欲しいと思ったら限りなくブラックな方法を使ってでも奪う。

盗む。

そんな事を平然とやる奴だ。嫌われて当然。

にも係わらず何故か処罰を受けない。


くそ、厄介だな…。

アイツは最近他校の生徒から彼女を強引に奪ったばかりだ。

なんでも男子を殴り倒してその目の前で…と言う事らしいが、未確認情報だ。

さすがにそんな事をして警察が動かないはずもないだろう。


「オイオイ、無視は勘弁だぜ~?」


ニヤニヤしながらそんな事を言っている佐藤だが、その視線は完全に律に向いている。

律もさすがにその舐め回すような視線は不快らしく、僕の後ろに隠れてくれた。


「ありゃ、嫌われちゃったぜオイ。狙ってんだけどなァ」

「佐藤。律は僕の恋人だ…さすがに僕も怒るぞ」

「おぉ怖え、そんな睨むなよ守~」


ニヤニヤを止めずに戯けたようにのたまう佐藤を睨みつけるが意に介しても居ないだろうことは見れば分かる。


「クハハ…しかしいい女だなァ笠置は。もう抱いたのかァ?」

「答える必要を感じないな佐藤。下らない質問は止めてもらおうか」

「…決めたわ。笠置は…いや、律は俺の女にする」

「…何を言ってる?」

「まんまだぜ?お前から寝取ってやるよ。女なんてのは…ガァ!」


聞くに堪えない下劣な事をほざいている佐藤を遠慮なく殴り倒す。

僕は暴力が嫌いだ。

殴ったコッチも痛いしロクな事がない。

だが…。


「佐藤…僕は人を殴ったことがない。でも恋人を汚されると分かっていて笑ってはいないぞ」

「テメエ…」

「律を守れるなら大概はヤるぞ佐藤。凶器になるような物なら足元に幾らでもあるしな」

「本気…なようだな。上等だぜオイ…腹括っとけよお前」


明確な悪意に晒されるのは初めての経験だったが、関係ない。

背後の律が息を呑むのが聞こえたが、今は我慢してもらおう。


僕は意識して目の前の佐藤てきを向けて言い放った。


「死ぬ覚悟をしておけよ佐藤。僕は敵には一切の情けをかけない」

「ッ!」



これが僕と…いや、僕達と彼との長い戦いの始まりになるとは…僕も佐藤も想像すらしていなかった。

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